第30話 お花見③
「えーと……本日は皆さまっ!朝早くからお集まりいただきありがとうございます!」
紙コップ片手にミカが立ち上がる。時刻はまだ九時なのに……参加者全員が揃っていた。
「張り切りすぎだぞー!」「ありがとー!」なんてツッコミと感謝の言葉が舞う。「よっ!日本一!」なんて渋い声が飛んだと思ったら、通りすがりのコンちゃんだった。一升瓶はもう、空になっている。
「ではでは……待ち合わせの十一時からずいぶん早いですが、『さようなら二年七組!体育祭負けたのが未だに悔しいぞ花見大会』を始めたいと思います!」
この会の正式名称、そんなに長かったんだ。
「かんぱーいッ!」「「「かんぱーいッ!」」」
みんなでコップを掲げる。その中に混じってきたオッサンに数人が怯えていたので、「大丈夫、それミカのパパだよ」と私はフォローしておく。
皆で持ち寄ったお菓子やジュース、お弁当を広げて――今、お花見が始まった。
* * *
ミカの無茶ぶり一発芸大会で盛り上がる傍らで、私はお菓子をつまみながら恋バナに花を咲かせていた。
男女入り混じる恋バナというのは、中々新鮮だ。そして今は――。
「リョースケ、マジで酷いよなー」
「すぐに別れるなら最初から付き合わなきゃ良いのにって感じだよね」
別のクラスに在籍する、リョースケの悪口で盛り上がっていた。その話の内容に、私は「うわぁ」とか「あぁ」みたいな相槌しか打てない。……いや、酷いなリョースケ。
「昔からあんな感じ?」
ポテトチップスを齧る私に突然話が振られる。あーもう、服に粉落ちたじゃん。
「や、チャラいのは変わらないけど……けっこう誠実だったと思う」
「その二つって共存するの?」
「え? するんじゃない??」
服に付いた粉を摘まみながら答える。レジャーシートの外で掃った方が良いかな?
「……柊と別れてからじゃね?アイツがヤバくなったの」
「私のせいにしないでくださーい」
私はシートの縁まで歩いてお菓子の粉をパンパンと掃い落とす。
振り返ると――ミカが指と口パクで何か言ってる。えっと……『1』……『冬』……ああ、『一年の冬に付き合ってたヤツ』って?
……一発芸大会しながらこっちの話聞いてるって、地味にすごくない?
私が席に戻るのと同時に、流行りのダンスを終えたミカが隣に座る。
「でもさ。リョースケ君ってイケメンだよねぇ」
ミカの結論に、「いや、まぁ……」と皆押し黙る……けど。
「とっかえひっかえは良くないと思う」
「それはたしかにッ! でもイケメン無罪!」
私のツッコミに、ミカは無罪を主張した。……え、リョースケの弁護人?
* * *
その後も好きな先生、嫌いな先生とか、受験の予備校どうする?なんて話で盛り上がった。
ちょっとずつ、話題の中に進路の話が入ってきて。ああ、次は三年生になるんだな……と少しだけ実感した。
ふと視線を動かすと、少し離れた所で公園内を歩き回っていた男子達が大騒ぎしている。なんだろ?
騒ぎに気が付いたミカはその場に立ち上がって様子を伺った後、スニーカーを履いて騒ぎの中心へ駆けていった……かと思いきやすぐに帰って来る。
「葉月!葉月!」
「うん?」
「三山先生いる!」
「え、ほんとに?」
その方向を見てみるけど、人や桜の木の陰に隠れて先生の姿は見えない。
「一緒に行こうよ!」
「……別に良いけど」
春休みが終わったら、三山先生は担任じゃなくなるのだ。最後にちょっと会うのも、まぁ……良いのかなって。
ミカと二人で歩き出すと、遠目に先生の姿が見えた。アウトドアチェアを深く倒して、いかにもオフな感じで寛いでいる。……え? あの格好、何?
沸々と笑いが込み上げてきたそのとき、少し強めの風が吹く。
そして、私の胸元で光るステンドグラスのネックレスが――揺れた。
……私はその場で足を止める。このネックレスは、修学旅行で三山先生に貰ったものなのだ。
「……葉月?」
突然立ち止まった私の顔をミカが覗き込む。
「ごめん、ちょっと忘れ物した」
「えー? あとで良いじゃん」
「じゃあトイレ行ってくる」
「じゃあって何っ!?葉月どしたんさ!?」
くるりと反転して戻ろうとする私をミカが引き止める。
「いーみーわーかーんーなーいーっ!」
「あとで行く! あとで行くからっ!」
ミカのバレー部で鍛えられた体幹、ちょっとヤバいかも……なんて思った矢先。
「柊とミカ。……お前ら何やってんの?」
真後ろに三山先生が立っていた。
私は咄嗟に胸元を隠そうとして……いや隠したら変になるのでは?と考えて。いやでも別に何も変ではなくて……。
「逃げる葉月を確保しましたッ!」
「……鬼ごっこ?」
緩い敬礼で報告するミカに先生は首をかしげる。
「あ、今あっちでクラスみんなでお花見してるしさ、三山先生もおいでよ!」
「さっきも誘われたけど、遠慮しとく」
「えー、なんでぇ?」
「教員としての立場があるんだよ」
ミカの誘いに先生は穏やかに断りを入れる……けど。
「さっき、ビールが温くなるから邪魔すんなって言ってた」
「バラすなよ」
他の男子にあっさりと暴露されてた。
「しょーもなッ!?」
「しょうもなくないだろ」
ミカがケラケラ笑いながら入れるツッコミに、先生は大きくため息を付いて。
「少しだけ顔出すから先に戻れ。出席取ったらすぐ帰るからな」
「出席ッ!?」
ミカはさらにゲラゲラと笑いながらクラスの皆の所へと駆けていく。男子も「最後の出席だー」なんて騒ぎながら後に続く。
私も少し遅れて、歩き出そうと振り返った瞬間。
「柊」
「はい?」
「ネックレス、似合ってるな?」
先生は穏やかにドヤ顔を浮かべて、クラスの皆の元へと去っていく。
たしかにこのネックレスは修学旅行先で先生に貰ったものだけど、別にそういう深い意味があって付けてたワケじゃないし。普段使いに丁度いい色合いと大きさだったから最近付ける事が多かったかな?くらいであって、別に大切にしてる訳でもないし。
よく分からないけど……私は敗北を感じた。
「青木」「はい」「大野」「はーい」――
「次。田中」
「はいィィーー!!」
先生は本当に、クラス全員の出席を取った後――ビールが温くなると言い、元の場所へと戻っていく。
胸元のネックレスは揺れるたび、私の心を責めるみたいに――突っついてきた。




