第23話 昼休みの先生
三学期が始まった。
一月なのに、ふと虫のことを考えた。
冬に鳴く虫なんて思い浮かばなくて、代わりに夏の蝉を一瞬だけ思い出す。
そんな朝のHRは三山先生の淡々とした棒読みから始まった。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「出席取るぞー」
新年の挨拶は、出席のオマケのように付け足されていた。
「柊 葉月」
「はい」
先生は久々に私の名前をフルネームで呼んでしまっていたけど、周りがそれに気付くことはなかった。
……まぁ、ミカはいつもミカって呼ばれてるしなぁ。
冬にも関わらず空は晴天だった。
* * *
昼休み。
ミカは部活の集まりに顔を出すらしいので、一人で購買へ向かう。
弁当じゃないのって? 母が登校日を間違えて作り忘れていたから、仕方ない。
焼きそばパンか、フレンチトーストか。久々の購買のパンに何故か私の心はちょっぴり弾んでいた。
購買でサンドイッチを買った私の足は、何となく進路指導室の前で止まる。
……先生は、ここでお昼ご飯を食べているんだろうか?
ふと気になってドアを開けると、そこには数人の生徒と――白石萌先輩が居た。
「晶の鬼!悪魔!変態!」
「誰が変態だ。辞めたいなら辞めれば良い。でも白石が大学に行きたいというのなら俺は魔王にだってなってやる」
「ぬぐぐ……」
大量のプリントを抱え込んだ白石先輩は紙と先生を交互に見ながら苦悶の表情を浮かべる。
……あの先輩に厳しくする人って、初めて見たかも。あと、私も先生は変態だと思う。
何してるんだろ?と私が購買の袋をプラプラ下げて見ていると、白石先輩が私の姿に気づいた。
「……柊ちゃん!? 聞いて、コイツ酷いんだよ!! 来る日も来る日も宿題のプリント押し付けてくるのッ!!」
「うわぁ……」
先輩がバッと見せてきたのは英語や現代文の過去問や、共通テスト形式の標準問題の束だった。
「年末年始も家に電話かけてきてさ!親に進捗確認するし!ここ最近、勉強しかしてないんだけど私!?」
「受験生なんだから当たり前だろう」
先輩の悲痛な叫びの背後から三山先生のツッコミが飛ぶ。
「そもそも私や柊ちゃんはね、この生まれ持ったルックスで人生とか大体何とかなるもんなの!!」
「ルックスで突破出来る大学があるなら、そこに行けばいい。あと柊は普通に優等生だ。一緒にするな」
そうなの!?みたいな目が私を見る。優等生……って言われると違う気がするけど。
「……成績はちょっとだけ、良くなりました」
「同じアホだと思ってたのに……」
ドストレートにアホ扱いされたのが面白くて、ついつい笑ってしまう。
「でも実際そんなに。勉強する癖がちょっぴりついただけです」
「それ、頭の良い人がサラっと言うやつぅ~……」
項垂れて私の肩にポンと頭を預けてくる白石先輩を抱きしめると、先生と目があった。
私は美少女の味方なので、一言いうことにした。
「乙女を泣かせるのは、良くないと思います」
「そーだそーだ!」
白石先輩は即座に先生へ向き直り同調してくる。
「鬼ー!」「悪魔ー!」
「「変態メガネー!」」
教室なら確実に注意されるレベルの大合唱だった。
思いつく限りの罵詈雑言――要するにただの悪口を、二人からぶつけられた先生は一段落ついたところで
「気が済んだら、さっさと勉強してこい」
いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて、それ以上は何も言わずに――そう締めくくった。
* * *
放課後。
誰もいない進路指導室へ、私はいつものように足を運ぶ。
「……昼休みの方が、ここって人多いんですね」
「みんな塾とか部活とかあるし、無くてもさっさと家に帰りたいだろうからな」
いつもの席に座った私の問いかけに、先生は机をゴソゴソしながら答える。
放課後、毎日ここに入り浸ってる私はかなりの少数派なのかもしれない。
「じゃあ、私も家で勉強しようかな。問題集のコピーはお昼休みでも良いわけだし」
思えば最近、寄り道ショッピングとかもあまりしてない気がする。
「……これは、放課後限定のサービスなんだがな」
そういうと先生は小袋に入ったチョコレート菓子を私の机の上に置いた。
「お代わりも自由だし」
加えて置かれたのはコーヒー。
「……そんなに私に来てほしいんですか?」
「いや別に」
一瞬、先生は何か続きを言おうとして。
「……しかし、柊は今日も可愛いな」
誤魔化そうとした先で、見事に自爆した。




