第10話 生まれて初めての友達
西暦2515年1月9日
グレイが家に帰ったのは、日付が変わってからだった。
結局、右のスタビライザーウィングを分解するところまで、付き合わされたのだ。
ちなみに中学生は法律で午後8時までしか働いてはいけないことになっているため、途中からはアルバイトではなく、勝手に残ったことになっている。
まあ、本人も楽しそうに手伝っていたので、文句は言えないが。
スペースコロニー内にも、もちろん朝や夜がある。
今は深夜のため、人工太陽筒は完全に光を落としていた。上を見上げると、反対側の大地に広がる夜景がきれいに見えた。
何かにつけて節約をしなければならないスペースコロニーでは、無駄な電気を使うことはできない。
地上の都市のような派手なネオンも、無人の区画まで照らし出すような無駄な街灯も、当然なかった。
内燃機関を搭載した車両も皆無だったし、たき火も厳禁だ。
空というより、反対側の地上を眺めていたグレイの視界を、コロニー警察の反重力ヘリが横切っていった。
コロニーの中心には、軸として人工太陽筒が設置されている。
イメージ的には巨大な蛍光灯のようなものだ。
外壁付近には遠心力による人工重力が働いているが、中心付近ではそれがほとんど働かず、無重力状態に近くなる。
時折、そこで上下感覚が麻痺したパイロットがトチ狂い、上昇をしているつもりが、反対側の大地に墜落事故を起こすことがあった。
そのため、コロニー内でヘリやその他の乗り物を飛行させるには、専門の免許が必要だった。
反重力ヘリが視界から消えると、グレイは家の玄関をくぐった。
「あれ?」
そして、異変に気づいた。
リビングのテーブルの上には、レトルト食品の空き箱や袋が散乱している。
さらに、床の上にはジュースのチューブが転がり、ソファの上には電源が付いたままのタブレットが置かれていた。
テレビモニターはつけっぱなしで、しかも有料のスポーツチャンネルが映っている。
このチャンネルは、1時間で3Cr(1クレジットは100円くらい)も取られる。
「おいおいおい」
グレイはテレビのリモコンを手に取り、いつからこのチャンネルを見ているのか確認しようとした。
今は誰も見ていないのだが、放っておけば料金だけが加算されてしまう。
しかし、リモコンがない。
「おいおいおいおい」
部屋の中をあちこち捜して回ると、ゴミ箱の中にあった。
それも、鼻をかんだティッシュペーパーにくるまれて。
グレイは迷わず、制服の胸ポケットから自分のPMDCを取り出した。
そして、警察のナンバーを素早く押していく。
三桁目を押そうとしたとき、スナック菓子の袋を持ったリリアがキッチンから入ってきた。
なぜか彼女は、大きめのTシャツ一枚という姿で、健康的な肢体をさらしている。
「あら、グレイ、お帰り」
「もしもし、警察ですか? 家に泥棒がいます」
「えっ? うそ、どこどこ?」
「お前だぁ!!」
思わずグレイが大声で怒鳴った。
「何よ、そんな大声を出さなくてもいいじゃない」
「うるさい! 人の家でさんざん好き放題しやがって!!」
「あんたの方がうるさいわよ」
「まったく、毎度毎度のこととはいえ……」
そう言いつつ、グレイはPMDCをポケットにしまった。
「だって、いつまでたっても帰ってこないんだもん」
「そもそも、何でリリアが俺の家にいるんだよ? そういえば、ロディーはどこだ?」
「フフッ、彼はいないわよ」
「えっ?」
急に悪戯っぽく笑ったリリアに、グレイはドキッとした。
「今日は……私一人」
「お、おい、何だよ……」
リリアがそっとグレイに近づいてくる。
しかも、上目遣いで。
「冗談だよな?」
「そう見える?」
リリアの顔が、グレイに急接近してきた。
「グレイ……あなたはじっとしていて」
「…………」
視線を下げると、大きく開いた襟口から彼女の胸元が見えた。
下着はつけていないようだ。
慌てて目をそらすと……。
ソファの陰から覗いているロディーと目が合った。
「おい、リリア。あれは誰だ?」
「この家の守護霊よ」
「あんな貧相で弱そうな霊に守られているようじゃ、この家の未来は暗いな……」
