EP 10
第75話 太郎握りポポロ支店。回る寿司と、オタ活の反省会
数万人の人間を使い捨てにする最悪の詐欺結社『ADP』が崩壊し、首謀者のクズトリオがシーラン国の地下懲役(マグローザ漁船)へとドナドナされてから数時間後。
ルナミス帝国とポポロ村の国境沿いに位置する商業区画には、深夜にもかかわらず極彩色のネオンサインが煌々と輝いていた。
『鮮度抜群! 笑顔を運ぶ魔法のレーン! 【太郎握り】ポポロ支店』
かつての勇者にしてルナミス帝国の建国者、佐藤太郎が考案した、大陸最大の超巨大飲食チェーン。
魔導コンベアによって寿司が自動で運ばれてくる画期的なシステム――いわゆる『回転寿司』である。
「うおおおおっ! 何度来てもすっげえッス! お寿司が、お寿司が勝手に目の前を流れてくるッスよぉぉっ!」
広々とした六人掛けのボックス席。
タローマンの鉄鎧をガチャガチャと鳴らしながら、勇者ユートが目を輝かせてレーンに見入っている。
彼の目の前を、マグロ、サーモン、エビ、そしてハンバーグ寿司といった多種多様な皿が、魔力で駆動するベルトコンベアに乗って滑るように通り過ぎていく。
「ふふふ……。今日ばかりは、遠慮なんて一切しませんの。私の胃袋の恐ろしさ、存分に見せつけてやりますのぉぉっ!」
ユートの対面に座る極貧アイドル人魚・リーザは、特売の芋ジャージの袖を限界まで捲り上げ、両手に割り箸を握りしめて修羅の顔になっていた。
彼女の目の前には、すでにうず高く積み上げられた空き皿のタワーが三本もそびえ立っている。
「大トロ! ウニ! イクラ! そして炙りエンガワですの! 金色の皿(一皿五百円)だろうがなんだろうが、端から全部私の胃袋にシュートしてやりますのぉぉっ!」
ズバババババババババッ!!
リーザは、レーンから次々と高級寿司の皿をもぎ取ると、醤油を直接ぶっかけ、噛むことすら放棄して掃除機のように喉の奥へと流し込んでいく。
彼女は今日、詐欺師から騙し取られた『金貨十枚(十万円)』を取り戻すことはできなかったが、俺がポポロ村の経費(※明日からの過酷な畑の開墾労働の給料の前借り)として同額を融資してやったのだ。
懐が(一時的に)潤った底辺アイドルの食欲は、どんな魔獣よりも凶暴だった。
「……あーあ。あんた、ホントにたくましいわね。ちょっとはその食欲、私にも分けてほしいわ」
リーザの隣で、世界神ルチアナが力なくため息をついた。
彼女もリーザと同じく俺から『金貨十枚(借金の補填)』の前借りを許された身だが、目の前のレーンを流れる極上の寿司を前にしても、どうにも箸が進まないようだった。
ルチアナの視線は、自分の隣で小さく丸まっている『敗北者』へと向けられていた。
「……ぐすっ。ひぐっ……」
ルチアナの隣。
アバロン魔皇国の絶対君主にして、永遠の十七歳を自称する魔王ラスティア。
彼女は、ヨレヨレのスウェットパジャマ姿のまま、膝を抱えてズビズビと鼻水をすすっていた。
「私の……私の月人君の等身大純金フィギュア(一千万円)が……。それに、福岡ドームのVIP最前列チケット代も……裏口座の電子マネーごと、全部、全部吸い込まれちゃった……」
「…………」
「もうおしまいよぉ……。明日からのオタ活資金どころか、今日の帰り道の馬車代すらないのよぉ……。私は、私はどうやって生きていけばいいのぉぉっ……!」
ポロポロと大粒の涙をこぼし、安物の『百円の玉子寿司』をモソモソと齧る魔王。
数時間前まで、女子会部屋で極上フィレステーキをドヤ顔で見せびらかしていた超セレブの面影は、微塵も残っていない。
詐欺結社とのズブズブの癒着(八百長プロレス)は俺によって解体され、全財産はリーザの【貧乏神】スキルによって亜空間のチリとなった。まさに自業自得、完全なる『ざまぁ』の結末である。
「……ほら、泣かないの。玉子がしょっぱくなるわよ」
ルチアナは、呆れ顔をしながらも、ラスティアの頭をポンポンと優しく撫でた。
「自業自得とはいえ、推しのグッズとライブチケットを失う絶望感……同じアイドルオタク(永遠の十七歳)として、痛いほど分かるわ。……ほら、私の奢りで『特上ネギトロ』くらい食べさせてあげるから、元気出しなさい」
「る、ルチアナぁぁぁっ……! ごぢがっだのぉぉっ! もやし炒めバカにしてごべんなざぁぁいっ!」
全財産を失った魔王が、芋ジャージの女神の胸に顔を埋めて号泣する。
かつて世界を二分して争った神と魔王が、百円の玉子寿司とネギトロを前に、オタ活の悲哀(金欠)を通じて奇妙な連帯感(友情)を育んでいる。なんともシュールで、次元の低い光景だった。
「……やれやれ。うちの現場の連中は、本当に騒がしいな」
俺は、タローマンジャージの襟元を緩め、テーブルの端に設置された黒い給湯口に湯呑みを押し当てた。
