第5話 ガーディアン警備保障
生徒たちの作業艇がすべてそろうと、教師の乗った艇が先頭になって移動を始めた。
教師たちの作業艇は3艇あったが、そのうちの1艇が先頭を、もう1艇が中央付近を、最後の1艇が最後尾を飛んでいた。
ホーリネスはルーザと同じ作業艇に乗っていた。
彼女がパイロットシートに座り、ルーザが隣のナビシートについている。
ルーザは口では、
「あなたのナビでは安心して飛べないから」
と言っていたが、実は操縦が下手だった。
それがホーリネスにばれるのが悔しかったので、ごまかしたのだ。
ホーリネスの操縦はなかなか上手かった。
もともと彼女は何をさせても器用にこなす方で、運動も勉強もクラスではトップクラスだった。
それがまた生意気で腹が立つ、ということになり虐めにつながっているのも事実だ。
そんなに私のことが憎いのなら、一緒に乗らなければいいのに。
ルーザからはずっと、憎悪と苛立ちと焦りの気が発せられている。
要するに、心細いのだ。
ルーザはクラスで最もホーリネスに強く当たる生徒だったが、それは一人でのことではなく、絶えず複数の仲間たちと一緒だった。
ホーリネスが横目で彼女を見ると、ルーザの口元がわずかに引きつった。
「何をよそ見しているのよ! 危ないでしょ!!」
とたんに、ルーザはヒステリックに叫んだ。
だが、その心の中では、地球人に関する噂がよぎっていた。
地球人はおかしな力を持っていて、人間を睨んだだけで殺すことができるという噂だ。
恐怖と怯えの気を感じて、ホーリネスはやれやれと思った。
まあ、肯定するつもりも否定するつもりもない。
信じてくれることで静かになってくれるのなら、それに越したことはないのだ。
ホーリネスが操縦に専念し始めると、ルーザはホッとした。
その心に、微かな嫉妬の気が生まれる。
あのグレイとかいう男子のことを考えているのね。
ルーザは、グレイがホーリネスに「ペアを組まないか?」と声をかけるのを聞いて、大慌てでそれを止めた。
その方法というのが、「私の方が先にホーリネスとペアを組む約束をしていたのよ」と、大嘘をつくことだった。
グレイは何の疑いも持たないまま、「ああ、そうだったのか。ごめんごめん」と言って離れていった。
思わず、とんでもないことを言ってしまったと思った時には、グレイはリリアに捕まって、強引にペアを組まされていた。
ホーリネスとグレイが近づくのを防げたものの、結局、リリアに彼をさらわれてしまったわけだ。
どうやら、今彼女が放っている嫉妬の気は、ホーリネスに対してではなく、リリアに対してのものらしい。
全然ナビもせずに、何を考えているのかしら。まあ、静かでいいけど。
メインモニターを見ていれば迷子になることはないし、今はそれほど難しい操縦をしているわけでもない。
そもそも学生の実習であるので、全ての作業艇は教官たちに監視されていて、誤った操縦などをすると、すぐにコントロールを奪われて遠隔操作されるようになっていた。
と、言うわけでルーザがおとなしくして邪魔をしてこなければ、たいした問題はなかい。
周囲に目を向けると、彼女たちが暮らしているサードコロニー以外にも、2つの大きな円筒が見えた。
ファーストコロニーとセカンドコロニーだ。
すべて同じ形、同じサイズなので、遠目にはどれも同じに見える。
さらに、彼女たちの進行方向には、もう1つのスペースコロニーがあった。
一番新しいフォースコロニーだ。
しかし、このコロニーは、ほかの3つとは若干様子が違った。
いや、かなり違うと言うべきだろう。
衝突防止用の警告灯以外、すべての照明が消えていたのだ。
今日の実習では、あの真っ黒なシルエットになっているフォースコロニーの周囲を一周して帰ることになっている。
ルビス星系最大の慰霊碑。
この星系の歴史における最大の汚点。
西暦2351年2月2日に発生した、ゲートネットワークの一斉断絶事件(もしくは事故)。
世に言う「大崩壊」が発生した後、この星系も当然のように大パニック状態に陥った。
この星系にはジャンプ航法が可能なジャンプシップが1隻もなく、ほかの星系との連絡手段が完全に断絶してしまったためだ。
それは、たいした工業力もなく、資源も乏しく、食料も自給自足できないこの星系にとって、最悪のシナリオへの入り口だった。
