第1話 宇宙時代の人類の歴史
【我々は今、宇宙を手に入れた!!】
西暦2190年10月5日、人類初の恒星間航行、ジャンプ航法の実用実験が行われた際、ジャンプ航法の生みの親であるジョン・ボレーショ博士は、こう宣言した。
実際のところ、地球のラグランジュポイントから火星に向けて行われたその実験は、月面都市アームストロングシティーを壊滅させて終わった。
人類は、3万人にも及ぶ尊い犠牲と引き換えに、太陽系外へ飛び出す手段を手に入れたのだ。
歴史の教科書に載るような格好の良い台詞を吐いたジョン・ボレーショ博士は、その後、月面で発生した巨大な爆発を見て気を失い、そのまま二度と目覚めなかったそうである。
とりあえず、当時の人々のことはさておき、現在(25世紀)の人々は彼に感謝している。
なぜなら、今の人類が築き上げた広大な領土は、ジャンプ航法なくして手に入れることができなかったからだ。
【我々は新たな時代を手に入れた!!】
西暦2256年9月22日、太陽系とケンタウルス座α星系の両側に建造された巨大なゲートを、人類初のゲートシップ実験船アリスが無事に通過した際、当時の太陽系連合議会議長が口にした台詞である。
それまで使われていたジャンプ航法は、確かに恒星間航行を可能にしていた。しかし、コストがかかりすぎた。
ジャンプ航法船、通称ジャンプシップは、船内スペースのほとんどをジャンプドライブとその燃料に占領されてしまい、肝心の荷物や人間は、エンジンの隙間に詰め込まれていたのだ。
これでは船の運用費と燃料代ばかりがかさんで、儲けが少ない。
それを一挙に解決してくれたのが、ゲート航法だ。
つまり、ジャンプシップが必死になってつくり出す異次元のひずみを、最初からつくっておき、そこをシールドで守られた普通の船、通称ゲートシップが通り抜けるというのだ。
これによって、馬鹿みたいにスペースを取るジャンプドライブと燃料タンクが不要になり、低予算で大量の荷物と人員を輸送できるようになった。
【神は我らを見放したもうた!!】
これは、西暦2351年2月2日に発生した人類最大の災厄、”大崩壊”の際に、リジャイナ星系首相が口にした台詞である。
何の前触れもなく、突然、銀河系中にあるゲートがすべて使えなくなった。
それまでゲートネットワークに支えられていた人類は、それぞれの星系で孤立状態に陥り、多くの人命が失われた。
特に、物資の援助なしにはやっていけない辺境星系や、自ら食料を生産できない鉱物採掘星系では、全住民が全滅したところも珍しくなかったそうだ。
ゲートネットワークの崩壊による一次被害と、その後に各星系で発生した二次被害によって、現在判明しているだけでも100億人以上の人間が死亡したといわれている。
そして、今なお、このゲートネットワークの崩壊、通称「大崩壊」の原因は分かっておらず、当然、復旧もされていない。
人類は博物館からジャンプシップの設計図を引っ張り出し、再びジャンプシップによるネットワークを復活させたが、どう頑張ってみても、大崩壊以前のような繁栄は望めなかった。
西暦2515年1月8日
教室の正面にある教壇に立つ歴史教師が、長々と説明をしていた。
今から何世紀も前の事件と、その際に語られた名台詞についてだ。
グレイ・ガーランドは、自分の机の上にあるモニターを眠たそうに眺めていた。
教師が手元の端末を操作するたびに、モニターに新たな文字が浮かび上がる。
時には、3Dの立体写真が表示されたり、音声が流れたりもした。
「あっ、これはアリス号だ」
宇宙船の写真が浮かび上がったときには、グレイも少しだけ興味を示したが、それ以外は退屈そうだった。
大崩壊から約150年がたち、現在、人類はジャンプシップによって復興を遂げつつあった。
彼らの故郷であるここルビス星系も、大崩壊直後とは比べものにならないほど復興している。
この星系は、もともと大した資源も産業もなく、交易の中継地として経済的に発展していた。
