第11話 使ってはいけない力の解放
西暦2515年1月9日
朝になると、グレイの家に泊まったリリア、ロディー、ホーリネスの3人は、いったんそれぞれの家に帰ることにした。
洗濯については、昨夜のうちにグレイの家で済ませ、乾燥まで終わっていたので問題はなかったが、女の子には自分の家でしかできない、いろいろな身だしなみの整え方があるのだ。
ロディーは、リリアが帰るというので、それに付き合うことになった。
食事の準備は女子、後片付けは男子の担当になっているので、今はグレイとロディーがエプロン姿でキッチンに立っている。
リリアは活発で、一見がさつに見えるが、実は非常に家事が得意で、料理も上手だった。
今どきは、どこの家のキッチンにも自動調理器が標準装備されているが、彼女はほとんどそれを使わずに朝食を作っている。
ただ、得意なのと好きなのは別らしく、料理を作るのはいいが、後片付けは面倒くさいと言って男子たちに押し付けたのだった。
「そういえば、ホーリネスは昨日、不良に絡まれていたんだって?」
グレイが皿を洗いながらそう言うと、彼女に代わってリリアが答えた。
「そうなのよ。この子ったら、危うくお嫁に行けない身体にされるところだったんだから」
「お嫁にって……」
「もしかしたら、まだどこかで彼女のことを狙っているかもね」
昨日のいきさつを聞いていたグレイには、リリアの言わんとするところがすぐに理解できた。
ただ、リリアたちは、ルーザが不良たちにホーリネスを襲わせるよう指示したことまでは話していない。
そんなことをしたら、単純なグレイのことだから、ルーザのところに怒鳴り込んでいって大騒ぎになってしまうだろう。
騒ぎが大きくなればなるほど、立場が悪くなるのは地球人であるホーリネスの方だ。
まさか、こんな早朝から不良たちが待ち伏せしていることもないだろうが、心配になったグレイが
「だったら、俺が送っていってやるよ」
と、言ったが、ホーリネスはすぐにそれを拒んだ。
「いいえ、大丈夫だから」
「でも……」
「いくら何でも、こんな朝早くからうろついている不良はいないと思うし、それに今日は念には念を入れて、繁華街は通らないようにするわ」
遠慮しているのか、それとも他人に必要以上に干渉されるのを嫌っているのかは分からない。
しかし、彼女の言葉と態度には、他人を寄せ付けない雰囲気があった。
「そ、そうか」
グレイは複雑な表情で頷いた。
こうもあからさまに拒絶されると、やはり少し傷つくのだ。
この後、3人はそれぞれの家に向かって帰っていった。
一人残されたグレイは、彼女たちを見送ると、すぐに外出の準備を始めた。
それは学校に行くためのものではなかった。
学生服の代わりに動きやすい私服に着替え、ポケットにPMDCを入れる。
PMDC(個人携帯端末カードは)、コミュニケーションツールにして財布であり、あと身分証明書でもあった。
特に、重大事故(災害)にあった時、このカードは自動で自己位置と身体の状態を警察や消防に通報する仕組みになっている。
宇宙では、まさに命綱なのだ。
出かける準備を終えるとグレイは、サウスドックの方へ向かって駆け出していった。
そう、彼は今日は学校をサボり、一日中、アルバイト先の整備工場で戦闘機をいじり回すつもりなのだった。
もし今日、学校で実習があったら、さすがの彼もサボったりはしなかっただろう。しかし、それは明日である。
少しの罪悪感も、わずかな後ろめたさもないまま、彼はスキップでも踏みそうな足取りで港を目指した。
ホーリネスは、地球人たちが一か所に集められている居住区を目指して歩いていた。
まだ早朝なので、ほとんど人通りはない。
地球人たちのコロニーでの仕事のほとんどは肉体労働だった。
外壁の修理やリサイクル施設の作業員、人工太陽筒の保守管理や発電施設である核融合炉のメンテナンス、コロニー中に植えられている草木の手入れなど、どれも大変な仕事ばかりだ。
そして、本来なら肉体的につらい反面、給料は高額なはずなのに、彼らにはその日その日を暮らしていくのが精いっぱいという程度の額しか支払われていなかった。
さらに、女性たちの方はもっとあからさまだった。
手に職を持たない者や、重労働に耐えられない者は、水商売をするしかないのだ。
伝染病を恐れるコロニー内では、売春は固く禁じられている。
