第8話 本物の迫力
ロディーは中学校の体育館で、体育系のクラブ活動を眺めていた。
ちょうど、幼馴染のリリアが入部している女子無重力体操部が柔軟体操をしている。
活動内容は、無重力状態の空間で飛んだり回ったりする、新体操のようなものだ。宇宙ならではの競技である。
競技場は実習施設のドーム内にあり、そこの無重力作業訓練場が彼女たちの練習場になっていた。
しかし、さすがに毎日そこを使って練習するわけにはいかないので、普段は学校内でトレーニングをしているのだった。
活動的なリリアは、このクラブのキャプテンを務めている。
ロディーも以前は技術部で機械いじりをしていたが、あまりにも学科試験の成績が悪かったため、親に無理やり退部させられていた。
それならば、さっさと帰って勉強をすればいいのだが、なかなかそんな気分にもなれない。そこで、こうしてリリアの部活動を眺めているのだった。
その時、近くで複数の女子の話し声が聞こえてきた。
そちらを見ると、クラスメートのルーザと、その取り巻きが3人いた。
「フフフ……今頃、あの地球人……」
どうやら、ホーリネスの話をしているようだ。
「……でも、やりすぎじゃない?」
「いいのよ、あんな女……」
おいおい、なんか物騒な話をしているな。
ロディー個人の意見を言わせてもらえば、大崩壊を引き起こした地球人は大嫌いだった。
しかし、ホーリネス個人に対しては悪い感情を持っていない。ただ、地球人と仲良くすると自分まで仲間だと思われるので、周囲に合わせているにすぎなかった。
どちらかといえば、傲慢でやたらと偉そうなルーザの方が嫌いだ。
実はロディー自身は虐められたことこそないが、馬鹿にされたことは何度かあったのだ。
「でも、あの3人って、前に隣のクラスの男子からお金を盗ったんでしょ?」
「そうね」
「今度は、それぐらいじゃ済まないんじゃない?」
「当たり前でしょ。今頃、レイプされて、その様子をカードで撮られているわよ」
何だって?!
ロディーの頭に、一人の地球人の女子生徒が不良たちに襲われている姿が浮かんだ。
いくらなんでもそれは酷すぎる。
「無茶苦茶しやがる、あいつら」
ロディーは、可能な限りさりげなく立ち上がった。
そして、ちょうど体操が終わって休憩時間に入ったリリアのところへ駆け寄った。
「ちょっと、どうしたの、ロディー?」
「大変だよ、リリア」
彼は彼女の腕をつかむと、さらうように体育館の外へ連れ出した。
「大変なんだよ、リリア」
「それは分かったから、どうしたのよ?」
「前に、隣のクラスの地球人が不良に襲われて、お金を盗られた事件があったじゃないか」
「そういえば、そんなこともあったわね」
「ルーザが、その不良たちにホーリネスを襲うように言ったらしいんだ」
「何ですって? 本当なの?!」
「ああ、今そこで連中が話していた」
二人は難しい表情で顔を見合わせた。
「どうする?」
「どうするって言われても……」
ホーリネスは、別に友人でも何でもない。
これまで虐める側に回ったことはないが、傍観に徹してきたという後ろめたさがある。
助ける義理もなければ、「危ないよ」と忠告してあげるような間柄でもない。
しかし、このまま見て見ぬふりをするのは、なんだか良心が咎めた。
「どうしよう?」
グレイは、アルバイト先の整備工場に駆け込んだ。
作業艇が5艇ほど収容できる大きな格納庫があり、その入り口は今、閉じられている。
それは、中で作業が行われている証拠だった。
「社長!!」
広いものの、ゴチャゴチャとした整備工場の中は、0.3Gの低重力に保たれていた。
そこには、ガーディアン警備保障のマークが描かれたSF10スペース・タイガーが置かれていた。
「ウォオオオオオ!!」
洞窟の奥で海賊の宝を見つけたような表情で、グレイは雄叫びを上げた。
「何だ、グレイ。どうした? 今日はバイトの日じゃないぞ」
整備会社の社長が、驚いた表情でそう言った。
髭面なうえに、腕も脛も毛だらけ。服で見えないが、胸や背中、さらには腹から尻に至るまで剛毛に覆われている。原始人のような男だった。
唯一、頭だけは見事にはげ上がっている。
そのくせ、名前がエドワード・クレイトンという英国系の貴族を思わせるものなのだから、誠に失礼ながら笑える。
「そうか、お前、こいつを見に来たんだな」
ニヤッと笑いながら、エドワード社長が言った。
「へへ~ッ」
