EP 5
飲茶の散華! 網に残された絶望のクレーター
焼肉バイキング、制限時間90分コース。
魔導砂時計の砂が半分を切り、残り時間は四十五分(折り返し地点)となっていた。
「……よし。ハラミと上ロースの第一期工事は完了だ。網の焦げ(スラグ)をこそぎ落とし、ただちに第二期工事(牛タンループ)へ移行するぞ」
俺は、マイ・トングで網の上の焦げを素早く削り落としながら、完璧な現場指揮を下していた。
キャルルによる『シロコロ・ホルモンの油圧粉砕』というイレギュラーはあったものの、テーブルの上の建ぺい率(網の面積)は常にマックス稼働を維持し、次々と高級肉がホープ・クローバーの胃袋へと吸い込まれ続けている。
「ふおおおおっ! まだまだ入りますの! 次! 次のお肉を早くよこすんですのぉぉっ!」
中でも、極貧アイドル人魚・リーザの勢いは凄まじかった。
彼女の背後にそびえ立つ【お賽銭箱型掃除機(貧乏神)】は、肉の脂と煙を吸い込みながら、さらにその吸引力を増している。
すでに彼女の横には三十枚近い空き皿のタワーが築き上げられているが、その胃袋は文字通りブラックホールのごとく、全く底が見えない。
▽ ▽ ▽
「……バ、バカな……っ! あの女、まだ腹が膨れんというのか……っ!?」
厨房の冷蔵ショーケースの中。
防衛指揮官のトンデモナイトは、モニター越しにリーザの狂気の食欲を目の当たりにし、脂身をブルブルと震わせていた。
「もうダメよぉっ! 前衛のお肉部隊はもう全滅寸前よ! 私の赤いドレス(赤身)が、あの子の胃袋に吸い込まれるのは時間の問題だわぁぁっ!」
「ハラミ姫! 気を確かに持たれよ! まだだ、まだ我々には……!」
トンデモナイトが叫んだ、その時だった。
「――ヘヘッ。ここらでお遊びは、いい加減にしろって所をみせてやりたいな」
ショーケースの外、サイドメニューの保温蒸篭の中から、自信満々に鼻をこすりながら飛び出してきた一団があった。
肉まん、シュウマイ、そして熱々の肉汁を内包した小籠包。
焼肉バイキングにおいて、カレーライス将軍と並ぶもう一つの巨大な炭水化物トラップ――『飲茶』部隊である。
「飲茶……! お前たち、やってくれるのか!?」
「ああ。トンさんの旦那、安心しな。あいつら、肉ばっかり食ってすっかり油断してやがる。俺の圧倒的な『生地のボリューム(炭水化物)』と、噛んだ瞬間に口の中を大火傷させる『小籠包の熱湯爆弾』で、一気に胃袋と口内をノックアウトしてやるぜ」
飲茶は、蒸気をプシューッと吹き出しながら、サムズアップを決めた。
「ヘヘッ、これなら楽勝だな。俺が全部ぶっ倒してやるぜ!」
その余裕の笑み。
かつて数多のバイキング客を、肉以外の安いメニューで腹いっぱいにさせてきた歴戦の自信が、彼にはあった。
「行くぜッ! 狼牙風風拳(炭水化物・波状攻撃)だァァァッ!!」
ズドォォォォンッ!!
飲茶部隊が、店員の持つ追加オーダーのトレイに乗って、猛然と戦場(六番テーブル)へと出撃していった。
だが、その勇ましい後ろ姿を見送ったトンデモナイトの脳裏に、突如として『最悪の予感』が走った。
「……待て。あの女の胃袋は、カレーライス将軍の質量すら一瞬で虚無へと消し去った完全なるブラックホール。……飲茶程度の質量で、しかも正面から挑めば、ただの『一口サイズの前菜』として処理されるだけだ……っ!」
トンデモナイトは、モニター越しに、大皿に乗ってテーブルに到着した飲茶部隊に向かって絶叫した。
「飲茶ァッ!! ダメだ、無茶するなァァァッ!!」
▽ ▽ ▽
六番テーブル。
店員によって、熱々の『特製・飲茶盛り合わせ』がテーブルにドンッと置かれた。
「おっ、シュウマイと小籠包ッスね! ちょっと網の端っこで炙って食べると美味しいんッスよ!」
ユートが嬉しそうに飲茶をトングで掴み、真っ赤な金網の端へと乗せた。
ジリィィィッ……!
「(……クックック! バカめ、かかったな!)」
網の上に乗せられた飲茶(小籠包)が、内心で高笑いを上げる。
「(俺を網で焼くとは命知らずな。俺の内部には、沸騰寸前の熱々スープ(マグマ)が溜め込まれている! 噛みちぎった瞬間、お前らの口蓋をドロドロに火傷させ、焼肉の味すら分からなくしてやるぜ! さあ、誰から俺を食う!?)」
飲茶が、自信満々に網の上で仁王立ち(※イメージ)し、獲物を待ち構える。
だが、その前に立ちはだかったのは、純粋なユートではなく。
目を血走らせ、両手に割り箸を構えた極貧アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサンだった。
「……肉の次は……点心ですのね……?」
「(……おっ? 一番食欲旺盛な女が来たな。いいぜ、俺の小籠包爆弾で、その強欲な口内をズタズタに……)」
飲茶が必殺の構えを取った、次の瞬間だった。
「いただきますのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
シュバァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!
