第2話 ホーリネス アンセスタ
「馬鹿だなぁ、グレイは」
頭を押さえてうずくまっているグレイに、悪友であるロディーが話しかけた。
「うるせぇ」
頭部に教師から体罰を受けたグレイが不貞腐れながらそう答える。
「どうせなら、科学の授業か帝國語の授業中にすれば、ばれなかったのに」
「そうよね。あの人たちはモニターを棒読みするだけで、私たちの方は見ないものね」
そう言いながら、同じく悪友のリリア・バリィートも加わってきた。
「畜生、買ったばかりだったのに」
授業中にコッソリ(?)と呼んでいた雑誌のデータはグレイのPMDC(個人携帯端末カード)から抜き取られて没収されてしまった。
「別にいいじゃない。捨てられたわけじゃなし、卒業するときには返してくれるわよ」
「月刊誌を1年後に読んだって意味ないだろうが!!」
「そんなこと、私に言われてもねぇ」
「まったくだ。八つ当たりはやめてもらいたいね」
リリアとロディーの二人は、お互いにうなずき合った。
ロディーは小柄な男子生徒で、グレイとは入学以来の付き合いである。
すぐに暴走するグレイのブレーキ役で、どちらかというと、いつも損をする役目を受け持っていた。
もう一人の女子生徒リリアは、ロディーの幼なじみで、ロディーを通じてグレイと知り合った。
活発な性格で、髪の毛は動きやすいようにショートカットにしている。
スポーツ万能で成績も良いため、男女を問わず人気があった。
しかし、性格的にはグレイとよく似ており、暴走するときは二人そろって走り出すことが多い。
「ウウッ、あの雑誌はリジャイナから取り寄せることになるから、ダウンロード代が高いんだぜ」
「一人暮らしなんだから、たっぷりお小遣いをもらってるんだろう? いいじゃないか」
「馬鹿野郎、買いたい物が腐るほどあるんだぞ。無駄遣いなんかできるか!!」
「腐るほど物を買うことを無駄遣いって言うのよ」
3人は教室を出ると、校舎の屋上へと向かった。
そこは驚くほどきれいな庭園になっていた。
緑の木々や草花がところ狭しと植えられており、その間を遊歩道が走り、ベンチが置かれている。
さらに、その木々を見上げると、生い茂る枝葉の向こうに、もう一つの大地が見えた。
そう、ここはシリンダー型スペースコロニーの内部だったのだ。
サードコロニーという名のこの人工の巨大宇宙都市は、全長が32.12km、円の直径が8.77kmもあった。
よく科学雑誌などで見かけるガラス張りのタイプではなく、完全に密閉されたタイプである。
膨大な資材を使って造られるスペースコロニーの限られた空間を最大限に活用するためには、開放型のガラス張りコロニーよりも、密閉型コロニーの方が都合が良いと考えられたからだ。
単純に考えても、開放型よりもミラーやガラス張りの部分がないぶん、密閉型の方が大地の面積を倍にできる。
当然のように、このタイプが現在の主流になっていた。
コロニーの中央、軸線上には、人工の太陽筒と呼ばれる細長い柱が貫いている。
そこから太陽光線そっくりの光がコロニー内を照らしており、人々は快適に暮らしていた。
なにせ、見た目には太陽光線とそっくりだが、人に有害な光線はカットされているのだ。
さらに、密閉型コロニーには、頑丈さという利点もあった。
宇宙空間は無限に広いが、人間が生活できる空間は狭い。
惑星の周辺には、無数のデブリと呼ばれる塵が浮かんでおり、それらが秒速数十kmという速度で飛び交っているのだ。
スペースコロニーやステーションには、対デブリ迎撃用のレーザー砲や、流星群に対処するためのシールドも備えられていた。
しかし、1cmほどの大きさのデブリを発見し、防ぐことはできない。
そして、わずか1cmの塵でも、加速されればとてつもない兵器になるのだ。
過去には、星系外で爆発事故を起こした宇宙船の残骸が星系内を飛び抜け、スペースコロニーの外壁に穴を開けた事件があった。
その破片のサイズはわずか3.2mmだったが、秒速42kmにまで加速されており、いとも簡単にコロニーのハイパーカーボン製の外壁を突き抜けた。
確率的には数十万分の1という事故であった。