そう言いながら、グレイは近くにあった、鼻水がついたテレビモニターのリモコンをロディーの顔面に投げつけた。
「ったく、ああ~っ!!」
「な、何よ、今度は?」
「そのTシャツ!!」
「ああ、これ? あんたのクローゼットに入っていたわよ」
そう言って、リリアはその場でクルッと回ってみせた。
Tシャツの裾がまくれ上がり、健康的な肉体と、精神的には不健全な彼女の大腿部が丸見えになる。
普通の若い男子なら、照れるなり驚くなりするところだ。
しかし、グレイの視線は彼女の下半身ではなく、背中に向けられていた。
背中には、流れ星にまたがったビキニ姿のブロンド美人の絵がプリントされている。
「そ、それ、それは、771航宙戦闘隊のマークが入った……。袋から出さずにしまっておいたのに……」
「だって、これ以外はしわくちゃで、着たら病気になりそうだったんだもん」
「そもそも、何で俺のTシャツを着る必要があるんだよ?!」
「いいじゃない。私が着たから価値倍増よ」
「お前なぁ……」
疲れ果てたグレイが、ソファの上にドサッと腰を下ろす。
その横では、ロディーがティッシュペーパーで顔を拭いていた。
「頼むから、せめて片づけぐらいはしてくれよ」
「ごめんごめん」
まったく反省している様子もなく、悪びれもしないリリアは、そう言って再びお菓子を食べ始める。
その時
「はい、どうぞ」
と言って横からジュースのチューブが差し出されてきた。
「ありがと」
と礼を言ってそれを受け取り、飲み口を開いた。
「あっ、グレイ、乾杯、乾杯!」
リリアがそう言うと、自分もジュースのチューブを手に持ち、グレイに駆け寄って来た。
「あっ、僕ももらっていい?」
グレイの隣にいるロディーもそう言って、キッチンへと走っていく。
「ん?」
その時、グレイは違和感を覚えた。
そして、自分にジュースのチューブを手渡した人物の方を見た。
そこには、リリアと同じく、大きなTシャツ一枚だけを身につけたホーリネスが立っていた。
「うぉっ!!」
驚いたグレイは飛び上がり、そのままソファから転げ落ちた。
「な、何で君がここに?」
「私たちが連れてきたのよ」
「それは……それで、何で?」
「学校から帰る途中で、私が不良に絡まれていたのを、二人が助けてくれたの」
ホーリネスがそう説明した。
彼女たちは、あの後話し合い、グレイにはこういうふうに説明することにしたのだった。
「ほ、本当に?」
リリアと、キッチンから戻ってきたロディーが同時に頷いた。
「ところで、グレイ」
「何だ、リリア?」
「その子も、あなたのクローゼットから出した新品のTシャツを着ているんだけど」
「えっ?!」
驚くグレイの前で、ホーリネスが背中を向けた。
そこには、ミサイルをくわえたライオンの絵がプリントされていた。
「ああ……202航宙戦闘機隊……」
「ご、ごめんなさい」
グレイの非常に悲しそうな気配を感じたホーリネスは、思わず謝った。
「い、いや、いいんだ……気にしないで」
「ちょっとちょっと、グレイ! 私のときとはずいぶん反応が違うじゃない?!」
「当たり前だ! お前は謝ったりしないだろうが!!」
グレイは、夜中の2時頃にベッドに潜り込んだ。
床の上には毛布が敷かれ、ロディーが寝ている。
ちなみに、リリアとホーリネスは、彼の両親の部屋にあるダブルベッドで一緒に寝ているはずだ。
グレイは興奮して、なかなか眠れなかった。
何せ、憧れていた実物の戦闘機に乗ることができたのだ。
そして、明日も社長の手伝いに行くと伝えてある。
何でも、あの戦闘機の修理を終えると、普段の半年分ぐらいの収入があるらしい。かなりバイト料を弾んでもらえるだろう。
もっとも、お金などもらえなくても、戦闘機に触れられるだけで満足だったが。
「グレイ……」
ベッドの下からロディーの声がした。
「何だ?」
「興奮して眠れないんだろう?」
「まあな」
「リリアもいいけど、ホーリネスさんもなかなかのプロポーションだよなぁ」
「お前なぁ、何に興奮してるんだよ?」
「えっ? グレイは違うのか?」
「……今日、港の社長のところにガーディアンの戦闘機が来たんだ」
「戦闘機が?」
「ああ、セントラルのスペース・タイガーだぜ。もちろん本物だ」
「すっげぇ~」
