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陽の下、揺ぐ  作者: カナメ
七章 落陽の背
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願いのかたち


沈黙が、ただ流れていた。


夕焼けの余韻に包まれた丘の上で、ミナトとシズクは座り込み、言葉を失ったまま時間をやり過ごしていた。

風が草を揺らし、陽はゆるやかに西へと沈んでいく。あの鐘の音が鳴り響いたのは、ほんの少し前のことのはずだったのに、遠い記憶のように感じられる。


コハルはいない。

目の前にいるそれは、彼女ではない。

なのに、どこか目を離せなかった。


ふと、半妖異がすこしだけ動いた。

まるで、風に反応するかのようにゆっくりと身体を揺らし、何かを探すように、丘の下の方へと歩を進めようとする。


「……おい、どこ行くんだよ」

ミナトの声が、乾いた空気を切り裂くように響いた。


半妖異は立ち止まった。

振り返ることはない。何かを答えることもない。

ただ、声のほうにわずかに反応したように、身体の向きを僅かに変える。

 

「……感情、ないのか。返事もしねぇのかよ」

ミナトは立ち上がると、ゆっくりと半妖異のもとへ歩み寄る。

その手を伸ばし、躊躇いながらもその腕をそっと掴む。冷たい。けれど、生きているような熱も、どこかに微かに感じる。


「放っておくわけにも、いかないだろ……。おまえが何者でも……あの子の想いの一部なら」

後ろで、シズクがゆっくりと立ち上がった。

疲れが見え隠れする表情のまま、ミナトの隣まで歩み寄る。


「…それを連れて…一旦町に、戻ろう」

「…そうだな」

ミナトはシズクの肩を支えつつ、もう片方の手で半妖異の腕を引き、ゆっくりと小道を下りはじめた。


その道には、風と、草の音と、沈む夕陽の残り香があった。

言葉のいらない時間のなかを、三つの影が、ゆるやかに歩いていった。


 

 三人がユウキョウの町へ戻る頃には、あたりはすっかり夜の帳に包まれていた。夕方の鐘の余韻も消え、町には灯籠の明かりがぽつぽつとともり、昼間の賑わいは静けさに変わっていた。


ミナトはシズクの肩を支えながら、半妖異の腕を引き、町の中心にある宿屋の前で足を止めた。

木製の看板には、温かみのある筆文字で「夕響楼」と書かれている。その名前の通り、夕陽に照らされた町の鐘の音を象徴するような、老舗の宿だった。


ミナトが扉を開けると、店主らしき中年の男性が帳簿をめくっていたが、すぐに顔を上げた。


「いらっしゃ――」

男の言葉が途中で止まり、目を見開いた。

半妖異の姿を見た瞬間、全身を強張らせ、明らかに後ずさる。


「な、なんだいその連れは…ッ!うちの宿に、そういう者は入れられねぇ。すまねぇが、帰ってくれ!」

「おいちょっと待ってくれ、こいつは…!」

ミナトが食い下がろうとしたが、男はすでに扉の向こうへと姿を消し、内側から鍵をかける音が響いた。


ミナトはしばらくその扉を見つめたまま、口をつぐんでいた。

怒りとも、諦めともつかぬ感情が胸の奥でくすぶっている。


「…仕方ないよ」

静かに言ったのはシズクだった。


「討滅団の支部に行こう。あそこなら、少なくとも話を聞いてくれる」

ミナトは肩に寄りかかるシズクを支え直し、半妖異にも目を向けた。


「行こう…お前の居場所が、どこにあるのかはまだわからないけどさ」

半妖異は無言でただ立っていたが、ミナトの動きにあわせて、また静かに歩き始めた。

三つの影が、夜のユウキョウに溶けていく。

光の届かない先に、何があるのかを知らぬままに。


討滅団の支部は、夜の帳が降りたユウキョウの町の中でひっそりと灯を灯していた。ミナトは静かに木の扉を押した。重厚な音を立てて扉が開くと、中には相変わらず、ひんやりとした空気が流れていた。


