第3話 迫るテロリスト
実習施設のブリーフィングルームに、準備の終えた生徒たちが逐次集まってきていた。
「なあ、ロディー?」
「何?」
「俺、いつも不思議に思うんだけどよ、何で皆あの子を嫌うんだ?」
「へっ?」
ロディーとリリアが同時に目を点にした。
「お前、知らないの?」
「何を?」
「あの子、地球人なんだよ」
「地球人?!」
「あの子、学校内では結構有名なんだよ。よく3年になるまで気づかなかったね」
「だって、1・2年の時はクラスが違ったし、俺って、もともと女子の名前って覚えないから」
「そういえば、私の名前も長い間覚えてくれなかったわね」
「戦闘機の名前とか性能には、ものすごく詳しいのにな」
「まあ、興味のあることはすぐに覚えるってやつだよ」
「女の子よりも機械の方に興味があるなんて、ろくな青春じゃないな……」
「うるせぇ。で? 何で地球人だからって、皆に嫌われるんだ?」
「おいおい、少しは歴史の勉強も真面目に受けなよ。大崩壊は地球人が引き起こしたって話じゃないか。そのせいで100億もの人間が死んだんだぞ」
「でも、別にあの子が大崩壊を引き起こしたわけじゃないだろう? そもそも、地球人の子孫ってだけじゃないか」
そもそも、それを言うなら、今宇宙中にいる人類の先祖は全員地球人だ。
なにせ、人類はいまだかつて異星人や異星文明と一度も接触したことがないのだから間違いない。
「それだけじゃないのよ。地球人にはおかしな力があるっていうのよ」
ここで言う地球人とは、大崩壊時に太陽系外に出ていた地球出身者たちの事を言っている。
「おいおい、リリア。テレビの見すぎだぞ。超能力やUFOなんて、大昔の人間の想像じゃないか。今どき、宇宙の端は滝になっているって言ってるようなものだぜ」
「でも、不気味だよ、あの子。滅多に口を開かないし、何を考えているのか全然分からないの」
「これだけあからさまに嫌われていて、気楽に話せるもんかよ。よし」
グレイはそう言うと、ホーリネスのいる部屋の隅へと向かい始めた。
「おい、グレイ!!」
「やめておきなさいよ。あの子に関わったら、あなたも地球人の仲間だと思われるわよ」
「実際に話してみて、お前たちの言うような大悪党だったら、俺も考えるよ」
グレイはそう言いつつ、どんどん歩いていった。
「よう」
ホーリネスの前に立っていたのは、グレイだった。
驚いた彼女が顔を向ける。
彼からは、まったく悪意が感じられなかったからだ。
かといって、彼女に対する下心も感じられない。
若干の緊張はあるものの、それ以外はまったくの自然体だった。
「何か用?」
相手に自分の感情を読み取られないように、わざと無表情でそう言う。
「いやぁ、初めて同じクラスになったけど、今まで話したことがなかったからさ」
グレイは照れながら頭をかいている。
今頃になって、グレイは彼女の外見の魅力に気づいたようだ。
若い男性が異性に対して抱く感情が感じられる。
しかし、そこまでだった。
可愛い子だなぁ、この子、と思う程度で、その先の肉体的な付き合いまでは考えていないようだ。
「ぺ、ペアは決まってるのかい?」
「い、いいえ」
これまでにないタイプの相手の出現に、ホーリネスの方も戸惑ってしまった。
どんなに意識を集中しても、邪気や悪意、下心が感じられないのだ。
もしかして、本物のお人好し……。
思わず、そんなことを考えてしまう。
ふと気がつくと、他のクラスメートたちが二人の方に注目していた。
悪意はそのままだが、困惑の感情が混じっている。
まさか、地球人に優しくする人間がいるなんて、思ってもいなかったのだろう。
さらに、一際強い負の気が向けられている。
その方向を見ると、そこには先ほどロッカールームで彼女に絡んできたルーザがいた。
着替えを終えて出てきたばかりらしく、ドアのところで固まっている。
彼女から発せられる気は、憎悪に近いものだった。
さっきの一言が効いたのかしら……。いえ、違うわね。どうやら、原因は……。
目の前に立っている、照れた様子のグレイに視線を向ける。