リーザの右手に握られた割り箸が、音速を超えた。
それは、目にも留まらぬ真空波を生み出し、網の上の空気を切り裂いた。
「(――えっ?)」
飲茶が、何が起きたのかを理解するよりも早く。
熱湯爆弾を破裂させる暇すら与えられず。
ズッポォォォォォォォンッ!!!!!
飲茶(肉まん、シュウマイ、小籠包の全て)は、リーザのブラックホール胃袋へと、噛むというプロセスすら省略されて『丸飲み』にされたのである。
「ぷはぁっ! 一口サイズで食べやすいですの! 肉汁ごと飲み込めば、火傷なんて関係ありませんわ! さあトリス様、網が空きましたの! 次のお肉を乗せてくださいの!」
「(……あ、あれ……? 俺の、出番は……?)」
ゴクンッ。
飲茶の意識(断末魔)は、リーザの胃酸の海へと落ちていき、わずか一秒で完全消滅した。
「……」
「……」
テーブルに、一瞬の静寂が訪れる。
俺は、タローマンジャージのポケットに片手を突っ込んだまま、マイ・トングで網の端を指し示した。
「……見ろ。網の上に、飲茶の『焦げ跡』だけが残っているな」
俺の言葉に、ユートやルチアナたちが網を覗き込む。
そこには、一瞬だけ網に乗せられていた飲茶の生地が、強烈な炭火で焼き付いて残した、奇妙な『丸い焦げ跡』があった。
それはまるで、強大な爆発に巻き込まれた戦士が、地面に残した『絶望のクレーター』のような形(丸まって倒れた人間のシルエット)をしていた。
「サイドメニュー(飲茶)を網に乗せると、生地が網に張り付いて無駄な焦げカス(スラグ)を生む。……だから、あんな炭水化物の塊を現場(網)に持ち込むなと言ったんだ」
俺は、トングの先で、その哀れなクレーター跡をガリガリと削り落とした。
「だが、まあいい。リーザの産廃処理速度が上回ったおかげで、網の建ぺい率に影響は出なかった。……工程を落とすなよ、まだまだ食うぞ」
「はいですのぉぉっ!」
俺たちにとって、飲茶の襲撃は、ただの『一秒の箸休め』にすらならなかったのである。
▽ ▽ ▽
「や、飲茶ァァァァァァァァッ!!」
厨房のショーケースの中。
モニター越しに、網に残された『絶望のクレーター(焦げ跡)』を目撃したトンデモナイトが、両膝から崩れ落ちて号泣していた。
「無茶しやがって……! あんなバケモノの胃袋に、正面から特攻をかけるなんて……っ!」
「ひぐっ……うぅっ……ヤムチャさぁん……っ!」
ハラミ姫も、肉汁の涙をボロボロとこぼしている。
自信満々に出撃した歴戦の勇士が、技を出す暇すら与えられず、ただの一口で消滅するという圧倒的な蹂躙劇。
タロキン防衛軍の心(士気)は、ポキリと折れかけていた。
「もう……もうおしまいよ……っ。トンさん、あの現場監督と貧乏神の前じゃ、私たちのどんなトラップも通用しないわ……っ!」
ハラミ姫が、震える手で顔を覆う。
だが、その絶望の淵で。
「……トンさん。泣かないで」
サイドメニューの冷蔵庫の奥から、小さくも、決意に満ちた声が響いた。
トンデモナイトが顔を上げると、そこには、薄く真っ白な皮に包まれた、小柄な戦士が立っていた。
タロキン名物、サイドメニューの伏兵――『餃子』である。
「餃子……! お前、まさか……!」
「トンさんには、いっぱいお世話になったから……。僕、トンさんとハラミ姫を守るためなら、どうなったっていいんだ」
餃子は、自らの薄い皮をギュッと握りしめた。
「あの現場監督は、網の『建ぺい率(面積)』と『焦げ(スラグ)』を一番嫌がってる……。だったら、僕が……僕のこの皮を、網のど真ん中に強烈に焼き付けて、絶対に剥がれない『最悪の焦げ跡(遅延)』を作ってみせる!」
「や、やめろ餃子! そんなことをすれば、お前自身が真っ黒な炭になって、誰にも美味しく食べてもらえなくなるんだぞ!」
食材としての最大のタブー。それは、不味くなる(焦げる)こと。
だが、餃子の瞳には、一歩も引かない自己犠牲の覚悟が宿っていた。
「さよなら、トンさん。……どうか、ハラミ姫を守り抜いてね」
シュタッ!
餃子が、追加オーダーのトレイに自ら飛び乗る。
「餃子ァァァァァァァァァァッ!!!」
トンデモナイトの悲痛な叫び声が、厨房に虚しく響き渡る。
飲茶の死(完食)を乗り越え。
自らの身を炭と化す覚悟を決めた、薄幸の戦士(餃子)の決死の特攻(自爆)作戦が、いま地獄の金網へと放たれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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