ルビス星系では、第3惑星ドレクスに12億人、それ以外の惑星に2億5千万人、そしてスペースコロニーに約3千万人が暮らしていた。
星系政府は、災害などに備えて一応食料を備蓄していたが、それは半年分しかなかった。
計算上では、その備蓄が尽きた時点から1年後には、人口の3分の1が飢餓状態に陥るという結果が出ていた。
多くの人々は、ゲートネットワークの断絶は一時的なもので、すぐに回復すると楽観していた。
そのおかげで暴動などはあまり起こらなかったが、食料や医薬品の節約がうまくいかず、半年もつ予定だった食料の備蓄は、予定よりも半月も早く底をついてしまった。
ここから悲劇が始まった。
惑星上では大急ぎで食料の増産が始められていたが、とてもではないが間に合わない。
何せ、もともとこの惑星で収穫できる食料では、総人口の10分の1しか養えなかったのだから。
対して、軌道上にあるスペースコロニーの方は、少し事情が違った。
これらのスペースコロニーは、もともと第3惑星ドレクスのテラフォーミング作業中に使われる基地として建造されたものだった。
30年間もの間、移民予定の人々や、テラフォーミング作業のために働きに来ていた人々とその家族が暮らしていた場所である。
当然、そこではある程度の食料や工業製品が自給自足されており、その生産機能は現在に至るまで稼働していた。
そのため、大崩壊後の食糧難の際にも、コロニーの住民たちは飢餓状態にはならなかった。
決して贅沢な生活はできなかったし、コロニーで作られた食料の多くは地上の人々に配られていた。
それでも、餓死するような人間は出なかったのだ。
対して、コロニーから食料を受け取っていても、地上の人々は飢え死にしていった。
そして、ついに人類特有の社会現象が発生する。
それは、地上人対コロニー人という対立関係だった。
その後、両者は当たり前のように激しく対立した。
この星系は交易の中継地として発展しており、多くのゲートシップが存在していた。
その中には軍艦もあり、彼らは二手に分かれて戦ったのだ。
攻める地上軍と、守るコロニー軍。
人口では圧倒的に有利だった地上軍だが、宇宙での戦いでは、やはりコロニー軍の方が上だった。
両軍は本当の意味で生きるために戦い、そして、ついに一つのコロニーが戦闘に巻き込まれてしまう。
それがフォースコロニーだった。
戦闘の規模自体は小さく、両軍の戦いにおける戦死者も100名にも満たなかった。
しかし、巻き添えを受けたフォースコロニーの住民は、3万人が死亡し、6万人が負傷、1200人が行方不明になった。
そして、このコロニーは二度と修復できないほどの損害を受けた。
人々は、コロニーに開いた巨大な穴から、次々と宇宙空間へ吸い出されていく住民たちの姿を見て我に返った。
そして、自らのとんでもない行為を思い知った。
何せ、同じ星系の人間同士で殺し合いをしたのだ。それも、大勢の民間人を巻き添えにして。
ルビス星系の人々は、自らの野蛮で残虐な行為を悔やみ、それを隠すために生け贄を求めた。
それが地球人たちだった。
他の星系に比べてルビス星系における地球人差別が激しいのは、その時の影響がいまだに色濃く残っているからだ。
確かに、大崩壊当時、この星系にいた地球出身者たちは遺伝子を操作され、ゲートネットワークとリンクしたテラーネットワークによって守られ、優遇されていた。
世にいうテラー・ネット・DNA適応者という人たちで、現在、地球人と呼ばれ虐げられているのはその子孫たちだった。
しかし、ゲートが使えなくなると同時に、彼らは星系の人々以上にパニックを起こした。
何せ、どれほど遠く離れていてもテラーネットワークによって守られていたのに、それがなくなってしまったのだ。
まるで、幼子が一人で知らない街に置き去りにされたようなものだった。
彼らの一部は、テラーネットワークの断絶によって精神障害を起こし、発狂したり、残虐な犯罪を犯したりした。
当時の地球人たちは、まさしくその名の通り、地球あっての存在だったわけだ。
しかし、今は違う。
長い年月をかけて混血化が進み、遺伝子操作によって得られた特殊能力も、ほとんど使えなくなっている。
フォースコロニーの外壁が迫ってきた。
今では巨大な心霊スポット扱いされており、馬鹿な若者たちと、時々思い出したように特集を組むテレビ番組のスタッフ以外、誰も近づかない。
