第4話 作業艇操縦実習
西暦2515年1月8日
「フフ~ン、残念だったわねえ」
リリアが顔を寄せて、そう言ってきた。
「何がだよ?」
作業艇のコックピットの中で、発進準備を進めながらグレイが答える。
二人は同じ作業艇の中に、横に並んで座っていた。
左側のパイロットシートにはグレイが、右側のナビシートにはリリアがついている。
「ホーリネスに振られちゃったでしょ」
「別に、そんなんじゃないさ。彼女だって、同じ女子の方が安心して乗れるだろう」
「同じ女子って言ったって、あのルーザはホーリネスいじめの張本人よ。絶対、今頃意地悪しているわね」
「えっ? そうだったの?!」
「あなたって、本当に戦闘機以外のことには無関心よねぇ」
「俺の人生の目標だからな。戦闘機を乗り回すのが」
グレイはそう言い切ると、目の前のコンソールのスイッチを操作した。
サブモニターの下から、次々とチェックリストが上がってくる。
表示された文字は、途中で青色に変わり、そのまま画面の上へと消えていった。
これは、チェックOKという意味だ。
時々、黄色に変わって横にはじかれる文字もあるが、それもしばらく点滅したあと、上に流れていった。
もし黄色が赤に変わったら、それは作業艇にトラブルがあるということで、エンジンは決して始動しないようになっている。
二人はシートの下から束になったコードを取り出すと、宇宙服の腰の部分にあるコネクターに挿入した。
これによって、作業艇のメインコンピューターが二人の宇宙服の状態や、本人たちの身体の状況までチェックしてくれる。
「それにしても、ルーザがホーリネスさんをいじめていたなんて、失敗だったなぁ。俺はてっきり友達なんだと思ったぞ」
「あの子に友達なんていないわよ」
「地球人だからか?」
「そうよ。あんたも、あのままあの子と一緒にペアを組んだりしていたら、どんな目に遭わされていたか」
「でも、あの子が悪いことをしたわけじゃないだろう。何でそこまで嫌われなきゃならないんだよ?」
「そりゃ、大崩壊を引き起こしたのが地球人だからよ」
「地球人、地球人って言うけど、あの子はこのコロニーで生まれたんだぜ」
「先祖が地球人なのよ」
「そこだよ」
「どこよ?」
「俺たちだって、先祖は地球人だぜ。何せ、人類発祥の地なんだから」
「…………」
その時、コックピット内に女性の合成音声が響いた。
『全システム、異常ありません。エンジン始動シークエンスに入ります』
「よしよし。それじゃあ、次だ」
グレイはコンソールの横にあるイグニッションスイッチに手を伸ばした。
それを3秒間押し続けると、メインモニターに光が灯り、周囲の状況が映し出された。
そこは、スペースコロニーの外壁の内側にある格納庫だった。彼らの乗る作業艇は、大きなマジックハンドにがっしりとつかまれている。
これと同じ格納庫が、この施設には全部で30個あり、そこには24機の訓練用作業艇が収容されていた。
今日はそのうちの15艇を生徒たちが使用し、教師が乗った作業艇3艇が付き従うことになっていた。
1年生の時はシミュレーターだけで、2年生になってようやく教師と一緒に本物の作業艇に乗れる。
そして、3年生になってから生徒同士でペアを組むことになった。
今日は3回目となる、生徒同士のペアで行う実習だった。
メインモニターに「READY」の文字が浮かぶと、グレイは一気にイグニッションスイッチから指を離した。
ドンッという音がして、背後から振動が伝わってくる。
戦闘機などであれば、シールドを張ったり、レールキャノンを撃ったりするために莫大なエネルギーが必要なので、核融合炉をパワープラントとしている。
しかし、コロニーの周囲でちょこちょこと作業をするだけの作業艇には、そんなに馬鹿みたいにパワーのあるエンジンは必要ない。
代わりに、低予算で整備のしやすい重水素燃焼エンジンが搭載されていた。
この燃料なら、水や惑星の大気から作れるので、燃料費が非常に安くて済む。
エンジンが始動したことを知らせるように、メインモニター上のいくつかのグラフや目盛りが動き始めた。
改めて、エンジン始動後のチェック項目がサブモニター上を流れていく。
「いい感じだ」
「音だけで分かるの?」
「当たり前だろ。俺はバイトも合わせれば、もう500時間もこいつらに乗ってるんだぜ」
「そうだったわね」
整備員が機体に近づいてきた。
まだ開いたままになっているハッチから、中をのぞき込んでくる。
「閉めるぞ。いいか?」
彼は教師ではなく、この施設の職員だった。
「どうぞ」
画面に見入っているグレイに代わって、リリアが答えた。
「よし」
そう言って、整備員が外側からハッチを閉じた。
このハッチは内側からでも開閉できるが、艇の外見点検を兼ねて、整備員が操作することになっていた。
『こちらコントロール。グレイ君、リリアさん、あなたたちの艇は11号艇です』
管制室にいる教師から無線で連絡が入った。
「こちら11号艇、了解」
リリアがそう返事をする。
『11号艇、射出姿勢に移します』
管制室がそう告げると、二人の乗る作業艇がゆっくりと回転を始めた。
艇の下側が、つまりコロニーの内側を向く。
二人はベルトでシートに固定されているので、落ちる心配はないが、なかなか苦しい姿勢だった。
真下を向いた作業艇の先には、宇宙空間へと通じるエアロックがある。
