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入学と新たな出会い

 四月五日、月曜日。


 入学式の朝、蓮司(れんじ)は私立朝凪学園の昇降口前に貼り出されたクラス分けを見上げていた。


 一年三組。


 自分の名前を確認すると、同じ欄に沙耶(さや)の名前もあった。


「ちゃんと一緒だね」


「ああ。三組だ」


 クラス分けは安全面を考え、啓介たちが学校側と調整してくれたと聞いている。それでも、こうして名前が並んでいるのを見ると少し安心した。


「まあ、一年間よろしくってことで」


「今さらだろ」


「学校では初めてじゃん」


 沙耶は笑うと、先に昇降口へ入っていった。


 蓮司も後を追い、上履きに履き替える。


 今日から、ここへ毎日通う。


 説明会や入学試験で何度か来た場所なのに、制服を着て自分の教室へ向かっているだけで、以前とはまるで感じが違った。


 一年三組の教室へ入ると、すでに半分以上の席が埋まっていた。


 中等部からそのまま進学した生徒も多いらしく、教室のあちこちで会話が弾んでいる。


「席、あそこだ」


「あ、私はこっち」


 黒板横の座席表を確認すると、沙耶とは同じクラスではあるものの、席は少し離れていた。


「じゃ、あとでね」


「ああ」


 沙耶が自分の席へ向かう。


 蓮司も指定された席へ座り、鞄を机の横へ掛けた。


 斜め前の女子と目が合った。


 女子は一度目を逸らしたあと、隣の友人に何かを囁いた。少し離れたところにいる別の女子も、こちらをちらちら見ている。


「ね、あの人誰?」


「知らない。高等部から入学した人じゃない?」


「背、高くない? モデルさんかな?」


「顔も良いからそうかもね」


 小声ではあるが、蓮司には聞こえていた。


 (またか……)


