第12話 SFー10 スペースタイガー
リリアとロディーは、いったんそれぞれの家に帰った後、一緒に学校へ登校した。
二人の家は近所同士なのだ。
学校に来てみると、ホーリネスとグレイの二人はまだ来ていなかった。
「ああ~っ、もしかして、あの二人デートしてるのかも」
ロディーがニタァ~と笑いつつ、そう言った。
「何言ってるのよ。グレイはどうせ港で戦闘機をいじっているわよ」
さすがはリリアである。
彼女は正確にグレイの行動を読んでいた。
しかし、ホーリネスが来ないのは、何だか納得できない。
今朝の雰囲気では、いつもどおり学校に通いそうな感じがしていたのに。
「もしかして……」
彼女の心に、嫌な予感がよぎった。
「どうしたの、リリア?」
まったく何の不審も感じていないロディーが、キョトンとしている。
リリアはそんな彼を無視して、教室の中を見回した。
そして、ルーザを発見する。
彼女は仲の良い友達たちと一緒におしゃべりをして、笑っていた。
その視線が、誰も座っていないホーリネスの席に向けられる。
そして、何事かを言うと、仲間たちとさらに大きな声で笑った。
「あいつ……」
ルーザの行動を見て、リリアの予感は確信へと変わった。
ロディーを押しのけ、彼女たちのいる場所へと近づいていく。
相手は相変わらずリリアに気づかないまま、馬鹿笑いを続けていた。
距離が近づくにつれて、「ざまあみろ」とか「いい気味」といった言葉が聞こえてきた。
「ちょっと、あんたたち」
リリアがそう言うと、ルーザたちが彼女に気づいた。
「何、リリア?」
なぜ彼女が怒っているのか分からないルーザが、そう尋ねた。
その時、彼女のPMDCから着信音が鳴った。
リリアの方を気にしつつ、ルーザは制服の胸ポケットからカードを取り出した。
そして、そこに映し出されたメッセージを読み始めた。
リリアは仕方なく、その間じっと待っている。
ルーザは最初、いつもどおりの様子でメッセージを読んでいた。
だが、だんだんと表情が険しくなっていく。
最後の方では、誰が見ても明らかなほど狼狽していた。
「どうしたの?」
リリアを追いかけてきたロディーが、不審に思って尋ねた。
「な、何でも……何でもないわよ……」
明らかにルーザは怯えていた。
そして、その時、教室の扉が開き、ホーリネスが入ってきた。
その姿を見た途端、ルーザの表情がさらに青ざめた。
「あ、あら? ホーリネス」
リリアはホッとした表情で、彼女に手を挙げて挨拶した。
ホーリネスは軽く頷いて挨拶を返す。
そして、そのまま彼女たちの方へ近づいてきた。
距離が近づくにつれて、ルーザがガタガタと震え始めた。
両目を見開き、ホーリネスを睨みつけている。
「何よ、地球人。近づいてこないでよ」
ルーザの友達の一人が、シッシッと、まるで野良犬を追い払うような仕草をしながら言った。
だが、ホーリネスは止まらない。
普段ならば、決して目立った行動を取ろうとはしないのに、今日は何だか雰囲気が違った。
その迫力に圧倒され、ルーザの友達たちが後ずさりし始めた。
彼女たちは、地球人が不気味な力を使うという噂を、完全にではないにせよ、多少は信じていたのだ。
リリアとロディーも、今のホーリネスの雰囲気に圧倒され、何も話しかけられなかった。
ホーリネスはルーザの目の前まで歩み寄り、立ち止まった。
「な、な……何よ?!」
すっかり怯えきったルーザが、裏返った声でそう言った。
すると、それまで無表情だったホーリネスが、ニコッと微笑んだ。
「おはよう」
それだけ言うと、スタスタと自分の席へ向かっていった。
ホーッと、それまで張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
ルーザに至っては、泣き出しそうな表情になり、教室から駆け出していった。
「何かあったんだわ」
リリアは、そう感じていた。
西暦2515年1月9日
グレイは無重力状態の整備工場の中で、プカプカと浮かんでいた。
彼の目の前には、昨日からこの工場で修理を行っている戦闘機、SF-10スペースタイガーが固定されている。
昨晩、分解されていた右のスラスターウィングは、元どおりに組み立てられていた。
人間で言えば右足に当たる部分にある、大きな羽根のような構造物だ。そこでは社長とその妻が、二人で装甲のチェックを行っていた。
二人は、グレイが学校をサボって来ても、特に怒ったりはしなかった。
