EP 7
学園生活の裏側。タローマンジャージの暗躍と、フリーランス建築士の素材調達
侯爵家とのトラブルを経て、俺の「ルナミス学園」での生活は、ある意味で完全に固定化された。
すなわち、『誰からも相手にされない底辺のモブ』という立ち位置である。
「おい、土方が歩いてるぞ。道が汚れるから端を歩けよ」
「侯爵閣下に土下座して命乞いしたらしいぜ。さすがは平民の娼婦のガキだ」
廊下を歩けば露骨な嘲笑が飛び交い、机には毎日のように小馬鹿にした落書きが彫られ、時には上履きに画鋲(あるいはそれに似た棘のある魔物の素材)が仕込まれていることもあった。
主犯はガレスの取り巻きたちだ。ガレス本人は両手足の複雑骨折で長期休学を余儀なくされており、その鬱憤を子分たちが俺にぶつけてきているのだ。
だが、そんな陰湿ないじめに対する俺の反応は、常に「無」だった。
(……前世のブラック設計事務所に比べれば、そよ風にも劣るな)
画鋲が仕込まれていれば【建築工房】で一瞬にして鉄の塊に『リフォーム』して靴底の補強材にし、机の落書きはヤスリがけの要領で表面をコンマ一ミリ削り取って新品同様に戻す。
すれ違いざまに足を引っかけられようものなら、エルフ直伝の歩法で完璧に回避し、逆に相手の重心を狂わせて自爆させる。
前世で、深夜二時に泥酔したクレーマー施主から「壁紙の色が気に入らないから今すぐ全部張り替えろ!」と電話口で三時間怒鳴り散らされた経験に比べれば、十歳の子供の嫌がらせなど、幼稚園児のお遊戯以下のストレス(荷重)でしかなかった。
学業の成績に関しても、俺は徹底的な『工程管理』を行っていた。
目立てば面倒なタスクが降ってくるため、座学も実技も「赤点をギリギリ回避できるライン」を正確に計算して点数を調整した。手抜きではない。最小のコストで『進級』という成果(納品)を満たす、完璧なリソース管理だ。
表向きは、無気力で成績底辺の三男坊。
しかし、俺の『本番(フリーランスとしての業務)』は、日が沈み、学生寮が寝静まった深夜にこそ行われていた。
▽ ▽ ▽
深夜二時。
ルームメイト(といっても俺を嫌って口もきかない貴族の三男だが)の熟睡を確認した俺は、音もなくベッドから抜け出した。
クローゼットから取り出したのは、漆黒のジャージ上下と、動きやすいスニーカー。
帝国の巨大ホームセンター『タローマン』の作業着コーナーで売られている、上下セットで銀貨一枚(約千円)という激安の庶民服だ。
だが、ただのジャージではない。俺はこれを自分用に『改築』していた。
「防刃・防魔テスト、異常なし」
ジャージの裏地には、心臓、肺、頸動脈、大腿動脈といった『急所(構造的弱点)』をピンポイントで覆うように、薄く軽量化された鋼のプレートが縫い込まれている。
全身を重い金属鎧で覆うのは、機動力を殺す愚策だ。致死ダメージに直結する支点さえ守り抜けば、あとは回避すればいい。徹底的な合理主義と、エルフの回避術を前提とした「軽量高機動・急所防衛特化」のラフ装備。
見た目はただの深夜のコンビニに行くニートだが、その実態は洗練された暗殺者のそれに近い。
俺は部屋の窓枠に手を触れる。
【建築工房】を発動し、窓のロック機構を一瞬で『解体』。外へ出た直後に再び『構築』して鍵をかける。魔法による警報装置も、魔力の流れ(配線)をバイパスさせて完全に無効化。
俺にとって、この学園のセキュリティ設備など、設計図が丸見えの欠陥住宅も同然だった。
闇に紛れ、学園の敷地を抜け出した俺が向かったのは、王都の郊外に広がる『初心者向けダンジョン』、通称・地下採石洞窟だ。
学園の生徒も実技訓練で立ち入る場所だが、俺の目的は単位稼ぎでも、正義の魔物討伐でもない。
将来の独立(マイホーム建築)と、来るべきサバイバルに備えた『資材調達』である。
「さて、今日の仕入れ(ターゲット)は……『アイアン・ボア(鉄猪)』の群れか」
洞窟の第二層。
俺の嗅覚と聴覚が、暗闇の奥から迫る複数の足音と、獣の臭いを捉えた。
アイアン・ボア。全身が硬い鉄の毛で覆われた、猪型の魔物だ。突進力は凄まじく、まともにぶつかれば下級騎士でも骨を折られる。
通常の冒険者なら、盾役が突進を受け止め、魔法使いが後方から援護するという正攻法をとるだろう。
だが、俺のステータスで最も突出しているのは、剣術でも魔法でもない。
母のドーピングと前世の社畜経験が融合して極まった、『悪知恵(Sランク)』である。
「正面からやり合うなんて、工数とリスクが見合ってない。現場は『安全第一』だ」
俺は足元の岩盤に両手を突いた。
脳内CADを展開し、洞窟の地形(図面)を書き換える。
「インスタント・ビルド(瞬間構築)」
ズゴゴゴォッ!
