EP 8
哀と貧乏のテキサスクローバーホールド
ドッゴォォォォォォンッ!!
アバロン魔皇国、魔王城の最奥。
堅牢を誇るはずの玉座の間の巨大な両開き扉が、まるで安いベニヤ板のように粉々に吹き飛んだ。
「ひぃぃぃっ!?」
土煙が舞う中、逃げ道をトリス(一級建築士)のチタン合金南京錠で封鎖された魔王ラスティアは、バルコニーの窓際に追い詰められ、スウェットパジャマをガクガクと震わせていた。
「見つけたわよ……! 私たちの血と汗と涙の結晶(金貨十枚)をチューチュー吸い上げてた、極悪非道のボッタクリ魔王……!」
「よくも……よくも私から、タダ飯(カツ丼十杯)の機会と、一億円の夢を奪ってくれましたわね……っ!!」
もうもうと立ち込める粉塵の中から姿を現したのは、特売の芋ジャージを纏った二人の『取り立て屋』だった。
世界神ルチアナの瞳には、クレジットカードの請求日に怯える女の狂気が。
極貧アイドル人魚・リーザの背後には、飢餓と貧困が生み出した怨念の化身である巨大な【お賽銭箱型掃除機】が、ヴゥォォォォン! と唸りを上げながら顕現している。
「ま、待って! ルチアナ、リーザ! 話せば分かるわ! たかが十万円(金貨十枚)じゃない! 私が立て替えて返すから、なんなら今すぐルナミス・グリルのヒレステーキ弁当を出前で……!」
「遅いわよ! あんたがそのナメ腐ったスウェット姿でオタ活してる裏で、私たちがどれだけ泥水をすすってきたと思ってんのよぉぉっ!」
ルチアナが、ドスドスと床を鳴らしてラスティアににじり寄る。
「くっ……! 神と王族の分際で、十万円ぽっちで魔王に喧嘩を売る気!? いいわよ、やってやろうじゃないの! この玉座の間ごと、ブラックホールで亜空間のチリにしてやるわぁぁっ!」
ラスティアがヤケクソになり、両手に極大の闇魔法を収束させる。
本来なら、次元の壁すら歪める超高密度の暗黒球。それが放たれれば、ポポロ・コーポの防音壁でもない限り、物理的に防ぐ手段はない。
だが、今のリーザの【貧乏神】のスキルは、ラスティアの放つ『セレブのオーラ』によって、かつてないほどのリミットブレイク(異常稼働)を起こしていた。
「哀と! 貧乏と! お腹ペコペコの苦しみ……今、晴らしますわああああああっ!!」
リーザが絶叫と共に、巨大なお賽銭箱型掃除機のノズルを、玉座の間に鎮座する『朝倉月人の純金製等身大フィギュア(一千万円)』と、ラスティアの持つ『魔導すまーとふぉん』へ向けて突きつけた。
「吸引力、限界突破ですのぉぉぉぉぉっ!!」
ズォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
掃除機から放たれたのは、風ではない。
それは、資本主義の概念そのものを根こそぎ奪い去る、絶対的な『貧困のブラックホール』だった。
「きゃあああああっ!? な、何これっ!? 私の闇魔法が……魔法が吸い込まれて……っ!」
ラスティアが両手に込めた暗黒球が、掃除機のノズルに向かってシュルルルルッ! とあっけなく吸い込まれ、ただのホコリとして消滅する。
だが、貧乏神の真の恐怖はそこからだった。
『――チャリーン♪』
ラスティアの魔導すまーとふぉんから、恐ろしい電子音が鳴り響く。
「え……?」
「あんたの裏口座の残高、電子マネー、隠し財産……一円残らず、全部吸い出してやりますのぉぉっ!」
ヴゥォォォォォン! という轟音と共に、スマホの画面に表示されていたラスティアの口座残高(数億円)の数字が、凄まじい勢いでカウントダウンを始めた。
99,999,999……
50,000,000……
10,000,000……
0(ゼロ)。
「ウソォォォォォォッ!? 私、私の……私の全財産がぁぁぁぁっ!?」
ラスティアが悲鳴を上げる中、リーザの掃除機はさらに非情なターゲットへと照準を合わせた。
「まだまだですの! 次はこれですのぉぉっ!」
「あっ!? や、やめて! それだけは……! 昨日届いたばっかりの、月人君のデビュー5周年記念・等身大純金製フィギュア(一千万円)だけはぁぁぁっ!!」
ズバババババババババッ!!!
