第9話 人の心が読める
ホーリネスは繁華街を一人で歩いていた。
帰り道で待ち伏せされているため、相手が諦めるまで、ここで時間を潰そうと考えたのだ。
さすがの不良たちも、人通りが多いここでは、ちょっかいをかけてこないだろう。
ここならば、犯罪行為が行われれば、自動で防犯システムが作動して警察に通報をしてくれるし、人間の警官はあてにならないが、警備ロボットが来てくれれば地球人でも守ってくれる。
手持ちのお金がないので、店に入ることもできず、ジュースを買うこともできなかった。
ただぶらぶらと店先を覗いたり、道行く人たちを眺めたりするだけだ。
いろいろな人たちの気が感じられる。
楽しい気、退屈な気。恋人と一緒にいるのに、ホーリネスの方を見て好意的な気を発している者もいた。
すれ違う男が彼女を見て、爽やかな笑顔を向けてくる。しかし、その内面からは肉欲的な気が放たれていた。
「やあ、君、一人かい?」
普段は他人の心の奥までは読めないが、これほど近くで、これほど強い欲望を向けられると、嫌でも心の中が流れ込んでくる。
彼の心の中では、彼女は裸にされ、ベッドの上で押し倒されていた。
さらに、あんなことやこんなことをされたり、させられたりしている。
まったく、いい加減にしてもらいたいわね、と思うのだが、それを口に出して言うことはできない。
ただでさえ地球人だという理由で嫌われているのに、このうえ不思議な能力まであると知られれば、間違いなく魔女扱いされてしまうだろう。
「ごめんなさい。待ち合わせをしているの」
彼女がそう答えると、心を読まなくても分かるくらい、相手の表情が変わった。
よほど自分の外見に自信があるのだろう。顔色一つ変えずに断られたことがショックだったに違いない。
「そ、そんなこと言わずにさぁ、せめてカードナンバーを教えてよ」
「ごめんなさい」
相手の心の中に、不快感と焦燥感があふれ出してくる。
イメージの中で、この男にいろいろなことをされていた自分の境遇が急激に変化した。
今度は、裏路地でレイプされる場面になっている。
どうやら、最終的にはそういうことをするつもりなのかもしれない。
「急いでいるの。ごめんなさい」
そう言って、彼女はこの男から離れようとした。
これ以上、見も知らない男に、たとえ心の中だけとはいえ、自分の身体を好き勝手に扱われたくはない。
最悪なことに、彼の心の中で、彼女はまるでバーチャルネットのアダルト女優のように、みだらな声を上げていた。
「そんな冷たいこと言わないでよぉ、俺は相手が地球人でも優しくするぜ」
こういう時、自分の水色の髪が煩わしくなる、自分で染めない限り、この髪の色の子供はTNDNA適応者にしか生まれないからだ。
男の腕が、ホーリネスの左腕をつかんだ。
直接触れられたことで、それまでとは比べものにならないほど強烈なイメージが流れ込んできた。
――ふざけるなよ。ちょっと外見がいいからって、生意気なんだよ、ガキが。
あまりにも直接的なイメージだったので、思わず表情をしかめてしまう。
――お前ら地球人に拒否権なんか無いんだよ。さっさとやらせやがれ!!
「ねえねえ、いいじゃん。カードナンバーぐらい」
「いい加減にしてください!!」
まるで心をこの男に蹂躙されているようで、たまらずホーリネスは大声を上げた。
「な、何だよ。そんなに大声を上げなくてもいいだろう?」
ナンパ男の表情がこわばる。
「離して!!」
その時、男の背中に誰かが跳び蹴りを食らわせた。
情けない悲鳴を上げ、ナンパ男が路上に転倒する。
「大丈夫、ホーリネス?!」
男を蹴り倒したのは彼女と同じ制服を着た女子中学生だった。
さらに言うと同じクラスのリリアが、そこに立っている。
そしてその隣には、ロディーもいた。
「あ、あなたたち?!」
「細かい話は後! 逃げるわよ!!」
リリアは彼女の手を握り、走り始めた。
その腕から、リリアの気が伝わってくる。
彼女を見つけられたことへの安堵感、悪い男を思いきり蹴飛ばした爽快感、そして、なぜ自分がこんなことをしているのだろうという困惑。
それらが入り交じっていた。
「まったく、無茶苦茶だよ、リリア」
「うるさいわねぇ。それより、ホーリネスが繁華街にいてくれてよかったわ。もう家に帰った後かと思っちゃった」
間に合った、という感情が伝わってくる。
おそらく、ルーザが不良たちに頼んで、彼女を襲わせようとしていることを、どこかで知ったのだろう。
わざわざ私を捜して、それを知らせに来てくれたの?
