第七章 散りゆくZ戦士達(焼肉)
金網デスマッチ開幕! 焼肉バイキングと絶対防衛線
ポポロ村の中央通りに、また一つ新たな『タローマン・グループ』のインフラが完成した。
夕闇が迫る村の通りを、真新しい赤と黄色の派手なネオンサインが毒々しく照らし出している。
『焼肉バイキング・タロキン! 心ゆくまで食い尽くせ! 制限時間90分コース・お一人様銀貨三枚(三千円)!』
ルナミス帝国の外食産業の覇者であり、かつての勇者・佐藤太郎が考案した最凶の飲食形態――『食べ放題』。
それは、腹を空かせた客と、利益を守ろうとする店舗側との、血で血を洗う果てしなき抗争の場である。
そして今夜、この真新しい戦場(店舗)に、ポポロ村最強にして最悪のパーティー『ホープ・クローバー』の面々が、腹を極限まで空かせて足を踏み入れようとしていた。
「ふおおおおおっ! 力が……ブラックホール胃袋の力がみなぎってきたああぁぁっ!!」
店舗の入り口前で、極貧アイドル人魚のリーザが、両手にマイ・トングを構え、天に向かって絶叫した。
彼女の背後には、飢餓と貧困の権化たる【お賽銭箱型掃除機】が、ヴゥォォォン!と闘気を爆発させている。普段はパンの耳とタローソンの廃棄弁当で命を繋いでいる彼女にとって、銀貨三枚で肉が食い放題というシステムは、まさに天界そのものだった。
「今日はガンガン飲むわよ〜っ! アルコールも飲み放題のオプション付けたし、元を取るまでジョッキを手放さないんだからっ!」
特売の芋ジャージの袖を捲り上げ、すでに臨戦態勢に入っているのは世界神ルチアナ。酒とツマミさえあれば、彼女は無限に腹のキャパシティを広げることができる。
「う、うぅぅっ……。久しぶりの肉ぅぅ……。ステーキ奪われてから、ロクなもの食べてなかったから……。今日は、お腹がはち切れるまで食べるんだからぁっ……」
全財産を失い、ポポロ・コーポで大根畑の農作業(借金返済)に精を出している魔王ラスティアが、ショーケースの食品サンプルに顔をくっつけて感涙に咽んでいる。すっかり極貧生活が板についた彼女もまた、今日はタダ飯(トリスの奢り)と聞いて凄まじい執念を燃やしていた。
「こんキュラ〜☆ リスナーの皆〜! 今日はキュララ、い〜っぱい食べちゃうぞ♡ 目指せ、カルビ百人前チャレンジだよっ!」
トップゴッドチューバーのキュララは、自律浮遊カメラ『パパラッチ君』を起動し、すでに配信(PV稼ぎ)を開始している。アイドルらしいあざといポーズを決めているが、その瞳の奥には『絶対に元を取る』という猛禽類のような光が宿っていた。
「みんな、すごい気合ッスねー。……僕は、お肉もデザートも、楽しければ何でも良いッスよ!」
一人だけのほほんとした空気を纏っているのは、真の勇者ユート(十五歳)。
育ち盛りの彼は、ただ純粋に「美味しいものが食べられる」という事実に胸を躍らせているだけだった。
「アマーイ! 甘いですのよ、ユート!」
その勇者の呑気な態度を、リーザが血走った目で一喝した。
「いいですか!? 1人三千円ですのよ! つまり、私たちは原価率を計算して、三千円以上の価値を胃袋に詰め込まなければ、敗北者(養分)として店に搾取されるんですの!」
「そ、そうッスか……?」
「リーザの言う通りだ、ユート」
俺は、タローマンジャージのポケットからタバコを取り出し、火を点けた。
紫煙を夜空に吐き出しながら、店舗から漂ってくる香ばしい炭火と焦げた脂の匂いを、プロの現場監督としての嗅覚でスキャンする。
「……食べ放題とは、ただの食事じゃない。緻密な原価計算と胃袋の容積率を競う『戦略ゲーム』だからな。如何に原価の高い食材を効率よく摂取し(元を取り)、店側にダメージ(赤字)を負わせるかという真剣勝負だ」
俺は、無精髭を撫でながらニヤリと口角を吊り上げた。
「リーザ達の参加費(金貨)はホープ・クローバーの経費(福利厚生)扱いだが、だからといって無駄な浪費は許さん。……いいか、お前ら。この90分間の金網デスマッチ戦、、絶対に勝ちに行くぜ」
「「「おおおおおおおっ!!!」」」
「えへへっ♡ トリス君がいっぱい食べられるように、私がどんどん焼いてあげるからねっ♡」
ヤンデレ月兎族の村長・キャルルが、マイ・トングをカチャカチャと鳴らして俺の腕にすり寄る。
完璧な陣形だ。
最強の火力(食欲)と、一切の情を挟まない冷徹なロジック(現場監督)。
これほどの精鋭部隊を前に、オープンしたての田舎の焼肉バイキングなど、開始数十分で焼け野原になるだろう。