嫉妬というやつか。
彼女は内心でフッと笑った。
最初は「私に関わらないで」と答えるつもりだったのだが、やめることにした。
我ながら、結構意地悪な性格をしているわね、と思う。
「どうかな、今日は俺と組まないか?」
「……」
「こ、こう見えても結構腕はいいんだぜ」
彼女の沈黙を、自分に対する疑いだと感じたグレイは、わざと明るい声でそう言った。
彼の心の中に、不安の気が広がっていく。
相手も同じで、初めて接するタイプの人間に戸惑っているようだった。
西暦2515年1月8日
ルビス星系の第4惑星軌道を目指して、1隻の貨物船が航行していた。
目的地はこの星系の首都星である第3惑星ドレクスで、書類上はジェラルド宇宙運送株式会社の所有船となっていた。
積んでいる荷物は作業艇の部品で、惑星ドレクスの軌道上にあるスペースコロニー群で使われることになっている。
貨物船の名前はストレンジ・アイアン号。全長330m、船体重量だけで4万8000tという中型ゲートシップである。
ゲートシップとは、もともとジャンプドライブを搭載せず、ゲートを使って恒星間航行を行う船のことを指していた。
そしてゲートが使えなくなった今でも、その名前だけは残っていた。
船体のメインフレームの先端部分には操船ブロックが設けられ、反対側の後端部分にはエンジンブロックが配置されていた。その間には、無数のコンテナが取り付けられている。
さらに、船体中央下部には大きなスラスターウィングが装備されており、その反対側の上部には大型シャトルがドッキングしていた。
現在、ストレンジ・アイアン号は船首を星系の外側に、船尾を星系の中心方向に向けて減速中だった。
つまり、目的地である第2惑星ドレクスにお尻を向け、減速しながら近づいているところなのだ。
宇宙空間では、慣性の法則が幅を利かせている。
1の力で加速すれば、同じ1の力を使って減速しなければ止まれない。
大気のある惑星上であれば、1の力で加速しても空気抵抗によって減速される。海の中であれば、さらに強力な水の抵抗を受けて、あっという間に減速してしまう。
しかし、真空である宇宙空間では、何かにぶつかるまでひたすら直進し続けるのだった。
まあ、宇宙空間にもガスがあったり、細かな埃があったりするので、まったく抵抗がないわけではない。それでも、自然に停止するには途方もない時間と距離が必要になる。
宇宙船をイメージしたとき、普通の人ならば、ロケットブースターを噴かして炎の尾を曳きながら、ドドドドッと進んでいく姿を思い描くだろう。
しかし、実際にそのようなことをしたら、あっという間に推進剤がなくなってしまい、あとは宇宙を漂流する高速の幽霊船になるしかない。
そのため、初期の宇宙船は、惑星の引力を利用して加速や減速をしたり、加速・減速専用の使い捨てロケットブースターを取り付けたり、さらにはリニアカタパルトを使って強引に加速したりしていた。
しかし、それらはコストがかかるうえに事故も多く、宇宙は危険がいっぱいだというイメージを一般人に植え付けた。
そんな宇宙船たちに、強い味方が現れた。
それが、スラスターウィングという大きな翼だ。
その翼は慣性制御航行システムであり、要するに重力を発生させ、コントロールするためのものだった。
これによって、宇宙船はブースターやバーニアを噴かさなくても、宇宙空間を自由自在に動き回れるようになったのだった。
この技術は宇宙戦闘機などにも搭載されており、2枚のスラスターウィングが足のように装備されている。
宇宙を駆けるこの翼は推進剤を必要とせず、パワープラント(主動力)が稼働している間は、ひたすら加速や減速を続けることができる。
ただし、急加速・急減速の能力は劣るため、補助的にロケットブースターやバーニアも搭載され続けていた。
何せ、宇宙には危険がいっぱいあるのだ。突発的な事態に対処するには、一つのドライブシステムに頼り切るのはやはり不安がある。
特に機動力がものを言う宇宙軍の艦艇や戦闘機には、大出力のブースターが装備されていた。