だが、実際には、彼女たちが働いている店の多くで、裏でそういった行為が行われていた。
そうでもしないと、地球人の女性など雇ってはもらえないのだ。
区画整備が行き届き、きれいな碁盤の目状になっている住宅街の向こうに、雑多な小汚い家々が見えてきた。
そこが地球人たちの住処だった。
周囲には高い金網のフェンスが張り巡らされ、その上には高圧電流まで流されている。
これは名目上、彼らを暴徒から守るためということになっているが、実際にはまったく逆だった。
不良の集団が時々やって来て、地球人たちに暴行を加えたり、家に火をつけたりする。しかし、警察はめったに来ないし、来たとしても彼らを追い払うだけで、逮捕したことはなかった。
つまり、このフェンスは、そうした被害が地球人以外に及ばないように造られたものなのだった。
周囲に飲み屋が増えてきた。
ほとんどの店は、1階部分が酒場になっていて、2階と3階にはダブルベッドの置かれた個室がいくつも並んでいる。
彼女の知り合いも何人か、この飲み屋街で働いていた。
その知人の中には、男性も数人含まれている。
彼女は普段、この通りを通らないことにしていた。
他の場所とはまるで違う、吐き気を催すような気が充満しているからだ。
今はまだ早朝なので、かなり薄らいでいる。しかし、一番にぎやかな夜中に通ると、発狂しそうになるのだった。
だが、昨日、不良たちが待ち伏せしていた通りを避けて自分の家に帰るには、ここを通るしかない。
彼女は足早に飲み屋街を通り過ぎようとした。
その時だった。
「ふぅー、畜生っ。予定じゃ、ただでやれるはずだったのによぉ」
3人のガラの悪い男たちが、一軒の飲み屋から出てきた。
「まったくだ。おまけに昨日の女は、50Crも払ったのに下手くそだったし」
「お前が見落としたんじゃないのか?!」
「馬鹿言うなよ。俺は女の顔は一度見たら忘れないんだよ」
そう言って、その男は上着のポケットから一枚の写真を取り出した。
そこには、薄い青色の髪をした女の子が写っていた。
「ガキのくせして、いい体していやがる」
そう言って写真をポケットに戻そうとした男の目に、30メートルほど先に立つ女子中学生の姿が映った。
写真と同じ髪の色に顔、同じようなスタイル。着ている制服まで同じだった。
「お、おい?!」
相手もこちらに気づき、驚いているようだ。
「あいつだ!!」
ホーリネスは、あまりの驚きにその場で立ち尽くしていた。
昨日、彼女を待ち伏せしていた不良たちが目の前にいるのだ。
彼らから感じられる気から判断するに、向こうも予期していなかったようだ。
つまり、まったくの偶然というわけだ。
3人の顔が驚きから下品な笑いへと変わり、そのまま近づいてきた。
心を読まなくても、彼らの顔を見れば何を考えているのかすぐに分かる。
流れ込んでくる気があまりにも強すぎて、くっきりと輪郭を持ち始めた。
普段であれば、よほど彼女の方が意識を集中しないと読み取れないというのに。
それほど、3人の男たちの欲望は強烈なのだ。
男たちの頭の中で、彼女は人通りのない場所に引きずり込まれ、服を破られ、激しい暴行を受けていた。
3人のうち、真ん中の男はナイフを持っているらしい。彼はそれを使って、彼女にいろいろなことを強要しようと考えていた。
右の男は悪趣味な性癖を持っているらしく、ポケットに入れている自分のPMDCで、彼女の身体の局所や淫らな姿を撮影したいと考えていた。
左の男は、地球人の女なら中で出してもいいよな、と考えていた。
一瞬、ホーリネスは何とか逃げられないだろうかと考えた。
脚が半歩下がる。
だが、彼女のその反応を見て、男たちの気に変化が現れた。
もし逃げたとしても、絶対に諦めたりはしない。
彼女が地球人の居住区に住んでいることは分かっているし、今日逃げられたとしても、しょせんはこの町から外に出ることなどできないのだ。
あまりに3人の気が強すぎて、実際に体に触れられているような気分になってきた。
激しい吐き気がこみ上げてくる。
昨夜、リリアたちと楽しい時間を過ごしたばかりだったため、ホーリネスはいつも以上にこうした気に反発を感じた。
普段は押さえ込んでいる怒りと破壊衝動が、心の中で目覚め始める。
普通の人とは違う力を持った人間が抱える感情が、冷静な彼女の心を激しく揺さぶった。
いつまで、こんな奴らから逃げ回らなくてはならないの?