一応、立ち入り禁止になっているため、中に入るには政府の許可が必要だ。
しかし、見回りには、時々軌道パトロールの巡視艇がやって来る程度なので、比較的簡単に中に入ることができるらしかった。
生徒たちの作業艇の列は、その巨大な円筒の周囲をゆっくりと回り始めた。
グレイはスロットルを全開にして急加速や急旋回をしたい衝動を我慢しつつ、前を行く作業艇の後をついていった。
その時、センサーの一つに新たな反応が現れた。
ナビシートについていたリリアがそれに気づき、手元のコンソールを操作する。
カーソルをその反応に重ねてサーチを命じると、次々とサブモニターにデータが表示された。
ガーディアン警備保障の戦闘艦だ。
全長約400mのその艦は、ゆっくりとサードコロニーの方へ向かっていた。
ガーディアン警備保障とは、その名の通り、民間の警備会社である。
ゲートネットワークが宇宙中をつないでいた時代とは違い、現在では辺境の星系などはかなり治安が悪くなっていた。
昔懐かしい海賊や反政府ゲリラ、さらには訳の分からない武装集団に至るまで、宇宙には危険な連中があふれているのだ。
本来ならば、警察や宇宙軍がそういった連中を捕らえ、善良な民間船を守るべきなのだが、何せ宇宙は広い。
追いかけても探し回っても、悪い連中はそのたびに逃げ回り、姿を現さなくなるのだった。
さらに言えば、ゾダーン連邦は、わざとそういった悪党どもに武器をプレゼントして、「これで好きなだけ暴れろ」と言ったりする。
おかげで、ソロマニ帝国を含め、他の国々も自国内のすべてを警護することができずにいた。
そのような状況で生まれたのが、ガーディアン警備保障だった。
この会社はどこの国にも所属せず、その代わり、どこの国の軍隊にも力を貸さないことを条件に、かなりの武装を許可されている。
事実、この会社が使っている戦闘機は、一流企業の機体ばかりだ。
彼らは依頼を受けて民間船の護衛をしたり、星系の警護をしたり、あるいは現金や貴重な美術品を運搬したりと、あらゆる仕事をこなしていた。
ただし、軍隊や警察とは違い、料金を払わなければならなかったが。
「グレイ、珍しい船がいるわよ」
「何だ?」
「ガーディアンの戦闘艦よ」
「何っ?!」
それまで戦闘機パイロットになりきっていたグレイの表情が変わった。
「これよ」
リリアがそう言って、グレイの正面にあるサブモニターに、ガーディアン警備会社の戦闘艦の映像を表示させた。
「ヒューッ、すげえ。巡洋艦クラスじゃないか」
連装の粒子ビーム砲塔を3基装備した姿は、まさしく軍艦のようだった。
艦首部分には開閉式の戦闘機用ハッチがあり、この艦が多数の艦載機を搭載していることを示している。
「でも珍しいな。こんな賑やかな星系に来るなんて。あいつらって、辺境で働いているんだろう?」
「そうね。軍隊や警察の目が届かないところが、彼らの仕事場だからね」
「挨拶に行こうか?」
「やめてよ。冗談でも撃たれたら、こんなちっちゃな作業艇なんか蒸発しちゃうじゃない」
ガーディアン警備保障の巡洋艦には、対空用のパルスレーザー砲も装備されている。
防御シールドを持つ戦闘機でさえ撃墜するほどの出力があるレーザーに、この貧弱な作業艇が耐えられるわけがない。
彼らはどこの軍隊にも属さない代わりに、どこの軍隊からの干渉も嫌っていた。
そのため、時々、考えられないほど過激な行動を取ることがある。
数年前にも、からかおうとして近づいた金持ちのクルーザーが、パルスレーザー砲で真っ二つにされ、乗っていた全員が死亡する事件があった。
そのクルーザーに乗っていた者たちの遺族は、当然怒り狂って猛抗議をした。
しかし、ガーディアン警備保障側は「警告はした。それに従わなかった方が悪い」と言い、まったく謝罪も賠償もしなかった。
逆に、パルスレーザー砲を撃つのにかかった費用を、遺族側に請求したほどだ。
海賊や過激な武装集団を相手に仕事をしている彼らは、絶えず臨戦態勢にあるのだった。
「サードに向かってるよな?」
「そうね」
グレイの瞳がキラリと光った。
「グレイ、まさか帰ったら見に行くつもり?」
「当たり前だろ。俺たちのコロニーにあんな船が来るなんて、滅多にないんだ。頼み込んだら、少しくらい中を見せてくれるかもしれないじゃないか」
「まあ、無理だと思うけど」