しかし、コロニーの外壁には、直径1mに及ぶ穴が開き、そのまま市街地の地面を突き破った。
この事故による死者・行方不明者は100名に上り、それ以来、ガラス面のある開放型コロニーは人気がなくなってしまった。
ちなみに、このときデブリによって穴が開いたコロニーは開放型ではあったが、穴が開いたのはガラス面ではなく、地面の部分だったのだが。
つまり、開放型だろうと密閉型だろうと、デブリにぶつかれば同じなのだが、要するに見た目のイメージの問題なのだろう。
グレイたちは屋上のベンチに腰掛けた。
どちらを向いても大地があり、なんとも圧倒される風景ではあるが、ここで生まれ育った彼らにしてみれば、当たり前のものだ。
逆に、上に何もない惑星の地表の方が、落ち着かないということになるのだろう。
コロニー内には、場所さえあれば植物が植えられている。
それも、光合成の効率が良いように品種改良されたものだ。
ここでは水も空気も、すべてが貴重な資源なのだった。
宇宙生活者の間では、喫煙者はギャングやチンピラと同じような目で見られる。
星系によっては、コロニー内に設けられた喫煙所以外で煙草を吸った者は、莫大な違反金を払わされた挙げ句、刑務所に入れられることもあるらしい。
「あのクソ教師から、何とかあの本を取り返せないかな」
「グレイ、あなた、まだそんなことを言ってるの?」
「無理だよ。今頃、あのデータは学校のホストコンピューターの中さ」
グレイが朝、雑誌をダウンロードしたPMDCは、雑誌のデータだけを抜き取られ、彼の手元に返されていた。
雑誌のデータには、移動はできてもコピーはできないようにプロテクトがかかっている。そのため、当然バックアップもない。
まさしく、取り上げられたというわけだ。
「ハァ~」
すっかりへこんでしまったグレイ。
リリアとロディーは顔を見合わせ、肩をすくめた。
「おい、それよりグレイ。次はお前の好きな実習の時間だよ」
「そうだったっけ?」
「そうだよ」
ロディーはそう言って、校舎の裏にある大きなドーム型の施設を指さした。
その施設は、学校の校庭や校舎をすべて合わせたよりも大きかった。
さらに言うと、その周囲には小学校から高校までが隣接している。
まるで、そのドームを中心にして学校が並べられているようだ。
「あなたの生きがいでしょう?」
「まあな。でも、なんだか今日は気が乗らないなぁ」
「グレイの取り柄は、実習が上手いことくらいしかないんだから、しっかりしろよ」
「ひどいことを言われたような気がする」
休み時間が終わった。
生徒たちが校舎裏の大きなドームへと入っていく。
そこにはロッカールームがあり、男子と女子に分かれて着替えを始めた。
全員が、下着も含めてすべての衣類を脱ぎ捨て、代わりに身体にフィットするインナースーツを身につけた。
男女ともに嫌がる衣装で、首から手首、足首まで、全身を隙間なく覆い隠す。
しかも、薄手のため、身体のラインがくっきりと現れた。
その上に、今度はパイロットスーツを着る。
戦闘機パイロットが着るようなスマートなものではなく、かなり厚手で、あちらこちらのポケットにはさまざまな装備が格納されている。
背中にはカセットボンベ型のエアタンクがあり、予備と合わせれば12時間は宇宙空間で作業ができた。
最後にフルフェイス型のヘルメットを取ると、生徒たちは次の部屋へと進んだ。
ちなみに、パイロットスーツは全員、光沢のある白色になっている。
事故で脱出して宇宙空間に放り出されたときでも、少しでも発見されやすくするためだ。
しかし、このスーツは宇宙空間での生存性は高いものの、通常の1G環境では非常に動きづらい。
特に体力のない女子生徒たちは、幼児のようにフラフラになっていた。
着替え終わった生徒たちが入っていったのは、ブリーフィングルームだった。
パイロットスーツ姿でも簡単に座れるように、背もたれのない椅子がずらりと並んでいる。
そして、正面には大きなモニタースクリーンがあった。
何だかんだ言っても、グレイは真っ先に着替えを終え、この部屋に来ていた。
学科はさっぱりだが、実技は抜群というタイプであることを、全身で表現しているようなものだ。
「フゥー」