ラスティアの制止も虚しく。
燦然と輝いていた一千万円の純金フィギュアが、掃除機の暴風によって足元からメッキが剥がれるようにバラバラに分解され、黄金の粒子となってお賽銭箱の中へ容赦なく吸い込まれていく。
オタク(魔王)にとっての命よりも重い御神体が、ただの換金アイテム(ゴミ)として貧乏神の胃袋へと直行した瞬間だった。
「あ、あぁぁ……月人君……私の月人君が……」
全財産と、最愛の推しのフィギュアを失い。
魔王ラスティアは、膝から崩れ落ち、パジャマ姿のまま床に両手をついて真っ白に燃え尽きた。
「……フン。隙だらけね」
その、完全に無防備になった背後へ。
芋ジャージの袖を限界まで捲り上げ、首をボキボキと鳴らした世界神・ルチアナが、悪魔のような笑みを浮かべて忍び寄った。
「おんどりゃあああああああああっ!!」
ドゴォォォォンッ!!
ルチアナが、無防備なラスティアの背中に強烈なドロップキックを叩き込んだ。
「ぐはぁっ!?」
顔面から大理石の床に突っ伏す魔王。
だが、ルチアナの怒り(借金取りの執念)は、ただの打撃では到底収まらなかった。
「あんたのその腐った性根(基礎)、物理的に矯正してやるわ!!」
ルチアナは、倒れ込んだラスティアの両脚をガシッと掴むと、彼女の膝の裏で自分の足を交差させ、そこから一気に腰を下ろして上半身をエビ反りに引き絞った。
――神と魔王による、掟破りの『テキサスクローバーホールド』である。
「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
太もも、膝の関節、そして脊髄。
ラスティアの全身の骨格から、メキメキメキッ! という、魔王城の崩壊音よりも恐ろしい音が響き渡る。
「ど、どう!? もやし炒め定食しか食ってない、貧乏神様の関節技の味は!? あんたが優雅にステーキ食ってる裏で、私がどんな思いでタローソンの塩むすびを齧ってたか……その体で思い知りなさいっ!!」
「い、痛い痛い痛いっ! 背骨が! 背骨が二つに折れるぅぅっ!!」
グググググッ……!
ルチアナがさらに腰を落とし、極限まで角度を深めていく。
天界の女神とは思えない、えげつないまでの完璧なフォーム。日頃のストレス(借金とワンオペ)が、プロレス技の完成度を異常なまでに高めていた。
「止めてえええっ! ギブギブ! 許してえええっ! ステーキでも寿司でも、なんでも奢るからぁぁっ! だから折らないでぇぇぇっ!!」
かつて世界を絶望の淵に陥れたアバロンの魔王が。
涙と鼻水を流しながら、大理石の床をバンバンとタップして命乞いをする。
まさに、魔皇国の威信が音を立てて崩れ去った瞬間だった。
「……見事なまでの『基礎崩壊』だな」
その地獄絵図が繰り広げられる玉座の間に。
俺は、タローマンジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりとした足取りで入室した。
背後には、ユートと、縄で縛り上げた詐欺師コンビ(火原と鮫島)が青ざめた顔で続いている。
「ト、トリス……! 助けて! ルチアナが、ルチアナがマジで殺しに来てるのぉぉっ!」
ルチアナのテキサスクローバーホールドに締め上げられながら、ラスティアが俺に助けを求める。
だが、俺は冷徹な現場監督の目で、その無様な姿をスキャンした。
「自業自得だ。……安全管理を怠り、下請け(円城寺)の不良施工(詐欺)を見て見ぬ振りをして、利益だけを中抜きする。……そういう腐ったゼネコン(魔王)は、一度骨組み(背骨)から完全に解体されなきゃ治らねえんだよ」
俺は、無慈悲に言い捨てると、懐からポポロ・コーヒーの入った水筒を取り出し、一口啜った。
「ルチアナ、リーザ。……その不良物件(魔王)の差し押さえ(制裁)は、その辺にしておけ。そいつは所詮、利益のおこぼれに群がっただけの『寄生虫』だ」
俺が顎で城の窓の外(はるか後方のVIPテント)をしゃくると、ルチアナがラスティアの足をドサッと手放し、汗を拭いながら立ち上がった。
「……ハァ、ハァ……。そうね。一番ムカつく黒幕(元請け)は、まだ外で安全圏から高みの見物をしてるんだものね」
「そうですの。魔王の全財産は吸い尽くしましたが……私から『一億円の夢』を騙し取った詐欺師には、キッチリ落とし前をつけてもらいますの!」
床に這いつくばってピクピクと痙攣している魔王を完全放置し、極貧コンビが再び『取り立て屋』の目をギラつかせる。
俺は、拘束している火原と鮫島の縄をグイッと引き寄せた。
「さあ、強制監査(ガサ入れ)の本番だ。……数万人の人間を『建材』として使い捨てた悪徳業者(円城寺)に、一級建築士直々の『解体工事の請求書』を叩きつけに行くぞ」
アバロン魔皇国の頂点(魔王)は、もやしと借金の恨みによってあっけなく沈んだ。
残るは、安全なテントでワインを揺らしている最悪の詐欺師のみ。
ホープ・クローバーによる、情け容赦のない『物理的・社会的ざまぁ』の最終工程が、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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