EP 6
魔王城の八百長プロレス。裏金とオタ活の代償
アバロン魔皇国、その中心にそびえ立つ漆黒の魔王城。
かつて数多の勇者たちに絶望を与え、大陸中の人間から『恐怖の象徴』として恐れられてきたその最奥の玉座の間は、現在、見るも無残な有様になっていた。
「キャァァァァァァァッ!! 月人くぅぅぅぅんっ!! 今のウインク、絶対に私に向かってやってくれたわよねぇぇぇっ!!」
重厚な魔導スクリーンに映し出されているのは、地球の超絶イケメンアイドル『朝倉月人』のドームツアー・ライブ映像(Blu-ray)。
その大画面の真ん前で、アバロン魔皇国の絶対君主である魔王ラスティア(永遠の十七歳)は、ダルダルのスウェットパジャマ姿のまま、両手に持ったピンク色のサイリウム(魔導ペンライト)を狂ったように振り回していた。
玉座の周りには、月人のポスターが所狭しと貼られ、高級メロロンの食べかすや、ルチアナから密輸した地球のポテトチップスの空き袋が散乱している。
「……魔王様。いい加減になさいませ。我が国の威厳が音を立てて崩壊しておりますよ」
その惨状を冷ややかな目で見下ろしながら、魔族穏健派の貴公子・ルーベンスが、ポポロシガーの紫煙を細く吐き出した。
彼は渋いスーツを着こなし、片手にはサケスキーのロックグラスを持っている。休日はポポロ村の場外馬券場(中継所)で油っこい炒飯を食うのが趣味のオヤジとはいえ、今のラスティアに比べれば百倍は魔族の幹部らしい風貌だった。
「うるさいわね、ルーベンス。今、月人君のMCのいいところなんだから邪魔しないでよ」
「邪魔をしているのはそちらの『ビジネスパートナー』の方です。……国境の監視網から報告が入りました。例のマルチ商法の詐欺師(円城寺)が率いる『数万人のカモの群れ(討伐隊)』が、当城の正門前に到達したとのことです」
ルーベンスの報告に、ラスティアは「あーあ」と面倒くさそうにサイリウムを下ろし、魔導スクリーンの映像を一時停止した。
「もう来たの? 円城寺クンが送ってきたカモ(ADP会員)ども。……まったく、人のオタ活のいいところを邪魔するなんて、空気読めない連中ね」
「空気が読めないのは彼らではありません。魔王である貴女が、あのような詐欺師と裏取引(ズブズブの関係)を結んでいるという事実が、我が国の安全保障上、大問題だと言っているのです」
ルーベンスが眉間を揉みながらため息をつく。
魔王ラスティアと、ADP代表の円城寺明。
表向きは『人類の脅威』と『それを討伐する有志のリーダー』だが、その裏側は完全に繋がっていた。
「仕方ないじゃない! ルチアナたち神様の給料(月給二十五万)じゃ、どう頑張っても月人君の福岡ドームツアー全日程VIP最前列チケットなんて買えないのよ!? 純金製フィギュア(一千万円)だって、お布施(推し活)の一環なんだから!」
ラスティアは、パジャマのまま玉座にどっかりと座り直した。
「円城寺クンは優秀な集金マシーンよ。あいつが『一億円(金貨一万枚)』って餌をぶら下げるだけで、バカな人間どもが勝手に参加費(十万円)を払って城に押し寄せてくる。……で、私が適当に威圧して、殺さない程度に重力魔法でペチッて弾き飛ばして帰してやる(プロレス興行)。
それだけで、集まった参加費の『三割』が、キックバックとして私の裏口座に振り込まれるんだから。こんなに美味しくて安全な錬金術、やめられるわけないでしょ♡」
「……そのヤラセ興行のせいで、城の前が定期的に荒らされて、庭師のゴブリンたちがストライキを起こしかけているのをお忘れなく」
「はいはい、後でボーナス出しとくわよ。……じゃ、サクッと『魔王のお仕事』、終わらせてきちゃいますか」
ラスティアは伸びをすると、虚空から漆黒の『魔王の外套』を取り出し、パジャマの上からバサリと羽織った。
下半身はスウェットのままだが、城のバルコニーから見下ろす分には上半身しか見えないため、完全に舐め腐った態度である。
▽ ▽ ▽
一方、その頃。
魔王城から約三キロ離れた、安全な後方地帯の小高い丘の上。
「素晴らしい……! 実に美しい光景です!」
白スーツにピンクのネクタイを締めた円城寺明は、設営された超豪華なVIPテントの中で、最高級のワインを揺らしながら歓喜に打ち震えていた。