低燃費で経済的なのはよいのだが、機体そのものが撃墜されてしまっては意味がないからだ。
この貨物船ストレンジ・アイアン号も、現在はスラスターウィングを使って減速を続けていた。
その船首部分にあるブリッジへ、一人の男が入ってきた。
会社のロゴが入ったつなぎの上に、同じく会社のロゴが入ったジャンパーを着込んだその男は、どこからどう見ても……怪しかった。
目つきが悪く、落ち着きがない。
ブリッジ内には、キャプテンシートを中心にして、レーダー手席、操舵手席、通信手席、機関手席などが二つずつ設置されていた。
なぜ二つあるのかというと、メインとバックアップ用で、いざというときには、どちらか一方だけでも機能を果たせるようになっているからだ。
今は通常航行中であるため、サブの席には誰もおらず、メインの席にだけ乗員が座っていた。
「おい、異常はないか?」
目つきの悪い男が、そう言った。
「大丈夫ですよ、スレンダーさん」
レーダー手席に座っていた男が答えた。
「本当だろうな。いいか、ちょっとした異変も見逃すなよ」
そう言いながら、スレンダーと呼ばれた目つきの悪い男は、キャプテンシートにどっかと腰を下ろした。
不機嫌というよりも、何かに怯えているような雰囲気だった。
「現在位置はどこだ?」
キャプテンシートの前にある端末を使えば、船内の様子から現在位置、さらには船の周囲の様子まで、すべて分かるのだが、彼はあえてそう尋ねた。
レーダー手が、すぐに宙域座標を報告する。
「くそっ、まだ遠いな」
「ドレクスまでは、まだ2日かかります」
スレンダーは端末に手を伸ばし、いくつかのボタンを押した。
彼の前にあるモニターに、船内の様子が映し出される。
そこには、貨物船らしからぬ光景が映っていた。
四角い大きなスペースの中に、大きな機械が固定されている。
その周囲にいる人間の大きさから判断すると、20mを超えるサイズだ。
それは、戦闘機だった。
船内の居住区は、常に1G環境に維持されている。
しかし、本来は無人であるコンテナ区画は、無重力状態になっていた。
だが、モニターの中で働いている人間たちは、床の上に立ち、空中をふわふわと飛び回ったりはしていない。
それは、現在、船が減速中であるためだ。
船自体が加速も減速もしていなければ、コンテナ内は無重力状態になる。
しかし、逆に自ら加速・減速していれば、そのGがそのまま船内の重力になるのだった。
コンテナ内に固定されている戦闘機は、船尾側の壁に置かれていた。
つまり、船尾側の壁を床にして、進行方向側の壁を天井にしているわけだ。
こうしておかないと、普通に船の下側を床にしていた場合、加速や減速をするたびに、無重力状態でふわふわと浮かんでいた人間や物が、船首方向から船尾方向へ吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう。
船尾側の壁を最初から床にしておけば、少なくとも空中に浮かんでいた物は床に落ちるだけで済むというわけだ。
このストレンジ・アイアン号には、12個の大型コンテナが装着されている。
そして、そのうちの1個のコンテナには、2機の戦闘機が格納されていた。
スレンダーが見ているとも知らず、戦闘機を整備していた男たちは、仲間同士ではしゃいで笑っていた。
チッと舌打ちをして端末からマイクを取ると、スピーカーのスイッチを入れる。
「こら、お前ら! 何をふざけているんだ!!」
彼の怒鳴り声が、コンテナ内に響き渡った。
驚いた男たちは、大慌てで作業に戻る。
「まったく、大事な作戦前だというのに……」
自覚のない部下たちを叱る上司のようなことを言ってはいるが、実際には自分の苛立ちを八つ当たりで隠しているようだった。
「まあ、軍隊じゃないんだから、無理もないでしょう」
突然、スレンダーの背後で男の声がした。
驚いて振り返ると、そこには長身の男が立っていた。
「アレクセイ……」
「皆さん、長い間の苦労が報われる時が近づいているので、浮かれているんですよ」
