EP 3
炭水化物の猛攻! カレーライスの胃袋膨張作戦
焼肉バイキングにおける、最大の『罠』とは何か。
それは、原価の高い肉ばかりを食われないよう、店側が巧妙に仕掛けてくる『安価で腹にたまるサイドメニュー』の存在である。
タロキン・ポポロ支店のバイキングコーナーの一角。
銀色に輝く巨大な保温ポットの中で、ドロリとした褐色のルーを煮立たせながら、そいつは不敵な笑みを浮かべていた。
「(……クックック。生ビール軍団がやられたようだな。だが、あいつらは所詮、水物(液体)。俺様のような『圧倒的な質量』には敵わねえ)」
スパイシーな香りを漂わせる、重装甲部隊――『カレーライス将軍』である。
彼は、焼肉のタレで甘くなった口内をリセットさせる絶妙なスパイス感と、原価が極めて安い『白米(炭水化物)』という凶悪なコンボによって、これまで数多のフードファイターたちの胃袋を粉砕してきた歴戦の猛者だ。
「(さあ、来い! 育ち盛りのガキどもよ! 俺の魅惑の香りに釣られて、皿いっぱいに俺を盛り付けるがいい! そして、肉を食うための胃袋のスペース(容積)を、俺のルーと米でパンパンに埋め尽くしてやる!)」
カレーライス将軍がポットの中で野心をたぎらせていると、彼が張った罠に、最も引っかかりやすい『純粋無垢な獲物』がやってきた。
「わぁっ! トリス、あそこに『特製カレーライス』があるッス! すっげえいい匂いッス!」
目をキラキラさせた真の勇者・ユート(十五歳)である。
育ち盛りの少年にとって、焼肉とカレーライスの組み合わせは、まさに夢のタッグ(ドリームチーム)。
ユートは、迷うことなく巨大な皿を手に取ると、炊飯器から白米(米麦草)を山のように盛り付け、その上からカレーライス将軍のルーを並々とぶっかけた。
「(……ヒャーッハッハッハッ! かかったぜ! バカなガキめ、そんな特大サイズ(デカ盛り)で俺を胃袋に入れれば、もう高級な肉(ハラミ姫)は一切食えなくなるぜ!)」
カレーライス将軍は、ユートの皿の上で勝利を確信し、歓喜の産声を上げた。
「へへっ、お肉が焼けるまでの間に、まずはカレーでお腹の準備運動ッス!」
ホクホク顔で、山盛りのカレーライスをテーブルへと持ち帰るユート。
そのスパイシーな香りに、テーブルの女性陣も思わず鼻をヒクつかせた。
「あ、ズルい! ユート君ばっかり! 私もカレー食べたいかも!」
キュララが配信カメラを向けながら騒ぐ。
「……美味しそうね。もやし炒めにはない、複雑なスパイスの香り……。一口くらいなら、肉の合間に食べてもいいわよね?」
世界神ルチアナがゴクリと喉を鳴らす。
「うぅっ……タローソンの百円レトルトカレーじゃない、本物のお肉がゴロゴロ入ったカレー……。私にも一口ちょうだい……っ!」
極貧魔王ラスティアが、よだれを垂らしてユートの皿に手を伸ばそうとする。
「(……よしよし! いいぞ! 女どもも俺の香りに抗えないようだな! まとめてお前たちの胃袋を占拠してやる!)」
カレーライス将軍の『炭水化物テロ』が、ホープ・クローバーの面々の食欲を狂わせ、バイキングの本来の目的(原価の高い肉を食うこと)から脱線させようとした、その時だった。
ガチンッ!!
「……あうっ!?」
カレーを口に運ぼうとしたユートの銀のスプーンが、空中でピタリと止められた。
俺が、マイ・トングを伸ばし、ユートのスプーンを物理的にホールド(迎撃)したのだ。
「ト、トリス……? どうしたんッスか?」
「バカめ。序盤から重機(炭水化物)を現場(胃袋)に入れるな。胃袋の容積率が一瞬でオーバーするぞ」
俺は、トングでスプーンを弾き返し、冷徹な現場監督の目でユートと女性陣をねめつけながら、説教(朝礼)を開始した。
「いいか、よく聞け。……胃袋という名の現場には、明確な『容積率(建ぺい率)』の上限が定められている。俺たちが今日、店側にダメージ(赤字)を与えるために搬入すべき資材は、原価の高い『牛タン』『ハラミ』『上ロース』だ」
「は、はいッス」
「だが、お前が今食おうとしているその『カレーライス』……原価計算してみろ。ルーと白米なんて、原価に直せばせいぜい『銅貨数枚(数十円)』だ。そんな安い粗悪なコンクリート(炭水化物)で、胃袋の基礎を無駄に埋め立ててどうする?」
俺の極めて論理的な原価計算のダメ出しに、皿の上のカレーライス将軍が「ギクッ!」と震え上がった。
「(な、なんだこのジャージの男は!? 俺の存在意義(バイキング側の罠)を、完璧に見抜いてやがる……っ!)」
「バイキングにおけるカレーライスは、店側が仕掛けた『単価を下げるためのトラップ(手抜き工事)』だ。スパイスの香りで客の判断力を鈍らせ、安い白米で胃袋を膨張させる。……そんな甘い罠(不良施工)に引っかかるようじゃ、プロの職人とは呼べねえな」
「うっ……! す、すんません、トリス……。俺、カレーのいい匂いに釣られて、つい……」
「危なかったわ……。危うく、原価数十円の炭水化物で、高級肉のスペースを潰されるところだったわね」
