第41話 体育祭③
大盛り上がりで迎えた最終決戦、クラス対抗リレー!!
優勝に燃えている七組は、足の速い連中をしっかり揃えている。
バレー部で鍛えた足が自慢の金髪ギャル――金剛乗美嘉、さっきの悔しさをバネにした野球部――田中。陸上部の芦原&上野コンビも絶好調の中、万全の体勢で挑む。ちなみに、私も出る。……元・第四中の韋駄天ギャルって、言った方が良かった?
対する優勝候補、三組。主力二名のコンディションは最悪だった。
ピータンは体力を使い果たしており、学年一のモテ男リョースケは、直前の棒倒しで日頃の恨みを一身に受けてボロボロ。他にも怪我人が多数で何人かは代走らしい。
そんな相手に『何が何でも勝つぞ』とミカから激を飛ばされ続ける我らが七組は――一切の手を抜かない。
ぶっちぎりの圧勝をもって、七組は……いや。私の親友ミカは、悲願の体育祭クラス対抗優勝を勝ち取ったのだった。
――あ、ちなみに縦割りでも赤組が優勝だったらしい。
* * *
体育祭終了後。七組の祝勝会はミカの一言から始まった。
「今日は……ね……うぅ……。七組さいこおおおお~~~~~~ッ!!!」
色々言いたかったらしいけど、嬉しすぎて言葉が出なかったらしい。隣に立つ三山先生は、そんなミカを柔らかい笑顔で見守っていた。
「しぇ……先生からも一言ッ!!」
ミカに言われた先生は教卓の真ん中へと移動する。咳払いを一つ。そして――。
「――――――――」
…………え?
「――――――――ッ」
………………うん?
先生は何かを言ってるけど、全然聞き取れない。クラスにどよめきが走る中、先生はチョークを手に取り黒板へ文字を書き始めた。
――優勝おめでとう。ジュースとお菓子は努力に対して。アイスは優勝祝いだ。仲良く食べてくれ。
――あと、叫びすぎて声が出ねえ。
チョークがカランッと音を立てると同時に、心配する声と笑いがあちこちから聞こえる。先生は顔の前で手を合わせて、誰に対して何を謝っているのか「ごめんな」と口パクしていた。
ちなみにクーラーボックスに入っていたアイスは、値の張るカップアイスで。私たち七組は、校舎全体に聞こえるくらいの大盛り上がりを見せた。
学校で食べる『ラムレーズン味』はヤバかった。通はバニラやストロベリーを食べないのだ。……いや、好みの問題かも。
* * *
クラスでの打ち上げカラオケ大会の前に、私は少しだけ進路指導室に足を運ぶ。明日は日曜日。少し過去問にチャレンジしてみたくなったのだ。
部屋に入ると――先生は窓際で何かを吸っていた。マヨネーズ??
「……先生、何吸ってるの?」
私の問いに、先生は無言で手に持った物を見せる。ドレッシングボトルに入った黄金色のそれは、ハチミツだった。
「喉に良いんだっけ?」
先生は「たぶん?」みたいな顔をして、また無言でチュパチュパとハチミツを吸い始めた。見てると段々笑えてきたので私は目を本棚へと逸らす。
「赤本借りていいですか?」
先生が短く頷くのを確認して、棚へと向かう。私は赤い背表紙の列を見上げながら、目的の一冊を探す。
その間も、背後ではチュパ……ポコンッ……チュパ……、と間の抜けた音が続いている。いや、何か喋ってよ。……無理か。
しばらくして、先生は私の隣に立つと――無言のまま一本の赤本を指さす。あ、それだ。
「ありがとうございます」
小さく礼を言うと、先生は何も言わずにハチミツ容器から口を離す。ズボボッと変な音がした。……ごめん、もう無理。ちょっと笑わせて。
私は袖口で笑いを抑えながらコピー機へ向かい、必要なページだけを印刷する。
ガコン、ガコン、と紙を吐き出す音と、ハチミツを吸う音だけが響く進路指導室は、ハチミツの甘さと印刷の焦げ臭さが入り混じっていた。
コピーを揃えて、鞄にしまい、さて戻ろうかと振り返ったところで――。
先生が、こちらに向かって手を差し出した。
「……?」
何も言わずに、ただ手を出せ……と伝えてくる。私は言われるがまま、左手を差し出した。先生は右手に持ったハチミツを机に置く。
そして、次の瞬間。
私の手をそっと取り、人差し指で私の手のひらに文字を書き始めた。それは、ゆっくりと迷いのない筆運びで。
――すき。
……。
先生のヒンヤリとした手と、くすぐったい指先の感触に私の中の何かがパニックになる。
え。ちょっと待って。先生が私に触るの初めてじゃない……?
心臓の音がやたらとうるさく響いて、耳が熱い。……いや、恋とかじゃないしっ。
私は咄嗟に、同じように指文字で返してやろうと思った。あほ、と書いてやろう。先生の手を取り指先で、
「あ」
と、書いたところで、手が止まる。いや葉月、冷静になろう。
クラス全員を全力で応援して、喉を枯らした先生に「あほ」は、さすがに酷いと思う。それはちょっと……性格悪くない?
じゃあ「ありがとう」? いや、それはそれで、好きへの返事みたいになるじゃん。
……。
……いや、考えるのはやめよ。私は残りの文字を書く。
――あんこ。
書き終えた瞬間、先生は自分の手のひらと、私の顔を――真剣な顔で交互に見た。その視線は最終的な行き先を失って斜め下方向をウロウロとしている。
……どうやら私の心遣いは、先生を悩ませてしまったらしい。どうフォローしようか? そう思った瞬間、廊下から声が飛んできた。
「葉月ー! 終わったー?」
ミカだ。
「すぐ行くー!」
私はそう返事をして、悩み続ける先生をその場に残したまま、進路指導室を後にした。振り返って見た先生は手のひらを差し出して――固まったままだった。
ごめん先生。でも、一人で悩んでおいて。
私はミカの元へと走る。――今日は何歌おうかな? ラブソングはやめておこう。




