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陽の下、揺ぐ  作者: カナメ
六章 夕響
18/31

二体目

 

陽が西に傾き、町の喧騒が徐々に遠ざかる中、ミナトとシズクは町の外れにある小道を歩いていた。


風が穏やかに吹き抜け、金色の光が道の先を柔らかく照らしている。

やがて、古びた石段が現れ、その先に静かに佇む祠が姿を現した。


祠は小道の脇で石畳に囲まれて建てられていた。

静寂に包まれ、町とはまるで別世界のようだった。祠は、長い時を経たような風格があり、石畳の上には何人かの人々がひざまずき、目を閉じて祈りを捧げていた。


「…いないな、コハル。ここにも」

ミナトは周囲を見回しながら、声を潜めて言った。


「…そうみたいだね」

シズクも同じく周囲を確かめながら、小さく答えた。


そのとき、祠の前で祈っていた人々のうち数人が、そっと顔を上げ、ふたりに気づいた様子を見せた。そして、目を見開くと、静かに立ち上がり、シズクの方へと歩み寄ってくる。


「…逝導様。長い間、お待ちしておりました」

年配の女性が深く頭を下げながらそう言った。ほかの者たちも次々にひざまずき、敬意を示す。


シズクはその言葉を静かに受け止め、小さく頭を下げた。

 

「…ご苦労様でした。では…始めます…妖異降ろしの儀を」

その言葉が祠の空気を震わせたかのように、祈っていた人々の表情が引き締まる。

風が一瞬止まり、木々が沈黙する。


ミナトはシズクの横顔を見つめ、ただ黙ってその横に立っていた。

 

シズクが静かに一歩、祠の前へと進み出た。

その足取りは決意に満ちており、背筋はぴんと伸びていた。


その瞬間だった。

祠の前で膝をついて祈っていた人々が、まるで合図を受けたかのように同時に立ち上がる。

誰一人、言葉を発さず。ただ、静かに、懐から小さな儀式用の短刀を取り出す。


ミナトの目が見開かれた。


「…っ」

迷いのない動きだった。

一人目の男が、自らの喉元に刃を当て、斜めに引く。

血が溢れ、音もなく倒れる。

続いて、若い女が同じように、自らの命を絶つ。

老人も、若者もそこに迷いはなかった。


ミナトは咄嗟に動きそうになる足を、自らの意志で止めた。

拳を固く握り、歯を食いしばる。

 

