プロローグ
ソロマニ帝国宇宙軍航宙母艦グレートウォールのパイロット待機室で、ジェイン・ガーランド大尉はリクライニングシートを倒し、PMDC(個人携帯端末カード:Personal Mobile Device Card)の画面を眺めていた。
彼は、戦闘機のコクピット内で引っかからないよう、シンプルなデザインに仕立てられたパイロットスーツを着ていた。そしてその右横のテーブルの上には、ヘルメットとサバイバルベストが置かれている。
この部屋の正面の壁には、現在の空母グレートウォール周辺の状況図を表示したモニターがあり、右側の壁面は窓になっていて、広大な格納庫の様子を見渡せるようになっていた。
そこには、ソロマニ帝国宇宙軍の最新鋭人型戦闘機SF-11イーグルがずらりと並べられている。
その中でも、ジェイン大尉とペアを組む少尉の愛機は、この部屋に最も近い整備台(通称ベッド)に固定されていた。
彼のペアである少尉は、先ほどから部屋の隅で腕立て伏せをしている。
初めての緊急発進待機で緊張しているらしく、ずっと落ち着きがない。
「少尉、あまり頑張りすぎるなよ。そんなんじゃ、交代の時間までもたないぞ」
そう声をかけると、
「す、すいません!!」
と言って立ち上がり、ジェイン大尉の隣にある自分のリクライニングシートに腰かけた。
しかし、やはり落ち着かないらしく、すぐに立ち上がって室内をうろうろし始めた。
「ったく……まあ、気持ちは分かるけどな」
現在、彼らの母艦グレートウォールは、二つの勢力がにらみ合っている緩衝宙域を巡回している。
そのため、いつ、どこから火の手が上がり、その火の粉が自分たちに降りかかってくるか分からないのだ。
「大尉は、何をご覧になっているのですか?」
少尉が近づいてくると、そう話しかけてきた。
「ん? 家族の写真だよ」
そう言うと、画面に触れてから彼の方に見せてやる。
通常、PMDCはユーザーの網膜パターンを常時読み込み、それ以外の人にはモニターが見えないように設定されている。
ジェイン大尉は、それを誰でも見られるように操作したのだ。
掌にすっぽりと収まるサイズのカードのモニターには、今より少し若いジェイン大尉と、ショートカットの髪に帝国宇宙軍の制服を着た女性、そして十代前半の男の子が映っていた。
「嫁と息子だ」
「奥さんも軍人なのですね」
「ああ、よりによってパイロット夫婦だ。嫁は今頃、帝国領の反対側で勤務をしているよ。可哀想に、息子は一人暮らしだ」
「そうだったのですか……」
宇宙軍では、決して珍しい話ではない。
軍人に転属はつきもので、ましてやソロマニ帝国領は馬鹿みたいに広大だ。
基地や要塞勤務なら家族も一緒に住める官舎があるが、乗艦勤務ではそういうわけにはいかない。
「まあ、ここでの勤務を終えたら、次は家から通える基地に戻してくれるだろうから、それまでの辛抱だ」
「そうですか」
そう言って少尉が笑った、その時だった。
突然、正面のモニターが赤色に点滅し、待機室内に警報が鳴り響いた。
「えっ……?!」
驚いて立ち尽くす少尉とは違い、ジェイン大尉はリクライニングシートから飛び起きると同時に、ヘルメットとサバイバルベストをつかんで走り出していた。
「急げ!!」
「は、はい!!」
正面のモニターには「緊急発艦」という文字が表示され、それが右から左へ流れていく。
警報が鳴ると同時に、部屋のドアが自動で開いた。
パイロットがドアを開ける時間を短縮するためだ。
救急品や(液状)非常食、さらに無重力空間で使う姿勢制御用スプレー缶がポケットに収められたサバイバルベストを羽織りつつ、全力で走る。
待機室から格納庫の周囲をぐるりと囲むように設置されているキャットウォークに出ると、急に体が軽くなった。
格納庫内は低重力状態になっているのだ。
無重力にしていないのは、細かい部品などを落とした時、どこに飛んでいくか分からないからだ。
弱くても重力があれば、少なくとも床には落ちる。
すぐ目の前に、愛機のコクピットへとつながるブリッジがあった。
全高二十メートルにもなる、あえて言うなら人型の単座戦闘機。
大気圏内を飛行する航空機のような胴体の下には、二枚の翼型スタビライザー、慣性制御航法システム、通称スタビライザーウィングが取り付けられている。
そして、機体の胴体の左右にはアームの先端にレールキャノンが、上部には、まるで頭部のようなセンサー通信ドームが取り付けられている。
それらが頭、両手、両足に見えないこともないため、人型戦闘機と呼ばれているのだ。
その胴体上部の装甲の一部が、跳ね上がるようにして開いていた。
そこには整備兵がいて、ジェイン大尉を待っていた。
彼は整備兵にヘルメットを投げて渡すと、自分はハッチから中に飛び込んだ。
深さが二メートルほどある縦穴を抜けると、そこがコクピットだった。
パイロットシートに座ってベルトを締めていると、整備兵がヘルメットを持って降りてきて、最後に手渡してくれた。