そのため、大崩壊によって他星系からの船が来なくなると、とんでもない勢いで衰退していったそうである。
経済的なダメージはもちろん、資源がないため物が造れず、さらに食料も自給自足できないため、餓死者が続出した。
結局、大崩壊から20年後、リジャイナ帝國(後のソロマニ帝國)からジャンプシップがやって来るまでに、総人口の5分の1もの人々が無念の死を遂げていた。
その時代に生きていた人間はもういないが、今でも星系内の至るところに慰霊碑や記念碑が建てられており、大崩壊が起きた2月2日には、星系規模の慰霊祭が執り行われている。
グレイは大きなあくびをした。
身長は165cm。茶色の髪をボサボサにした、活発そうな男子生徒である。
一目見ただけでも、好きな科目は体育といった感じで、このように延々と話を聞くだけの授業は苦手そうだ。
今の彼にとっては、先人たちの苦労よりも、目の前の退屈のほうがはるかに身近な問題なのだった。
彼はふと、あることを思い出して周囲を見回した。
周囲のクラスメートたちは皆、授業に集中していて、誰も彼の方を見てはいない。
それを確認してから、制服の胸ポケットから自分の個人携帯端末カード(PMDC)を取り出した。
今日、学校に来る前に、自宅の端末からダウンロードしておいた雑誌が、その中に入っているのだ。
彼はそのPMDCを、そっと机の上の学習用モニターに近づけて、データを飛ばした。
こうすれば、手のひらサイズのカードのモニターではなく、大きな画面で雑誌を読める。
「おっと、やべぇ……」
この雑誌は、最初のページが表示されると同時にテーマソングが流れるため、音声を消しておかなければならないのだ。
ボリュームを下げるのと同時に、学習用モニターに雑誌のタイトルが現れた。
月刊『スペースファイター』1月号だ。
その名のとおり、宇宙戦闘機の専門雑誌で、ミリタリーマニアの間では必読書になっている。
今月の表紙を飾っているのは、八千代宇宙重工業社製の宇宙艦上戦闘機「黒虎」だ。
その姿は、かなり無理をすれば人型と言えなくもない。
大気圏内用戦闘機のような胴体に、両腕としてレールキャノンが左右に1門ずつ取り付けられ、足の位置には2枚のスタビライザーウィングが装備されている。
八千代重工の機体には無いが、他社の戦闘機には、機体上部に人間の頭部のようなセンサー通信ドームが乗っている機体もあり、より人型っぽく見える。
空を飛び回る大気圏内用戦闘機に比べると、大きくてゴチャゴチャとしており、非常に無骨な印象を受ける。
しかし、そこが。
「格好いぃ」
ということらしい。
両腕に装備されたレールキャノンから撃ち出される砲弾は、超高速で宇宙空間を飛び抜け、目標を粉砕する。
軍艦などであればシールドがあるため、よほど近づかなければダメージは与えられない。しかし、防護措置のない民間船であれば、一撃で粉々にできるだろう。
もちろん、そのようなことをしてはいけないが。
港内でせこせこと飛び回っているタグボートや作業艇、惑星間をノロノロと移動するシャトルなどでは決して味わうことのできない、破壊的な魅力があふれ返っているのだ。
「はぁー、早く俺も乗りてぇなぁ」
グレイの両親は、二人ともソロマニ帝國宇宙軍の戦闘機パイロットだ。
たまたま、偶然にも同じ戦艦に配属され、そこで知り合った二人は、2年の任期中に結婚し、彼が生まれた。
それ以降は、お互いにまったく異なる配置先にいるため、家族水入らずで過ごせるのは、年に数回ある休暇のときぐらいしかない。
先週届いた手紙によると、父親は辺境の紛争地域に赴任し、母親は帝都星系の艦隊に配属されたらしい。
当分、グレイの一人暮らしは続くようだが、彼にしてみれば、それが当たり前の生活だった。
両親の影響もあってか、彼も戦闘機乗りを目指していた。
中学校卒業後は、宇宙軍のパイロット候補生学校に進むつもりでいる。