せいぜい、「やれやれ、しょうがない奴だ」と言ったくらいである。
それどころか、ちょうどいいとばかりに、雑用を言いつけ始めた。
何せ、この整備工場は夫婦二人で切り盛りしているので、人手が足りないのだ。
そうでなければ、アルバイトとはいえ中学生を雇ったりはしない。
「グレイ、中に入ってチェックを走らせてくれ」
社長がそう言うと、グレイは「オッケーッ!」と答え、床を軽く蹴った。
そのままスルスルと天井まで上がっていくと、今度は天井を蹴って機体の上に着地する。コックピットのハッチは開いたままだったので、そこからすぐに中へ入ることができた。
エアロック式の通路をくぐり、そのままパイロットシートに腰を下ろす。
電源はずっと入ったままだったので、すべてのモニターが作動していた。
さっそく、サブモニターの一つにコンディションチェックの画面を表示させる。
モニターの下から次々と文字が流れ出し、それらが途中で青色に変わっていく。
時々、黄色になって右側へ弾かれる文字もあったが、それらも二、三度点滅すると青色に変わり、上へ流れていった。
昨夜のチェックでは赤色に変わった文字もあったが、今日は大丈夫なようだ。
結局、すべてのチェック項目がクリアされ、モニターから消えていった。
「社長、大丈夫だ! 全部流れた!!」
「よぉし!!」
外の様子を映しているモニターを見ると、社長がガッツポーズを取っていた。
ガーディアンの整備員たちが直しきれなかった故障を、社長は妻と二人で、それも一晩で何とかしてしまったのだ。
「あとは、実際に動かして調整するしかないな」
社長はそう言うと、グレイの方――正確には機体のカメラの方――に向かってニカッと笑った。
ゆっくりと、整備工場のゲートが開いていく。
すでに減圧は完了しているので、機体や人が外へ吸い出されるようなことはない。
社長の妻であるジャクリーンが操縦する作業艇が、ゆっくりと動き始めた。
艇体がゆっくりと後退し、ゲートから外へ出ていく。
バーニアを噴かしたりはしない。艇体の下部に搭載されている一枚のスタビライザーウィングが生み出す慣性重力を利用していた。
作業艇が外に出ると、そのマジックハンドにつかまれていた戦闘機、SF-10スペースタイガーも外へ出た。
サイズ的には戦闘機の方が二倍以上も大きいのだが、無重力空間では、それほど重そうには見えない。
パイロットスーツを着込んだグレイは、SF-10スペースタイガーのコックピット内で、じっと外の様子を眺めていた。
間違って操縦桿などに触らないように、両手は胸の前で組んでいる。
『いいか、グレイ。コロニー宙域から外に出るなよ。お前の免許じゃ、ブースターを使わない庭先飛行以外は違法になるからな』
つまり、ロケット推進を使わずに、コロニーの周りをゆっくりと飛ぶ分には問題ないということだ。
「了解」
グレイは、柄にもなく真面目な表情で返事をした。
突然、社長が「お前が一度飛ばしてこい」と言った時には、冗談だとばかり思っていたのに、まさか本当になるとは……。
ゆっくりと飛ぶ分には、戦闘機も作業艇も操作方法は変わらない。
高速で加速し、火器をバンバン撃ちまくるとなると、さすがにアマチュアではどうにもならないが。
ましてや、バーニアを噴かさず、スラスターウィングだけで飛ぶのであれば、もっと簡単だ。
『グレイ、離すわよ』
社長夫人がそう言ってきた。
「いよいよか」
グレイは両手両足を、それぞれのレバーやペダルの位置に置いた。
すでにコックピット内の配置はグレイの体格に合わせて自動調整されているので、まるで彼専用にデザインされたかのように、ピタリと収まる。
「フフフフ、まるで気分はエースパイロットだな」
過去に観た、いろいろな戦闘機映画のワンシーンが頭の中に浮かび上がってくる。
その中でも、彼と同じ年頃の少年が戦争に巻き込まれ、偶然にも宇宙軍の最新鋭戦闘機に乗るという話があった。
最初は戸惑い、機体の性能に頼ってかろうじて戦っていた彼が、次第に才能に目覚め、最後には侵略者の本拠地に突入していく。
映画評論家の間では、リアリティーの欠片もない馬鹿馬鹿しすぎるストーリーだと酷評されていた。しかし、主人公と同年代のグレイは妙に親近感を覚え、今でも週に一度は必ず観ている。
ガコンッという音がして、機体がわずかに揺れた。