「整備、異常ありません。レールキャノンの砲弾は左右ともに六十発ずつ、AFM(対戦闘機用がミサイル)八発、AMM(ミサイル迎撃用ミサイル)が十二発。キャリーオーバーのパーツなし」
「了解だ、ありがとう」
ジェイン大尉がそう答えると、整備兵は敬礼をしてコクピットから出ていった。
ヘルメットをかぶり、気密をチェックしつつ、コクピット内の点検を進めていく。
右手前から正面、そして左手前へ。すべて異常なし。
特に、搭載武装の安全装置であるマスターアームには直接触れ、OFFになっていることを確認した。
通常なら、ここで機体の心臓である核融合炉に点火するのだが、緊急発進待機中のこの機体は、常時、核融合炉に火が入った状態になっている。
全周を映すモニターが、外の様子を映し出していた。
高所恐怖症の人間なら悲鳴を上げるような光景だ。
機体の各所に張り付いていた整備兵たちが離れていく。
そして、全員が離れたことを確認すると、開いたままのハッチの上から声が聞こえてきた。
「オールオッケーです、大尉! お気をつけて!!」
「おう!!」
そう答えると、ハッチの開閉スイッチを「閉」にする。
まず、コクピットの天井部分にあるコクピットハッチが閉じ、続いて胴体上面にある装甲ハッチが閉じた。
右手で操縦桿を、左手でスロットルレバーを握り、感触を確かめる。
先ほど直接触れて確認したマスターアームは、操縦桿のすぐ前にあった。
「GWコントロール、こちらストライカー1」
彼がそう呼びかけると、GWコントロールこと管制室のオペレーターが、すぐに返事をしてきた。
『こちらGWコントロール、ストライカー1』
「こちらストライカー1、チェックイン」
『ストライカー1のチェックイン了解。状況を知らせる。レッドベアーの戦闘機一個小隊、四機が緩衝宙域に向けて接近中。ストライカー1と2は、発艦後、速やかに指定宙域に向かい、警告を実施せよ』
「ストライカー1、了解」
ジェイン大尉がそう答えた時、ペアである少尉が乗ったストライカー2も通信に加わってきた。
「さあ、いつでもいいぞ」
そう言うと、天井を縦横に走っているレール沿いにクレーンアームが近づいてきた。
それがジェイン大尉機、ストライカー1の機体上部にあるフックをマジックハンドでつかみ、持ち上げる。
そして、重力カタパルトデッキへと機体が運ばれていった。
大きく長いトンネルのようなその中に入ると、アームの先端のマジックハンドがフックを離した。
ジェイン大尉は操縦桿とスロットルレバーから手を離し、パイロットシート横の取っ手を握る。
射出時の衝撃で、機体を空母グレートウォールにぶつけないための安全措置だ。
そして次の瞬間、射出された。
あまりに速すぎて、一瞬でモニターに映る風景が艦内から宇宙空間に切り替わったように感じる。
ちなみに、Gキャンセラーのおかげで、パイロットは地上を走行する車の加速程度のGしか感じない。
いっそのことGを完全に相殺することもできるのだが、そうなるとパイロットが逆に操縦しにくくなるというので、身体に負担にならない程度に残している。
『ストライカー1、こちらストライカー2。発艦しました』
少尉から通信が入ったので、レーダーモニターを見ると、青い三角マークと「S-2」という文字が表示されていた。
「よし、こちらストライカー1。編隊を組め、急ぐぞ」
『ストライカー2、了解』
二機のSF-11イーグルが編隊を組むと、加速を開始した。
『ストライカー1、戦闘になるのでしょうか?』
「それを決めるのは、俺たちじゃない。あいつらが素直なお利口さんなら、そうはならない。しかし、ひねくれた馬鹿なら、派手にやらかすことになる」
『一体、何がしたいのですか、あいつらは? 帝国軍が本腰を入れて軍事介入したら、瞬殺されると分かっているはずなのに』
「だから、帝国軍が軍事介入しない程度にやり合うんだよ」
『軍事介入する条件は?』
「民間人に対する大量虐殺、および帝国宇宙軍に対する攻撃。この二つのどちらかをやれば、すぐに大艦隊が押し寄せてきて、あいつらを宇宙の塵にする」
『いっそのこと、そうしてくれたら、こんな任務をしなくてよくなるのに』
「しかし、何でもかんでも帝国軍が力ずくでたたき潰していたら、それはそれで反感を買って、さらに反乱や紛争が増える」
『ああ、面倒くさい』
「そう、面倒くさいんだよ、俺たちの仕事は」
そうこうするうちに、目標の四機編隊がモニターに映った。
彼らが乗る機体は、レーダーを使用していない。
そのため、現在表示されているのは、母艦が捉えた反応をリンクシステムで共有した情報だった。
「よし、導火線に火をつけろ。マスターアーム、オン」
そう言うと、操縦桿から手を離し、その前にあるマスターアームをオンの位置にひねった。
モニターの表示が戦闘モードに切り替わり、火器管制プログラムが起動する。これですべての火器が使用可能になる。