「それにしても、不良が一人とは少なかったわね。確か、三人組だと聞いていたのに」
どうやら、あのナンパ男を不良の一人と勘違いしているようだ。
ホーリネスが不良たちにさらわれそうになっていると思い、いきなり跳び蹴りを食らわせたのだろう。
リリアとロディーからは、見返りを求めるような気は感じられなかった。
どうやら、昼間に彼女に話しかけてきたグレイと同じ、お人好しなのだろう。
しばらく走り、彼らは住宅街に入った。
そして、そこにある一軒の家に駆け込んだ。
家の中には誰もいなかったが、ロディーとリリアはまるで自分の家のように勝手に上がり込み、灯りをつけたり、冷蔵庫を開けてジュースを取り出したりした。
「はい、ホーリネス」
リリアは自分もチューブ型のジュースをくわえながら、彼女に同じものを手渡した。
「あ、ありがとう……」
戸惑いながらも、ホーリネスはそれを受け取った。
「あれ、僕の分は?」
「人の家に勝手に上がり込んでおいて、厚かましいわね、あなた」
「リリアもそうじゃないか!!」
「えっ、ここって二人のどちらかの家じゃないの?」
驚いたホーリネスが目を丸くする。
「当たり前でしょ。私の家は、こんなに汚れてないわよ」
「僕の家は、こんなに大きくないよ」
「じゃあ、誰の家なの?」
「ああ、そうね。説明しないとね。昼間、あなたに声をかけた馬鹿な男子生徒がいたでしょう? 彼の家よ」
グレイの家だったの……。
それにしても、他人の家に勝手に上がり込んで、よくもここまで好き放題できるものね。
リリアは壁に埋め込まれているモニターをつけるとチャンネルを切り替えて、ソファにドサッと腰を下ろした。
あまりにくつろぎすぎて、学生服のスカートがめくれ、下着が見えている。
ロディーは台所の方で冷蔵庫をあさっていた。
「あ、あなたたちって……」
二人から伝わってくる、あまりにもリラックスした気配に、ホーリネスは戸惑った。
なぜ、この二人は私を助けに来たんだろう。そして、なぜこんなに自然に接してくれるのだろう。
「何? あなたも座って休みなさいよ。結構走ったから、疲れたでしょう?」
「え、ええ」
ホーリネスはリリアの隣にそっと腰を下ろした。
「なぜ、私を助けてくれたの?」
「さあ、よく分からないわ。ロディーに聞いてみたら?」
そう言われて台所の方を見ると、ジュースのチューブを飲みながら、彼が部屋に入ってきた。
二人から視線を向けられ、ロディーの表情がこわばる。
「えっ? 何、二人とも」
「どうして私を助けに来たのか、教えてってさ」
「どうしてって……何となく、としか答えようがないよ」
彼の心の中に、ルーザの言葉が浮かんだ。
彼はその言葉を聞いて、いても立ってもいられず、ホーリネスを助けに向かったのだが、ルーザの名前は出さないつもりらしい。
優しくて、気の弱い性格のようだ。
「それより、ホーリネスさん、怪我はなかったかい?」
「ええ……」
これまで、彼女に対してこんな接し方をした人間は、地球人以外にはいなかった。
だから、どう反応していいのか分からない。
「そうだ、グレイのカードに連絡を入れようよ」
「駄目駄目。あいつ、今は港にいるのよ。いくらコールしたって出やしないわ」
「じゃあ、メッセージだけでも入れておいた方が……」
「無駄だって。どうせ、あいつは留守番メッセージなんて読まないわよ」
グレイのことを話す時、リリアは口ではぶっきらぼうに振る舞っているが、ホーリネスには優越感のような気が感じられた。
ああ、彼女はあのグレイという男子生徒が好きなのね。もしかしたら、本人はまだ自覚していないのかもしれないが、その想いが、彼に近づく異性に対する対抗意識を生み出しているのだ。
これで納得がいった。
