第32話 告白の先にあるもの
新年度最初の進路指導室。――鍵は閉まったまま。
私は先生と机を挟んで座る。テーブルにはコーヒーと、いくつかのチョコレートが置いてあって――なんかパーティみたいになってるけど、互いの目は真剣だ。
「72%が一番ちょうどいいと思います」
「気が合うな。柊の意見を全面的に支持しよう」
チョコレートのカカオ濃度についての話し合いが、今ちょうど終わったところだ。コーヒーを一口飲んで、リセットする。
「先生の告白の先って、何があるんですか?」
同じようにコーヒーを啜る先生は視線だけで返事をすると、胸元から退職届――もとい、新年度版にアップデートされた辞表を机に置いた。
「退職以外にないだろうな」
いや、そうじゃなくて。うーん……そうじゃなくってさ。
「でも、告白が上手くいったら付き合うわけじゃないですか?」
「それはない」
即答。その目は私を突き放しているようで。胸の奥が少しだけ、寒い。
「……じゃあ、なんで告白するんですか?」
「柊が好きだから」
再び即答。先生はいつものドヤ顔に戻っていて、少しだけ安心する。……何当たり前の事を? みたいな顔がムカつくけど。
「付き合わないなら、退職しなくても良いんじゃないですか?」
「いや、想いが通じ合った時点で倫理的にはダメだと思う」
うーん。そうなると、なんていうか……。
「コスパ、悪くない?」
教師を辞める理由がいまいちピンと来ない。
「柊と両想いになれた。それ以上の幸せが……この世のどこにあるって言うんだ」
先生は目を伏せて、噛み締めるようにそう言った。……や、もっとあるんじゃない? たぶんだけど。
私は背もたれに体重をかけて、うーん?と頭を悩ませ――気が付くと、真ん中で分けて前に持ってきた後ろ髪の毛先を弄っていた。理屈で考えてもよく分からなくなってきたので、ふと思いついた攻めた質問を先生に投げかけてみる。
「じゃあさ。もしこの世に倫理観がなくてさ。私になんでもして良いよって言われたら何がしたい?」
さすがにはぐらかされるかな? と思ったけど……先生の答えは、驚くほど早かった。
「結婚したい」
「え?いやそうじゃなくて……」
予想とは少しズレた方向に、積極的な回答が返って来てしまった。
「なんかこう、抱きしめたい! とか手を繋ぎたい!とかさ、あるじゃん?」
「そう言われてもな」
先生は包み紙を剥いたばかりのチョコレートをお皿に置いて、それを見つめる。
「俺が欲しいのは、柊の心だからなぁ」
「……ッ!」
ピュアな純度真っすぐな言葉に、思わず心がキュっとなった。え、待って。私の心が汚れてる?? この変態教師より??
「じゃあ、結婚したら何がしたいんですか?」
ちょっぴりパニックになった私の口はさらに踏み込む。……いやちょっと待って。なんで私が地雷地帯に足突っ込んでるの??
「未成年に言える訳がないだろ」
余裕たっぷりに返すその顔が妙にムカついたので、先生が剥いたチョコレートを自分の口に放り込んだ。
「あっ、それ最後の一個なのに。三つずつって言っただろ?」
私はその抗議に無言の咀嚼で返しながら――そろそろ自習始めないとな、と思った。