満面の笑みを浮かべつつ、グレイは頷いた。
「こいよ」
社長がそう言うと、グレイは本当の意味で飛び跳ね、戦闘機の上に着地した。
コックピットのハッチは開けられていたので、中を覗くことができる。
この戦闘機のコックピットは胴体内にあり、ハッチは頭部に相当するセンサードームの後ろに設けられていた。
中を覗いても、すぐそこにパイロットシートがあるわけではない。
エアロック方式になっているため、2mほどの垂直通路が続いていた。
搭乗時には、ここを2枚のハッチが塞ぐことになる。
「乗っていいの?」
「いじるなよ。大事な預かり物だ」
「了解」
グレイは足から慎重に中に入っていった。
戦闘機のコックピットは、意外と広い。
パイロットシートを中心に、前方と左右にコンソールや操縦桿が配置されている。
戦闘機のパイロットは、長い時には3日ほど、この空間で暮らさなければならない。
そのため、あまりに狭いと圧迫感が強すぎて、精神的にもたなくなるのだった。
そこで、シートはリクライニングするようになっており、食料なども常備されている。
さらに複座ではないが、パイロットシートの後ろには人ひとりが座れるサブシート兼荷物置き場があった。
さっそくグレイはパイロットシートに腰を下ろした。
作業艇とはまったく違った重圧感があり、シミュレーターでは表現しきれないリアルさがある。
すごい……。
右肘を固定し、そのまま腕を前に伸ばすと、そこに操縦桿があった。
操縦桿の上には、ありとあらゆるスイッチがついている。
戦闘時には、この操縦桿から手を離すことなく、ほとんどの操作ができるのだ。
左手をスロットルレバーへと伸ばした。
こちらにも、ボタンやらスイッチやらがゴチャゴチャとついている。
戦闘機はある程度、音声によるコマンド入力が可能になっている。
しかし、操作に慣れれば、指先一つでボタンを操作する方が早い。
現在のシートの位置は、この機体のパイロットに合わせてあるため、グレイには大きすぎた。
両手で操縦桿とスロットルレバーを握ると、シートから腰を浮かさなければならない。
「どうだ、グレイ?」
「感動ッス!!」
社長が搭乗口から頭を覗かせた。
そして、そのままゆっくりと中に降りてくる。
「ハハハッ、オーバーな奴だ」
「ところで社長、何でこれがうちの会社に来たんです?」
「ああ、ガーディアン警備保障の連中じゃ手に負えない故障があったんだよ」
「へぇ、社長には直せるんですか?」
「当たり前だ。俺に直せないのは、嫁さんの機嫌とゾダーンの戦闘機だけだ」
「奥さんの機嫌は別にして、ゾダーンの戦闘機って?」
「あいつらは嫌いだからな。奴らが使っている戦闘機は、絶対に直してやらないんだよ」
「なるほど。社長のゾダーン嫌いは有名だもんな」
それにしても、ガーディアン警備保障の整備士に直せないものを、うちの社長が直せるというのだから大したものだ。
「俺にも手伝わせてくださいよ」
「お前は整備なんかできないだろうが」
その時、コックピットの搭乗口から新たな人間が入ってきた。
社長の奥さん、ジャクリーンだ。
野蛮人のような旦那とは正反対の、ブロンド美人だった。
ただし、整備工の妻だけあって化粧はしておらず、性格はかなり荒い。
「こら、いつまで遊んでるの!」
「あっ、奥さん」
「あれ、グレイじゃない。今日はバイトの日じゃないでしょう?」
「こいつ、この戦闘機が運び込まれるのをどこかで見たらしい。飛んできやがった」
実の両親が二人とも遠くへ行ってしまったグレイにとって、この二人は親代わりだった。
彼らもこの変わり者の男の子を気に入っており、よく一緒に食事をしたり、家に泊まらせたりしていた。
「ところで、こいつの武装は?」
「もちろん本物がついている。ただし、中身は空だがな」
それを聞いて、グレイはコックピットから飛び出し、武装を見に行った。
「やれやれ、今日は仕事にならんな」
西暦2515年1月8日
貨物船ストレンジ・アイアン号は減速を続けながら、第4惑星のそばを通過中だった。
目的地である第3惑星ドレクスまでは、まだ2日かかる。
ゾダーン連邦宇宙軍の特殊工作員であるアレクセイ少佐は、自室でのんびりとモニターを見ていた。
そこには、ソロマニ帝国の映画が映し出されていた。
彼の祖国とは違い、言論の自由が許されている国で作られた映画は、実に面白い。
人類初のジャンプ航法実験を題材にした作品だった。
