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陽の下、揺ぐ  作者: カナメ
九章 夜半の風
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闇に沈む

※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。


轟音。それは風の音などではない。

峡谷の頂を引き裂くような、岩が引きちぎられ、落下する凄まじい音。

ミナトが反射的に顔を上げた瞬間、頭上の狭い谷の隙間が、まるで何かが"こじ開けた"ように崩れ落ちていた。


そして“それ”は、そこから姿を現した。


黒い。巨大で、どこまでも長く、しなやかな影。

竜か、蛇か、それとも何かもっと、異形なものか。その圧倒的な存在感。

うねる体が、断崖の隙間から空を滑り出し、谷を覆うように伸びてゆく。


「…間違いない、煌だ」

ミナトの足が、無意識に後ずさる。


一度だけ、近くで見た。ヒノモトのあの海で。

あのときの、光を逆流させるような咆哮と、全てを塗り潰す力。


ミナトの体が、強張った。


何かをするより先に、全身の筋肉が勝手に固まる。

指先まで、冷たくなる。肺が、うまく動かない。


頭では動け、と命じているのに、足が地に縫い付けられたように動かなかった。

背中に冷たい汗が伝う。

胸の奥で、心臓が力なく跳ねている。


その恐怖は、あまりにも本能的だった。

あのときと同じ、いや、それ以上の“絶望”が、目の前に現れている。


ミナトはただ、その黒くうねる巨影を、黙って見上げるしかなかった。


人々の悲鳴が谷にこだまする。


峡谷の上では、布陣していた討滅団、煌の到来に備えていた団員たちが、次々と煌に斬りかかっていく。

しかし、岩が崩れ、足場を奪われ、黒い身体が動くたびに、何人もの団員が叫びと共に宙へと舞った。


「いやだあああああ!!」

「誰か、手を!うわああっ!!」

彼らの身体が、雨のように町へと落ちてくる。

地に叩きつけられ、屋根を貫き、壁に激突し、命の音があちこちで潰れる。


それでも、煌は止まらない。

ただ一度、わずかにその身をくねらせただけ。

だがそれだけで、町の頭上の岩がさらに崩れた。


ミナトの目の前で、誰かの身体が音もなく落ちてきて、石畳にぶつかり、動かなくなった。


その姿が、まるで、ただの、壊れた人形のようだった。


「……ッ」

喉の奥で、吐き気が込み上げる。

でも吐いても終わらない。目を閉じても、音も、臭いも、鼓膜に、肌に、焼きついて離れない。


地獄とは、こういうものだと思った。

崩れる空と、落ちてくる命と、終わりのない悲鳴。

全てを呑み込む、黒い竜のような異形。

それが「煌」だった。

 

ミナトは震える手を握り締めた。

心が押し潰されそうな恐怖のなかで、ただひとつ、思い出した。


「…シズク」

彼女の姿が頭をよぎる。


「探さないと…」

ミナトは地面を蹴った。

何かに取り憑かれたように駆け出そうとした、その瞬間だった。


――ズドン!

凄まじい音と共に、空が落ちてきた。

巨大な岩が町の屋根を突き破り、ミナトのすぐ近くに叩きつけられる。


爆風のような風圧と土煙に煽られ、ミナトの身体が吹き飛ぶ。

耳の奥で何かが弾け、世界がぐらりと揺れた。

目を開けると、土と血の匂いが鼻をついた。


あたりには、無惨に押し潰された家屋と、同じように潰された住民たち。

一人、二人……それでもまだ息のある者がいた。血を流しながらも、必死に助けを求める声が届く。

その姿に、喉の奥がひゅっと冷たくなる。


「…くそ……っ!」

だが――

ミナトの目には、もう別のものしか映っていなかった。

 

「今はシズクを…!」

そう思い直して走り出そうとした、その時だった。


視界の隅、崩れた家屋の脇。

ヒヨリがいた。


「……!」

彼女は今落ちてきた巨大な岩を押していた。

そこには確かに助けようという意思が宿っているように見えた。

 

「ヒヨリ……」


ミナトの胸に、何かが刺さるように震えた。


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