しかし、精神的には立ち直っていなかった。
彼に遅れて、生徒たちがぞろぞろと入ってくる。
やはり、女子よりも男子の方が早い。
「おい、グレイ。今日は誰と組むんだ?」
クラスメートの一人が話しかけてきた。
実習では、二人一組でペアを組むことになっている。
一人がパイロットで、もう一人はバックアップだ。
下手な人間と組むと苦労が増えるうえに成績も下がるので、ペア選びは重要な作業だった。
「別に。たぶんロディーと組むことになるだろうな」
グレイは、だいたいロディーと組むか、リリアと組むことが多い。
リリアはセンスがいいので、ペアを組むと楽だし、ロディーとは悪友同士で気が合うので、気楽に作業ができたからだ。
「そういえば、実習時間はたまったのかよ?」
「フフン、当たり前よ。アルバイトの時間と合わせて500時間を超えたぜ」
「すげぇ。あと100時間で3級の受験資格が取れるじゃないか」
「任せておけよ。4級なんざ、飛び級してやるぜ」
スペースコロニーでは、中学校を卒業するときに4級宇宙船操縦免許を取得させられる。
宇宙空間で生きていくためには、最低限必要な資格なのだ。
ちなみに、宇宙服を着用して行う宇宙作業資格は、中学校に入学すると同時に取らされた。
「グレイ!!」
女子のロッカールームから、リリアが先頭を切って駆け込んできた。
「お前、よくその服を着て走れるな」
「そんなことより、今日は組もうよ」
「ええっ、お前と組むと、なかなかパイロットを交代してくれないじゃないか」
「いいじゃないの。あんた、アルバイトで乗り回してるんだから」
そこへ、男子生徒の最後尾としてロディーが入ってきた。
「なんだ、グレイ。またリリアと組むの?」
「馬鹿野郎、お前が遅いから捕まっちまったじゃねえか!!」
「失礼な言い方ね」
「グレイと乗ると、交代してくれないから嫌なんだよなぁ」
「お前が下手くそすぎるから、手本を見せてやってるんじゃないか」
「何よ、結局グレイも私と一緒なんじゃない」
彼らが3人集まると、いつもこのような感じになる。
周りにいたクラスメートたちも、特に気にすることなく、それぞれ自分のパートナーを探していた。
基本的に、実習では好きな者同士がペアを組める。
ただし、あまりにも危険な組み合わせの場合、例えば、まともに操縦もできない下手な者同士がペアを組んだり、逆にすぐに暴走する者同士が組んだりしたときは、教師が強引に交代させることもあった。
女子側のロッカールームのドアが開き、一人の女子生徒が入ってきた。
リリアに続いて2番目だ。
その女子生徒が入ってくるなり、室内は静まり返った。
少し前、着替え時、ホーリネス・アンセスタは、ロッカールームの端の方で一人で着替えていた。
宇宙服着用後の装備点検や気密点検は二人一組で行うことになっているが、彼女の周りには誰も近づこうとしない。
逆に、あからさまに嫌みを言う者や、ジロジロと睨みつけてくる者たちは大勢いたが。
理由は、彼女が地球人の子孫だからだ。
さらに言うならば、彼女の外見が女性としてかなり高いレベルにあったことも、妬みの対象になっているのかもしれない。
「ねえ、知ってる? 地球人って遺伝子管理をされていたんでしょ?」
「遺伝子管理って?」
「遺伝子を細工されて、みんなネットみたいなものでつながっているんですって」
「それ知ってるTNDNA(Teler Net DNA)とかいう奴でしょう」
「それじゃあ、みんなが何をしているのか、すぐに分かっちゃうの?」
「そうよ。そして、その力を使うと、地球人以外の人間でも操れるんだって」
「うわぁ、気味悪い。超能力者の化け物バージョンね」
どこでそのような情報を仕入れてくるのか知らないが、言いたい放題である。
ホーリネスにははっきりと聞こえていたが、まったく聞こえないふりを続けて着替えた。
無駄口を叩かないぶん、かなり手際がよい。
「あの子、あれでしょう? 両親がいないんだって。殺されたらしいわよ」
いくら陰口を言っても、彼女が反応を示さないので、内容がエスカレートしてきた。
ちなみに、相手に聞こえるように言うのは、陰口とは言わないが。
「お金もないのに、よく学校に来られるわよね」