「フンッ、そういう時が一番危険なんだ」
腕を組みながらそう言うスレンダーに、アレクセイは、やれやれと肩をすくめた。
彼は、他の乗組員たちとは何となく雰囲気の違う男だった。
砕けた仕草がよく似合うのだが、それでいて隙がない。
口調も穏やかだが、視線は鋭く、正面から見つめられると、心の中まで見透かされているような感じがした。
「あなたたちは、我々の国で1年もの訓練に耐え抜いたじゃありませんか。大丈夫ですよ。自信を持ってください」
「確かに、あなたの国には世話になった。素人集団にすぎなかった我々を訓練してくれたし、この船や戦闘機も無償で貸し与えてくれた。しかし、どうせなら中華系の三流企業のものではなく、セントラル・ダイナミックか、あなたの国の物にしてほしかったですな」
「無茶を言わないでください。そのようなことをしたら、我が国のこの計画への加担がばれてしまいますよ。我々は、あくまでも陰ながらの支援という約束でしょう」
「分かっている。分かっているよ」
やれやれ、これだから革命家とか思想家とかいった連中は困るんだ。自分の正義を信じて疑わないから、人の言うことを聞かない。
逆に、従わない奴は悪だと決めつける。
要するに、まともに付き合うだけ時間の無駄なのだ。
こういう連中には、適当に話を合わせておくに限る。
そんなことを考えているアレクセイの前で、スレンダーは艦内通話用のマイクを取っていた。
「ニルス、ニルスはどこにいる?!」
すぐに返事があった。
モニターの一つに、若い男の上半身が映る。
薄い青色の髪をした美男子で、一目見ただけでは女性のように見える。
『はい、ニルスです』
「今、どこにいるんだ?」
『第3コンテナです。1機、パワープラントの調子が悪いというので調べていました』
「お前がそんなことをする必要はないだろう。さっさとブリッジに上がってこい」
『分かりました』
ニルスは素直にそう返事をすると、船内通信を切った。
「まったく、あいつにも困ったものだ」
ブツブツと言い続けるスレンダーの後ろ姿を眺めながら、アレクセイはニルスのことを考えていた。
あの女の子のような男は、この救いようのない組織の中で唯一まともな存在だった。
他の連中は、スレンダーと同様、おかしなテロリズム――本人たちはヒロイズムと言うだろうが――に頭の中を汚染されており、まともな思考が働いていない。
しかし、彼だけは違った。
口ではスレンダーたちに合わせているが、行動自体は冷静で、やたらと破壊行動を起こしたがる周囲の連中を巧みにコントロールしている。
アレクセイが思うに、彼は何か目的を持っていて、それを達成するために、この組織を利用しているのではないだろうか。
そうでないのなら、ただのホモで、この馬鹿な男にケツの穴を掘られるのが好きなだけだ。
正直なところ、アレクセイは、この組織がどうなろうと、スレンダーたちがどうなろうと、知ったことではなかった。
彼らの作戦が失敗するのは間違いないし、おそらく、ほとんどの者は生き残れないだろう。
彼の任務は、スレンダーたちを煽って、せいぜい派手に暴れてもらうことであり、それによってソロマニ帝國内に混乱をもたらすことだった。
あと、彼の祖国がこの馬鹿たちに手を貸したという証拠を隠滅するのも、大事な任務だ。
せいぜい、巻き添えを食らって命を落とさないように気をつけないとな。
そう思いつつも、もし余裕があるのなら、ニルスを連れて帰り、自分の部下として使ってもいいと真剣に考えていた。
その時、ブリッジの入り口のハッチが開き、スラリとした美少年が入ってきた。
「ブリッジを空けて、すいませんでした」
「ニルス」
先手を打って謝られたので、スレンダーも怒鳴るきっかけを失ってしまった。
「フンッ、君は私の副官なんだからな。その辺りをよく自覚してもらわないと困るな」
「はい、分かりました」
横を通り過ぎる時に、アレクセイに軽く目で挨拶をしてから、彼はスレンダーの隣に立った。
「いいねぇ」
誰にも聞こえない小さな声で、アレクセイはそうつぶやいた。