「恐るべし、タロキンの防衛システム……!」
俺の指摘によって完全に正気を取り戻し、カレーライスからスッと視線を外すユートとルチアナたち。
罠は完全に看破された。
だが、俺の現場において『食材の廃棄』は絶対に許されないルールである。
「……とはいえ、一度盛ってしまったものを残すのは、コンプライアンス(マナー)違反だ」
俺は、ユートの目の前にあった山盛りのカレー皿を、スッと横へスライドさせた。
そのスライドした先――そこには、両手にスプーンとフォークを構え、目を血走らせている極貧アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサンが鎮座していた。
「リーザ。……お前の出番だ。その安価な産業廃棄物(炭水化物)を、俺たちの胃袋のキャパに影響が出ないよう、『別枠』として処理しろ」
「お任せくださいですのぉぉっ!!」
リーザが、飢えた野獣のような雄叫びを上げた。
「白米! 炭水化物! カロリーの塊! これこそ、貧乏神にとっての究極の贅沢(ハイオク燃料)ですのぉぉっ!」
「(……ひぃっ!? な、なんだこの女の目は!? まるで、俺を食い物じゃなく、純粋なエネルギーの塊としか見ていねえ……っ!)」
カレーライス将軍が、未知の恐怖に震える。
本来、カレーライスは『満腹感』を与えて肉を食えなくさせるためのトラップである。
だが、相手が【貧乏神のブラックホール胃袋】を持っていた場合、その前提は根本から崩壊する。
「いただきますのぉぉぉぉぉっ!!」
ズバババババババババババッ!!!!!
リーザの両腕が、音速を超えた。
山盛りだったはずのカレーライスが、スプーンの残像と共に、文字通り『一瞬』でリーザの口の中へと吸い込まれていく。
咀嚼というプロセスすら存在しない。ただの吸引である。
「(ギャアアアアアアッ!? なんだこの胃袋は!? 底がない!? 俺の質量(炭水化物)が、全く満腹中枢に届いていねえ!? ただの『ゼロ』の空間に放り込まれていくぅぅっ……!!)」
カレーライス将軍の断末魔は、誰の耳にも届くことなく。
わずか三秒後。
リーザの目の前には、ピカピカに舐め回されたかのように美しい、一滴のルーすら残っていない『純白の空き皿』だけが置かれていた。
「ぷはぁっ! カレーは飲み物ですの! 素晴らしい前菜でしたわ! さあトリス様、次のお肉を焼いてくださいのぉぉっ!」
腹をポンと叩き、全く満腹になった様子のないリーザが、さらなる肉を要求する。
「……よし、産廃処理完了だ。ユート、次からは原価の高い肉(牛ロース)だけを現場に搬入しろ」
「オ、オオッス! 了解ッス、トリス!」
俺たちのテーブルは、カレーライスのトラップを完全に無効化し、再び『高級肉の焼き上げ』という本来の工程へと復帰した。
▽ ▽ ▽
「……バ、バカな……っ!!」
その惨状を、厨房の魔導モニター越しに見ていた食材たち――タロキン防衛軍は、戦慄に包まれていた。
「俺たちの最強の重装甲部隊、カレーライス将軍が……あんな小柄な女の胃袋に、一切のダメージ(満腹感)を与えられずに消滅しただと……!?」
トンデモナイトが、脂汗をダラダラと流しながら後ずさる。
タンシオ部隊の自己犠牲も、生ビール軍団の酩酊作戦も、そしてカレーライスの胃袋膨張作戦も。
全てが、あのジャージ姿の男の冷徹な指揮と、バケモノのような胃袋を持つパーティーの前に、一瞬で粉砕されてしまったのだ。
「ひぃぃっ……! トンさん、もうダメよ! あいつら、完全に元を取る気よ! 私の赤いドレス(赤身)が、あいつらに食われちゃうぅぅっ!」
「泣くでない、ハラミ姫! タロキン防衛軍の誇りは、まだ折れてはおらぬ!」
トンデモナイトは、ショーケースのさらに奥底、極低温で保存されている『暗黒の壺』へと歩み寄った。
「こうなれば……奴らの『顎』を物理的に破壊し、食事のペース(回転率)を強制停止させるしかない! ……出番だぞ、暗殺者!」
ズズズッ……。
トンデモナイトの声に応え、壺の中から、ヌメヌメとした特製味噌ダレを纏った、不気味な白く丸い物体が這い出してきた。
そのゴムのような弾力と、いつまでも飲み込めない不快感で、数多の客の顎を疲労骨折へと追い込んできた最悪の刺客。
「……クックック。ついに拙者の出番でござるか」
「頼んだぞ、『シロコロ・ホルモン』! お前のその異常な弾力(咀嚼無理ゲー)で、奴らの女たちの顎を砕き、戦意を喪失させてこい!」
「御意。……拙者の『永遠に続くガム(咀嚼地獄)』の前に、絶望するがいいでござる……!」
次なる刺客、ホルモン。
物理的な『噛み切れない』というストレスが、ホープ・クローバーの食欲(快進撃)を止めるべく、地獄の金網へと放たれようとしていた。
だが、彼らはまだ気づいていない。
俺のパーティーの中には、ドワーフ鋼すら噛み砕く、狂気の『ヤンデレ月兎族』が控えているという事実を。