リリアは、自分がホーリネスを助けに行かなければ、ロディーがグレイに連絡を入れるのではないかと考えたのだ。
そして、港から帰ってきたグレイが私を助け、二人の関係が深まる……。
馬鹿馬鹿しい。
ただ、そんな気持ちに本人が気づいていないところが、純情で可愛らしいとも言える。
一方、ロディーは、このリリアに格好のいいところを見せたかったようだ。
少しは見直してもらえただろうかと、かすかに期待している。
こっちはこっちで馬鹿馬鹿しいと思う。しかし、それでも可愛らしい。
少なくとも、善意の押し売りや下心がないのだから、安心してもよさそうだ。
西暦2515年1月8日
サードコロニーのサウスポートに入港している、ガーディアン警備保障の中型警備船アークエンジェルⅨ号。その格納庫では、相変わらずマハラジャ・スペース・カンパニーの社員たちが蒼実験機の調整を行っていた。
「うぇ~ん、駄目だよぉ。分からないよぉ、難しいよぉ、面倒臭いよぉ」
実験機のエンジニア、春日井衣舞は、複座型コックピットの中で泣きながら調整作業をしていた。
長い髪が邪魔にならないよう三つ編みにしているため、とても二十代には見えない。
「ううっ、何でこんなにレスポンスが高くて、遊びがないのよぉ。こんなの、人間が乗る機体じゃないわぁ……。一カ所の数値をいじるたびに、全体のバランスが崩れるなんて反則よぉ~」
コンソールを操作すると、サブモニターにズラーッと数字が並んでいく。
「そもそも、この機体って完成してないじゃない。こんなにスカスカな状態で調整したって無駄よぉ」
「やかましい!!」
開いたままのコックピットハッチから、チーフが顔を突っ込んできた。
この機体のコックピットハッチも天井にあるため、逆さづりになっているような格好だ。
「ブチブチ、グチグチと、さっきからうるさいわね」
「だってぇ、先輩~」
「チーフか主任!!」
「じゃあ、チーフ先輩」
「あんた、喧嘩売ってるの?」
「だってぇ~。そもそも、基本設計が無茶苦茶なんですよ、この機体。誰が造ったんですか、こんな複雑なの」
「さあ。本社の設計部だとは思うんだけど」
クルッと回転すると、チーフがコックピット内に降りてきた。
「こういう機体って、多かれ少なかれ、それぞれの会社の特色があるじゃないですか。でも、この子は、まるで橋の下から拾われてきたんじゃないかって思うぐらい違うんですよ」
「橋の下って……」
しかし、それはチーフも考えていたことだった。
彼女たちは、この機体の設計にはまったく関わっていない。
ただ、ソロマニ帝国領の帝都星系リジャイナまでこれを運び、その間に動くよう調整しろと言われただけだ。
異星人が造ったとまでは言わないが、まるで別の会社が作ったかのように、設計思想が異なる複雑な機体だった。
彼女たちは、この機体の調整を始める前に、まずシステム自体を把握しなければならなかった。
「だいたい、何でこんな不完全な状態で動かすんです?」
「知らないわよ。とりあえず、駆動系と火器、それに推進系はあるんだから、普通の戦闘機と変わらないでしょう」
「でも、絶対この子、変ですよぉ。戦うための機体というより、何か大事な物を積んで、それを守るために武装しているみたいですぅ」
「それは、私もそう思うわ」
二人は、同じような疑問にぶつかっていたようだ。
「でも、なぜとか、何とか考える前に、やるべきことをやりましょう。私たちは、そのためにお給料をもらっているんだから」
「うう~っ、やっぱりぃ」
再び泣きながらコンソールで作業を再開した衣舞を見て、チーフはコックピットから外へ出た。
アークエンジェルⅨ号の戦闘機格納庫には、現在、三機のSF10スペース・タイガーと、彼女たちが調整している実験機が置かれていた。