「…っ、くそ……!」

これが妖異降ろし。彼らは煌の浄化のために、必要な犠牲。

その意味を、ミナトは頭では理解していた。理解していたはずだった。

けれど、目の前で命が次々と絶たれていく様は、まるで自分の魂を削られているかのようだった。


祠の前に立つシズクは、微動だにせず、それをすべて見届けていた。

まっすぐに正面を見据え、瞳に一点の曇りもなかった。


やがて、最後の一人が倒れ、祠の前は、血と沈黙に染まった。


風が止まり、空気が重く沈む。

その中で、シズクが小さく、しかしはっきりとした声で言った。


「……現れよ」

その瞬間、シズクが手に持っていた導珠の輝きが一瞬だけ強く、陽に照らされた黄金のように輝き、やがて穏やかな光となった。

彼女はその光を見つめながら、ゆっくりと両手を広げ、深い祈りのように目を閉じた。


祠の周りの空気が震え、風が強く吹き始める。

倒れた人々の身体から淡い光が溢れ出し、やがて一つに集まるように空間を駆け抜ける。そして一つになった光から、揺らぐように赤い光が現れた。


夕陽が、ちょうど地平に触れようとしていた。

木々の間から差し込んだその金紅の光が、まるで炎のようにゆらめきながら祠を照らす。


まず見えたのは、赤い瞳だった。

燃えるような夕陽の輝きに照らされ、その瞳はまるで業火のように爛々と輝く。

知性とも狂気ともつかぬ光が、その瞳の奥に潜んでいた。


続いて、姿全体があらわになる。

その身体は白く、まるで濃密な霧をそのまま形にしたかのよう。

不自然に伸びた四肢が地を滑りながら進む。身体の輪郭は常に揺らめき、見る者の焦点を惑わせる。


ミナトはただその姿を、赤い瞳を、凝視することしかできなかった。


「…降りよ」

シズクの声はかすかだったが、夕陽に染まった空気の中に、はっきりとした余韻を残した。

手にした導珠を胸元に近づけ、そっと両の掌で包み込む。導珠は静かに、だが確かに赤い光を帯びはじめ、その光はまるで心音のように脈打ち、次第に強さを増していった。


周囲の空気が凍るように静まり返る中、赤い瞳が導珠の光を映した。

妖異は、自らの帰るべき場所を悟ったかのように、長い腕をゆっくりと伸ばす。

その動きはまるで祈るようで、しかし一点の迷いもなかった。


そして次の瞬間、導珠の光がふわりと広がった。

赤い瞳を中心に、霧のような白い身体が光に包まれていく。

不規則に揺れる長い四肢。衣にも羽にも見える霧のような外套。

すべてが淡い光に染まり、静かに沈んでいった。


ミナトは唇を噛み、拳を握ったままその光景を見つめていた。

祈るように。耐えるように。

妖異は、その身を霧のようにほどき、ひとひらの煙のように空へと揺らぎながら、赤い光となって導珠へと吸い込まれていった。



やがて、すべての光が導珠に集まり、一度だけきらりと光を放つ。

それは、どこか寂しげな終わりの合図のようだった。


その瞬間。


"ゴォォーン"

ユウキョウの町の中心にある大鐘が低く、深く、空気を震わせるように鳴った。

夕暮れの合図を告げるその音は、ゆるやかに辺りを満たし、まるで世界の端にまで届くかのように広がっていく。

橙に染まった空。金色に照らされた家々。

そのすべてが、鐘の音に応えるように、柔らかな静寂を抱きしめていた。


祠の中にも、音の波紋がゆっくりと届く。

それはまるで、誰かの魂を送り出すための鎮魂の調べのようだった。

 

導珠の銀の鎖が小さく鳴り、再び訪れた静寂が、空気に溶け込んでいった。

 

二体目の妖異は降りた。

そして、それは確かに、誰かの命と想いによって成されたものだった。


シズクはゆっくりと導珠を胸元に戻すと、ふらりと小さく体を揺らした。

足元がふらつくのを感じたミナトがすぐに支えに入る。


「…おい、大丈夫か」

 

「…ごめん大丈夫」

シズクはかすかに微笑みながら答えた。


けれどその顔は蒼白で、導珠の力を使い、妖異を降ろすという行為が、どれほどの負担を彼女に強いるかを、ミナトは痛いほど理解できた。

それでも彼女は、まっすぐに祠の前に並ぶ亡骸たちへと歩み寄る。


すでにその顔からは血の気が引いていたが、ひざを折り、静かに、深く、地に額がつくほどに頭を下げた。


「…あなたたちの命と、想い。たしかに受け取りました。ありがとう…本当に、ありがとう…」

その声は風に消え入りそうに小さかったが、どこまでも澄んでいた。


しばしの沈黙ののち、ミナトはそっとシズクの肩に手を置いた。


「…一旦戻ろう。町へ」

シズクは小さく頷き、二人はゆっくりと祠を後にする。

金色の光が揺れる山道を、足取りは重く、けれど確かな一歩で。

 

 

山道を、二人はゆっくりと歩いていた。

傾いた夕陽が、木々の隙間から金色の光を落とし、足元をやさしく染めている。


シズクの肩を支えるミナトの視線が、ふと前方に吸い寄せられた。


「…あれは……」

逆光の中、ひとりの少女が立っていた。

 

夕陽がちょうど背後から差し込み、少女の輪郭だけが眩しい光に縁取られている。

その細い肩も、風に揺れる髪も、まるで光の中に溶け込んでいくようだった。


ミナトは足を止める。


「……コハル…?」

あの佇まい。幼い輪郭。

間違いない。あれは、あの少女、コハルだった。


だが次の瞬間、ミナトは目を見開く。

少女の手元、逆光の中にかすかにきらめくものがあった。

小さなナイフ。

その刃先が、わずかに夕陽を弾き、光る。


「おねえちゃん、ゆきしるべ様だったんだね」

声は、あくまで静かだった。


その幼さを残す声音は、淡く、ただ事実を確認するように響いていた。



※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。


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