EP 8
祝・勘当! 自由への設計図と、崩壊確定のクソ物件からの退去
ルナミス学園の正門前。
春の陽気に包まれ、桜に似た薄紅色の花が舞い散る中、俺は手にした卒業証書の筒をポンポンと肩で叩いていた。
「……長かった工期(学園生活)も、今日でようやく終わりか」
十六歳。
前世で言えば高校生くらいの年齢だが、このアナステシア世界では十六歳で立派な「成人」として扱われる。
俺の六年間の学業成績は、完璧なまでに『赤点ギリギリの底辺』をキープし続けた。
目立たず、期待されず、誰の記憶にも残らないモブ生徒。その裏で、毎晩のように学園を抜け出してダンジョンに潜り、魔物の素材と実戦経験をストックし続けた六年間。
卒業式を終えた生徒たちが、涙を流して抱き合ったり、将来の飛躍を誓い合ったりしている中、俺は誰とも言葉を交わすことなく、さっさと迎えの馬車に乗り込んだ。
向かう先は、実家であるルシファン伯爵邸だ。
馬車が領地に入り、ガタガタと揺れる街道を進む。
窓から外を眺めると、領民たちが畑を耕し、穏やかな生活を送っている風景が見えた。
(……うん。俺が三年前の夏休みにコッソリ地盤改良しておいた用水路、まだちゃんと機能してるな。ただ、魔力コーティングの寿命がそろそろ切れる頃合いだ)
誰も知らない事実だが、俺はこの六年間、学園の長期休みのたびに実家に帰り、深夜にこっそりと領地のインフラ整備をこなしていた。
氾濫寸前だったルシファン川の堤防を【建築工房】の土木技術で補強し、崩落の危険があった街道の石橋にトラス構造の鉄筋を仕込み、領地を覆う魔物よけの結界石のヒビを俺の魔力でパテ埋めした。
すべては、愛する母マリアが住むこの領地が、魔物や災害で滅びないようにするための『無償のボランティア(持ち出し工事)』だった。
やがて馬車は、見慣れた古臭い伯爵邸に到着した。
屋敷の玄関を開けると、重苦しい空気が漂っていた。使用人たちの視線は冷たく、まるで厄介者が帰ってきたと言わんばかりだ。
「旦那様がお待ちです。応接室へ」
執事に案内され、扉を開ける。
そこには、六年前からさらに老け込み、眉間のシワが深くなった父モーリと、立派な騎士服に身を包んだ二人の兄。そして、隅の方で不安そうに手を握りしめている母マリアの姿があった。
「戻りました、父上」
俺が淡々と頭を下げると、親父はドサッと分厚い書類をテーブルに叩きつけた。俺の六年間の成績表だ。
「トリス。貴様、この惨憺たる成績はなんだ! ルナミス学園を最低ランクで卒業するなど、ルシファン家の歴史に泥を塗るにも程があるわ!」
親父の怒鳴り声が響く。
長男が鼻で笑い、次男がやれやれと肩をすくめた。
「父上、怒るだけ無駄ですよ。所詮は平民の血。土方スキルしか持たない落ちこぼれに、貴族の学問など理解できるはずがありません」
「まったくだ。侯爵家への土下座事件からこっち、こいつのせいで我が家がどれだけ肩身の狭い思いをしてきたことか」
兄たちの心無い言葉に、母マリアが「やめてください!」と悲鳴のような声を上げるが、親父はそれを冷酷に制した。
「黙れマリア! 甘やかすからこうなったのだ!」
親父は立ち上がり、俺を見下ろして傲慢に言い放った。
「トリス。本来なら、貴様のような無能でも、どこかの商家の娘と政略結婚させて結納金でも毟り取ってやろうと考えていた。だが、この成績と悪評では、それすらも不可能だ」
「…………」
「我がルシファン領は今、過去最高の豊作と安定を迎えている。氾濫ばかりだった川は治まり、街道の流通もスムーズになり、魔物の被害も激減した。私が通信講座で学び、導入した『最新の経済政策』の賜物だ! 我が家は今まさに、飛躍の時を迎えているのだ!」
親父が誇らしげに胸を張る。
その言葉を聞いて、俺は内心で腹を抱えて爆笑しそうになるのを必死に堪えていた。
(ちげーよ! 川が氾濫しないのは俺が堤防のコンクリートの配合を最適化したからだし、流通がスムーズなのは俺が崩れかけの橋をこっそり改修したからだ! 親父の机上の空論(経済政策)なんか、インフラが整ってなきゃ一ミリも機能しねえんだよ!)