「そういえば、噂で聞いたことがあるわよ。3番街で、うちの学校の制服を着た子が中年の男と一緒に歩いていたんですって」
「ええっ!? うっそぉ?!!」
そう言って、女子生徒たちの視線がホーリネスに集まる。
彼女は最後の点検を終え、ロッカーからヘルメットを取り出していた。
「まあ、見た目だけは美人だから、スケベな親父たちにはたまらないわよねぇ」
そんなことを言う彼女たちの横を、ホーリネスが通り過ぎようとする。
ここで一言、怒るなり泣くなりすれば、さらに馬鹿にはされただろうが、彼女たちの優越感を満足させることはできただろう。
極悪な犯罪者である(と信じている)地球人の血を引く者は、銀河中の嫌われ者なのだから。
女子生徒たちは、ホーリネスをいじめてストレスを発散させているだけなのだ。
しかし、彼女はまったく無視を決め込んでいた。
「ちょっと待ちなさいよ」
女子生徒たちのリーダー格の生徒が、ホーリネスを呼び止めた。
どう頑張っても、どんなに努力をしても、外見では決してホーリネスに勝てそうにない女子生徒だ。
「あんた、何様のつもりよ。すましてんじゃないわよ」
何を言っても無反応なホーリネスの態度は、彼女にしてみれば馬鹿にされているように感じられたのだ。
「地球人の分際で、何で私たちと同じ学校に通えるのよ?」
それは別に彼女が特別なわけでも何でもない。家がこの学校に近いからだ。
さらに言うと、建前ではあるが、ルビス星系政府もソロマニ帝国議会も地球人差別を禁じている。
ホーリネスは一旦立ち止まったが、何も答えなかった。
「何とか言いなさいよ。人を見下したような目で」
散々人のことを見下し、無茶苦茶なことを言っていた本人が口にする言葉ではないが、ホーリネスはあくまでも無反応だった。
「……」
ホーリネスがそっとリーダー格の女子生徒に顔を寄せた。
無表情のままこれをされると、かなり怖い。
「な、何よ?」
地球人は超能力者で、人の心を読んだり、手を使わずに人を殺せたりするという噂が頭の中をよぎった。
「あまり……あまり余計なことを言いすぎると、自分のボロが出るわよ」
ホーリネスは、周囲の者たちには聞こえないような小さな声でそう囁いた。
リーダー格の女子生徒の表情が、一瞬で青ざめる。
ホーリネスはかすかにほほ笑むと、隣のブリーフィングルームへと通じるドアから出ていった。
「だ、大丈夫? ルーザ、何を言われたの?」
リーダー格のルーザの周りにいた女子生徒たちが、青ざめて震えている彼女を取り囲んだ。
「な、何でもないわ」
ただでさえつり目気味の一重まぶたが、ふるふると震えている。
そして、その口元は屈辱でゆがんでいた。
ホーリネスがブリーフィングルームに入ると、そこにいた生徒たちの会話が一斉に止まった。
彼女を見るなり、男子生徒たちの気が押し寄せてくる。
悪意の塊だ。
ある者は気味悪がり、またある者は彼女の身体を見て、暴力的でありながら性的なことを考える。
彼女は、そんな気配を無視して、そのまま室内に入っていった。
唯一室内にいた女子生徒であるリリアと視線が合った。しかし、彼女は慌てて目をそらした。
女子生徒の中で、数少ないホーリネスに悪意をぶつけてこない存在だ。
それでも、不気味だとは考えているらしく、近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
彼女はそのまま、室内の一番後ろの隅の椅子に腰掛けた。
誰も彼女をペアに選ぼうとはしない。
それはいつものことで、たまに近づいてくる男子生徒がいても、それは彼女に性的な欲望を抱いている者だけだった。
つまり、ペアを組んでやる代わりに、いいことをさせてもらおうという下心があるのだ。
このままペアが決まらずにいると、いつも最後には教師が強引に空いている者と組ませることになる。
以前、教師に彼女と無理やりペアを組まされた女子生徒は、泣き叫んで嫌がり、数日間学校を休んだことがあった。
それ以降は、仕方なく教師自らがペアになることも少なくなかった。
しばらくして、次々と女子生徒たちが着替えを終えて室内に入り始めた頃、彼女の前に一人の男子生徒が立った。




