EP 2
甘い罠とトイチの闇金。開運の『次元壺』
ポポロ村のメインストリート。
魔王ラスティアの『フィレステーキ(超セレブ)の波動』に当てられ、居たたまれなくなってアパートを飛び出した世界神ルチアナと、極貧アイドル人魚のリーザ。
二人は、特売の芋ジャージをだらしなく着崩したまま、肩を落としてトボトボと村の裏通りを歩いていた。
「……あーあ。道端に金貨でも落ちてないかしら」
「ルチアナ様、ポポロ村の道はトリス様が完璧に舗装(施工)してしまったので、硬貨が落ちていてもすぐに自警団に見つかって交番に届けられてしまうんですの。……昔のガタガタの土の道なら、隙間に銀貨が挟まっていたりしたのに……」
リーザが、地面を這うような虚ろな視線でブツブツと呟く。
ポポロ村が豊かになり、インフラが整備されればされるほど、彼女のような『ポイ活・拾い食い層』にとっては逆に生きづらい世の中になってしまうという、残酷なパラドックスである。
「ねえ、リーザ。ラスティアの奴、絶対に何か『裏のシノギ』を持ってるわよね。月収二十五万の公務員(神)が、一千万円の純金フィギュアなんてポンと買えるわけないもの」
「間違いありませんの。きっと、何かボロ儲けできる『錬金術』の秘密を知っているんですの。……あぁ、私もその秘密を知って、石油王(太客)を寝取ったあの手羽先天使を見返してやりたいですのぉぉっ……!」
二人が、一攫千金を夢見て血走った目をギラつかせていると。
「――そこのお姉ちゃんたち。ずいぶんと『貧乏神』に取り憑かれてるような、ドン底のツラしてんなぁ」
裏通りの薄暗い路地裏から、しゃがれた男の声がかけられた。
「……は?」
「誰が貧乏神ですの!? 私は正真正銘、貧乏神のユニークスキル持ちですのよ!」(※自慢にならない)
二人が振り返ると、路地の入り口にゴザを敷き、怪しげなガラクタを並べている一人の男が座っていた。
頭には薄汚れたねじり鉢巻き。ドロドロに汚れたニッカポッカ(作業ズボン)を履き、無精髭を生やした四十代ほどの男だ。その首には、なぜかルナミス警察が重犯罪者に着ける『遠隔起爆式・魔導奴隷首輪』が巻かれているが、タオルを巻いて巧妙に隠している。
男の名は、火原 元。
犯罪組織『ナンバーズ』の末端であり、【劣化複写】のスキルを持つ悪徳転生者だ。
「へへっ。まあ警戒すんなって。俺はただの行商人さ。……お姉ちゃんたち、金に困ってんだろ? 隣の奴がステーキ食ってんのに、自分はもやし炒めで我慢してる……そんな惨めな生活から抜け出したくねえか?」
「っ……!? な、なんでそれを……!」
ルチアナが図星を突かれて息を呑む。
火原は、吸い殻をふかしながら、ニヤリと黄ばんだ歯を見せて笑った。
「俺には分かるのさ。どん底の人間が放つ『匂い』ってやつがな。……実はよ、今日はお姉ちゃんたちみたいに運に見放された奴を救うために、とびっきりの『お宝』を持ってきたんだわ」
火原がゴザの奥から、仰々しく布を取り払って見せたのは。
……どう見ても、その辺の土をこねて焼いただけの、歪でくすんだ色の『素焼きの壺』だった。
「……はぁ? 何よこれ。ただの薄汚い壺じゃない」
「そうですの。タローマートの園芸コーナーで銅貨三枚で売ってる植木鉢の方が、よっぽどマシな作りをしてますの」
さすがの世界神(腐っても神)と、海中国家の王女である。
火原の【劣化複写】によって作られた、中身スカスカの粗悪品であることくらい、直感で理解できた。
「おいおい、見た目で判断するなって。これはただの壺じゃねえ。『開運・魔除けの次元壺』だ」
火原が、芝居がかった手つきで壺を撫でる。
「これを玄関に置いておくだけで、周囲の魔力や運気を勝手に吸い込み、持ち主に莫大な富をもたらす。ダンジョンに潜ればドロップ率が300%アップし、宝くじを買えば一等が当たる。……どうだ? 隣で羽振りを利かせてるムカつく奴を見返してやれる、夢のアイテムだぜ?」
「ドロップ率300%アップ……!? それなら、落ちてる銀玉が全部金貨に……!?」