建物の基礎が腐っているのに、内装だけ高級な家具を並べて「俺のセンスが素晴らしいから家が立派になった」と勘違いしている素人施主。
それが、目の前にいる俺の父親の正体だった。
「もはや我が家に、貴様のような底辺を養う余裕も義理もない。よって、本日をもって貴様をルシファン家から追放する! 名乗る姓は奪い、金輪際、この屋敷の敷居を跨ぐことは許さん! ――即ち、勘当だ!!」
親父の決定的な一言が、応接室に響き渡った。
「あなた! そんな……トリスはまだ十六歳になったばかりですよ! たった一人で放り出すなんて……!」
母マリアが泣き崩れ、親父の足元にすがりつく。
だが、親父は冷たく母を振り払った。
俺は静かに歩み寄り、泣きじゃくる母の肩を優しく抱き起こした。
「大丈夫だよ、母さん。泣かないで」
俺の顔を見た母は、ハッと息を呑んだ。
勘当を言い渡された息子の顔には、絶望も、悲しみも、怒りすら微塵もなかったからだ。
あるのは、縛り付けられていた重い足枷が外れた、清々しいほどの『歓喜の笑み』だった。
「ち、父上……! 今まで、大変お世話になりましたッ!」
俺は親父に向かって、満面の笑みで、深々と……かつ、関節に一切の負担をかけない完璧な四十五度の礼(お辞儀)をした。
「なっ……き、貴様、自分が何を言われたか分かっているのか!? 路頭に迷うのだぞ!」
悲壮感を期待していた親父は、俺のあまりにも明るい態度に気味悪さを感じたのか、狼狽えて後ずさった。
分かっているとも。最高じゃないか。
これで俺は、貴族の義務からも、理不尽な親父の命令からも完全に解放された。正真正銘のフリーランス(自由業)だ。
それに、親父は全く気づいていないのだ。
俺がこの家から出撃(退去)するということは、俺がこれまで行ってきた『領地のインフラの無償メンテナンス契約』が、本日をもって正式に解除されるということを。
(俺の魔力でギリギリ持たせていた堤防も、街道の橋も、結界石も。メンテナンス(俺)がいなくなれば、あと数ヶ月……いや、次の大雨で完全に崩壊する。お前らが胡座をかいているその「安定」は、俺が裏で汗水流して支えていた仮組みの足場に過ぎないんだよ)
維持管理の重要性を理解していない施主の末路は、いつだって「突然の倒壊」と決まっている。
数ヶ月後、領地のインフラが連鎖的に崩壊し、莫大な負債を抱えて親父や兄たちが顔面蒼白になる姿が目に浮かぶようだ。
ざまぁみろ、とは言わない。ただの自業自得だ。
「それじゃ、俺は行きます。母さん、ちょっと耳貸して」
俺は呆然とする親父たちを無視し、母の耳元に口を寄せた。
「俺、これから最高の『自分の家(城)』を建てるよ。手すりもスロープも完備した、誰にも脅かされない無敵の拠点をね。……基礎工事が固まったら、必ず母さんを迎えにくる。それまで、あの魔法ポーチにこっそり入れておいたヘソクリで、何かあったらすぐに逃げられる準備をしておいてくれ」
「……トリス……」
母の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
それは悲しみの涙ではなかった。俺の目に宿る強烈な『自信』と『野心』を読み取り、愛する息子の巣立ちを祝福する、安堵の涙だった。
母は俺の頬を両手で包み込み、小さく、しかし力強く頷いた。
「ええ……待っているわ。私の、誇り高き息子」
親父や兄たちが「何をコソコソ話している!」と喚く声を背に、俺はくるりと踵を返した。
応接室の扉を開け、玄関を抜け、屋敷の重厚な門を潜る。
外に出ると、抜けるような青空が広がっていた。
春の風が、俺の短い髪を揺らす。
「ははっ……あー、せいせいした!!」
俺は両腕を大きく天に突き上げ、思い切り背伸びをした。
肩の荷が下りたどころの話ではない。全身の細胞が、これからの自由な設計(人生)に歓喜して踊り狂っている。
腰の魔法ポーチには、六年間で溜め込んだ魔物の素材、ファエル爺さんから貰った業物の弓と刀、そして俺が手作りした睡眠矢や爆薬、野営セットなどのサバイバル資材がギッシリと詰まっている。
そして何より、俺の頭の中には『現代建築の知識』と、それを具現化する規格外のスキル【建築工房】がある。
ステータスは、剣術B、弓術A、体術B、闘気B、魔法A。
そして――『悪知恵S』。
「よし。まずは開業届(ギルド登録)を出して、当面の運転資金(クエスト報酬)を稼ぐとしようか」
俺が向かうべき場所は一つ。
荒くれ者たちが集い、実力と信用だけが物を言う世界。王都の中心にそびえ立つ『冒険者ギルド』だ。
一級建築士(元社畜)であり、勘当された底辺の三男坊・トリス。
俺の本当の異世界施工ライフ(冒険)が、今、最高の青空の下で幕を開けた。
読んでいただきありがとうございます。
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