だが。
この戦いが、単なる『一方的な略奪(食事)』に終わらないことを、俺たちはまだ知らなかった。
なぜなら、俺たちが攻略しようとしているその戦場(厨房)の奥底では――食材たちによる、誇り高き『絶対防衛線』が敷かれていたからである。
▽ ▽ ▽
『タロキン』ポポロ支店、厨房のバックヤード。
摂氏二度の低温に保たれた、巨大な魔導冷蔵ショーケースの中。
そこは、これから地獄の金網(焼き網)へと送り込まれる運命にある『食材』たちがひしめく、悲壮な前線基地であった。
「……ついに、この時が来てしまったか」
大皿の真ん中に鎮座する、上質なサシの入った赤身肉――ヒロイン『ハラミ姫』が、悲しげに肉汁の涙を流していた。
原価が高く、食べ放題において最も狙われやすい希少部位。彼女の美しき赤いドレス(赤身)は、外で待ち構える悪鬼羅刹(客)たちの格好の標的である。
「姫様。ご安心くだされ。この『トンデモナイト』がいる限り、悪魔どもの穢れたトング(牙)から、必ずや姫をお守りいたしますぞ!」
そのハラミ姫の前に、分厚い脂身の鎧を纏った誇り高き騎士が進み出た。
タロキン名物、極厚豚バラ肉――通称『トンデモナイト(豚の騎士)』である。
彼は、自らの脂を燃やして網を炎上させ、客の満腹中枢にダイレクトアタックを仕掛ける、タロキン防衛軍の要であった。
「トンさん……。でも、今回の敵はこれまでの冒険者とは違うわ。貧乏神に、世界神、そして最強の現場監督……。彼らの胃袋は、底なしだという噂よ……っ」
「フッ。姫様、我らタロキン防衛軍の底力をお見せしましょう。……おい、皆の者! 出陣の準備はできているか!」
トンデモナイトの号令に応え、ショーケースの中から、歴戦の勇士(従者)たちが次々と声を上げた。
「ヘッ。網の上の先陣は俺たちに任せな。薄さを活かして網にへばりつき、奴らのペースを乱してやるぜ!」
身を寄せ合うように重なる、薄切りの『タンシオ部隊』。
「グォォォォッ! 俺の脂で、金網を地獄の業火に変えてやる! 焦げて炭になり、奴らの食欲を削いでやるぜ!」
滴るような特濃のタレを纏った、重装甲の『カルビ兵長』。
「……フフフ。拙者の『咀嚼無理ゲー』に、奴らの顎がどこまで耐えられるかな? 飲み込むタイミングを失わせ、満腹中枢を刺激してやろう……」
ゴムのような弾力を誇る、暗殺者『シロコロ・ホルモン』。
さらに、冷蔵ショーケースの外、厨房の炊飯コーナーやサイドメニュー陣地からも、頼もしい声が響く。
「俺のルーと白米で、奴らの胃袋の半分を即座に埋め尽くしてやる! いくぞ、銀の皿の重戦車!」
バイキング最大のトラップ、子供の心を惑わす『カレーライス将軍』。
「私を焼かないで……でも、トンさんのためなら、この皮を網に焼き付かせて焦がしてみせるわ……っ!」
儚げな皮に包まれた、薄幸の『餃子ちゃん』。
「ウップス! シュワシュワの炭酸で腹を膨らませ、アルコールで奴らの脳を麻痺させてやるぜ!」
黄金色の泡を立てる、『生ビール軍団』。
そして。
「フフフ……。肉だけで終わると思うなよ。我らデザート部隊(別腹)が、最後の最後に奴らの血糖値を急上昇させ、完全なる眠り(タイムアップ)へと誘ってやる」
プチシュークリームや魔導アイスクリームたちによる『甘味暗部』。
全ての食材(戦力)が、ハラミ姫を守るため、己の身を焼かれる覚悟を決めていた。
「皆……。ありがとう……っ!」
「泣くのはおよしくだされ、ハラミ姫。肉汁が逃げて、旨味が落ちてしまいますぞ」
トンデモナイトは、優しくハラミ姫を庇うようにその身を呈した。
「さあ、いざ行かん! 我らが使命は、90分間、奴らの猛攻を耐え抜き、ハラミ姫を冷蔵庫に残存させること! タロキン防衛軍、出撃ィィッ!!」
▽ ▽ ▽
カチャリ、と。
ホール側の6番テーブル(戦場)で、魔導コンロに火が入れられた。
「お客様、炭火の準備が整いました。……それでは、タロキン・90分食べ放題コース、スタートです!」
店員がストップウォッチ(魔導砂時計)を裏返した、その瞬間。
「シャオラァァァァァッ!! 全軍(全員)、突撃開始ですのぉぉぉぉっ!!」
リーザの絶叫と共に。
人間と食材による、90分一本勝負の『金網デスマッチ』のゴングが、高らかに鳴り響いた。
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