「宝くじ一等……! それなら、月人君のドームツアー最前列チケットなんて余裕で……!」
怪しい文句に、一瞬だけ心が揺らぐ極貧コンビ。
だが、ルチアナはハッと我に返り、首を横に振った。
「バカ言わないで。そんな上手い話があるわけないじゃない。だいたい、そんな凄いアイテムなら、あんたが自分で使って大金持ちになってるはずでしょ」
「そうだそうですの! こんな泥の塊に騙されるほど、私たちは落ちぶれてませんの!」
二人が背を向けて立ち去ろうとした、その時だった。
「――おや? こんな辺境の村に、凄まじい『オーラ』を放つアーティファクトがあると思ったら……まさか、こんな路地裏でお目にかかれるとは!」
わざとらしい大声と共に、路地の奥からもう一人の男が現れた。
テカテカと光る安物の青いダブルスーツに身を包み、金メッキの腕時計をひけらかすように腕まくりをした男。ポマードでベタベタに固めた髪型が、いかにも『胡散臭い情報商材屋』のテンプレを体現している。
鮫島 剛。
同じく犯罪組織の末端であり、火原と悪魔のタッグを組む【ステータス偽装】のスキル持ちだ。
「あなたは……?」
「おっと、名刺を切らしておりまして。私は王都で『サメジマ・アドベンチャー・サロン』という、成功者のためのコンサルティングを主宰しております、鮫島と申します。……いやはや、驚きました」
鮫島は、火原のゴザの上に置かれた『ただの素焼きの壺』を前に、わざとらしく膝をつき、震える手で眼鏡を押し上げた。
「私のユニークスキルは【絶対鑑定(※大嘘)】。世の中のあらゆるアイテムの真の価値を見抜くことができるのですが……この壺、とんでもない代物ですよ!」
「えっ? 絶対鑑定?」
ルチアナとリーザが、思わず足を止める。
「ええ! お嬢さん方、この壺の『真のステータス』が見えないのですか? ……仕方ありません、私のスキルで、あなた方の視界にもステータス画面を共有して差し上げましょう!」
鮫島が指を鳴らした瞬間。
ルチアナとリーザの目の前(空間)に、アナスタシア世界特有の『ステータスウィンドウ』がホログラムのように浮かび上がった。
そこには、黄金に輝く文字で、こう刻まれていた。
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【アイテム名】開運・次元の宝壺
【レアリティ】SSR(神話級)
【付与効果】
・金運誘引(EX):周囲の富を持ち主に集中させる。
・ドロップ率上昇(+300%)
【市場推定価格】金貨10,000枚(約一億円)
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「なっ……!?」
「エスエスアール!? 神話級ですのぉぉっ!?」
ルチアナとリーザの目が、限界まで見開かれた。
鮫島の【ステータス偽装】は、あくまで『文字表記だけを改ざんする』という見掛け倒しのスキルである。だが、ステータス画面という絶対的な「システム表記」を信じ切っているこの世界の住人(あるいは転生者)にとって、その文字列は『絶対の真実』として脳に刷り込まれてしまうのだ。
「信じられない……。こんな伝説級のアイテムが、どうしてこんな所に……!」
「お兄さん! 私、これ買います! いくら出せばいいんですの!?」
先ほどまでの警戒心はどこへやら、完全に強欲の顔になった極貧コンビが、火原に詰め寄る。
火原と鮫島は、視線を合わせてニヤリと『悪党の笑み』を交わした。
「へっ、お姉ちゃんたちお目が高い。……本来なら金貨一万枚の価値があるが、俺も早く店を畳んで酒を飲みに行きてえからな。特別大サービスだ。……『金貨十枚(十万円)』で譲ってやるよ」
「「金貨十枚!!?」」
一億円の価値があるものが、たったの十万円。
まさに破格。千載一遇のチャンス。
「か、買います! 絶対に買います! リーザ、あんた今いくら持ってる!?」
「えっと、芋ジャージのポケットに、銀貨三枚と、あとパチンコ屋で拾った銀玉が五個……」
「私なんて財布の中に銅貨五枚しかないわよ! ダメじゃない、全然足りないわ!」