「いいか、最新鋭機の俺たちの機体は、あいつらには簡単に見つからない。レーダーを使用せずに背後に回り込んで、至近距離でいきなり警告をするぞ」
『もし従わなかったら?』
「ケツを思いっきり蹴り上げてやる」
その時、空母グレートウォールから通信が入った。
『ストライカー3、4が発艦』
新たに二機のSF-11イーグルが、母艦から発艦したということだ。
『ストライカー1、3と4を待たなくていいのですか?』
「いいの。相手は劉玄社の牛金だ。このイーグルなら、一個小隊、四機程度、こっちが一機でも全機落とせる」
そう言いつつ、サブモニターにレッドベアーと呼称されていた機体のデータを表示した。
劉玄社が開発・生産した軽戦闘機で、一応、戦闘機として必要な装備を搭載しているが、安さ以外に取り柄のない雑魚戦闘機だ。
ただ、問題は、金さえ払ってくれれば、反政府組織だろうが海賊だろうがお構いなしに売りつけることだ。そのため、金はないけど戦争をしたい連中が買いあさっている。
『一本足だ』
スタビライザーウィングが一本しかないことを指して、ペアの少尉も同じデータを見ながらそう言った。
「その通り。核融合炉のパワーが足りないから、足を二本付けられなかったんだ。あと、レールキャノンの口径も小さいし、シールドもあってもなくても同じレベルだ」
彼らストライカー編隊が使用している最新鋭のSF-11イーグルとは、戦うことが虚しくなるほど性能差が開いている。
「レッドベアーどもの背後に回り込むぞ」
『ツー』
その返事を聞いて、ジェイン大尉は操縦桿とフットバーを操作し、機体を旋回させた。
ストライカー2も、ぴたりと位置を維持したままついてくる。
すると、モニターの正面に、すっと四つのターゲットを示すバツ印が入ってきた。
その下にはRB1~4までの番号が割り振られ、距離と一緒に表示される。
「これだけ近づいても、まだ見つからないとは。やっぱすげえな、イーグルは」
そして、完全に相手を射程距離内に捉えた。
「GWコントロール、こちらストライカー1。熊の尻についた。これより警告する」
『GWコントロール、了解』
母艦の許可を得ることができた。
「よし、マスターアーム、オン」
そう言いつつ、右手を操縦桿から離して、その前にあるスイッチをつまんだ。
そして、押し込んで右にひねる。
他の機体操作は、口頭による音声入力が可能だが、マスターアームのON・OFFだけは、必ず手で操作しなければならなくなっている。
さらに、それまで待機状態だった機体のレーダーも起動させた。
モニターに表示されていた目標の反応に四角いターゲットボックスが重なり、それが射程距離内を示すオレンジ色に変わる。
それを確認すると、国際緊急チャンネルで相手に警告を与えた。
この周波数は、巨大な宇宙戦艦から小型作業艇まで、宇宙を飛ぶすべての者が常時傍受するように定められている。
「こちら、ソロマニ帝国宇宙軍空母グレートウォール所属戦闘機だ。貴編隊は緩衝宙域に接近している。ただちに進路を変更せよ」
今頃、あの四機の牛金のコクピットでは、背後からロックオンされていることを知らせる警告音と、ジェイン大尉の声が響き渡っているはずだ。
すかさず、二度目の警告を行う。
「こちら、ソロマニ帝国宇宙軍空母グレートウォール艦載機だ。貴編隊は緩衝宙域に接近している。ただちに引き返せ」
そう言いつつ、操縦桿の上についている兵装選択レバーを操作し、レールキャノンを選択する。
距離は二万キロメートルを切っている。位置的にも、こちらが圧倒的に有利だ。
これだけ離れていると、当然、肉眼では見えないため、メインモニターに映る記号をにらみつけるしかない。
もし四機のレッドベアー編隊が散開して逃げようとしたら、即座に発砲する。
この距離と位置なら、数秒で全機を撃墜できるだろう。
「いいか、これが最後の警告だ。さっさと家に帰って、一杯飲んで寝ろ」
少し語気を強めてそう言うと、四機のレッドベアー編隊は大きく円を描くように進路を変え、離脱していった。
「よしよし。誠意をもって話せば、分かり合えるんだよ」
『ストライカー1の脅しが効いたのですよ』
そう言うストライカー2の声は、かすかに震えている。
「平和が一番だ。このままあいつらをしばらく追尾する」
その後、二機のSF-11イーグルは、四機の牛金の監視を続けた。
相手が気を変えて、再び緩衝宙域に近づかないようにするためだ。
『ストライカー1、2、こちらGWコントロール。まもなくストライカー3、4が合流する。追尾を交代して帰艦せよ』
それを聞いて、ジェイン大尉はふうっと小さく息を吐いた。
「ストライカー1、了解。よし、ストライカー2、帰るぞ」
『了解』
「帰ったら、俺の可愛い息子の自慢話をたっぷりと聞かせてやる」
『ははは、勘弁してくださいよ』
これは、広大な宇宙の片隅で起こった、ほんのささやかな出来事だった。
そして、人類の歴史とは、そういう塵のような出来事の積み重ねによって営まれている。