彼の目の前の魔導モニターには、魔王城の巨大な城門に向かって、雄叫びを上げながら突撃していく数万人の『ADP会員』たちの姿が映し出されていた。
「行け! 行け、私の勇敢なる投資家たちよ! 君たちの流す血と汗が、私の口座残高をさらに潤してくれる!」
円城寺の隣には、ADPの幹部である『ダイヤモンド・リーダー』たちが、安全圏から高みの見物を決め込み、下位メンバーたちをメガホン(拡声魔法)で煽り立てている。
『いけーっ! 諦めるな! 夢を掴め!』
『ここで引いたら一生負け犬だぞ! 自己投資(参加費)の元を取るんだ!』
完全に狂気の地獄絵図である。
「……おい、火原、鮫島」
そのVIPテントから少し離れた、討伐隊の最後尾。
タローマンジャージのポケットに両手を突っ込んだ俺は、目の前で繰り広げられる惨状を、氷のように冷たい目で見据えていた。
俺の両手には、簀巻きにして引きずってきた詐欺師コンビの縄が握られている。
「ひぃっ、は、はい! なんでしょうか、大家様……っ!」
「お前らの元請け(円城寺)は、本気で頭が湧いてるらしいな」
俺は、数万人の冒険者たちが、ろくな攻城兵器も、補給部隊(兵站)も、指揮系統すら持たずに、ただ無秩序に魔王城へ突っ込んでいく姿を顎でしゃくった。
「あれを『討伐隊』だと? 笑わせるな。足場(足並み)の組まれていない高所作業。ヘルメット(防具)を持たない素人の突撃。事前調査を怠った無計画な進軍。
……あれはプロジェクト(事業)じゃない。ただの『人間を建材にした、無許可の不法投棄(ゴミ捨て)』だ」
「そ、そうです! 円城寺さんは、最初からあいつらが魔王にボコボコにされて帰ってくるのを計算してるんです! で、負けて悔しがってる奴らに『次こそは!』って追加料金を払わせるんですよぉ!」
鮫島が泣き叫びながら暴露する。
「トリス……俺、あいつら(円城寺)許せないッス」
俺の隣で、勇者ユートが拳をギリッと握りしめ、雷の闘気を漏らしていた。
純粋な彼にとって、夢や希望を盾にして人々を騙し、安全圏から笑っている円城寺のやり口は、真の勇者としての逆鱗に触れるものだった。
「待ちなさい、ユート君。あそこのVIPテントにいるツーブロックの詐欺師は、後で私たちが『テキサスクローバーホールド』でギブアップさせるから、手を出さないでちょうだい」
「そうですの! 私たちの金貨十枚を中抜きして、魔王にオタ活資金として流した罪……絶対に、お賽銭箱型掃除機で全財産吸い尽くしてやりますのぉぉっ!」
ルチアナとリーザが、完全に『復讐鬼(取り立て屋)』の顔になって指の関節を鳴らしている。
神と貧乏神の怒りの矛先は、円城寺のテントと、魔王城のバルコニーの両方に向けられていた。
「焦るな、お前ら。……悪質な違法建築は、末端から崩しても意味がない。一番調子に乗っている『基礎(黒幕)』から解体してやるのが、俺たち現場監督の流儀だ」
俺がポポロ・コーヒーの入った水筒を取り出し、静かに一口啜った、その時だった。
『――愚かなる人間どもよ。我が城に土足で踏み入るとは、身の程を知らぬにも程があるわ!』
ズゥゥゥゥゥゥンッ……!!
魔王城の上空に、突如として禍々しい暗雲が立ち込め、耳をつんざくような大音響(魔導拡声器)が響き渡った。
「で、出たぁぁっ! ま、魔王ラスティアだぁぁっ!」
「ひぃぃっ! す、すごい魔力だ……これが、本物の魔王……っ!」
魔王城の巨大なバルコニー。
そこに、漆黒の外套を翻し、圧倒的な威圧感(と、見えない下半身のスウェットパジャマ)を放つ魔王ラスティアが姿を現したのだ。
「フハハハハッ! 一億円(金貨一万枚)の夢に目が眩んだ羽虫どもめ! この私を討伐しようなどと、百年早いわ!」
ラスティアは、バルコニーの手すりに足を乗せ、数万人の討伐隊を見下ろして高笑いを上げた。
(あーあ、早く終わらせないと、月人君のライブBlu-rayのアンコール部分を見逃しちゃうわ。……よし、手加減して一発で終わらせよっと♡)
内心で完全に舐め腐ったオタ活のスケジュールを計算しながら、ラスティアは右手を天高く掲げた。
「平伏せよ、愚者ども! これがアバロンの魔王の力……次元を歪める漆黒の重力よ!!」
パチンッ!
