煌の眼
二人は集落の奥まった一軒の家に通され、素朴だが清潔な部屋に腰を落ち着けた。
藁敷きの床には柔らかい布団が敷かれ、どこか懐かしいような木の香りがする。
シズクはそっと窓を開け、夕闇に染まりゆく空を見上げた。
静かな夜が、ゆっくりと集落を包み込んでいく。
風の音だけが、遠くで優しく鳴っていた。
夜が更け、かすかな虫の声と、藁を踏むような風の音だけが漂っていた。
ミナトは横になっていたが、すぐに眠りについたわけではなかった。
コハルの言葉が頭の中に何度も反響していた。
「あのひかりのこと、しってるよ」
煌。それは、ただの脅威ではない。記憶と心を焼き尽くす、名前のない悪夢そのものだった。
やがて、意識が薄れていく。
夢の中で、彼はヒノモトの神社に立っていた。
長い階段を昇りきると、目の前には古びた鳥居があり、神社の静かな雰囲気が包み込む。
ミナトはその鳥居の前に立ち、手を合わせて祈りを捧げていた。
何を祈っているのか、明確に覚えていないが、心の奥底から湧き上がる静かな想いが、手のひらを通して天へ向かっていく。
そのとき、背後から声がした。
「祈っているだけじゃ、何も変わらないぞ」
その声は、ミナトにはすぐにわかった。
父、カナギリの声だった。
振り返ると、そこには、確かにカナギリが立っていた。
ミナトの目をじっと見つめている。
だが、父の瞳が、少しずつ不気味に深くなっていく。
その視線に引き寄せられるように、ミナトは足を動かすこともできず、ただその瞳に引き寄せられるばかりだった。
そして、瞬間、視界が一変した。
カナギリの目に吸い込まれるように、ミナトの周囲の景色が消え、代わりに真っ暗な空が広がった。
次の瞬間、彼は別の場所に立っていた。
目の前には、見覚えのない、そして恐ろしい光景が広がっていた。
周囲の空気は重く、異常なほどの熱気が漂う。
彼の視線はとても高く、足元には、崩れた家々、燃え上がる木々が見える。
気づけば、ミナトは“それ”になっていた。
視界の先にあるのは、恐怖に満ちた顔。
逃げ惑う人々。
小さな村の家々が崩れていく。
違う、違うと叫びたくても声は出なかった。
自分の意思では止まらない破壊の波。
腕を動かせば、大地が裂け、
ただ立っているだけで、周囲の空気が焼ける。
火の粉が舞い、叫びが遠ざかる中、
誰かが震える声で叫ぶ。
「…あれは……“煌”だ!」
その言葉は不意に意味を持ち始める。
ミナトは“煌”として、世界を見ていた。
彼の目を通して見た景色は、まるで自分の身体が煌に取り込まれているような感覚だった。
煌は建物を粉々にしながら進み、辺りには煙が立ち込める。
その中で、幾つもの人々の悲鳴が響く。
ミナトはその力の前に無力であり、ただ破壊が進んでいくのを見守るしかなかった。
「誰か助けて……」
小さなその声が耳に届く。
だが、ミナトには何もできなかった。
涙さえも出せず、ただ煌の視点の中で見下ろすばかりだった。
そのとき、はっきりと響く声が聞こえた。
「おかあさん…!!」
その声は、コハルのものだった。
「……!!」
ミナトは、目を見開いて急に目を覚ました。
息を荒げ、胸の中に息苦しさを感じる。
汗ばんだ手を顔に押し当て、荒い息を吐いた。
そこには、シズクが静かに寝息を立てて横になっている姿があった。
彼女の寝顔は穏やかで、まるで何もなかったかのように眠っている。
「はあ…夢か…」
ミナトは、しばらくその姿を見つめた後、ゆっくりと息を整える。
夢の中の恐怖が、まだ心に重く残っていた。
※本作はすでに完結済みの長編ファンタジーです。現在、連載形式で投稿中です。物語は最後まで投稿される予定ですので、安心してお楽しみください。
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