ロディーがベッドの上にはい上がってきた。
「でも、何で社長のところに? グレイのバイト先って、作業艇とかの修理や整備専門だろう?」
「ああ、俺も驚いたけど、なかなか手慣れていたから、もともとはどこかの大企業で働いていたのかもしれないな」
「ふぅ~ん。それで、本物はどうだった?」
「最高に決まってるだろう。コックピットに入ったんだぜ」
「おいおい、戦闘機の中って最高機密だろう」
「だから、最高だって言うんだよ。あれが宇宙軍の機体だったら、近づくこともできないぜ」
グレイは両手を伸ばし、操縦桿を握ったときの感触を思い出した。
宇宙空間において、人間という存在は非常に貧弱である。
何をするにも、ゴテゴテとした宇宙服で身を守らなければならない。この巨大な人工都市も、小さな穴が一つ開いただけでパニック状態になる。
そんな貧弱な人間も、スペースファイターのパイロットになれば、強大な力を手に入れることができるのだ。
自由に宇宙を飛び回り、指先一つで超高速の砲弾を撃ち出すリニアキャノンを発射する。
決して、人殺しをしたいわけでも、スーパーヒーローになりたいわけでもない。
子供の頃から、戦闘機パイロットである両親に宇宙の広大さを聞かされて育った彼は、ごく自然に外の世界に憧れるようになっていたのだった。
そして、無限に広がる大宇宙を、自分の意志で自由に飛んでみたい。
それこそが、彼の夢であり、目標なのである。
ホーリネスは、ふかふかのダブルベッドの上で、そっと寝返りを打った。
隣で寝ているリリアを起こさないように気をつかったのだ。
彼女にとって、今日――正確には昨日――は、驚きの連続だった。
昼頃にグレイからペアに誘われて以来、これまで体験したことのないようなことばかりが起こった。
ルーザのような人間に嫌がらせをされたり、不良に絡まれたりすることは日常茶飯事だった。
しかし、今日のように他人に助けられたり、今のように一緒に寝泊まりしたりすることは、一度もなかった。
いや、彼らはしょせん他人よ。私の力や能力を知ったら、化け物を見るような目をして離れていくはず。
最初の頃は、リリアもロディーも、彼女に対して強い警戒心を抱いていた。
それ以上に、地球人に対する軽蔑に近い感情も感じられた。
しかし、一緒に食事をしたり、話をしたりしているうちに、それらの気はどんどん薄れていき、気がついたら、リリアが差し出してきたTシャツを着ていた。
彼女は悪戯っぽく笑いながら、
「これはグレイの宝物なのよ」
と言っていた。
このとき、リリアの心からは、共犯者としての仲間意識が感じられた。
つまり、彼女はホーリネスを自分の友人として受け入れてくれたのだ。
そして、ロディー。彼はもともと警戒心の強い男だった。
彼女に対してすぐに打ち解けたリリアと違い、彼は地球人と仲良くすることで、自分が周囲からどのように見られるか、そればかりを気にしていた。
しかし、リリアが先に打ち解けたこともあって、だんだんと気が和らいできた。
最後の方では、彼女に対して、若い男の子なら誰でも抱くような憧れに似た感情まで抱くようになっていた。
そして、最後に、あのグレイだ。
彼には、最初から彼女が地球人だということなど、どうでもいいことのようだった。
リリアにしろロディーにしろ、打ち解けていくにしたがって、逆に同情の気持ちが生まれてきた。
つまり、ホーリネスは地球人なんかに生まれて大変だね、かわいそうに、という感じである。
しかし、グレイにはそれすらなかった。
無神経なのかとも思ったが、先ほどから隣の部屋から感じる気を読んで、納得した。
彼は、遠くを見ているのだ。
明日の授業や、身近な人間たちの目など、まったく気にしてはいない。はるか彼方を見据え、そこに向かってひたすら走り続けている。
何事にも冷めた目でしか物事を見ることのできない彼女にしてみれば、理解に苦しむ存在だった。
彼とその友人たちは、とてもいい人たちだ。
しかし、だからこそ、彼らには自分の能力を知られたくなかった。
ルーザのような人間に化け物と呼ばれても、何とも思わない。
しかし、彼らにそう呼ばれたら、きっと辛いだろう。
彼女は、傷つく前に彼らから距離を置こうと思った。