『インゲート、オープン』
エアロックの内側のゲートが開き始めた。
それを合図にマジックハンドが動き始め、作業艇をエアロックの中へと降ろしていく。
作業艇が停止すると、後方のゲートが閉じた。
『減圧開始』
作業艇の入ったエアロック内から空気が抜かれ、気圧が下がっていく。
作業艇のコックピット内で、さらにパイロットスーツを身につけている彼らにとっては実感が湧かない。しかし、もしも生身で外にいたら、気圧の差によって肺が損傷し、スプラッタームービーのような状態になっていただろう。
減圧が終わると、それを知らせるようにエアロック内の照明が赤くなった。
『アウトゲート、オープン』
外壁のゲートが開き始めた。
彼らの頭上に宇宙空間が広がり、コロニーの回転に合わせて下から上にゆっくりと流れていく。
さらに、ソフトボールぐらいの大きさに見える第3惑星ドレクスもそこに含まれていた。
30年もの年月をかけて地球化された、青く美しい星だ。
今は昼の面が見えているため、海の青さがひときわ際立っていた。
『切り離し、準備』
作業艇をつかんでいるマジックハンドの安全ロックが外れた。
グレイはシートベルトに胸を締め付けられる苦しい姿勢のまま、操縦桿とスロットルレバーを握り締めた。
頭に血が上り、呼吸が苦しい。
何よりも、自分が宇宙に落下していきそうな不安にとらわれる。
しかし、そんなことを一言でも口にすれば、たちまちパイロットシートを隣に座るクラスメートに奪われてしまうだろう。
コロニー自体が人工重力を発生させるために約4分で1回転している。
そのためアウトゲートの向こうに見えていた青い星があっという間に視界から消えていった。
代わりに、漆黒の宇宙空間が視界を横切る。そこには無数の星々が輝いていた。
『切り離し』
その声と同時に、作業艇をつかんでいたマジックハンドが離れた。
コロニーの回転によって発生する遠心力で、作業艇が外へと飛び出していく。
水を入れたバケツを取っ手を握って大きく回転させると、中の水がこぼれないのと同じで、スペースコロニーの住民たちは、このバケツの底を大地として暮らしている。
逆に、ブンブンと回している最中にバケツを持つ手を離したら、どうなるだろう? バケツはそのまま飛んでいってしまう。
グレイたちの乗る作業艇は、まさにその吹き飛んでいくバケツのようなものだった。
あっという間にコロニーのエアロックから宇宙空間へと投げ出された作業艇の中では、グレイとリリアが次の操作に移っていた。
といっても、艇の姿勢制御などはコンピューターが自動で行ってくれるが。
コロニー内では場所を取るため折り畳まれていたスタビライザーウィングを広げ、艇体の各所に取り付けられている航行灯を点灯させる。
ちなみに、艇の右側にあるライトは青、左側は赤、前方と後方は黄色で、スタビライザーウィングの先端部分には緑のライトが灯っていた。
「レーダーは?」
「オッケーよ。ちゃんと動いてるわ」
「センサーは?」
「見れば分かるでしょ」
リリアがそう言うと、コックピット内のメインモニターに、いくつかの記号やグラフが現れた。
センサーが捉えた、周囲を漂う他の作業艇やデブリなどを、分かりやすく表示しているのだ。
「よっしゃ」
グレイはそう言うと、作業艇の操縦を開始した。
サブモニターに映る作業艇の背後の風景には、巨大な円筒型のサードコロニーの外壁が見えていた。
それが、見る見るうちに遠ざかっていく。
コロニーの周囲でブースターを点火することは禁止されている。
彼らの乗っているような小型の作業艇でも、加速してコロニーの外壁にぶつかれば大惨事になるし、ぶつからなくても、ブースターの噴射炎を浴びせれば外壁が焦げてしまうからだ。
方向や姿勢を変えるために使われるバーニア程度なら問題ないが、その程度の操作ならスラスターウィングを使う方が楽だし、推進剤も節約できる。
グレイが操縦桿を動かすと、作業艇はその動きをなぞるように飛んだ。
彼らが乗る作業艇は、コロニーの外壁工事やドックなどでの作業に使われている小型宇宙船だ。
全長は12mほどで、メインの胴体の左右には作業用のマジックハンドが搭載されている。
胴体の下には1枚のスラスターウィングがあり、後部にはロケットブースターが1基あった。
グレイの大好きな戦闘機に比べれば、はるかに小型でパワーもない。
そもそも、パワープラントが核融合炉ではないため、惑星間の飛行もできない。
まあ、何もない広大な宙域を縦横無尽に飛び回り、レールキャノンやレーザー砲を撃ちまくる戦闘機と、港やコロニーの周辺をちょろちょろ飛び回っているだけの作業艇を比べる方が間違っているのだが。
しかし、グレイはそうは考えていないようだった。
気分は、すっかりスペース・ファイター・パイロットだ。
口では有名な映画のテーマソングを口ずさみ、目つきが鋭くなっている。
その視線には、メインモニターに映るすべての記号が敵の戦闘機に見えているようだった。
『生徒たちへ。全艇、集合するように』
実習担当の教師の声が聞こえてきた。
それと同時に、メインモニター上に矢印が現れる。
そこへ来い、という指示だ。
「11了解」
すっかり妄想の世界に入り込んでしまったグレイが、低い声でそう答えた。
「あんたねぇ……」
呆れ半分、笑い半分の表情で、リリアが誘導を始めた。