ラスティアが、右手の指を軽やかに鳴らす。
その瞬間。
魔王城の前の広大な大地を、目に見えない超質量の『重力の波』が覆い尽くした。
ズッゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
「ぎゃあああああああああっ!?」
「ぐはぁっ!? か、体が……重いぃぃっ! 地面に、地面に押し潰されるぅぅっ!」
数万人の冒険者たちが、見えない巨大なプレス機で上から叩き潰されたように、一斉にバタバタと地面に這いつくばった。
ラスティアの放った超広域重力魔法『グラビティ・プレス』。
殺傷力こそ極限まで抑えられている(八百長のため)が、その圧倒的な制圧力は、低レベルの冒険者たちを無力化するには十分すぎる威力だった。
「素晴らしい! なんという絶望! ……さあ、皆の者! 今日はここまでだ! 退却せよ! 悔しさを胸に、次なる『第2期・超覚醒討伐隊』でリベンジを果たそう!!」
はるか後方のVIPテントから、円城寺がメガホンで嬉々として『敗戦(次回への集金)』の号令をかける。
這いつくばる数万人の冒険者たち。
高笑いする魔王ラスティア。
グラスを傾ける詐欺師。
この茶番劇(ヤラセ興行)は、いつも通り、首謀者たちだけの完全勝利で幕を閉じるはずだった。
――ただ一箇所。
魔王の重力場のど真ん中で、全く意に介さず、タローマンジャージのポケットに両手を突っ込んだまま『平然と直立している男』の存在を除いては。
「……ふん。上からの過重に対する、地盤の反力(反発力)計算が甘すぎるな」
俺は、足元に【建築工房】による『魔導免震チタン合金基礎』を瞬時に錬成し、上空からの重力魔法を地脈へと完全に逃し(アースさせ)ていた。
俺の周囲一帯だけが、重力崩壊から完全に守られた『安全地帯』として確保されている。
そのため、俺のすぐ後ろにいたユート、ルチアナ、リーザも、誰一人として地面に倒れ伏すことなく、怒りに燃える瞳で魔王のバルコニーを睨み上げていた。
「……え?」
バルコニーの上から、その異常事態に気づいたラスティアが、ピタリと高笑いを止めた。
数万人が土下座している中で、堂々と立っているジャージ姿の男たち。
「あ、あれ……? なんで重力魔法が効いてない奴らがいるの? ……っていうか、あのジャージと無精髭……それに、あの芋ジャージの女たち……」
ラスティアの視力が、遥か彼方に立つ俺たちの顔を正確に捉え――彼女の顔から、スッと血の気が引いた。
「えっ? うそ、なんで……!? なんでポポロ村の大家(トリス君)と、ルチアナたちがここにいるのぉぉぉっ!?」
魔王の威厳の下に隠された、スウェットパジャマがブルブルと震え始める。
絶対にバレてはいけない『裏ビジネス(キックバック)』の現場に、最強のコンプライアンス監査官と、全財産を騙し取られた復讐鬼(ルチアナ&リーザ)が乗り込んできたのだ。
「……おい、魔王。随分と楽しそうな『八百長工事』をやってるじゃないか」
俺は、魔導拡声器など使わず、腹の底から響く地声で、バルコニーの魔王へ向けて静かに宣告した。
「安全基準違反(詐欺)。不法投棄(カモの使い捨て)。そして、俺の住人からの搾取。
……てめえら胴元の腐った基礎、俺が直々に『解体』してやる。覚悟しろ」
現場監督の死の宣告(監査通知)が、アバロン魔皇国に冷たく響き渡った。
クズトリオとセレブ魔王による最悪のポンジ・スキームは、ついにその化けの皮を剥がされ、物理とロジックによる情け容赦のないお仕置き(ざまぁ)のフェーズへと突入したのである。
読んでいただきありがとうございます。
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