ただし、その学校に入学するためには、かなり勉強をしなければならなかった。
とりあえず、毎日、港でアルバイトをしながら、実地でいろいろな技術を身につけてはいた。
雑誌の表紙をたっぷりと堪能した彼は、次のページへと進んだ。
今月号の特集は、中華系企業である劉幻社の戦闘機だ。
安いことだけが取り柄の低性能機ばかりだが、そこがまたマニア心をくすぐる。
彼のような男に言わせれば、その格好の悪さがたまらない、ということらしい。
ホーリネス・アンセスタは、熱心に机の上の学習用モニターを見つめていた。
薄い青色の髪をした彼女は、誰もが思わず振り返らずにはいられないような美少女である。
この学校に通っている女子生徒は皆、同じ制服を着ているというのに、彼女だけはどこにいても目立った。
長い髪は、授業中はリボンで一つにまとめている。
線を引いたように通った鼻筋と、濃い青色の瞳。さらに、スタイルも(中学生にしては)良いときているのだから、非の打ちどころがない。
もっとも、女性に対する好みは人それぞれだが。
彼女は、誰かさんとは違って真面目に授業を受けていた。
歴史教師が大崩壊のときの説明を始める。
その途端、彼女はかすかに表情をしかめた。
教室中から彼女に向けて、敵意のような意識が集中したためだ。
それは、可愛すぎる彼女に対する他の女子生徒たちからの嫉妬でも、彼女におかしな恋愛感情を抱く変態男の卑猥な思念でもない。
純粋な悪意であった。
彼女は地球人であった。
正確には、その子孫である。
大崩壊以前、ゲートネットワークは太陽系の地球が一括して管理・運営していた。
そのゲートが突然使えなくなったのは、地球人たちが故意か過失か分からないが重大な事故を起こしたからに違いない。
そんな憶測から始まった差別は、150年以上もの間、地球出身者を虐げ続けていたのだ。
この星系でも、地球人に対する虐待を通り越し、虐殺にまで至った事件が何件も発生している。
それは決して過去の話ではなく、今でも時折、地球人の子孫だからという理由で過激派に暴行されたり、殺害されたりする事件が後を絶たない。
一応、法律上は地球人も同じ星系の仲間ということになってはいるが、彼らが就職や結婚で平等に扱われていないことは、公然の秘密であった。
教師の説明が先に進むにつれて、彼女に対する悪意が薄れていった。
いつもどおりだ。
いじめには慣れているし、それを避ける方法も身につけている。
要するに、気にせず無視していれば良いのだ。
そのとき、彼女は自分に悪意をぶつけてこない男子生徒に気がついた。
彼女の席から斜め前に位置する、グレイという名の男子生徒だ。
彼からは、無邪気な、まるで子供がおもちゃで遊んでいるような波が感じられる。
別にどうでもよいことだが、その手元のモニターが原因らしい。
呆れたことに、彼は授業中に学習モニターで雑誌を読んでいた。
教壇に立っていた教師が、そんなグレイに気がついた。
さっきまで暇そうにボーッとしていた彼が、目の色を変えてモニターに見入っているのだから、無理もない。
教師は教壇にある端末を操作した。
あれを使えば、全生徒のモニターを確認できるのだ。
教えてあげるべきだろうか、と一瞬思ったが、やめることにした。
人助けなど自分の柄ではないし、とにかく目立つ行動はしないに限る。
そもそも、このクラスで新学期を迎えてから、まだ1週間しかたっていないのだ。
彼がどのような人間なのかすら分からない。
教壇で端末を操作していた教師の表情が強ばった。
何度も手元のモニターとグレイの方を見比べる。
学校教育は厳しくあるべし、という教育方針が文部教育省で決定されてから10年。若年者による犯罪が激減する一方で、教師による暴力事件が時折、新聞をにぎわせるようになった今日この頃。
歴史教師は、ゆっくりとグレイの方へ近づいていった。
その手には、お仕置き用として強化プラスチック製の1m定規が握られていた。