モニターを見ると、グレイの乗る機体をつかんでいた作業艇が、ゆっくりと離れていく。
『いいか、グレイ。絶えず視界の中にコロニーを入れておけ。さもないと、上下左右の感覚が狂ってパニックを起こすぞ』
「了解」
軽く操縦桿を操作すると、機体が傾き、サードコロニーの外壁と平行になった。
実習用の作業艇などとは違って、操縦系統にはほとんど遊びがない。
気をつけないとオーバーアクションを取ってしまい、機体におかしな回転がかかってしまいそうだ。
「うわぁ~、緊張するなぁ~っ」
嬉しそうにそう言いつつ、スロットルレバーを操作する。
コロニーの外壁がゆっくりと後方へ流れ始め、身体がシートに押しつけられた。
戦闘機のコックピット内には、慣性制御による重力コントロール機能があるので、どんなに加速してもパイロットがGで押しつぶされるようなことはない。
しかし、逆にまったくGによる圧迫感がないと、パイロットは操縦しにくい。そのため、操縦の妨げにならない範囲のGは、相殺されずに残るようになっていた。
コロニーの港エリアから出ると、グレイは機体を円筒形の外壁に沿って、ノースポートの方へと飛ばした。
何度も実習で見慣れた光景のはずなのに、モニターの配置や、そこに映し出されるデータが違うため、まるで別世界のように見える。
グレイは慎重に機体を操縦し続けた。
整備工場内にある管制室で、社長はヒューと口笛を吹いていた。
「たいしたもんだ」
彼が眺めているモニターには、グレイの操縦する戦闘機と、妻の乗る作業艇が映っている。
「思ったよりも上手いじゃないか」
素人は力加減が分からず、無茶苦茶な操縦をしがちになる。しかし、グレイは慎重に、ゆっくりと操縦を続けていた。
一歩間違えば、コロニーの外壁に高速で激突する恐れもあったのだが、どうやらそのような心配は無用のようだ。
「両親が戦闘機に乗っているだけあって、才能があるんだな」
実際のところ、コロニーの周りをスラスターウィングによる低加速飛行で回るなど、スペースファイター乗りにとっては、赤ん坊がハイハイしているようなものだ。
しかし、グレイは宇宙軍のパイロット候補生でも、プロの作業艇乗りでもない。
まだ第四種免許すら取得していない、ただの子供でしかないのだ。
そう考えれば、やはりたいしたものであった。
グレイの戦闘機の後ろには、社長夫人の乗る作業艇がピタリと張りついていた。
いざという時には、すぐにマジックハンドでつかまえて助けなければならないからだ。
まさしく、ハイハイをする赤ん坊をいつでも助けられるようについて回る母親のような感じだった。
そんなグレイとジャクリーンの方へ、黒と白に塗装されたパトロール艇が近づいてきた。
『こちらポートパトロール3。奥さん、すごいね、これ』
パトロール艇がクルッと回って併走してくる。
「あら、ネイ。久しぶり」
ジャクリーンは、そのポートパトロール艇のパイロットとは顔なじみだった。
通話用モニターに、パイロットスーツ姿の男が映る。
『それ、どうしたの?』
「お客様からの預かり物よ。ちゃんと申請は出してるんだから、調べなさいよ」
『そんなことしたら、あんたとこうして話せないじゃないか』
ヘルメットのバイザーを上げ、ネイと呼ばれたパイロットがウィンクをした。
あまり、そういったキザな仕草が似合う顔立ちではない。
『こら、ネイ! お前、仕事中に人の嫁さんを口説くな!!』
さっそく、怒った社長の顔がモニターに映った。
『出たな、この犯罪者』
『誰が犯罪者だ! 人聞きの悪い!!』
『うるせぇ! お前みたいな不真面目な人間が、ジャクリーンみたいな美人の嫁さんをもらうなんざ、犯罪以外の何者でもねぇ!!』
ネイはそう言ってから、あることに気がついた。
『あれ? 社長、お前さん、どこにいるの?』
『工場の管制室だよ』
『じゃあ、この戦闘機は誰が操縦してるんだよ?』
その時になって、ようやくグレイが回線を開いた。
『やあ、ネイ。俺だよ』
『グレイ?! お前か! こいつは驚いたね』
「別に違法じゃないわよ?」
楽しそうに笑いながら、ジャクリーンがそう言った。
『ああ、分かってるよ。でも、こいつは子供のおもちゃにしては高すぎるぞ。一歩間違うと、人生を十回ぐらいやり直さないと払えない借金地獄に落ちちまう』
「あら、大丈夫よ。グレイはけっこう筋がいいんだから」
子供扱いされてふくれているグレイに、ジャクリーンはウィンクをしてみせた。




