第44話 もうすぐ夏休み
夏休みまで、残りわずか。
真っ青な空。開いた窓から吹く風が田中の坊主頭を容赦なく撫でていた。鳴き始めた蝉の声に、私はなんとなく「久しぶりじゃん」と返事する。
去年は夏休み何をするかで盛り上がっていたけど、今年は静かなものだった。
「おはよー葉月ッ! ねぇねぇ、夏休みプール行かん!?」
ミカは今年の夏も、元気一杯のようだ。今年は受験があるけど……うーん。
「……一日だけなら、良いのかな?」
「ミカ的には、メリハリが大事だと思うね」
腕を組んで踏ん反り返るミカは、自分の前髪をピンと弾く。たしかに勉強まみれってのもなぁ……と考えていると、坊主頭が三人。どんぶらこ~と近づいてきた。
「ミカ、柊。今、プールと聞こえたんだけどさ」
「そこに反応すんなよー、スケベ坊主ー」
ミカはそう言うけど、田中は神妙な顔で話を続ける。……真面目な顔も出来たんだ? 他の二人はそれを見守る。固唾を飲むとは、こういう光景かも?
「俺達さ。去年も、一昨年も……炎天下の中、砂の上で走り回っていたんだ」
「まぁ、野球部だしね?」
「俺達に、青春の夏を体験させてくれないか? 高校生最後の夏は女子とプールに行ったと、言いたいんだ!」
田中の熱い言葉に、残りの男子も「そうだ!」「俺、絵日記書きたい!」と呼応する。いや、絵日記って。ちょっとウケる。
「え、ピータン誘うし無理」
ミカは即答で切る。ミカの彼氏、ピータンは嫉妬深い。田中たちがいたら、プールが赤く染まるかもしれない。
「ピータンとは二人で行けば? 良いじゃんクラスの皆でプール。それか、せっかくだし海行こうよ」
私の提案に、ミカの動きが一拍止まる。哀愁漂う野球部に――緊張が走る。
「……アリかも?」
男子の顔に、パァっと笑顔が咲いた。
「柊、ありがとう。愛している……ッ!」「坊主に優しいギャルは存在したんだ!」「海の砂、持って帰ろうな!」
賞賛の声にこそばゆさを感じた私は、田中の頭を撫でておいた。……夏明けには髪、伸びるのかな?
坊主頭は、汗でほんの少し湿っていた。
* * *
1時間目のHRは丸ごと、文化祭の出し物決めに当てられた。
教壇には文化祭のクラス実行委員が、黒板横には三山先生とミカが椅子を並べて座っている。ミカの肩書は『文化祭アドバイザー』らしい。……何それ?
「えーっと。まず案を出していきます。意見がある方は挙手をお願いします」
実行委員の男子が黒板に書き始める。喫茶店、お化け屋敷……無難な出し物がチョークの音とともに黒板へと増えていく。
「じゃあ、この中から多数決を取りたいと思います」
話はすんなり進んでいく。誰も変にふざけないし……なんていうか、去年に比べて熱量は低い気がする。そんな事を思っていると――。
ミカが静かに立ち上がり、手を上げた。
「……ロシアンルーレット、たい焼き」
文化祭アドバイザーが、余計なことを言い出した。
一秒だけ時間が止まって、それから実行委員が黒板にその文字を書き入れる。
「あんこは、いるでしょ?」
「粒あんと、こしあんな」
「ベーコンエッグにマヨネーズとかも美味しいよ」
「カスタードも良いなぁ」
気が付いた時には、出し物を何にするかの話し合いが『たい焼きの具はどうするか』の会議に変わっていた。
黒板には美味しそうな具の一覧が並ぶ。そこへ文化祭アドバイザーが、外れの具を追加した。
『わさび』
クラス中から、静かな拍手が送られた。
こうして我がクラスの出し物は『ロシアンルーレットたい焼き』に決まった。
その様子を見守っていた三山先生は、顔を背けて笑いをこらえていた。




