EP 2
先鋒・塩タンの決死のへばりつきと、生ビール部隊の酩酊トラップ
「……いいか、お前ら。90分(5400秒)という限られた工期の中で、最大の利益を叩き出すための最大のボトルネック。それは『網の面積(建ぺい率)』だ」
真っ赤に熾った炭火がセットされた、六人掛けテーブルの中央。
俺は、マイ・トングをカチャリと鳴らしながら、戦場となる金網を冷徹な現場監督の目で見据えた。
「六人という大所帯に対し、この焼き網はあまりにも狭い。無計画に肉を敷き詰めれば、温度低下による『焼きムラ(施工不良)』を引き起こし、逆に時間がかかる。……常に強火のエリアを見極め、最も効率的なローテーションを組むんだ。決して、網の上に『空き地』を作るな」
「了解ですのぉぉっ!! 第一陣、行きまぁぁぁすっ!」
俺の指示(指示書)を受け、リーザが猛然と大皿から肉を鷲掴みにした。
その頃。
大皿の上の『食材』たちは、決死の覚悟で出撃の時を待っていた。
「……フッ。ついに俺たちの出番だな」
薄くスライスされ、塩と黒コショウの特製ダレを全身に纏った歴戦の勇士たち――先鋒『タンシオ部隊』である。
「頼んだぞ、タンシオ。お前たちのその薄さ……網の上に置かれれば、数秒でチリとなってしまうだろう。だが……!」
「分かってますぜ、トンデモナイトの旦那。……俺たちは、ハラミ姫を守るための『捨て石』。ただ美味しく食われるつもりは毛頭ねえ」
タンシオ部隊の隊長が、レモン汁の香りを漂わせながら不敵に笑った。
「俺たちの最大の武器は、この『薄さ』と『粘着力』だ。……網の上に置かれた瞬間、自らの肉体を焦がし、金網にガッチリとへばりついてやる! 奴らが無理に剥がそうとすれば、肉は破け、網には最悪の『焦げカス』がこびりつく!」
「おお……っ!」
「網が焦げれば、奴らは店員を呼んで『網交換』を余儀なくされる。……そのロスタイム、およそ三分! 90分のデスマッチにおいて、この三分は致命的なダメージになるはずだ!」
タンシオ部隊の恐るべき自己犠牲(自爆)テロ作戦。
トンデモナイトは、彼らの壮絶な覚悟に涙し、静かに敬礼を送った。
「見事だ……。行け、タンシオ部隊! タロキン防衛軍の誇りを、奴らに見せつけてやれぇぇっ!!」
ジュゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
大皿から持ち上げられたタンシオ部隊が、真っ赤な炭火の上の金網へと一斉に投下された。
心地よい焼ける音と、食欲を暴力的に刺激する脂の香りが立ち上る。
「ふおおおおおっ! 焼けろ、焼けるんですのぉぉっ!」
飢餓状態のリーザが、目を血走らせながらトングを構え、投下してわずか三秒のタンシオをひっくり返そうと引っ張った。
「(……バカめ! 早すぎるぜ!)」
網の上のタンシオが、ニヤリと笑う。
「(俺の表面のタンパク質が、まだ金属の網と『熱凝着』を起こしている最中だ! 今無理に引っ張れば、俺の体はちぎれ、網に最悪の焦げ跡を残す……っ! さあ、引け! 引くがいい!)」
「あ、あれ……? お肉が網にくっついて、取れないんですの!」
焦ったリーザが、無理やりトングでタンシオを引っ張ろうとする。
タンシオの作戦通り、このままでは肉が破け、網の上が『焼け焦げた惨状』になり、網交換という最悪のロスタイムが発生する――はずだった。
「……素人が。基礎が固まる前に、無理やり型枠を外そうとするな」
パチンッ!
