第7話 宇宙港
西暦2515年1月8日
「本日の実習はこれで終了する。次は明後日の昼からだ」
実習担当の教師がそう告げると、生徒たちは全員、実習施設のドームから外に出た。
重たくて動きにくいパイロットスーツを長時間着ていたため、思った以上に身体が疲れている。
作業艇の中では慣性制御装置が働いているため、ほとんどGは感じない。それでも、狭いコックピット内で長時間、細々とした作業をしていると精神的に参ってしまう。
いくら小学生の頃から宇宙空間に慣れ親しんできているとはいえ、年に何回かは事故が起こり、死人も出る。
これは、コロニー生活者の宿命のようなものだった。
グレイは教室に戻ると、大急ぎで荷物をまとめ始めた。
「何を焦ってるんだよ、グレイ?」
ロディーが近づいてきて、そう尋ねた。
「お前、見なかったのかよ?」
「見なかったのかよって言われても、何がなんだか……」
「港にガーディアンの警備船が入港してるんだぜ」
「それが珍しいの?」
そこへリリアが近づいてきた。
「戦闘機を積んでいる大きな船だったのよ」
「そりゃ珍しいな」
この星系には、ソロマニ帝国宇宙軍の軍港と、ルビス星系宇宙軍の軍港の二つがある。
そのほかに航宙警察の基地もあったが、こちらははるかに規模が小さい。
二つの軍港には大型の軍艦も停泊しており、かなりの数の戦闘機も配備されていた。
そのため、この星系にガーディアン警備保障の船が来ることはめったにない。
彼らは、軍隊や警察よりも海賊やゲリラの方が強い星系でなければ、商売にならないからだ。
ましてや、戦闘機を搭載できるような大型船となると、数年に1隻来るか来ないかというほど珍しかった。
「それで、港に行くんでしょ?」
「当たり前だ。頼めば戦闘機を見せてくれるかもしれないじゃないか」
宇宙軍の軍港は独立した軌道港なので、民間人はめったに立ち入れない。
ましてや、軍艦はこのコロニーには入港しないため、実物の戦闘機を見ることは、コロニーの中で野良犬を見つけるよりも難しかった。
宇宙空間で実習中に偶然すれ違ったりしない限り、見ることはできないのだ。
ついでに言っておくと、戦闘機はステルスモードで行動しているときはレーダーに映らない。熱を発するブースター推進を行っていない限り、センサーにも反応しないのだった。
「さてと、それじゃあ俺は行くわ」
グレイはそう言うと、疾風のように教室から駆け出していった。
「学校に遅刻しそうなときでも、堂々と歩いているのに」
「まったく、結構危ない奴よね」
残されたロディーとリリアは、やれやれと肩をすくめた。
サードコロニーに限らず、多くのスペースコロニーは、いくつもの区画に分けられ、きちんと区分けされていた。
商業区画、工業区画、レジャー区画、居住区画、食料生産区画、そして港区画である。
工業区画と港区画、そして食料生産区画は、コロニーの一般居住区から隔離された専用ブロックにあり、そこで働く人たち以外は立ち入ることができなかった。
グレイは、その港区画へと通じるリニアトレインに乗っていた。
これに乗れるのは、港への立ち入りを許可されたパスを持つ者だけだ。彼はアルバイト用ではあるが、そのパスを持っていた。
コロニーでは、移動用のリニアトレインはすべて、外壁と地表との間を走っていた。
つまり、地下鉄のようなものだ。
各家庭に電力を供給する電線や、上下水道のパイプなどもすべて地面の下を通っているため、地表部分は非常にすっきりとしている。
さらに、惑星上でいうところの高速道路も地下にあり、利用するには料金を支払わなければならなかった。
全長が30kmもあるため、どうしても急いで移動したいときには必要になるらしい。
グレイが目指す港区画は、サードコロニーの両端にあった。
一方をノースポートと呼び、反対側はサウスポートと呼ばれている。
ノースポートには、主に航宙警察のポートパトロールや、コロニーのメンテナンス用の船が停泊していた。