冗談じゃないわ。こいつらは絶対に諦めない。どこまでも私を追い回して、今、心の中で想像している汚らわしいことを実行するはずよ。もう我慢なんてできない。
そうよ、これは正当防衛だわ。やらなければ、やられるのよ!!
そう思う一方で、わずかに残った冷静な部分が、彼女を押しとどめる。
ひとたび力を使えば、半端なことでは済まないわ。徹底的にやるしかなくなる。それでもいいの?
もしこの力がばれたりしたら、今の最低な生活すら送れなくなるのよ。
突然、ホーリネスの顎を、真ん中の男が左手でつかんだ。
右手はポケットに入ったままだ。
そこにあるナイフを握っているのだ。
「やあ、ホーリネスちゃんだね。俺たちは君と仲良くなりたいんだよ」
直接触れられたことで、男の気がさらに激しく彼女の中に流れ込んできた。
背筋を嫌な汗が伝っていく。
あまりの気持ち悪さに、膝が震えてきた。
それを怯えているのだと勘違いした男が、ヒヒヒヒッと笑った。
彼の心の中で、ホーリネスは全裸にされ、両手両足を縛られて激しく暴行を受けていた。
泣き叫ぶ彼女を何度も殴りつけ、罵声を浴びせながら欲望をぶつけてくる。
彼女は、あまりにもリアルなその気を感じて、頬に痛みすら覚えた。
それが、彼女の最後の心のリミッターを外した。
残りの二人が、彼女を両側から挟むように立つ。
そして、彼女は裏路地へと連れていかれた。
おとなしく従う彼女を見て、3人の男たちは、彼女が諦めたのだと勝手に判断をする。
欲望がどんどん現実感を増していき、それらがさらに彼女の中に入り込んできた。
「さあ、ここで遊ぼうぜ」
「大人の遊びをよぉ」
「大丈夫、お兄ちゃんたちに任せておきなって」
行き止まりに着くと、男たちは壁際に彼女を立たせ、逃げられないようにその前に立ちはだかった。
その場にうずくまるホーリネス。
「怖がることはないんだよ」
「そうそう、こいつはすぐに済むからね。ちなみに俺のは長いけど」
ナイフを隠し持った男が、ズボンのベルトを外し始めた。
もう一人がPMDCを取り出してレンズをホーリネスにむける。
3人目の男は彼女に背中を向け、周囲の様子を探っていた。
その時、突然、ナイフを持った男が立ち尽くした。
「アガッ!!」
訳の分からない叫び声を上げ、両目と口を大きく開く。
「おいおい、どうしたんだよ? ズボンのファスナーに挟んだのか?」
PMDCを持った男がそう言いながらホーリネスの方を見た。
そして、彼もその場で立ち尽くした。
ガクガクと脚が震え、ものすごい量の汗が顔面からあふれ出す。
突然、二人が静かになったので、背後の様子を探っていた男が振り返った。
「お、おい、どうしたんだよ?」
二人の視線は、ホーリネスの方を向いたまま固まっていた。
それにつられて彼も彼女の方を見た。そして、彼自身も動かなくなった。
ホーリネスは、ただじっと立っていた。
その視線が3人の不良たちに向けられている。
微かに表情が険しくなり、眉間に皺が寄る。
彼女の表情が険しくなるに従って、3人の男たちの表情も変化していった。
その顔面には恐怖が浮かんでいる。
全身が痙攣し、両目から涙があふれ出した。
まるで、血も涙もない殺人鬼に拳銃を突きつけられているようだった。
ナイフの男の、半分脱ぎかけていたズボンから湯気が立ち上った。
股間の部分に染みが広がっていく。
そして、その場にガクッと両膝をついた。
「ウワァアアアア!!」
気が触れたような叫び声を上げる。
残りの二人も、すぐに彼と同じような状態になった。
まるで、何か目に見えない化け物に襲われているかのように、悶え苦しみ始める。
地面の上でのたうち回る3人を、ホーリネスはじっと睨み続けた。
彼女自身も、ものすごい量の汗をかいている。
3人の男たちの発狂寸前の気は、そのまま彼女自身にも跳ね返ってきているのだ。
1人、また1人と、男たちは順番に糸の切れた人形のように動かなくなっていった。
別に死んだわけではない。
呼吸もしているし、心臓だって動いている。
しかし、その表情は死人のように青ざめていた。
目はうつろで、泡を吹いた口元はブツブツと何事かを呟いている。
3人目が同じ状態になったところで、ホーリネスは全身から力を抜いた。
そして、その場で立ちくらみを起こし、壁に手をついた。
両肩で激しく呼吸をしながら、彼女は泣いていた。




