鐘、鳴る前に
数時間の歩みののち、ようやく二人はユウキョウの町の門へとたどり着いた。
石畳の道が陽を照り返し、白壁の家々が整然と並んでいる。
そして、町の中心にはひときわ高く、重厚な存在感を放つ鐘楼がそびえていた。
黒鉄で造られたその鐘は、年輪のような模様が刻まれ、長い時間の中で人々の暮らしを見守ってきたような静けさを湛えている。
「あれは…鐘か?」
ミナトがつぶやくように言った。
「そう。毎日夕方になると一度だけ鳴るの。その音が町に響いて、町全体が夕陽に染まる。その光景が“ユウキョウ”の由来って言われてるんだよ」
シズクが微笑んで答える。
「へえ、きれいだな、名前も景色も」
ミナトはしばらく鐘楼を見上げていたが、ふと我に返って前を向いた。
「でも、コハルが来るような場所じゃないよな」
太陽が真上に昇る頃、ふたりは石畳を踏みしめながら、人々の間を縫うように歩いていた。子どもたちが駆け回り、路地では洗濯物が風に揺れている。穏やかな日常が流れるなかで、どこかに小さな少女の足跡があるかもしれない、そう思うと一歩一歩が自然と早くなった。
「…あれ」
ミナトが通りの先にある建物に目をとめる。黒い木材で組まれた重厚な門構え。上には白地に赤い印が染め抜かれた旗がはためいていた。
「煌討滅団の支部だね」
シズクが頷く。
「あそこなら、何か知っているかもしれない」
ふたりは顔を見合わせ、迷わずその建物へと歩き出した。町の喧騒から一歩離れたその場所には、静かな緊張感が漂っていた。
ミナトとシズクは、煌討滅団の支部の前に立ち、静かに木の扉を押した。重厚な音を立てて扉が開くと、中にはひんやりとした空気が流れていた。
支部の内部は思っていたより広く、戦場を思わせる無駄のない機能的な造りだった。壁には煌との戦闘で使われる武器が整然と掛けられ、奥には地図や資料が広がる大きな作戦卓。床は石造りで、所々に草の匂いが混じる薬品やオイルの匂いが漂っている。
数人の団員たちが、装備を整えたり報告書を読み合わせたりしていた。全員が鍛えられた体つきをしており、無駄のない動きで支部内を動いている。ふたりの来訪にすぐ気づいた一人の団員が、足を止めてこちらに向かってきた。
「ようこそ。ここは煌討滅団、ユウキョウ支部です。…おや、その装束は…」
シズクの黒い衣が、目に留まったらしい。団員はすぐに表情を和らげ、姿勢を正して深く頭を下げた。
「…逝導様。ようこそいらっしゃいました」
ミナトが少し驚いたようにシズクを見ると、彼女は小さく頷き、前に出て言った。
「急な訪問で申し訳ありません。実は、幼い少女を探していまして…孤児だと思うのですが…この町に来ていないか、お伺いしたくて」
団員はすぐに周囲を見渡し、近くの別の団員に声をかける。支部内の空気がさっと動き、数人が手を止めて話に耳を傾けた。
「こちらで見かけたという報告は上がっていません…」
「そうですか…もし見つかったら教えていただけますか?」
シズクがそう応えると、団員たちの表情に敬意が浮かぶ。
「はい。逝導様の頼みなら我々も全力で探しましょう。こちらも煌と戦う者として、同じ方向を見ているつもりですから」
その言葉に、ミナトもわずかに眉を上げた。
「…逝導のやり方を、否定しないのか?」
「私たちは討滅団です。剣でしか戦えません。しかし…煌を“倒す”ことなんて我々には出来ないんだと思います」
「仲間も、部下も、何人も居なくなってしまいました。あれは、剣でどうにかなるものではないのです」
団員の目は、かつて何かを誓った者のものだった。
多くを失い、なお、剣を握る者の目だった。
「だからこそ、逝導様の力を信じています。浄化という道は、我々にとっても救いの一つなのです。ご無事に少女を見つけられますように」
シズクはゆっくりと頷いた。
「ありがとう。…私たちも、この町でできる限り探してみます」
「見つかったら、すぐ支部に知らせてください。可能な限りの支援はします」
支部の扉が再び開くと、外の光が中へと差し込んだ。
ミナトとシズクは礼を言い、再び町の石畳へと足を戻す。
町の通りは昼の喧騒に包まれていた。
屋台からは香ばしい匂いが漂い、商人たちは威勢のいい声を張り上げながら客を呼び込んでいる。道端では子どもたちが走り回り、風に揺れる布地の下、仕立て屋が針を動かしていた。
そんな賑わいの中で、ミナトとシズクは静かに歩きながら、何度も周囲を見渡していた。
「…いないな」
ミナトがつぶやく。声には焦りはなかったが、その目はどこか落ち着かずに揺れていた。
シズクは首を横に振りながら、通りすがる人々に何度か声をかける。
「すみません、コハルという少女を探していて。少し痩せていて……」
だが、誰も心当たりがないという。彼女が言葉を重ねるたびに、首をかしげたり、申し訳なさそうに首を振ったりする人々ばかりだった。
「ここまで賑やかなのに、あの子の姿だけが見えないってのも…変な感じだな」
ミナトは立ち止まり、町の中心にある大きな鐘を見上げた。陽が傾きはじめ、鐘の金属が金色に染まりはじめている。
「これだけ賑やかなら見かける人くらい居そうだけどな」
「…もしかしたら…賑やかな場所が苦手だったのかも」
シズクが小さく呟いた。
コハルは、煌によってすべてを失った。そんな彼女が、笑い声と活気に満ちたこの町の中心に身を置けるとは、たしかに考えにくい。
「町の外れ…この町にも祠があるって言ってたよな?」
ミナトは思い出したように言った。
シズクは少し考え込み、そして答えた。
「うん。でも、ヒナカセの祠と同じであそこは妖異降ろしのために贄たちが常に祈りを捧げているはずだよ」
「それに…もし祠に行くなら、妖異降ろしの儀を始めなきゃいけないよ」
ミナトは黙ってそれを聞き、少しの間考え込んだ。
「でも、コハルがそこにいるかもしれないなら、行ってみる価値はあるだろ」
シズクは少し迷った様子を見せたが、すぐに決断を下した。
「うん…そうだね、行こう。コハルが居ても居なくても…二体目の妖異降ろしを始めるよ」
ミナトは静かに頷き、ふたりは祠へと足を進めた。
※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。
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