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陽の下、揺ぐ  作者: カナメ
七章 落陽の背
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ここに、います


シズクはミナトの言葉を聞いたまま、しばらく黙っていた。

視線はまだ、そっと自分の手を握る半妖異の白い指に落ちている。


「…そうだね…」

呟くようにそう言って、シズクはゆっくりとその手を離した。

そして顔を上げると、ミナトをまっすぐに見つめて、小さく息をついた。


「…そうしよう。少なくとも、あの子の最後を見届けた私たちには……責任が…あるから」

ミナトが頷くと、シズクは討滅団の団員に向き直った。


「手紙を……一通、書かせてください。すぐに終わります。紙と、筆記具をお借りできませんか?」

「ええ、もちろんです。こちらへ」

案内された団員に付き添われ、シズクは支部の奥、静かな書き物机のある小部屋へと姿を消す。


残されたミナトと半妖異だけの空間に、しばし静寂が流れた。

半妖異はまったく動かず、ただ霧のようにその場に佇んでいる。

ミナトはしばらく、ただ黙って立っていたが、やがて片眉を上げて、半妖異の肩を指先で軽く突いた。


「…なあ、おまえ、喋れたりするのか?」

半妖異は特に反応を示さない。

ただ、霧のような身体がわずかに揺らぎ、その輪郭が少し淡く滲んだ。


「おーい?」

もう一度、今度は指で額のあたりをちょん、と突いてみる。


無反応。だが、妙にじっとこちらを見ているような気がする。

 

「…お前、名前とか…いるか?」

返事はない。

ミナトは苦笑する。


「まあ、そりゃそうだよな。まだ"誰"でもないってことか」

そう呟いて、部屋の隅にあった椅子に腰掛ける。

半妖異はその様子を見ているのか、いないのか、反応はない。


やがて部屋の奥から、ペンの音がかすかに響いてきた。

ミナトはその音を、遠く感じながら、まだ表情のない半妖異と無言の時間を過ごしていた。


 

 討滅団の支部の夜は、静かだった。

椅子に腰掛けて、ミナトはため息をつく。

 

「……なあ」

ミナトは小さく呟いた。


「おまえ、コハルじゃないんだろ?」

返事はない。けれど、その沈黙が逆に何かを語っているようにも思えた。


「でもさ、たぶん…おまえの中にあるものって、コハルが最後に感じてた“なにか”なんだろうな。悲しみとか、怒りとか、希望とか……」

彼は膝に肘をつけて、ゆっくりと手のひらを眺めた。


「それって、きっと簡単に消えちゃいけないもんなんだよ。だから…残ったんだよな…」

ミナトは半妖異の方へ視線を移す。

 

「うーん…やっぱりさ…名前、いるよな?」

小さく呟いた声は、誰にも届くことなく支部の壁に吸い込まれていった。


「ずっと"おまえ"とか“半妖異”って呼ぶのもなんか嫌だしな。おまえ自身はコハルじゃないけど…コハルの想いから生まれたなら、名前くらいあったほうがいいよな」

相変わらず返事はなかった。


そのとき――

奥の扉が静かに開き、足音が廊下を渡って近づいてきた。


「……あ。おかえり」

ミナトが顔を上げると、シズクが部屋に戻ってくるところだった。

彼女の手には一通の封筒があり、肩にはかすかに疲労の色が滲んでいた。


「何してたんだ?」

ミナトが尋ねると、シズクは小さく微笑みながら答えた。


「…医者のいた村へ、手紙を書いてたの。コハルのこと、伝えたくて」

ミナトは軽く目を見開く。


「そっか…なんて書いたんだ?」


「“コハルは見つかりました。今は、私たちと一緒にいます。だから、心配しないでください”って」

言葉に宿るのは、静かだが、確かな想いだった。


「…それから“このような子が一人でも減るように、必ず煌を浄化します"って…」

しんとした空気の中、彼女の声だけが静かに響く。


ミナトはそれを聞いてしばらく黙っていたが、やがてそっと目を伏せた。


「…やっぱりすげえな。俺だったら、言葉になんかできねぇよ、そんなふうに」


「そんなことない…ミナトは誰よりもちゃんと、想いを伝えられる人だと思う」

シズクの言葉に、ミナトはふっと照れたように鼻を鳴らし、背中を椅子に預け直し、半妖異の方へ視線を移した。


「なあ聞いてたか?あのシズクが、初めて俺を褒めたぞ」

半妖異は、やはり何も言わなかった。

けれど、わずかに、風の流れに揺れる霧のように、その身体がふっと揺れたように見えた。

 

ふいに、奥の廊下から足音が響いた。

振り返ると、一人の団員が控えめに歩み寄ってきた。

彼はシズクの手にある封筒に視線を落とし、軽く頭を下げた。


「逝導様、その手紙、私どもが責任をもって村へ届けさせていただきます」

シズクは一瞬、手紙を見つめ、それから穏やかに頷いて手渡した。


「ありがとう…よろしくお願いします」

「はい。必ず届けます」

団員は手紙を胸元に大切にしまいこむと、ふと思い出したように顔を上げた。


「それと…今夜はどうか、この支部に泊まっていってください。部屋の準備も整えてありますし、お二人ともお疲れでしょう」


「…三人な」

ミナトが半妖異をちらりと見ながら言った。


団員は一瞬驚いたようだったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべてうなずいた。


「三人分、ご用意してあります」

ミナトとシズクは顔を見合わせ、小さく笑みを交わす。

長い夜の先に、ようやく訪れた一片の静けさが、そこにはあった。


※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。


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