EP 4
咀嚼無理ゲー! 刺客ホルモンとヤンデレの顎力
「……いいか、お前ら。焼肉バイキングにおいて、最も警戒すべきは『時間』のロスだ」
開始から三十分が経過した、六番テーブルの金網(デスマッチ会場)。
俺は、マイ・トングで網の上の肉の配置を調整しながら、パーティーの面々に訓示を垂れていた。
これまでのところ、タン塩、ロース、ハラミといった主力建材(高級肉)の搬入は、完璧な工程表通りに進んでいる。
「90分コースとはいえ、ラストオーダーは70分。実質的な稼働時間は限られている。……だからこそ、網の上の『回転率』を常に最高速度で維持し、焼き上がった端から胃袋へと納品し続けなければならない」
「オ、オオッス! 流石トリス、焼肉に対する姿勢がマジで現場監督ッス!」
「キュララも、まだまだカルビいっちゃうよ〜っ♡」
順調にカロリーを摂取し、士気が上がりまくっているホープ・クローバーの面々。
だが、その完璧な施工現場に、タロキン防衛軍が放った最悪の刺客が投下されようとしていた。
「お待たせいたしましたー! 追加オーダーの『シロコロ・ホルモン』五人前です!」
店員がテーブルにドンッ!と置いた皿。
そこには、特製の濃厚な味噌ダレに漬け込まれた、白く丸々とした不気味な管状の物体が山盛りにされていた。
「(……クックック。ついに出番でござるな)」
皿の上で、シロコロ・ホルモンが妖しく身をよじらせた。
タロキン防衛軍における『暗殺者』。
彼らの最大の武器は、その異常なまでの『咀嚼耐性』と『飲み込みタイミングの喪失』である。
「(タンシオやカレーライスがやられたのは、奴らが物理的に『飲み込める』からでござる。だが、拙者のボディはゴムのような特殊構造……! いくら噛んでも噛み切れず、口の中で永遠に滞在し、奴らの顎のスタミナを確実に削り取ってやるでござる!)」
「わぁっ! ホルモンだ! 私、これ好きなのよね〜っ!」
何も知らない世界神・ルチアナが、トングでホルモンを鷲掴みにし、真っ赤な炭火の金網の中央にドカドカと並べていく。
ジウゥゥゥゥゥゥゥッ!!
大量の脂が炭火に落ち、煙と共に強烈な味噌と脂の匂いが立ち上る。
「おい、ルチアナ。ホルモンの配置(施工)には順序がある。皮面から焼いて脂を閉じ込め……」
「だーいじょうぶよ! 適当に転がして焦げ目がつけば食べられるんだから!」
俺のロジカルな指導(焼き方講座)を無視して、ルチアナとキュララ、それに魔王ラスティアの三人が、こんがりと焼け焦げたホルモンを口の中へと放り込んだ。
「んんっ! 味噌ダレが香ばしくて美味しい〜っ! ……あむ、あむ、もぎゅ、もぎゅ……」
「キュララもいただきまーす♡ ……もきゅ、むぎゅ、むにゅ……」
「……んぐ、んぐ……。これ、なかなか飲み込めないわね……」
数秒後。
女性陣三人の動きが、ピタリと止まった。
「(……ヒャーッハッハッハッ! かかったでござるな!)」
ルチアナたちの口内で、シロコロ・ホルモンが狂喜の声を上げた。
「(拙者の細胞は、ゴムとスライムを掛け合わせたような超弾力構造! 一度口に入れば、最低でも五十回は咀嚼しなければ飲み込めん! しかも、いつ飲み込めばいいかのタイミングを永遠に失わせ、ゲシュタルト崩壊を引き起こすのでござる!)」
「……んぐ、ぐぬぬ……! か、噛み切れない……っ!」
ルチアナが、目を白黒させながら必死に顎を動かしている。
噛んでも噛んでも、ホルモンはゴムのように跳ね返り、元の形へと戻っていく。旨味の脂はとっくに流れ出し、口の中にはただの『味のしないゴムチューブ』だけが残されている状態だ。
「……んむぅぅっ! キュララのアゴが、アゴが疲れちゃったよぉ……っ! これ、いつゴックンすればいいのぉっ!?」
「あぐ、あぐ……! だ、ダメよ……っ。飲み込もうとすると、喉に詰まって窒息しそうになるわ……っ!」
ラスティアも涙目でホルモンと格闘している。
ホルモンの暗殺作戦(咀嚼無理ゲー)は、見事に女性陣の食事のペースを強制停止させていた。
「(……クックック! いい気味でござる! その間に網の上の拙者(仲間)たちが、ジワジワと網のスペース(建ぺい率)を占拠し、回転率をドン底まで落としてやる!)」
網の上では、ルチアナが適当に転がした残りのホルモンたちが、無駄に長く網の上に居座り続け、他の肉を焼くスペースを完全に塞いでいた。
焼き上がるのに時間がかかり、しかも口に入れても飲み込めない。
これぞ、焼肉バイキングにおける最悪の『遅延行為』である。
「アワワワ……! トリス様、どうしますの!? このままでは、網の上がホルモンに乗っ取られて、高級肉が焼けないんですのぉっ!」
リーザがトングを震わせながら叫ぶ。
確かに、ルチアナたちが咀嚼地獄に陥っている間に、タイマーの時間は容赦なく削られていく。この『工程の遅れ』は、現場監督として見過ごせない致命的なバグだった。
「……チッ。だから言ったんだ。ホルモンのような『特殊建材』は、下処理(焼き加減)と咀嚼のタイミングを間違えれば、ただの産業廃棄物に成り下がるとな」
俺が舌打ちし、トングで網の上のホルモンを端へ除けようとした、その時だった。
「――トリス君のお肉を焼くスペース(聖域)を、邪魔するなんて……許さない……っ♡」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
俺の隣の席から、恐ろしいほどの殺気が噴き上がった。
「キ、キャルルちゃん……!?」
リーザが息を呑む。
月兎族の村長・キャルルは、瞳の奥に真っ暗なハートマークを浮かべながら、網の上のホルモンたちをギロリと睨み下ろしていた。
「トリス君は、効率的に高級肉を食べなきゃいけないの。……なのに、こんな無駄な脂身が網の真ん中を陣取ってるなんて……死刑だよね?♡」
「(ひっ……!? な、なんだこのウサギ女の目は……!?)」
網の上のシロコロ・ホルモンが、本能的な恐怖に震え上がる。
「どいて」
シュバッ!
