EP 3
丸めた新聞紙と現場監督の説教(監査)。暴かれた『SSR』の欠陥構造
ポポロ村の村長宅、その日当たりの良い縁側。
俺は、タローマンジャージのポケットから『ルナミス新聞(朝刊)』を取り出し、ポポロ・コーヒーを啜りながら、大陸の経済面と資材価格の相場をチェックしていた。
今日も俺の現場(ポポロ村)は、平和で安全基準を満たしている。
――はずだったのだが。
「……あなや。あなや……。偉大なる次元の宝壺よ。どうか私に、月人君の純金フィギュアと、福岡ドームの最前列チケットを買えるだけの財力をもたらしたまえ……」
「お頼み申しますの……。石油王(太客)を寝取った手羽先天使をギャフンと言わせるための、回らないお寿司と極上ヒレステーキを……なにとぞ、なにとぞですの……」
縁側のすぐ横の庭先から、不気味な読経のような声が聞こえてきた。
新聞から目を下ろすと、そこには特売の芋ジャージを着た二人の不審者――世界神ルチアナと、極貧アイドル人魚のリーザが、地面に置いた『薄汚い素焼きの壺』に向かって、真剣な顔で土下座(礼拝)を繰り返していた。
「…………」
俺は、無言のまま新聞紙をパサリと畳み、筒状に丸めて立ち上がった。
「おい、駄女神と貧乏神」
「ひゃんっ!?」
「あうっ!? な、なんですの!?」
俺が声をかけると、二人はビクッと肩を跳ねさせ、泥棒猫のようにこちらを振り返った。
「朝っぱらから俺の現場(敷地内)で、怪しい新興宗教の儀式を執り行うな。近隣住民から苦情が来るだろうが。……で、なんだその小汚い泥の塊は」
「ど、泥の塊とは失礼ね! トリス、あんたにはこの『オーラ』が見えないの!? これは昨日、私たちが全財産をはたいて(借金して)手に入れた、SSR(神話級)のアーティファクト『開運・次元の宝壺』よ!」
ルチアナが、素焼きの壺を愛おしそうに抱き抱えてドヤ顔を作る。
「そうですの! これを置いておくだけで、周囲の運気や富を全部吸い寄せてくれるんですの! その証拠に、これを見てくださいの!」
リーザが壺を指差すと、俺の視界にもアナスタシア世界特有の『ステータスウィンドウ』が浮かび上がった。
そこには確かに、黄金色の文字で【レアリティ:SSR(神話級)】【市場推定価格:金貨10,000枚】といった、仰々しいテキストが表示されている。
「ほらね! システム(鑑定)が保証してる本物よ! これを売ってくれた親切な商人のお兄さんたちが、特別に『金貨十枚』で譲ってくれたんだから!」
「……ほう。金貨一万枚の代物を、十枚で。で、その十枚はどうやって工面したんだ」
「もちろん、そのお兄さんが紹介してくれた親切な金融業者から借りたわ! 利息はトイチ(十日で一割)だけど、今日にでも一億円稼げるんだから、実質タダみたいなものよ!」
ふんすっ!と鼻息を荒くして胸を張るルチアナとリーザ。
俺は、丸めたルナミス新聞を右手に持ち、ゆっくりと深呼吸をした。
そして。
ポカッ! ポカッ!
「いったぁいっ!?」
「あいたっ!? な、何をするんですのトリス様!」
俺は、情弱コンビの頭を、丸めた新聞紙で容赦なくスナップを効かせて引ばたいた。
「てめえら……神と王族の分際で、金融リテラシーがゴブリン以下か。トイチ(年利365%超)の闇金に手を出した挙句、こんな原価ゼロの不良建材を掴まされやがって」
「なっ、不良建材!? バカ言わないでよ、ちゃんとSSRって表示が出てるじゃない!」
「ステータス画面の『文字』しか見えないから、情弱にされるんだ」
俺はため息をつきながら、ルチアナが抱えている壺を片手でひったくった。
そして、現場監督としてのプロの眼光――【建築工房】による構造・材質解析を起動した。
「いいか、よく聞け。……この壺の材質は、その辺の河川敷で採取した『ただの泥』だ。焼成温度はせいぜい五百度。陶器として最低限必要な分子結合(ガラス化)すら起きていない、ただ乾かしただけの土の塊だ」
「えっ……?」
俺が壺の表面を指で軽く弾く。
カンッ、という澄んだ音ではなく、ボフッというくぐもった鈍い音が鳴る。
「それに、内側の形状を見ろ。ロクロを回した痕跡がなく、魔力で無理やり形を『模写』したような不自然な歪みがある。構造力学的に、少しでも衝撃を与えれば一瞬で崩壊する欠陥品だ。……こんなものに神話級の魔力が宿るはずがない」
パキッ……。
俺が少しだけ指に力を込めた瞬間。
SSRの神話級アイテム(のはずの壺)は、ビスケットのようにあっけなく崩れ去り、ただの泥の破片となって縁側にバラバラと散らばった。
「ああっ!? わ、私たちの、一億円の壺がぁぁぁっ!!」
「トリス様のバカぁぁぁっ! 神話級アイテムを壊すなんて、なんという罰当たりですのぉぉっ!」
