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陽の下、揺ぐ  作者: カナメ
六章 夕響
19/31

ユウキョウ



「おねえちゃん、ゆきしるべ様だったんだね」


コハルの声は、あくまで静かだった。

その幼さを残す声音は、淡く、ただ事実を確認するように響い



「……おかあさんがね、言ってたの」

コハルの声は、変わらず静かだった。けれど、その静けさの中にあるものは、確かに揺れていた。


「しんじゃう前にわたしに話してくれたの」

「ゆきしるべ様にいのちを捧げれば、コウをきっと倒してくれるって……それが最後のきぼうだって」

ミナトも、シズクも、言葉を挟めずにいた。


「コウは…許しちゃいけないとも、言ってた。あんなに優しかったおかあさんが…くるしそうな顔で言ったの。怖かった。でも、ちゃんと覚えてる。おかあさんの声も、涙も、全部」

コハルは、小さく笑った。震えるような笑みだった。


「だから……おねがいします」

その言葉と同時に、少女の腕がわずかに動く。

ナイフの刃先が首元に近づいた。


「コハル!!」

ミナトの叫びと同時に、鈍く湿った音が響いた。

それは肉を裂く音。血が、彼女の服を、そして夕陽の中の世界を濡らしていく。


「やめろ!!」

ミナトが駆け寄る。シズクもすぐに後を追う。

小さな身体はもう地面に崩れ落ちていて、その胸元から赤がじわじわと広がっていた。


「なんでだよ!!なんでこんなことを…!」

ミナトは震える手でコハルの身体を抱き起こす。

シズクもすぐに膝をつき、傷口を抑えようとするが、手の中から命がこぼれていくようだった。


「ゆきしるべ様…」

コハルの瞳がかすかに揺れ、焦点の合わないままシズクを見つめる。

呼吸は浅く、声も掠れていた。


「次は…おかあさんと…おとうさんと……ちゃんとしあわせに…くらせるよね…?」

小さな手が、ミナトの袖を弱々しくつかむ。

その手は、もう冷たくなりはじめていた。


その言葉を最後に、コハルの瞳から光が消えた。

手が、すうっと力を失って地面へと落ちる。


ミナトは何も言えなかった。

ただ、腕の中で冷たくなっていく命を見つめていた。

シズクも、震える手で彼女の髪に触れ、静かに目を閉じた。


彼女の命を守るために、ここまで来た。

それでも、目の前で命を断たれてしまった。


なにもできなかった。それが、ただ重く、二人の胸を押し潰していった。


風が一度止み、まるで時間そのものが凍ったかのように、あたりは静まり返っていた。


ミナトとシズクは、コハルの身体を見つめたまま動けずにいた。

けれど、その沈黙は長くは続かなかった。


コハルの胸元から、ふわりと、霧のようなものが立ち上がった。


「……!」

ミナトが息を呑む。シズクもまた、無言で一歩後ずさった。

それは妖異降ろしで見た光とは異なっていた。

色もなく、形もない、ただ淡くゆらゆらと漂う白い靄。けれど、どこか“意志”のようなものを帯びていた。


「……これは……」

霧は、ゆっくりとコハルの身体の上を離れ、宙に浮かびながら揺らめいた。

まるで空気を探るように、形を定めず、くるくると舞う。


そして――

その霧が、ある瞬間から、少しずつ輪郭を持ちはじめた。

一本の腕のような影が現れ、それに続いて、脚とも尾ともつかぬ細長いしなやかな線が伸びてゆく。

身体の中心には、鼓動のような脈打ちがあり、それがリズムを刻みながら次第に輪郭を支配していく。


 

「…まさか…妖異か…?」

ミナトの声は風にかき消されそうなほど、かすれていた。

彼の視線の先には、形を得たばかりの存在が、ただ静かに佇んでいた。


しかし、それは“妖異”ではなかった。


確かに異形の姿。長くしなやかな肢体、浮遊するような身体、顔のない輪郭。

だが、その身から溢れる気配は、あの祠で見た妖異たちとは違った。

その存在は悲しげで、どこか切実に、静かにそこに“居る”だけだった


「……違う。妖異じゃない……」

シズクが呟いた。

そして、ふと顔を上げる。その表情には困惑と共に、どこか確信めいた静けさがあった。


「これは……“半妖異”…だと思う」

「半妖異……?」

ミナトがシズクを見る。


「…逝導に、古くから伝わる話のひとつがあるの」

「半妖異……そう呼ばれている存在」


「半妖異…?」

「本来、妖異降ろしは…神聖な祠でしか行ってはいけないとされているの。それは、ただ形式や儀礼のためじゃない。祠には、魂を還すための結界と、古の浄化の力があるから」

ミナトは黙って、霧のような異形を見つめる。


「でも……もしも、その祠から離れた場所で、未来への想いが溢れたまま、自ら命を断ったなら。その魂は正しく還ることができず、この世にしがみついてしまうことがある。そして…その想いが強すぎた時、魂は自らの力で“形”を持ってしまう」

シズクの声は、次第にかすかに震えていた。


「…それが、半妖異。死者の魂が迷い、なおも未来を願い、残された光のような存在。妖異と違って、破壊のためにあるわけじゃない。けれど、完全にヒトでもない。ただ……この世界に、残ってしまったもの」

ミナトは何も言えなかった。

その霧のような存在を見つめながら、胸の奥が軋むのを感じていた。


それはまさしく、今まさに、自分たちの目の前にいる存在。

コハルが、強く願い、そして逝ったことで、生まれてしまった、半妖異。


「……じゃあ、これはコハルなのか?」

ミナトの声は、祈るように震えていた。

けれど、シズクは首を横に振った。


「……違う。コハルじゃないよ…」

彼女の瞳には、はっきりとした確信と、そして深い悲しみがあった。


「これは……コハルの想いが、形になっただけ。あの子の記憶も、意識も、もうない。コハルは、もう…死んだんだよ」

ミナトは、目の前の半妖異を見つめた。

それはたしかに、コハルの面影をどこか微かに残しているようにも見えた。

けれど、そこに彼女の声も、気配すらもなかった。


「じゃあ……これは……」


「これは“半妖異”。もう、別の存在なの。コハルのように見えても、コハルじゃない。ただあの子が未来を願った証」

 

沈黙が落ちた。


夕焼けの残光に包まれたその異形は、ただ静かに霧のような羽衣を揺らしていた。

その姿には、怒りも哀しみもない。ただ残された祈りのような静けさがあった。


※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。


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