ボタンを押し込むと、内蔵された小型の『火炎魔石』が瞬時に水を沸騰させ、熱いお茶がコポコポと注がれる。
「あーんっ♡ はい、トリス君! 私が愛情をたっぷり込めて醤油をつけた、特大甘エビだよっ♡」
俺の隣では、ヤンデレ月兎族の村長・キャルルが、ウサギ耳を揺らしながら俺の口元へ寿司を運んできていた。
詐欺事件の解決(大暴れ)を経て、彼女の俺に対するスキンシップ(愛情表現)はさらに過激さを増している。
「……自分で食う。お前も、他人の世話より自分の腹を満たす(タスクをこなす)ことに集中しろ。今日は残業明けだ、カロリーを摂取しないと明日の施工に響くぞ」
「えへへ……トリス君のお口に私が直接アーンしてあげるのが、私にとっての一番のカロリー補給なんだよ? ……あ、もしエビが嫌なら、私の唇から先に味わってみる?♡」
完全に距離感のバグったヤンデレの顔(瞳孔の奥に暗い光)が迫ってくるのを、俺は片手で適当にあしらいながら、熱いアガリをズズッと啜った。
「……ん。粉末特有の安っぽい渋みだが、脂の乗った魚の後に飲むと悪くない」
俺は、湯呑みを持ったまま、店内をゆっくりと見渡した。
タッチパネル(魔導通信石)による無人オーダーシステム。
職人の人件費を極限まで削り、客自身に湯を注がせるセルフ給湯。
食べた皿の枚数を自動で計算する『魔力スキャンレジスター』。
かつての俺(佐藤太郎)が、このアナスタシア世界に持ち込み、確立させた『飲食のインフラ』。
佐藤太郎という人間は、すでに魔族との戦いや寿命によって死んでしまった。だが、彼が引いた『図面』は、こうして百年後の今も脈々と受け継がれ、大陸中の人々に驚きと、笑顔と、安価で美味い食事を提供し続けている。
(……建物の寿命よりも、そこに組み込まれた『インフラの概念』の方が長く生き残る。だからこそ、俺たち現場監督は、基礎から腐った違法建築(詐欺)を見過ごすわけにはいかねえんだ)
数万人を犠牲にして私腹を肥やそうとした円城寺のネズミ講(ADP)は、マグローザ漁船という名の海の底へと沈んだ。
あのようなペラペラな誇大広告は、結局のところ誰の笑顔も生み出さない。ただ下請け(被害者)をすり潰し、最終的には自重で倒壊する運命にあるのだ。
それに比べて、どうだ。
「ぷはぁーっ! ハンバーグ寿司とコーンマヨ、最高ッス! あ、すいません、ポテトフライとメロンソーダも追加でお願いします!」
子供のように目を輝かせてタッチパネルを連打する、腹ペコ勇者。
「んぐ、んぐ、んぐ……! まだまだですの! このレーンを流れるお寿司が絶滅するまで、私の暴食は止まりませんのぉぉっ!」
皿のタワーを五本に増殖させ、限界を超えて寿司を詰め込む極貧アイドル(リーザ)。
「……美味しい。回るお寿司のネギトロって、意外とイケるのね……。ぐすっ、月人君……来年は絶対に、自力でお金(国庫)を貯めて会いに行くからね……」
「そうよ、ラスティア。推し活は自分の身の丈に合ったペースでやるのが一番よ。明日から私と一緒に、ポポロ村の畑で大根引っこ抜くバイト(肉体労働)からやり直しましょ」
百円の寿司を分け合い、涙ながらに再起を誓い合う、神と魔王。
「ねえねえトリス君! 次は何食べる? トリス君が食べるものを、私が全部取ってあげるからねっ♡」
そして、俺の隣で幸せそうに微笑む、最強の職人(ヤンデレ村長)。
騒がしく、面倒くさく、だが決して退屈することのない、俺のパーティー。
厄介な神々や魔王が入り乱れ、次から次へとトラブル(エラー)が舞い込むこの緩衝地帯ポポロ村だが。
俺が引き直した『ポポロ・コーポ』という頑丈な基礎と、揺るぎないコンプライアンスがある限り、この村の平穏が完全に崩れ去ることはない。
「……よし。お前ら、心ゆくまで食え。明日の朝六時には、借金(金貨十枚)を返すための『特大月見大根の収穫作業』が待ってるからな。カロリーを限界まで蓄えておけ」
俺がニヤリと笑って宣告すると。
「「「えええええええええっ!!?」」」
ルチアナ、リーザ、そしてなぜか自分も労働の頭数に入れられていることに気づいたラスティアの三人が、絶望の悲鳴を上げた。
「お、鬼ぃぃぃっ! 朝六時から農作業なんて、世界神の労働基準法に違反してるわよぉぉっ!」
「借金取り(トリス様)が一番容赦ないですのぉぉっ!」
「わ、私は魔王よ!? なんで私が大根を引っこ抜かなきゃいけないのよぉっ!」
阿鼻叫喚の騒ぎへと変わるボックス席。
だが、俺はそんなクレームを一切意に介さず、タローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりとアガリを啜り切った。
詐欺結社の解体工事はこれにて無事完了。
俺たちの最強で騒がしい日常(現場)は、明日からもまた、完璧な工程表通りに続いていくのだ。