泣き叫んで俺にポカポカと抗議のパンチを放ってくる二人。
だが、その直後だった。
フッ……。
空中に浮かんでいた黄金のステータスウィンドウ(SSRの文字)が、砂嵐のようにノイズを起こし、パチンッ! と弾けて消滅した。
代わりに表示されたのは、無機質な灰色の文字だった。
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【アイテム名】粗悪な泥の残骸
【レアリティ】ゴミ
【市場推定価格】銅粒0枚
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「「――――え?」」
ルチアナとリーザの動きが、完全にピタリと止まった。
「見掛け倒しの『偽装ステータス(ホログラム)』の持続時間が切れたらしいな。……ご丁寧に、四十八時間程度の時限式になっていたようだぞ」
俺は、足元に散らばった泥の破片を新聞紙でサッサと掃き集めながら、冷酷な現実を突きつけた。
「SSRの表示は、ただの『偽装』。
そして、この壺自体は、本物の形だけを真似た『粗悪な劣化コピー』だ。
……つまりお前らは、詐欺師の口車に乗せられて、ただの泥の塊を『金貨十枚(十万円)』で買い、しかもそこに『トイチの借金』まで背負わされたってことだ」
「…………」
「…………」
数秒の沈黙の後。
「ぎゃあああああああああああああああっ!!?」
「だ、騙されたんですのぉぉぉぉっ!! 私の一億円が! お寿司が! 純金フィギュアがぁぁぁっ!!」
ポポロ村の朝の空に、全財産を失い、借金だけが残った女たちの絶望の悲鳴が響き渡った。
「う、うそよ……。金貨十枚なんて、私の給料の約半分……! その上、十日で一割の利息なんて、払えるわけないじゃないっ! ブラックリストに乗ったら、月人君のファンクラブの更新もできなくなっちゃうぅぅっ!」
「ひぐっ……! ただでさえもやし生活なのに、これじゃ一生タローソンの廃棄弁当の裏側にへばりついた米粒を舐めて生きていくことになりますのぉぉっ!」
縁側で抱き合いながら、この世の終わりだと言わんばかりに号泣する駄女神と極貧アイドル。
「……やれやれ。俺の現場の住人が、悪質な訪問販売(詐欺)に引っかかるとはな」
俺は、タローマンジャージのポケットからタバコを取り出し、火を点けた。
紫煙を吐き出しながら、俺の『現場監督』としての脳裏には、ひとつの明確な図面が組み上がっていた。
「ステータス画面という『システムの根幹』を偽装・改ざんする技術。
そして、素材の特性を無視して外見だけを複製する技術。
……性質の異なる二つの特殊能力だ。単独犯じゃない。完全に役割分担された『組織的な詐欺(欠陥建築)』の匂いがするな」
しかも、こんな辺境のポポロ村にまで足を伸ばしてカモを探しているということは、すでにルナミス帝国や他国で数え切れないほどの被害者を出しているに違いない。
「おい、ルチアナ、リーザ」
「ひぐっ……なによぉ……もう私たち、自己破産してマグローザ漁船に乗るしかないのよぉ……」
「トリス様……どうか、借金の肩代わりを……毎晩お肩揉みしますから……」
俺は、すがりついてくる二人の頭を、再び新聞紙でポカッ、ポカッと叩いた。
「勘違いするな。俺が怒っているのは、お前らの頭の悪さに対してだけじゃない。……俺が引いた図面(ポポロ村)の敷地内で、許可もなく勝手に『詐欺』という名の不良施工を働いた、名も知らぬ三流の素人業者に対してだ」
俺の言葉に、ルチアナとリーザがハッとして顔を上げる。
「一級建築士の現場で、悪質な手抜き工事(詐欺)は絶対に許さない。……その借金、チャラにするどころか、慰謝料(損害賠償)をたっぷり上乗せして回収してやる」
俺は、吸い終わったタバコを携帯灰皿にしまい、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「立て。……まずは、そのチンピラ業者(借金取り)が、ノコノコと『集金』にやって来るのを待つとしようか。……プロの現場監督による『強制監査』の準備だ」
ただの日常ギャグで終わるはずだった霊感商法騒動。
だが、この詐欺師たちは、手を出してはいけない相手――最強のコンプライアンス原理主義者の逆鱗に触れてしまったのだ。
全大陸を股にかける巨大詐欺結社『ADP』の、無慈悲な解体工事の幕開けが、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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