ルチアナが頭を抱える。金貨十枚など、今の彼女たちにとっては天文学的な数字だ。
「あー……お金、ないんですかぁ。残念ですねぇ。それなら私が、研究用として金貨百枚で買い取らせていただきましょうかねぇ」
鮫島が、わざとらしく金貨の入った袋をジャラジャラと鳴らしてみせる。
「待って! 待って待って! 絶対に私たちが買いますから! 今すぐ稼いで……いや、どこかで借りてきますの!」
「おやおや。お嬢さん方、どうしてもこの『成功への切符』を手に入れたいのですね? ……その熱意に免じて、私が特別に融資して差し上げましょうか?」
鮫島が、懐からペラペラの『借用書(魔導契約書)』を取り出し、悪魔のように優しく微笑んだ。
「当サロンが提携している特別ファイナンスです。金貨十枚をその場でご融資します。……利息は『トイチ(十日で一割)』。ですが、この次元壺を手に入れれば、明日にでも金貨百枚、いや千枚稼げるんです。たかが一割の利息なんて、あってないようなものですよ?」
「……トイチ……」
地球の知識があるルチアナにとって、それが『ヤミ金の暴利』であることは分かっていた。
だが、目の前には【SSR(神話級)】のステータスウィンドウが燦然と輝いている。
そして脳裏をよぎるのは、優雅にヒレステーキを食べていたラスティアのドヤ顔。
「(……この壺さえあれば、あのクソ魔王を見返せる! 月人君の純金フィギュアも、最前列チケットも思いのままだわ! 明日には大金持ちになってるんだから、トイチの利息なんてすぐ返せるし!)」
貧困と嫉妬、そして偽装された『根拠のない全能感』。
ルチアナの前頭葉(リスク管理能力)は、すでに完全にショートしていた。
「……借りるわ! 金貨十枚、貸しなさい!」
「ルチアナ様! これで私たちも、セレブの仲間入りですのぉぉっ!」
鮫島から羽ペンを引ったくり、ルチアナは借用書に勢いよくサイン(女神の真名)を書き殴った。
そして、火原からポンッと金貨十枚を手渡され、それをそのまま火原に叩き返し、代わりに『ただの素焼きの壺(原価ゼロ)』を大事そうに抱き抱えた。
「やった……やったわリーザ! ついに神話級アイテムをゲットよ! さっそくアパートに帰って、玄関に飾って運気を吸い寄せましょ!」
「はいですのぉぉっ! 今日は記念に、もやし炒めに『豚コマ肉』を入れちゃいますのぉぉっ!」
狂喜乱舞しながら、スキップで裏通りを去っていく極貧コンビ。
その哀れな背中を見送った後。
「……ぎゃはははははっ!! 見たかよあのバカ女ども! ただの泥人形に金貨十枚(借金)も払いやがったぜ!!」
「クククッ……最高ですねぇ、火原さん。私の【ステータス偽装】とあなたの【劣化複写】のコンボ、まさに情弱狩りのマスターピースですよ。これでまた、円城寺さんへの上納金が達成できます」
路地裏に、火原のゲスな笑い声と、鮫島の陰湿な笑い声が響き渡る。
「まあ、俺の偽装は四十八時間で解けますからね。明後日にはあの壺のステータス表記は『ただの泥壺』に戻ります。……クレームをつけられる前に、さっさと次の町へ逃げましょうか」
「おうよ。金貨十枚の借金背負って泣き喚くツラが見れねえのは残念だがな。……さあ、撤収、撤収だ!」
二人の詐欺師は、ゴザを丸めて足早に裏通りから姿を消した。
だが、彼らは知らなかった。
カモにした相手が、単なる情弱の村娘ではなく、腐っても『天界の女神』と『海中国家の王女』であるということを。
そして何より――彼女たちが住んでいる『ポポロ・コーポ』には、あらゆる不良施工(詐欺)とコンプライアンス違反を絶対に許さない、極悪非道な【最強の一級建築士(現場監督)】が目を光らせているという事実を。
神々を巻き込んだ壮大な詐欺事件(ネズミ講)は、この薄汚い泥壺をきっかけとして、いよいよ最悪の解体工事へのカウントダウンを刻み始めたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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