第43話 普通の高校生
浦成高校二年の三山晶、負傷交代。
帰りのHR。淡々と進行を続ける三山先生の顔を見ていると、どうしてもその文字が頭をよぎる。
ふと見ると、野球部の田中も同じように神妙な顔をしている。……と思ったら、中途半端な探りを入れだした。
「先生。先生って昔、どんな髪型してた?」
「え? 何だ急に。雨が降らなきゃ、もっといい感じの癖毛だぞ俺は」
質問の意図が分からない三山先生は、うねうねの増した頭を手櫛でとかす。
「そうじゃなくて、高校の時とかの話」
「高校? 高校の時は田中と同じ髪型」
「坊主なんすね! 先生も……野球部だったんスか?」
「……? 違うけど?」
「……あ、そうっすか」
田中は『バスケ』の話題を出せず、私たちは変なモヤモヤが増しただけだった。
* * *
放課後。私はいつものように進路指導室へと向かう。だけど今日は、その扉を開くのが、ちょっとだけ重く感じた。
色々と気になることはあるけれど……そもそも私たちが勝手に調べただけだし、無神経に踏み込むのは絶対に違うと思う。
胸のつっかえは残るけれど、なるべく忘れるようにしよう。私は扉に手をかけた。
「失礼します」
「今日も綺麗だな、柊。あとで告白しても良いか?」
そんなことはお構いなしに先生はいつもの調子で――バスケットボール雑誌を読んでいた。……えっ?
「……バスケ?」
「え? うん。俺、バスケ好きなんだよ。高校時代もバスケ部だったし」
「あー……」
これ、普通に聞いていい話? どうしよ、分かんないんだけど。
「私も中学時代、バスケやってましたよ」
「マジか。ポジションどこ?」
悩みは消えないまま、バスケ談義が始まってしまった。久々に語り合う『バスケ部あるある』が思いのほか楽しくて――頭が追いつかない。
「高校でもやれば良かったのに」
「いや、うちの高校って女子バスケ部ないし」
「地元のクラブチームは? この辺ならいくらでもあるだろ?」
「うーん。そこまでの熱はなかったから辞めちゃった。先生は――」
しまった。……って思った。会話に夢中で私は地雷を踏んでしまったのかもしれない。どうしよ? どうしたらいい?
「……柊? どうした??」
「えーっと……」
上手いフォローが思いつかなかった私は、しばらく固まった後――今日の情報の授業での一件を、先生に話した。
「え、じゃあ田中ってそれで思いつめた顔してたのか?」
「……たぶん」
「真面目なヤツだなぁ」
と先生は笑う。私は笑っていいのか……よく分からない。
「でもやっぱ、スポーツやってると怪我とかそういうのってこう……重い話題じゃないですか?」
「まあなー。俺のは大したこと無かったけど」
「えっ、そうなんですか?」
負傷交代って書いてたから、なんかこう――
「そりゃまあ、交代させられた時は悔しくて、チームメイトに肩借りながら泣いたけど」
……交代の場面は、私が想像してた通りだったっぽい。先生は言葉を続ける。
「ただの捻挫だったし」
「でも、その後の選手生命に関わる感じの……」
「ないない。一応、三週間くらい休んどく?ってなったけど――そのまま、辞めちゃった」
先生は席を立ち、コーヒーを淹れに向かう。その姿を何となく目で追っていると、先生は背中ごしにまた語りだした。
「よく言うじゃん、『普通の高校生』って。柊はどんな感じだと思う?」
「えっと……なんか部活とか恋とか……そういうのじゃないですか?」
「だよな。俺もそう思ってたんだよ。普通の高校生らしく、部活に勉強に、時には恋に一生懸命になって青春しなきゃって」
先生はカップを二つ、お菓子と一緒にお盆に乗せて戻って来る。
「だけど、実際に怪我してしばらく部活休んでみたら……それはそれで結構楽しくて。周りの言う『普通の高校生』するのが何か嫌になっちゃったんだよ」
……普通の高校生らしく、恋や部活や勉強に一生懸命になって青春するものだと思ってた。
だけど部活と勉強はピンとこないし、特に恋愛とか……マジ面倒くさくて。
そんな私と同じような気持ちが――先生にもあったらしい。
「……辞める時、止められなかったんですか?」
「止められたよ。けど、顧問も監督もクッソ厳しかったからさ。言いたい放題言って追い返した時は……人生で一番爽快だったな」
そう言って笑った先生は、私の目をじっと見つめた。そしてすぐにコーヒーを持ち上げると、湯気で眼鏡を曇らせた。
――その時、先生が隠した気持ちには。
私は、気づかなかった。