俺のトングが、リーザのトングを的確に弾き飛ばした。
「あうっ!? な、何をするんですのトリス様! 早く食べないと焦げちゃいますの!」
「バカ言え。タンシオのような薄い肉(建材)は、置いた直後の熱収縮で網に張り付く。だがな、肉から脂が溶け出し、メイラード反応(焼き色)が適切に進めば、自然と網から剥がれる瞬間がやって来るんだ」
俺は、懐中時計を片手に、ジッと網の上のタンシオを見つめた。
「タンの最適な焼き時間(工期)は、片面わずか『十五秒』。……今だ」
シュバッ!!
十五秒ピッタリのタイミング。
俺のトングが、網の上を滑るように疾走した。
網にへばりついていたはずのタンシオたちは、一切の抵抗を許されず、綺麗に、そして完璧な『黄金色の焼き目』をつけられた状態で、ひっくり返された。
「(なっ……!? ば、バカな……っ!?)」
裏返されたタンシオ隊長が、己の完璧な焼き上がりを見て愕然とする。
「(俺の粘着作戦が……寸分の狂いもない、完璧なヘラさばき(トングさばき)で剥がされただと……!? 網には、焦げカス一つ残っていねえ……っ!)」
「片面十五秒。裏面はサッと炙る程度の五秒。……よし、施工完了だ。食え」
俺がトングで配給した完璧な塩タンを、ホープ・クローバーの面々が次々と口に放り込む。
「んんん〜っ♡ コリコリしてて、塩ダレとレモンの風味が最高だよぉっ♡ トリス君が焼いてくれたお肉、世界一美味しいっ♡」
「こんキュラ〜! みんな見て見て、この完璧な焼き加減! これが一級建築士のトングさばきだよっ☆」
「うおおおおっ! タンシオの旨味が、貧乏神の胃袋に染み渡りますのぉぉっ!」
次々と消費(撃破)されていくタンシオ部隊。
彼らは、最後に俺の顔を見上げ、その完璧な手際(プロの仕事)に、どこか満足げな笑みを浮かべていた。
「(……見事だ、現場監督……。これほど美しく、美味しく焼いてもらえるなら……食材にとって、本望……)」
ジュワァァァァ……。
先鋒タンシオ部隊、全滅。
網の建ぺい率は一瞬にしてクリアになり、焦げカス一つのロスタイムすら発生しなかった。
「……バ、バカなっ! あのタンシオ部隊が、何の爪痕も残せずに秒殺されただと!?」
大皿の奥で、トンデモナイトが驚愕に震えていた。
「敵の指揮官……あれはタダモノではない。食材のポテンシャルを極限まで引き出し、最も効率的に胃袋へ収める『最悪のプロフェッショナル』だ!」
「トンさん! このままじゃ、私まであっという間に食べられちゃうわ……っ!」
恐怖に震えるハラミ姫。
だが、トンデモナイトは脂汗を流しながらも、ニヤリと笑った。
「ご安心くだされ、姫様。……物理的な満腹感がダメなら、奴らの『脳』を直接破壊するまで。……おい! 飲料部隊、出番だぞ!!」
「ウップス! 待ってましたぜ、トンデモナイトの旦那!」
トンデモナイトの背後から、黄金色の泡を立てながら立ち上がったのは。
タロキン・アルコール飲み放題プランの主力兵器――『生ビール軍団』であった。
「ヘヘヘッ……。俺たち炭酸アルコール部隊の恐ろしさ、存分に味わわせてやる。奴らの胃袋を炭酸ガスでパンパンに膨張させ、さらにアルコールで脳(判断力)を麻痺させてやるぜ! 特に、あの赤毛の女……あいつから仕留める!」
その直後。
俺たちのテーブルに、店員が巨大なピッチャーと、キンキンに冷えた特大ジョッキを運んできた。
「お待たせいたしましたー! 飲み放題の生ビールです!」
「キタキタキタァァァッ! これよこれぇっ! もやし炒めと発泡酒の極貧生活から、ついに解放される時が来たわぁぁっ!」
ルチアナが、目を輝かせて特大ジョッキを両手で掴み上げた。
「(……フフフ、かかったな赤毛の女!)」
ジョッキの中の生ビールが、邪悪に泡立つ。
「(俺を一気に飲み干してみろ! 強烈な炭酸ガスが胃袋を占拠し、肉を食うスペース(建ぺい率)を奪い取ってやる! そして、急激なアルコール摂取で脳を揺らし、デスマッチから強制リタイアさせてやるぜェェッ!!)」
「かんぱぁぁぁぁぁいっ!!」
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!!