キャルルのトングが、残っていた三人前のホルモン(約二十個)を一気に鷲掴みにした。
そして。
「私が……全部、更地にしてあげるっ♡」
ポイッ、ポイッ、ポイッ!
キャルルは、熱々のホルモンを次々と自分の口の中へと放り込んだ。
その数、常人の致死量を優に超える限界の量。
「(……ヒャーッハッハッハ! バカめ! そんな大量に拙者を口に入れれば、顎の骨が外れて一生喋れなくなるでござ……)」
ホルモンが、口内で勝利を確信した――次の瞬間。
バキボキィィィィィィンッ!!!!!!
「(――ギャァァァァァァァッッ!!?)」
キャルルの口内から、ホルモンの悲鳴よりも恐ろしい、岩石を粉砕するような凄まじい破砕音が鳴り響いた。
「んんっ♡ あむ、あむ♡ ……ごっくんっ♡」
ものの三秒。
たった三回の咀嚼。
それだけで、キャルルは二十個ものシロコロ・ホルモンを『完全に飲み込んだ』のである。
「えええええええええっ!?」
「き、キャルルちゃん!? 今、噛まずに飲んだ!? それとも……!?」
ルチアナとキュララが、顎を抑えたまま白目を剥く。
「……バカめ。ウサギ(月兎族)の『咬筋力(顎の力)』を舐めるなよ」
俺は、無精髭を撫でながら、現場監督としての解説を挟んだ。
「草食動物をルーツに持つ月兎族の顎は、硬い樹皮や木の根をすり潰すために、人間の数倍……いや、満月時や『感情が高ぶった時(ヤンデレ状態)』には、ドワーフ鋼すら容易く噛み砕くほどの油圧プレス機に匹敵する圧力を生み出す」
「その通りだよ、トリス君っ♡」
キャルルが、口元をナプキンで優雅に拭いながら、暗い瞳でニコリと微笑んだ。
「どんなに弾力のあるお肉でも、細胞レベルまで1ミリ単位で磨り潰しちゃえば、ただのペースト(離乳食)と同じだものねっ♡ ……これなら、喉に詰まることもないでしょ?♡」
「(……バ、バカな……。拙者の超弾力ボディが、たった三噛みでミキサーにかけられたように液状化……!? こいつの顎は、悪魔の兵器か何かでござるかぁぁぁっ……!!)」
キャルルの胃袋へと落ちていくホルモンの断末魔。
彼女の常軌を逸したヤンデレパワー(愛情)によって、タロキン防衛軍の暗殺者『シロコロ・ホルモン』は、網の上のスペースを奪う間もなく、完全に粉砕・撤去されてしまった。
「あーっ、美味しかったぁ♡ さあトリス君、網の上のジャマモノはいなくなったよ! 次は何を焼こうか?♡」
「……お前、たまには頼りになるな。よし、次は上ロースの現場に戻るぞ」
俺がトングを鳴らすと、キャルルは「えへへ♡ トリス君に褒められたぁ♡」と顔を赤らめてウサギ耳をパタパタと揺らした。
▽ ▽ ▽
「……おのれぇぇぇっ! シロコロ・ホルモンの咀嚼無理ゲーが、あのような力技(油圧プレス)で粉砕されるとは……っ!」
厨房のショーケースの中。
トンデモナイトは、モニター越しにホルモンの悲惨な最期を見届け、ギリッと脂身を震わせた。
「トンさん……! あいつら、化け物よ! もう私たちの手には負えないわ……っ!」
「諦めるな、ハラミ姫! まだだ、まだタロキン防衛軍の矢の根は尽きてはおらん!」
トンデモナイトが振り返る。
そこには、冷蔵ショーケースではなく、サイドメニューの保温器の中から、立ち上る湯気を纏いながら現れた『最強の助っ人』の姿があった。
「……ヘヘッ。ここらでお遊びは、いい加減にしろって所をみせてやりたいな」
蒸篭の中から飛び出したのは。
肉まん、シュウマイ、小籠包の三位一体――焼肉バイキングにおける謎の勢力、『飲茶部隊』であった。
「飲茶……! お前たち、やってくれるのか!?」
「ああ。肉ばかり食って油断してる奴らの隙を突いて、俺たちの熱々の肉汁とボリュームで、一気に胃袋をノックアウトしてやるぜ。……俺が全部ぶっ倒してやる」
自信満々にサムズアップを決める飲茶。
だが、彼のこの『余裕の態度』が、最悪の悲劇を引き起こすことになるとは、この時のトンデモナイトは知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




