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陽の下、揺ぐ  作者: カナメ
六章 夕響
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朝靄の追跡


 まだ陽が昇りきる前の淡い光が、窓の縁をぼんやりと染めていた。

鳥のさえずりが遠くで響き、夜の冷気がまだ部屋の隅に残っている。


ミナトはゆっくりとまぶたを持ち上げた。

昨日の悪夢の余韻は、うっすらと胸に残っていたが、現実の光がそれを少しずつ洗い流していく。

隣にはシズクが横になっており、眠りから覚めかけているようだった。


「…朝か」

ミナトがそう呟いた瞬間だった。


どこかから、何やら慌ただしい足音と声が聞こえてきた。

それは一人や二人ではなく、何人もの人間が焦ったように駆け回っているようだった。

 

「…なんだ?」

ミナトが起き上がろうとしたところで、扉が勢いよく開いた。

入ってきたのは、昨夜コハルを診ていたあの医者だった。

顔には汗が浮かび、いつもの落ち着いた雰囲気は影も形もない。


「おふたりとも…!すみません、もうお目覚めでしたか!?」


「なにかあったんですか?」

シズクも目を覚まし、寝具の上で身体を起こす。


医者は一瞬ためらったが、すぐに深く頭を下げた。


「……少女が。コハルちゃんが、いなくなってしまったんです!」

ミナトとシズクは、同時に顔を上げた。


「いなくなった…?それって、どういう…」

「夜明け前に見たときは確かに寝ていたんです。ですが、先ほど様子を見に行ったら、布団が乱れていて、彼女の姿がどこにも…!」

その後ろから、村人たちも続々と現れた。

 

「裏手の小道も探したけど見当たらない」

「わたし達も手分けして探してはいますが…」

「ひとりで外に…?」

ミナトは立ち上がり、シズクの方を向く。


「…探そう。きっと、まだ遠くには行ってない」

「うん、急ごう」

シズクもすぐに立ち上がり、軽く髪を束ね直す。

彼女の表情に、眠気はもう残っていなかった。


外では、朝靄の中を村人たちが必死に動き回っていた。

ミナトは言葉なく、村の外を見やった。霧が晴れ始めたばかりのコガネ街道が、金色に濡れた草の中でうっすらとその輪郭を浮かべている。


朝靄の中、ふたりはもう一度旅の支度を整え、失われた小さな足跡を追って、再び歩き出した。



 ミナトとシズクは、村の外れを越え、朝露の残る草を踏みしめながらコガネ街道へと出た。

街道には早朝の柔らかな陽が差し込んでいて、まだ人の気配は少なかった。


「……痕跡があればいいんだけど」

ミナトは道の端を見やりながら呟く。だが、足跡は霧と朝露に溶けてほとんど残っていなかった。


歩き出して間もなく、前方から荷車を引いた男がゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えた。

年配の商人らしく、背中には布袋、荷車には陶器や布地が積まれている。

彼はシズクを見るなり目を丸くした。


「おお…もしや逝導様?」

思わぬ言葉に、ミナトは少しだけ後ろに視線を送った。

シズクは軽く会釈をして、答える。


「ええ、そうです。すみませんが聞きたいことがあります」


「ええ、いいですが…逝導様が動かれるとは、なにかよほどのことが…?」


ミナトが一歩前に出た。


「このあたりで、ひとりで歩いていた小さな女の子を見ませんでしたか?髪は肩くらい、服は少し汚れていて…」

商人は腕組みをして、少し考え込んだ後、ぽんと手を打った。


「あ、ああ、ええと…女の子?そう言えば、今朝方、この道を向こうに歩いていった子がいましたな。ひとりで、ちいさな背中で…」

商人は言いながら、道の先、まだ霧の尾を引く彼方を指差した。


「どこに向かってたか分かりますか?」


「たぶん…ユウキョウの町の方角かと。しっかりした足取りじゃなかったけど、迷ってる様子でもなかった…」


「…ありがとう」

ミナトが深く頭を下げると、商人は恐縮したように手を振った。


「い、いえいえ。どうかお気をつけて…」


「行こう、シズク」

「うん」

ミナトとシズクは、商人が指した先へと再び足を踏み出した。

 

 道中、ふたりはすれ違う旅人や行商人、荷車を押す村人に、次々と少女の姿を尋ねていった。


「…ああ、今朝方すれ違ったよ。あの子、ユウキョウの方に歩いてた」


「見た見た。足を引きずってたから心配だったけど…まっすぐだったな」


「黙ってたけど、目が強かった。ひとりで大丈夫かねえ」

誰もが同じ方角を指差し、同じ印象を語った。少女コハルは、ただまっすぐにユウキョウの町を目指していたらしい。


金色の草原が少しずつ終わりを迎え、山と森が左右に近づいてくる。遠くには街道の先に白い煙が立ちのぼり、町の存在を知らせていた。


「なあ、シズク」

ミナトが少し息を切らしながら口を開く。


「ユウキョウの町って……何があるんだ?」

「大きな商会と、煌討滅団の支部。それと…町の外れに妖異降ろしの祠があるぐらい」

シズクは首をかしげる。


「旅人は多いけど、あの子が目指すような場所は、正直ないと思う」

「じゃあ…どうして」

ミナトはつぶやくように言い、遠くに霞む町影を見つめた。


もしかして、自分の悪夢が悪い現実を引き寄せたのか――そんな考えが、頭をかすめた。

その答えはまだ霧の中にあったが、確かにあの小さな足取りは、そこへ向かって歩いていた。


※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。

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