 沙耶の言ったとおりだったが、自分ではいまひとつ実感がない。


 それより、蓮司の目を引いたのは同年代の男子たちだった。すぐ近くで笑い合い、当たり前のように机を並べている。


 月代村では、ほかの男と顔を合わせる機会すら滅多になかった。まして、同じ年頃の男子と一緒に授業を受けたことなどない。


 今日からは自分も、この教室の一員なのだ。


 やがて教室の前方の扉が開き、男性教師が入ってきた。


 教師は教壇に立つと、黒板に自分の名前を書いた。


「今日から一年三組の担任をする、片桐(かたぎり)雅人(まさと)だ。担当は現代文。一年間、よろしく!」


 四十歳前後だろうか。よく通る声と気さくな口調が印象に残った。


「入学式の前に出欠を取るぞ。呼ばれたら返事してくれ」


 ざわついていた教室が静かになる。


 片桐が名簿を開き、順番に名前を呼び始めた。


 蓮司も自分の名前が呼ばれると、「はい」と返事をする。


 ただそれだけのことなのに、妙に新鮮だった。



 ◇



 しばらくして、一年生はクラスごとに体育館へ移動した。


 新入生用の椅子がクラスごとに並び、その後ろには保護者席が続いている。


 蓮司は席へ向かう途中、後方をちらりと見た。


 宗一(そういち)と啓介(けいすけ)が並んで座っている。


 宗一が蓮司に気づき、軽く手を上げた。


 蓮司も小さく手を上げて返す。


 二人は入学式が終わったあと、学校側と話をすることになっているらしい。


 ただ、何を話すのかまでは聞いていない。


 蓮司も一年三組の列に座る。


 少しして、入学式が始まった。


 開式の言葉、校長の式辞、来賓の挨拶。


 最初は真面目に聞いていた蓮司だったが、三人目の挨拶に入った頃には、学校の式というのはずいぶん長いものなのだと思い始めていた。


 周囲を見ても、皆おとなしく前を向いている。


 これも学校では普通なのだろう。


 ようやく来賓の挨拶が終わると、司会の教師がマイクの前に立った。


『続いて、新入生代表挨拶。新入生代表、佐藤(さとう)結菜(ゆいな)さん』


「はい」


 少し離れた列から、一人の女子生徒が立ち上がった。


 肩ほどまである、黒に近い焦げ茶色の髪。毛先が少し外へ跳ねている。制服はきちんと着ているが、堅苦しい雰囲気はなく、どちらかといえば親しみやすそうな印象だった。


 結菜が壇上へ向かう。


 その途中、近くに座っていた男子たちから小さな声が漏れた。


「可愛くない?」


「うん。何組だろ」


「新入生代表ってことは頭もいいのかな」


「あとで見に行こうぜ」


 教師がそちらへ視線を向けると、男子たちはすぐに口を閉じた。


 蓮司は壇上へ上がった結菜に目を向けた。


 男子たちがなぜあれほど騒ぐのか、よく分からなかった。


 月代村では、同年代の女子と顔を合わせる機会もほとんどなかった。役目で若い女性と接することはあっても、相手は布で顔を隠しており、素顔を見ることはできなかった。


 誰かの容姿について友達同士で盛り上がるというのは、蓮司には馴染みのないことだ。


 それでも、結菜が綺麗なのは分かる。髪も制服もきちんと整えられ、落ち着いた雰囲気があった。


 結菜が一礼し、挨拶を始める。


 大勢の前に立っているのに早口になることもなく、一つ一つの言葉が聞き取りやすい。


 蓮司も最後まで聞き、挨拶が終わると周囲に合わせて拍手をした。


 佐藤結菜。


 蓮司の印象に残ったのは、聞き取りやすい声と、その名前くらいだった。



 ◇



 入学式が終わると、一年三組は再び教室へ戻った。


 片桐から今後の予定や提出物について説明があり、年間予定表や部活動案内などが配られていく。


 教科書は入学前に購入していたので、今日持ち帰るものはそれほど多くない。


「今日は午前で終わりだ。連絡事項のあとに解散する。それじゃ、その前に簡単な自己紹介でもしてもらうか。名前と、出身。それから何か一言くらいでいい」


 教室に小さなどよめきが起きる。


「嫌そうな顔するな。これから一年一緒なんだから、名前くらい覚えろ」


 片桐が笑い、出席番号の早い生徒から順番に立っていく。


 中等部からそのまま上がってきた生徒。


 高等部から入学した生徒。


 運動部へ入りたいと言う者もいれば、まだ何も決めていないと話す者もいる。


 蓮司はそれを聞きながら、自分の番を待った。


 やがて片桐が名簿へ目を落とす。


「次、御影蓮司」


「はい」


 蓮司は立ち上がった。


 教室中の視線が集まる。


「御影蓮司です。長野から来ました。高等部からなので、分からないことも多いと思います。よろしくお願いします」


 一礼して座る。


 余計な説明はしない。


 自分の事情について、クラスメイトに話す必要はないと啓介とも確認していた。


 前方に座っている沙耶が振り返り、小さく親指を立てた。


 蓮司も軽く手を上げて返す。


 全員の自己紹介が終わると、片桐は腕時計を確認した。


「じゃあ、十分休憩。最後の連絡はそのあとにする」


 片桐が教室を出ると、それまで静かにしていた生徒たちが一斉に話し始めた。


 蓮司も机の上の書類を整理していると、前の席の男子が振り返った。


「なあ」


「ん?」


「御影、だよな?」


「ああ」


「俺、中野(なかの)拓海(たくみ)。よろしく」


「御影蓮司だ。よろしく」


「それは知ってる。さっき自己紹介してたし」


「じゃあ、お互い様だな」


「あ、そっか」


 拓海が笑う。


「御影は高等部からだったよな」


「ああ」


「俺は中等部から。分かんないことあったら聞いていいぞ。校舎とか、慣れるまで普通に迷うから」


「助かる。説明会のときも沙耶について歩いてただけだから、まだ全部は分かってないんだ」


「沙耶?」


 拓海が前方を見る。


「高橋のこと?」


「ああ」


「名前で呼ぶくらい仲いいんだ。どんな関係?」


「親同士が知り合いなんだ。こっちに来てから色々教えてもらってる」


「へえ。幼馴染とかじゃないんだな」


「会ったのは東京に来てからだ」


「そっか」


 拓海はもう一度だけ沙耶の方を見たが、すぐに話題を変えた。


「御影、部活どうする?」


「まだ決めてない。運動部には入ろうと思ってるけど」


「何か候補ある?」


「いくつか見てから決めるつもりだ」


「俺、剣道部なんだよ。中等部からやってる」


「剣道か」


「興味ある?」


「少し」


「じゃあ剣道部見に来いよ」


「今日?」


「今日は顔合わせくらいだけどな。見学ならできると思う」


「じゃあ行ってみる」


「決まりな」


 拓海が嬉しそうに笑った。


「あと、明日の昼、一緒にメシ食おうぜ」


 あまりに自然に誘われて、蓮司は一瞬返事が遅れた。誰かと昼飯を食べる約束をするのは初めてだ。


「どうした?」


「いや。大丈夫だ」


「じゃ、そっちも決まり」


 そこで拓海がスマートフォンを取り出した。


「そうだ。連絡先も交換しとこうぜ」


「ああ」


 蓮司もスマートフォンを取り出す。


 連絡先を交換し終えたところで、廊下から片桐が戻ってくるのが見えた。


 拓海はスマートフォンをしまい、前を向いた。


 蓮司も端末をしまい、机の上に置かれた部活動案内へ目を落とす。


 朝ここへ来たときにはなかった予定が、もう二つも増えていた。


 ふと、黒板の端に書かれた日付が目に入った。


 四月五日。


 蓮司は小さく息を吐いた。


 入学したばかりだというのに、あと二日で、あの日が来る。

もしよければ、ブクマや評価、感想などをいただけますと幸いです。

これからも本作をよろしくお願いいたします。

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