地響きと共に、通路の両側の岩壁が隆起し、アイアン・ボアの群れを誘導するための『V字型のすり鉢状の壁』が形成される。いわゆる、キルゾーン(殺戮地帯)の設計だ。
さらに、その誘導路の終点に、深い『落とし穴』を錬成。
穴の底には、俺がタローマンで買い集め、毒薬をたっぷりと塗りたくった『撒菱』と鉄串を敷き詰めておく。
「ブモォォォォォォッ!!」
血走った目をしたアイアン・ボアの群れ(五頭)が、俺を見つけて猛烈なスピードで突進してくる。
俺はV字の壁の奥、落とし穴のさらに後方に立ち、余裕の笑みで手を叩いた。
「さあ、いらっしゃい。ここから先は『立入禁止(立ち入りきんし)』の工事現場だぜ」
知能の低い魔物たちは、俺の作った誘導路に見事に吸い込まれ、一列になって突っ込んでくる。
そして、先頭の一頭が落とし穴の上に踏み入った瞬間。
俺は、穴を塞いでいた薄い岩の蓋を【建築工房】で一瞬にして『解体』した。
「ブギィッ!?」
足場を失った先頭の猪が、毒塗りの鉄串が待つ穴の底へ落下し、悲鳴を上げる。
後続の猪たちは急ブレーキをかけようとするが、自らの凄まじい突進力(慣性の法則)に逆らえるはずもなく、次々と前の猪に玉突き衝突を起こし、穴の中へ転落していく。
「ブモォォォォッ!」「ギィィィィッ!」
穴の底で串刺しになり、さらに毒が回って身動きが取れなくなった五頭の魔物たち。
これこそが、圧倒的な地の利と環境支配による『ノーダメージ・ノーリスク』の狩り。
「トドメの作業に入る」
俺は穴の縁に立ち、指先に極小の魔力を込めた。
構造計算で極限まで圧縮された炎の魔法弾。
「『フレイム・バレット(炎弾)』」
プスッ。
指先から放たれた小さな赤い光が、穴の底で密集する猪の眉間に正確に吸い込まれ――内部で爆発的に熱膨張を引き起こし、頭蓋骨を吹き飛ばした。
残りの四頭も、同様に一撃で処理する。
戦闘時間、わずか三十秒。消費魔力、ほぼゼロ。己の負傷リスク、ゼロ。
「よし、安全確認ヨシ。解体作業に移るか」
俺は穴に飛び降りると、愛用の解体ナイフを取り出し、手際よく魔物の素材を剥ぎ取っていく。
アイアン・ボアの鉄毛と骨は、将来建てるマイホームの『鉄筋コンクリートの基礎(補強材)』として最高の建材になる。
さらに、魔石は魔法陣の動力源や、爆弾の起爆剤(火薬代わり)として重宝する。肉は食料費の節約だ。
俺は剥ぎ取った素材を、腰の魔法ポーチに次々と放り込んでいった。
「……うん。今日のノルマは達成だな。だが、将来の独立に向けた資材のストックとしては、まだまだ足りない」
俺のポーチの中には、ファエル老人から貰った安物の弓や、自分で錬成した睡眠矢、爆薬、鍵付きロープといった泥臭いサバイバルキットが着々と増えつつあった。
これらは全て、俺が『十六歳』でこの学園を卒業し、ルシファン家から正式に勘当(独立)される日のための準備だ。
「あと六年……。長いようで短い工期だ。一日たりとも無駄にはできない」
血抜きを終えた洞窟の中で、俺はタローマンのジャージの袖で額の汗を拭った。
昼間は無能な貴族の落ちこぼれを演じ、夜は最強のフリーランス建築士(兼ハンター)としてダンジョンを徘徊する。
この二重生活は、俺の肉体と悪知恵を極限まで研ぎ澄ませていった。
そうして――俺が待ちに待った『自由への設計図』が承認される、十六歳の春がやってくる。
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