数名の団員たちが談話や整備の手を止めて、こちらへと目を向けた。


「あっ、逝導様…!」

誰かが、声を上げた。


すぐに、数人の団員が立ち上がり、シズクの前に駆け寄る。彼女の姿を見て、安堵したように微笑む者もいた。


「戻られたのですね……それで、あの少女は……」

一人の団員が問いかけた。声は穏やかで、どこか祈るような響きを持っていた。


けれど、その言葉が終わるよりも早く、団員たちの視線がミナトの背後へと移っていく。


「……っ」

「な……これは…」

背後に立つ半妖異の姿を見た瞬間、室内に一気に緊張が走った。

武器の柄に手をかける者、思わず後ずさる者、口元を押さえる者。皆、目を疑うようにその存在を見つめていた。


「おい落ち着けって」

その言葉に、動揺の波がわずかに収まる。


続いて、シズクがゆっくりと前へ出る。

疲労の色を残したまま、それでも真っ直ぐな声で語りかけた。

 

「これは、半妖異です……神聖な祠ではなく、自らの意思で命を絶った者の想いが、形を持って現れてしまった……“間違った妖異降ろし”の結果です」


団員たちは言葉を失い、しばらく沈黙が流れた。

だが、誰一人として剣を抜く者はいなかった。


やがて、先ほどの団員が、深く息を吐き、頭を垂れた。


「……詳細を、教えていただけますか?」

そして、再び静けさが、討滅団の支部を包んだ。

ただその中心には、霧のように揺らめく半妖異が、無言のまま立ち尽くしていた。


シズクは一歩進み、少しだけ俯いたまま、言葉を選ぶようにして口を開いた。


「……この半妖異は、今朝、私たちが探していた少女…コハルです」

その名を口にした瞬間、静まり返っていた団員たちの間に小さなどよめきが走った。


ミナトは黙ってシズクの背を見つめていた。彼女の声には、痛みと誠実さが込められていた。シズクは続けた。


「彼女は、自ら命を絶ちました。けれどその想いがあまりに強く……祠を通さずに降ろされた妖異の力が、彼女の魂に影響を与えてしまったんです」


そこから先の説明は、簡潔に、けれど丁寧に語られた。


――二体目の妖異降ろし。

――町に戻る途中で出会ったコハル。

――少女が語った母の言葉と、願い。

――そして、彼女の命が終わった直後に現れた“半妖異”。


話し終える頃には、室内は先ほど以上に静まり返っていた。


そして、先ほどから話を聞いていた団員が、ぽつりと漏らすように言った。


「……つまり、これは…本当に“少女だった”ということ、なんですね…」


誰も答えなかった。


シズクは、揺れる半妖異を見つめたまま、しばらく黙っていた。

その静寂の中で、彼女の瞳にわずかな迷いと、痛みが浮かぶ。


「……本当は……私も、この子と一緒にいたいんです」

かすかに震える声だった。けれど、その想いははっきりと届く。


「でも…私は逝導として、やらなければならないことがある…だから、討滅団で預かってもらえませんか?」


シズクの言葉に、団員たちは顔を見合わせ、先ほどの男が一歩前へ出て答えた。


「…ええ…我々は構いませんが…」

言いかけたときだった。


シズクの言葉に応えるように、霧のような身体を揺らしながら、半妖異がゆっくりと腕を伸ばす。

次の瞬間、半妖異の長く白い指が、シズクの手をしっかりと包んだ。

 

「…あっ…」

シズクは驚きに目を見開き、そしてその手を見下ろしたまま、小さく息を呑んだ。

後ろで黙っていたミナトが、ゆっくりと前へ出る。

 

「…連れていこう」

シズクが顔を上げて、ミナトを見る。


「放っておけないだろ、こんなの。こいつが“コハルじゃない”ってのは分かってる。けど…あの時、あいつは願ったんだ。次は幸せに暮らせるようにって。それがこんな形になっちまったんだとしても…その願いは、もう誰にも踏みにじらせたくない」


ミナトの声は、熱を帯びていた。

「……だから、俺たちで見届けよう。こいつの終わりを。ちゃんと、どこかに辿り着けるように」


言い終えたとき、半妖異がゆっくりとミナトの方を向いた。

その視線には、確かに“何かを感じている”ような重みがあった。


※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。


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