一方、サウスポートは客船や貨物船、惑星の地表とコロニーとの間を往復するシャトル、そしてコロニー同士を結ぶスペースバスのための港になっている。
グレイが向かっているのは、当然、サウスポートの方だった。
リニアトレインが停車すると、彼はホームに降りた。
そして、そのまま壁際にある端末へと近づいた。
これを使えば、現在港に入港している船が一目で分かるようになっている。
慣れた手つきで、グレイはガーディアン警備保障の船を探した。
「いた。いやがった」
6基ある大型船用のドッキングポートの一つに、その名前が表示されていた。
アークエンジェルⅨ号。停泊目的は補給、出港予定は3日後。
「すっげぇ~」
彼は自分のPMDC(個人携帯端末カード)を取り出すと、港の端末からデータをダウンロードした。
この端末の情報は無料で公開されているため、別にこのようなことをしても違法ではない。
グレイは、サウスポートにある民間の宇宙船修理会社で、いつもアルバイトをしていた。
慢性的に労働力が不足しているスペースコロニーでは、中学生どころか小学生であってもアルバイトが認められている。そのため、グレイが働くことにも問題はなかった。
ただし、もちろん労働時間の規定や危険な仕事や重労働は禁止等、様々な縛りはあったが。
グレイがやっているアルバイトは、その修理会社で修理や改造を終えた作業艇、レジャー用の個人用クルーザーやヨットなどの試運転だった。
グレイは宇宙船操縦免許こそまだ取得していなかったが、作業艇免許はすでに持っていた。
これは、地上でいうところの原付免許のようなもので、学科とシミュレーターによる教習、そして6時間の実習を受ければ、比較的簡単に取得できた。
グレイは港区画の中へと入っていった。
港はスペースコロニーの軸線付近にあるため、回転による重力が発生しない。
かといって、港全体を慣性制御して人工重力を発生させていたのでは、莫大な費用がかかってしまうため、一般客が利用する区画以外は無重力のままになっていた。
グレイは、港区画の通路沿いに設置された手すりをつかんだ。
エスカレーターの横についているものによく似ているが、ここでは床が動いたりはしない。
さらに、握りやすいように表面には凹凸がついていた。
手すりは、人間が歩くよりも少し速い程度の速度で、ずっと動き続けていた。
通路は左側通行になっているので、反対側の壁には逆向きに動く手すりがある。
今いる場所にはわずかに重力があったが、それでも手すりに引っ張られるように身体が浮き上がった。
そして、そのまま宙に浮いた状態で移動していく。
通路と一言で言っても、かなり広い。大型トラックが余裕ですれ違えるほどの幅があった。
そして、実際に今も、大きなコンテナを載せたトレーラーが走っている。
トレーラーの車体の下部には電磁石のような装置が取り付けられており、たとえ無重力空間でも車体が浮き上がったりしないようになっていた。
後ろから近づいてきたトレーラーに気づいたグレイは、追い越された直後、そのコンテナに飛び移った。
運転手に見つかったら怒鳴り飛ばされるところだが、彼はちゃんと死角を把握していた。
トレーラーは、グレイの目的地であるドッキングポート近くの倉庫で停止した。
グレイは見つからないように降りると、再び手すりにつかまって移動を始めた。
外壁に近づいたため、通路の外側の壁が特殊強化ガラスになった。
港の様子がよく分かる。
「ウワァオ!」
そこに、彼の目指す船がいた。
ちょうど目の前に船首部分があり、戦闘機用のハッチが見える。
その上には、連装のパルスレーザー砲があった。
これほど大きな警備船を間近で見たのは、生まれて初めてだった。
幼い頃、父親に連れられて軍港に行ったことがあるが、そこにはこれよりもかなり小さい駆逐艦しかいなかった。
手すりにつかまって移動しながら、グレイはその姿に見とれた。
船体の周囲には、小さな宇宙服姿の作業員たちが取りつき、何やら作業をしている。