この実験でジャンプ航法自体は成功するのだが、月の引力に引かれた実験船が、月面都市アームストロングシティーに墜落してしまう。
映画の主人公は、そのアームストロングシティーの住民だった。突然の大爆発で崩壊した都市で家族を失いながらも、恋人と二人で無事に脱出するという内容だ。
クライマックスシーンでは、二人が手を取り合い、月面を脱出シャトルめがけてジャンプする。
「いいシーンだ」
ひねくれた笑みを浮かべながら、彼はそう言った。
リクライニングさせていたシートを起こし、コーヒーカップを口に運ぶ。
「よくもまあ、自分の家族が死んだ直後に彼女とキスができるもんだ」
その時、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
そう答えると、ニルス・アンセスタが入ってきた。
水色の髪をした美青年だ。
「失礼します」
「やあ、ニルス君」
格好いいというより、美しいと表現するのがぴったりの彼を、アレクセイは笑顔で出迎えた。
「あまり私のところに来ると、リーダーのスレンダーが焼き餅を焼くよ」
「やめてくださいよ。それより、アレクセイさん、ちょっとお話があるのですが」
「何かな?」
あくまでも笑顔で、アレクセイはニルスに椅子を勧めた。
この船室は、乗客が乗った際に使うための部屋で、ソファーやテーブルなどが備えられていた。
ちなみに、ほとんどのメンバーはコンテナの中で戦闘機と一緒に生活している。
「この作戦が終わった後、私をあなたの部下にしていただけないでしょうか?」
「何だって?」
「あなたが、なぜ我々に協力してくださっているのか、僕は理解しているつもりです」
「ほう」
アレクセイの顔から笑みが消えた。
場合によっては、この場でこの青年を殺さなければならないかもしれない。
宇宙服の腰の後ろには拳銃がしまわれている。
彼がその気になれば、1秒でこの青年の眉間を撃ち抜くことができた。
「僕は、この作戦……いや、テロは失敗すると思っています。一応、騒ぎは起こせるでしょうが、彼が望むような地球人の望む世界はできないでしょう」
「ずいぶんと悲観的だね、ニルス君。君には夢がないのかい?」
「私たち地球人……いや、TNDNA適応者は、大崩壊以降、虐げられてきました。それをたった一度のテロぐらいでひっくり返せるわけがありません。我々の世界は太陽系だけなのです」
「まあ、確かに難しいとは思うけどね」
「僕は、地球人の世界など求めません。しかし、この世界にも、自分たちが普通に暮らしていける場所はあると思っています」
「じゃあ、君はなぜテロ組織に入って、この作戦に参加したんだい? 平穏に暮らしたいだけなら、辺境の星系に行けばいいだろう?」
「この星系は自分の故郷です。両親は、この星系の人間に殺されました。少しぐらい仕返しをしたいじゃないですか。それに……」
「それに?」
「あそこのコロニーには妹がいるんですよ。彼女も迎えに行かなければ」
「なるほど……。しかし、だからといって、私が君を部下にしなければならない理由はない」
「メリットならありますよ」
何を言っているんだ。確かに少しばかり能力は高いが、自意識過剰だな。
アレクセイはそう思った。
「僕には特別な能力があるんです」
「何?」
まさか、超能力者だとでも言うのか?
「その通りです」
「?!」
ば、馬鹿な。偶然だ……。
「いいえ、僕は人の心が読めるんです。さらに、この力を逆に利用すれば、他人の心を攻撃することもできます」
「な、何てこった」
「僕と妹は、幼い頃から人の心が読めました。もっとも、普段は気配ぐらいしか分かりませんが、精神を集中すれば相手の考えが分かります。普通に生活するぶんには必要のない能力ですし、地球人に関する噂と相まって、ずいぶんとひどい目にも遭いました」
それはそうだろう。自分の考えがすべて読まれるなんて、そんな人間とはまともにつき合いたくない。
「どうです? 使い道はいろいろとあるのではないですか?」
「……まあな」
アレクセイの頭の中で、この青年の使い道が次々と浮かんでいった。
「いいだろう。約束はできないが、この作戦が終わったら、君を私の国に連れて帰るとしよう」
それを聞いて、ニルスがニコッと笑った。
何とも魅力的な笑顔だった。同性愛にまったく興味のない彼でさえ、思わずドキッとしてしまったほどだ。




