EP 6
さよならトンさん。餃子の自己犠牲(自爆)
焼肉バイキングにおける制限時間90分コース。
魔導砂時計の砂は容赦なくこぼれ落ち、残り時間はついに四十分(折り返し地点)を切ろうとしていた。
「……網の温度(火力)が低下してきたな。店員、炭の追加(基礎補強)を頼む」
六番テーブル。
俺は、マイ・トングを片手に、真っ赤に燃える炭火のコンディションをミリ単位で調整していた。
網の上では、次々と投下される上カルビやハラミたちが、完璧なメイラード反応(焼き色)を起こし、ホープ・クローバーの面々の胃袋へとノータイムで吸い込まれ続けている。
「ひゃああっ♡ トリス君の焼いたお肉、焦げ一つなくて最高に美味しいよぉっ♡」
「こんキュラ〜! リスナーのみんな見て見て! この神がかった網の回転率! これが一級建築士の焼肉(タスク処理)だよっ☆」
キャルルが頬を押さえて身悶えし、キュララが自律浮遊カメラに向かってピースサインを決める。
俺の完璧な現場監督の下、俺たちのテーブルは全くペースを落とすことなく、タロキンの在庫(食材)を蹂躙し続けていた。
▽ ▽ ▽
「……ハァ、ハァ……。なんという恐ろしい奴らだ……」
一方、厨房の冷蔵ショーケースの中。
タロキン防衛軍の指揮官・トンデモナイトは、モニター越しに伝わってくる絶望的な戦況に、脂汗を滝のように流していた。
先鋒のタンシオ部隊は秒殺。
生ビールとカレーライスによる胃袋膨張作戦も、あの『貧乏神』のブラックホールによって無に帰した。
頼みの綱だった暗殺者はヤンデレの顎力に粉砕され、特攻をかけた飲茶部隊に至っては、熱湯爆弾を破裂させる暇すらなく丸飲みにされた。
「トンさん……! もう私たちの負けよ……。このままじゃ、ショーケースの中のお肉たち、全部あいつらに食べられちゃうわ……っ!」
「諦めるな、ハラミ姫! 我らタロキン防衛軍の誇りは、まだ……っ!」
トンデモナイトが牙を剥いた、その時だった。
「……お待たせいたしましたー! 焼き餃子五人前でーす!」
モニター越しに、六番テーブルへ一つの皿が運ばれていくのが見えた。
そこに乗っていたのは、薄く儚い純白の皮に包まれた、小柄な戦士。
タロキン防衛軍・サイドメニューの伏兵――『餃子』である。
「ギ、餃子……! バカな、お前、まさか本当にやる気か!?」
トンデモナイトがモニターにすがりついて絶叫する。
餃子の狙い。それは、ただ美味しく食べられることではない。自らの薄い皮を、最も火力の強い網の中央に『意図的に焼き付け(自爆)』、絶対に剥がれない最悪の焦げ跡を残すこと。
網が焦げ付き、交換作業が発生すれば、奴らのペースを数分間完全に止めることができる。
だが、それは食材としての『死』を意味していた。
「(……トンさん。今まで、いっぱい優しくしてくれて、ありがとう)」
皿の上に乗った餃子が、モニター越しのトンデモナイトに向けて、静かに微笑んだ。
「(僕の皮と肉汁を網に癒着させて、炭になるまで焦がせば……あの現場監督の完璧な網(現場)を、最悪の不良施工現場に変えることができる。……僕の命と引き換えに、ハラミ姫を守るための時間を稼ぐよ)」
「やめろぉぉぉっ! 餃子ァァッ! そんなことをすれば、お前はもう二度と、誰の笑顔も作れない『ただの消し炭』になっちまうんだぞぉぉぉっ!」
トンデモナイトが、ショーケースのガラスをバンバンと叩いて泣き叫ぶ。
だが、餃子の決意は揺るがなかった。
「おっ、餃子ッスね! 網の端っこでカリッと焼くと美味いんッスよ!」
ユートが、トングで餃子を摘み上げ、網の方へと運んでいく。
その瞬間。
「(……今だっ!!)」
餃子は、ユートのトングから自ら身をよじって滑り落ち、網の端ではなく、最も火力の強い『網のど真ん中』へとダイブした。
ジウゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!