一機のSF10スペース・タイガーは故障中で、現在、港の整備工場に運び込まれている。いつもより格納庫が広く見えるのは、そのせいだろう。
グレイは、ガーディアン警備保障の戦闘機SF10スペース・タイガーを、好き放題、触りまくっていた。
その間、エドワード社長とジャクリーン社長夫人は、スペース・タイガーの右足部分にあるスタビライザーウィングを点検している。
内部のどこかが壊れているのだ。
メーカー送りにしなければならないような場所が故障している以上、いったん分解しなければならないだろう。
「グレイ!!」
コックピットの中で、コンピューターに入っている操縦マニュアルをモニターに表示して読んでいた彼を、社長が呼んだ。
「なに?」
「コンディションチェックプログラムを立ち上げてくれ。作業艇に積んでいるのと同じだから、分かるだろう」
「了解、了解」
グレイは、コンソールにある端末を使ってプログラムを起動させた。
サブモニターの下から、チェックリストの項目が次々と上がってくる。
それらは途中で青色に変わると、そのまま上に消えていった。
だが、時折、黄色に変わって横に弾かれる項目もある。
チェックリストの量は、作業艇とは比べものにならないほど多かった。
さらに、横に弾かれる項目も多い。そして、ついに黄色から赤に変わる項目が出てきた。
「出た、こいつだ」
グレイは、赤色に変わったチェックリストの項目を読んだ。
「社長!! 右のスタビライザーウィング、重力制御システムのN-12S302V090……って、何?」
「N-12S302V090だな?!」
「ああ、赤文字になって右に弾かれた」
社長は、愛妻のジャクリーンに目で合図をした。
彼女はそれだけで事情を察したらしく、自分の会社の作業艇へと飛び乗った。
決して裕福ではないこの会社では、専用の作業用マジックハンドを買えないため、作業艇に搭載されているものを流用していた。
「俺の奥さんの指使いは極上だぜ」
「下品よ、あなた」
そう言うと、ジャクリーンは作業艇のコックピットに乗り込んだ。
「グレイ!!」
「何です?」
「核融合炉のモニターをしてくれ!!」
何だって?! それを聞いて、グレイはコックピットから飛び出した。
「こいつの核融合炉は切ってないんですか?!」
「当たり前だ! こんなところで融合炉の火を落としたら、二度と点火できないだろうが!!」
「た、確かに……」
核融合炉は、人工の太陽を造るようなものだ。
ウラン鉱石を臨界点を超えるまで同じ容器に入れるだけで勝手に分裂を始める原子力と違い、こちらは火を点けるために超高出力のレーザーが必要になる。
そして、最新式の戦闘機と違い、一世代前の機体であるスペースタイガーには点火用レーザーは搭載されていない。
そのため、このような場所で核融合炉の火を消すと、再点火する方法がないのだった。
ちなみに、現在はさらに強力なパワープラントである反物質エンジンの小型化も研究されているが、実用化の目途は全く立っていない。
唯一、反物質エネルギーが使われているのは、恒星間航行船、通称ジャンプシップのジャンプドライブだけで、異次元へと通じるゲートを開くために、反物質エネルギーを使って宇宙空間にひずみを造っていた。
ただし、これほどコストのかかるエンジンであるため、小型化も大量生産も難しいのだ。
「サブモニター、核融合炉のモニターを」
グレイがそう言うと、サブモニターの一つが核融合炉の出力メーターに切り替わった。
現在のところ、すべて青色で表示されている。
もしも、ここで核融合炉が暴走して爆発したりしたら、サードコロニーの港ブロックは吹き飛んでしまう。
「もし暴走したら、どうするんです?」
「その時は、お前がこれを操縦して、少しでも遠くまで飛んでいってくれ」
「うう、嫌だけど、なんか格好いいなあ、それ」