ルチアナが、特大ジョッキを天に掲げ、喉仏を鳴らしながら、水でも飲むかのような勢いで生ビールを胃袋へと流し込み始めた。
「(……なっ!? な、なんだこの女の喉は!? まるで底なしのブラックホールじゃねえか!)」
生ビール軍団が、ルチアナの食道を通って胃袋へと滑り落ちた瞬間。
彼らは、自分たちが『とんでもない場所(バケモノの巣)』に放り込まれたことに気づいた。
「(バ、バカな……! 俺の炭酸ガスが、一瞬で無力化(ゲップすら出ない)されていく!? それに、このアルコール分解速度……! こいつの肝臓、一体どういう構造してやがる!?)」
生ビール軍団の決死の特攻(酩酊トラップ)。
だが、彼らは相手を間違えていた。
ルチアナは、月給二十五万のしがないコタツの主ではあるが、その正体は『世界神』である。
アナスタシア世界の神々は、基本的に酒豪しかいない。特にルチアナは、ラスティアと毎晩のようにストロング系発泡酒をチャンポンして管を巻いている、生粋のアル中なのだ。
「ぷはぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
ダンッ!と、ルチアナが空になった特大ジョッキをテーブルに叩きつけた。
わずか十秒。
致死量とも言える生ビール軍団は、彼女の『神の肝臓』によって、酔い(ダメージ)を与えるどころか、完全に『食欲のブースト剤』として吸収されてしまったのである。
「くぅ〜っ! 五臓六腑に染み渡るわぁっ! 胃袋が活性化してきたわよ! トリス、次のお肉バンバン焼いてちょうだい! 塩タンの次は、タレの濃いヤツでビールを流し込みたいわっ!」
「……お、おのれぇぇっ……! 神の肝臓、恐るべし……っ!」
生ビール軍団の断末魔が、泡と共に虚しく消え去った。
「あーあ。生ビール部隊が秒殺されちゃったわ……。トンさん、どうするの!?」
「くっ……! よもや、飲料部隊の特攻が『ただの前菜』として処理されるとは……。だが、絶望するにはまだ早い!」
厨房のショーケースの中で、トンデモナイトがギリッと歯を食いしばる。
「液体がダメなら、圧倒的な『質量(炭水化物)』で奴らの胃袋(基礎)を埋め立てるまで! 行け、重装甲部隊! あの純粋そうな子供の胃袋をピンポイントで狙い撃て!!」
トンデモナイトの視線の先。
バイキング会場の『サイドメニュー・コーナー』から、銀の皿に乗った絶対的な刺客が、ゆっくりと俺たちのテーブルへと近づいてきていた。
「わぁっ! トリス、あそこに『特製カレーライス』があるッス! 俺、お肉と一緒にカレーも山盛り食べていいッスか!?」
目を輝かせる純粋バカの勇者・ユート。
俺は、カチャリとトングを鳴らし、現場監督として最大の警告を発した。
「ユート。……バカめ、序盤から重機(炭水化物)を現場に入れるな。胃袋の容積率が一瞬でオーバーするぞ」
焼肉バイキングにおける最大のトラップ。
原価が極端に安く、かつ最も胃袋を膨らませる『カレーライス将軍』の猛攻が、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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