こうして見ると、船の大きさがよく分かった。
所々のハッチが開き、点検や整備が行われている。
船体には太いホースやケーブルが何本も接続されており、船体を固定するための、クッション付きの巨大なガントリーロックに挟まれていた。
しばらくして、グレイはようやく船と直接つながっているドッキングゲートに到着した。
野戦服のような制服を着たガーディアン警備保障の社員が、両側に立っている。
さすがに銃は持っていないが、腰には電磁警棒を下げ、頭には多目的ヘルメットをかぶっていた。
あのヘルメットの機能を使えば、相手が人間なのかAD(Artificiality Doll、アーティフィシャリティ・ドール。人造人間の略称)なのか、武器を持っているのか、それとも丸腰なのか、一目で分かる。
さらに、暗闇でも昼間のように見えるうえ、熱源や生命反応も感知できた。
あのヘルメットに見つからずに行動するには、こちらにもそれ相応の装備が必要になるのだった。
「ご苦労様ぁ」
グレイは、可能な限りさりげなく二人の警備員の間を通り過ぎようとした。
しかし、その直後、背後から襟首をつかまれた。
「ここから先は通行止めだ」
「俺は港の人間だぞ」
「ならば、パスを見せなさい」
無重力の場所だというのに、グレイを捕まえた警備員の足は床にぴったりと張りついていた。
マグネットシューズを履いているのだろう。
本当に銃を持っていないという点を除けば、宇宙軍の海兵隊並みの装備だった。
おそらく、野戦服も防弾・防刃・対レーザー仕様のジャケットだろう。
「あ、あれ? 忘れてきちゃったかな?」
「じゃあ、駄目だ」
ポイッと、グレイの身体が投げられた。
クルクルと回転しながら、船とは反対方向へ飛んでいく。
「いいじゃないか、少しくらい見せてくれたってぇ!!」
「この中に入りたければ、しっかり勉強をして我が社に入りなさい」
「無理なことを言うな!!」
自分でそう言い切るあたりが情けない。
50mほど無重力空間を遊泳して、グレイは壁に着地した。
「やっぱり駄目だったか……」
がっくりと肩を落とす。
そのとき、グレイの目にある光景が飛び込んできた。
アークエンジェルⅨ号の船首部分にある戦闘機用ハッチが開いている。
「ウォッ?!」
中が見えるチャンスだと思い、船首側の窓へとジャンプした。
船首ハッチに、1隻の作業艇が外から近づいてきた。
そこには、どこか見覚えのある名前が書かれていた。
「あれは、社長のところのボロじゃないか?!」
それは、グレイがアルバイトをしている整備工場の作業艇だった。
「何でこんなところに?」
窓に張りついて見ていると、その作業艇は船首のハッチから中へと入っていった。
そして、しばらくすると、今度は後ろ向きに出てきた。
「な、何だって?!」
驚いたことに、作業艇は自分よりも3倍近く大きな戦闘機を引っ張っていた。
「あれは……セントラルのスペース・タイガー?!」
ソロマニ帝国宇宙軍も正式採用している宇宙戦闘機だ。
「あの胴体の形は、Ⅱ-B型だな。最新モデルじゃないけど、かなり新しい……ルビス宇宙軍の奴よりもいい機体だぞ!!」
いかにもマニアらしいうんちくと感想を口走る。
そんなグレイの前を、戦闘機を引っ張った作業艇が通り過ぎていった。
ホーリネス・アンセスタは学校を出ると、まっすぐ家路についた。
クラブ活動はやっていなかったし、一緒に帰る友達もいない。
さらに言うなら、寄り道をするだけの暇もなければ、買い食いをする無駄金もなかった。
彼女と同じように帰宅部の生徒たちが、ぞろぞろと同じ方向に歩いていく。
途中には商店街や繁華街があり、それを過ぎると住宅街になっていた。
一緒に校門を出た生徒たちは、途中で次々と別れていき、それぞれの放課後を過ごす場所へと向かっていった。
そんな中、ホーリネスと同じ方向へ帰っていく生徒たちもいた。
彼女と同じ境遇の生徒たちだ。
中には、暴行を受けたかのように傷だらけの者もいた。