強烈な炭火の熱が、餃子の薄い皮を瞬時に焼き上げる。
「(さあ、燃えろ……! 僕の皮よ、破けろ! 内部の肉汁とデンプンを網の鉄線に絡みつかせ、絶対に剥がれない『最悪の接着剤』となるんだ!)」
自らの身を焦がし、網と一体化していく餃子。
薄い皮が破け、ジュワァァッ!と大量の肉汁が網に溢れ出し、焦げ臭い煙が立ち上る。
「あっ!? ちょっとユート! 餃子が網のど真ん中に落ちちゃったじゃない! 皮が破けて、網にくっついてるわよ!」
「あわわっ! す、すんません! 急いで剥がすッス!」
ルチアナが悲鳴を上げ、ユートが慌ててトングで餃子を引っ張ろうとする。
「(……無駄だよ。もう僕と網は、分子レベルで結合(癒着)している! 今無理に引っ張れば、僕の体は完全に崩壊し、網の上には最悪の焦げ跡だけが残る! さあ、網交換という絶望を味わうがいい!)」
勝利を確信し、炎の中で微笑む餃子。
「(さよなら、トンさん……。死なないでね……)」
「餃子ァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
厨房で、トンデモナイトの血を吐くような絶叫が木魂した。
一人の小さな戦士の、気高くも悲しい自己犠牲(自爆)。
その尊い犠牲によって、タロキン防衛軍はついに、最強の現場監督の網に『修復不能なダメージ』を与えることに成功した――かに見えた。
「……おい、ユート」
ガシッ。
無理やり餃子を引っ張ろうとしていたユートの腕を、俺の左手がガッチリと掴んで制止した。
「ト、トリス? でも、早く剥がさないと網が真っ黒に……!」
「素人が無理に型枠(皮)を外そうとするな。……そんなことをすれば、コンクリート(肉だね)が崩れて、使い物にならなくなるだろうが」
俺は、タバコを携帯灰皿に捨て、静かに息を吐いた。
そして、右手で握っていたマイ・トングをクルリと反転させ、先端ではなく『側面の平らな部分』を、まるで左官職人のコテ(ヘラ)のように握り直した。
「型枠(皮)と基礎(網)が癒着したのなら。……物理的な『剥離剤(油分)』の計算と、テコの原理(力学)を使って、ミリ単位で引き剥がすだけだ」
俺の眼光が、鋭い職人のそれに変わる。
【建築工房】による、物質構造の完全スキャン。
「(……なっ!? なんだ、この男の目は……!?)」
網にへばりついていた餃子が、俺の視線を受けてゾクッと震え上がった。
「網の温度、摂氏二百八十度。デンプンの糊化とタンパク質の熱凝固による癒着ポイントは、網の交差点の四箇所。……そこへ、肉から染み出した『豚脂』が流れる導線を作ってやる」
シュバッ!
俺のトングが、魔法のような速度で網の上を滑った。
無理に引っ張るのではなく。トングの側面を、網と餃子の皮の『1ミリの隙間』に滑り込ませ、焦げ付いた接点にだけピンポイントで衝撃を与えていく。
カンッ、カンッ、カンッ!
「(ひぃぃっ!? ぼ、僕の絶対的な接着(自爆)が……ミリ単位で、正確に剥がされていくぅっ!?)」
「豚脂が接点に行き渡ったな。……よし、型枠解体(剥離)だ」
クルッ。
俺がトングの先を軽く捻った、次の瞬間。
ペリォォォォォォンッ!!
「(――――え?)」
絶対に剥がれないはずだった餃子の皮が。
網に一欠片の焦げカスすら残すことなく、まるでシールを剥がすように綺麗に持ち上がり、そのまま空中で鮮やかに宙返り(フリップ)を決めた。
「完璧な『黄金色の焼き目(キツネ色)』だ。……おいリーザ、口を開けろ」
ジュワァァァッ!
完璧な焼き加減でコーティングされ、肉汁を限界まで閉じ込めた『最高の焼き餃子』が、トングから弾き出される。
「ふおおおおおっ! ナイスパスですのぉぉっ!」
アァァァァァァンッ!!
待ち構えていたリーザのブラックホール胃袋(大口)へと、美しい放物線を描いた餃子が、スポッとホールインワンを果たした。
「(……あ、あれ……? 僕の、自爆は……? 僕の、決死の……)」
モギュッ。ゴクンッ。
「ぷはぁーっ! 外はカリカリ、中はジューシー! 最高の焼き加減ですの! 炭水化物とお肉のハーモニー、これぞ至高の前菜ですのぉぉっ!」
リーザが、幸せそうに腹をポンポンと叩く。
「……よし、産廃の撤去完了だ。網にスラグ(焦げ)は一切残っていない。次からは余計なもん落とすなよ、ユート」
「オ、オオッス! すんません、トリスのトングさばき、マジで神懸かってるッス!」
俺の神業(左官技術)によって、餃子の決死の自己犠牲は、ただの『絶品の焼き餃子』として消費されるという、あまりにもあっけない最期を遂げたのである。
▽ ▽ ▽
「ギ、餃子ァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
厨房のショーケースの中。
モニターの前で、トンデモナイトは崩れ落ち、脂身の拳で床をガンガンと叩きながら号泣していた。
「あぁぁっ……! 無駄死にだ……! あいつの命を賭けた決死の自爆作戦が、あの現場監督のトングの前では、ただの『最高の焼き上がり』に変換されるだけだなんて……っ!」
どんな嫌がらせ(トラップ)も、最強の職人の前では『極上のエンタメ(食事)』に書き換えられてしまう。
タロキン防衛軍の戦力は、もはや風前の灯火だった。
「トンさん……っ! もうダメ……! 私、あいつらに食べられちゃうぅぅっ!」
恐怖に震え、泣き崩れるハラミ姫。
その涙を見たトンデモナイトは、ゆっくりと立ち上がり、自らの極厚の脂身(豚バラ肉)を震わせた。
「……泣くな、ハラミ姫。我々にはまだ、最後の奥の手(最終兵器)が残されている」
「えっ……?」
トンデモナイトの視線の先。
そこには、冷酷な光を放つ『デザート専用冷蔵庫』と。
そして、己の身を業火に変える覚悟を決めた、脂まみれの重装甲部隊の姿があった。
「デザート部隊による血糖値の急上昇(別腹攻撃)。そして、我ら脂身(カルビ&豚バラ)による、網の『大炎上』作戦……。姫様、必ずや貴女を守り抜いてみせますぞ!」
残り時間、三十分。
タロキン防衛軍の最後にして最大の波状攻撃が、最強のパーティーに向けて放たれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