地球人の子孫というだけで暴力を振るわれ、ただでさえ少ないお金を巻き上げられたりするのだ。
先生に相談しても、まともに取り合ってはもらえない。
以前、地球人の女子生徒が複数の男子生徒から暴行を受けたことがあった。
その生徒の親が、さすがに黙ってはいられないと学校に訴えたのだが、いつの間にか、女子生徒が自分から男子生徒たちを誘ったという話になっていた。
そして、真面目な普通の生徒たちを惑わした淫乱な生徒ということにされてしまった。
それと同じようなケースで、お金を脅し取られたり、怪我を負わされたりした生徒が、何人も警察や学校側に助けを求めた。
しかし、結局のところ、悪いのは地球人ということにされ、逆に罰金や賠償金を巻き上げられたりした。
そんなことが続くうちに、誰も何をされても文句を言わなくなった。
ホーリネスは不意に、不穏な気配を感じた。
性欲と暴力欲がむき出しになった、非常に下劣な気だった。
彼女は足を止め、そっと通りの隅に寄った。
一軒の民家の門柱の影に隠れる。
すると、前方から、いかにも不良といった感じの若い男が3人歩いてきた。
「本当かよ?」
「マジだって。地球人でよ、ものすごくいい身体をした女がいるんだって」
「カァー、やりてぇ」
地球人たちの間では、かなり有名な男たちだった。
相手が地球人だと分かると、因縁をつけて暴力を振るったり、お金を奪ったりする。特に若い女性に対しては容赦がなく、この男たちにレイプされ、自殺した者がいるほどだった。
「おい、お前!!」
一人の男が、とぼとぼと歩いていた地球人の生徒を捕まえた。
「な、何ですか?」
「お前たちの仲間で、水色の髪の女がいるだろう?」
「誰のことですか?それに水色の髪は・・・・・」
ハッキリとした理由は分からないが、両親の髪の色に関係なくTNDNA適応者には水色の髪の子供が時々生まれるのだ。
そう答えた途端、顔面に拳がめり込んだ。
「ふざけるなよ、地球人が! お前と同じ中学にいるだろうが?」
「ヒィイイイイ……」
鼻血を流しながら、その男子生徒が怯える。
「ホ、ホーリネスさんですか?」
「おお、思い出したか。頭がいいなお前。で、そのホーリネスちゃんはどこにいるのかな?」
3人はその生徒を取り囲み、脅した。
「わ、分かりません」
「何だと、このクソガキ!!!」
「ほ、本当です。僕は彼女とは学年も違うし、話したこともないんです!」
そう言った直後、彼は3人にボコボコにされてしまった。
3人からは、非常に楽しいという気が放たれていた。
彼らは、自分たちに絶対に逆らえない相手を一方的に痛めつけることで、楽しんでいるのだ。
ホーリネスは、自分の外見が他人、特に異性からどのように見られ、評価されているのか知っていた。
それは、自惚れなどではない。
だが、その評価のほとんどは性欲と結びついており、ろくでもない想像ばかりするようだった。
ようは、地球人である彼女になら何をしても揉み消せる、事件にならないと。
そのような目に遭いたくないため、彼女は絶えず気を張っていなければならなかった。
隙を見せたりすれば、たとえば暗い夜道を一人で歩いたりすれば、相手に妄想を実行する機会を与えてしまうからだ。
誰が、私のことをこの連中に話したのだろう?
ホーリネスは、ふと疑問に思った。
彼らの会話から、自分が狙われていることは間違いない。
問題は、見も知らない相手から、なぜ自分が狙われているのかということだった。
ホーリネスは、暴力を振るい続ける不良たちに意識を集中した。
とりあえず、3人を止めに入るつもりはなさそうだ。
3人のうち、リーダー格の男の心が、だんだんと鮮明に感じられるようになっていく。
暴力と、それによって相手を屈服させる優越感。女性に対しては、さらに複雑な感情があるようだった。
その中に、一人の女子中学生の姿があった。
まったく……。
ホーリネスはため息をつくと、そっとその場を離れた。




