第七章 格差社会の女子会部屋とネズミ講
格差社会の女子会部屋。極貧コンビと、謎のセレブ魔王
神々をも収容する、ポポロ村の最強インフラ『ポポロ・コーポ』。
そのB棟(女子寮)の1階に位置する103号室は、天界の威厳もへったくれもない、底辺女子たちの吹き溜まり――通称『女子会部屋』として機能していた。
「……はぁ。今日も今日とて、もやし炒め定食ね。……私の月給二十五万じゃ、月末はこれか、『タローソンの塩むすび』の二択しかないわ……」
部屋の中央にデデンと鎮座する、季節外れの魔導コタツ。
その天板の上で、特売の芋ジャージに身を包んだ世界神・ルチアナが、力なく割り箸を割っていた。
彼女の目の前には、タローマートで一袋『銅粒九枚(約九円)』で叩き売りされていた激安もやしを、塩とコショウだけで炒めただけの、絶望的に茶色いオカズが置かれている。
「贅沢言わないでくださいの、ルチアナ様。……私なんて、トップ配信者の手羽先天使に最大の太客だった『石油王さん』を寝取られてから、スーパーチャットの収入が完全にゼロなんですのよ……っ」
ルチアナの隣では、同じく色違いの芋ジャージを着た極貧地下アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサンが、血涙を流しながらもやしを咀嚼していた。
彼女の主食は本来「パンの耳」と「公園の雑草サラダ」である。もやしに火が通っていて、しかも塩味がついているだけで、リーザにとっては十分な『ご馳走』だった。
「だいたい、私の担当勇者がクソすぎるのがいけないのよ! あいつが炎上神ワイズの仕込みだったせいで、私のボーナス査定(PVインセンティブ)は完全にマイナスよ! エンジェルすまーとふぉんのクレジットカードの引き落とし日(限度額百万円)が迫ってるのに、口座残高が銀貨三枚しかないのよぉぉっ!」
ルチアナが、もやしをヤケ食いしながら、ピアニッシモ・メンソールを深く吸い込み、紫煙と共に世の不条理(主に金欠)への愚痴を吐き出す。
二人を包むのは、どうしようもない『貧困のオーラ』だった。
世界を創造する神と、海中国家の王女。本来なら最高位のヒエラルキーに属するはずの二人が、家賃三万円の木造アパートで、もやしのヒゲを数えながらその日暮らしをしている。
だが。
この103号室を支配しているのは、ただの『貧困』だけではなかった。
最も残酷なのは、そのすぐ横で展開されている圧倒的な『経済格差』である。
「ん〜っ♡ やっぱり、ロックバイソンの最高級ヒレ肉は最高ね! この『大蒜醤油草の赤ワインソース』が、お肉の旨味を極限まで引き出してるわ〜!」
ジュゥゥゥゥゥッ……!!
ルチアナたちの真横。
コタツの反対側に座っているアバロン魔皇国の絶対君主、魔王ラスティア(永遠の十七歳)の目の前には、魔導保温鉄板に乗せられた『極厚フィレステーキ定食』が鎮座していた。
分厚いステーキからは、食欲を暴力的に刺激するニンニクと焦げた醤油、そして高級赤ワインの芳醇な香りが立ち上っている。
付け合わせには、新鮮なレ足スのシャキシャキサラダと、甘みが凝縮されたハニーかぼちゃの冷製ポタージュ。さらに、食後にはルナミスデパートの地下でしか買えない高級メロロンのカットフルーツまで用意されていた。
「ゴクッ……」
「ぐきゅるるるるるるるっ……!!」
ルチアナが喉を鳴らし、リーザの【ブラックホール胃袋】が、暴動を起こすかのように凄まじい音を立てた。
「あ、あんた……」
ルチアナが、震える箸でもやしを掴んだまま、ラスティアを睨みつける。
「随分と羽振りが良いじゃない。それ、王都の超高級店『ルナミス・グリル』の最上級出前でしょ? 一食で金貨十枚(十万円)は下らないはずよ……」
「ええっ!? じゅ、十万円!? 私がルナミスマートの試食コーナーを三千周しても届かない金額ですのぉぉっ!」
リーザが白目を剥いて卒倒しかける。
魔皇国の頂点に立つ魔王とはいえ、ラスティアも普段は国庫のやり繰りに苦労しているはずだ。おまけに彼女は、地球の超絶イケメンアイドル『朝倉月人』の重度のオタク(ファンクラブ会員第一号)であり、稼いだ金の大半を推し活(お布施)に突っ込んでいるため、ルチアナ同様に万年金欠病を患っていたはずである。
「そう? 偶々(たまたま)よ♡」
ラスティアは、艶やかな黒髪をかき上げ、全く悪びれる様子もなく、フォークで突き刺したジューシーなヒレ肉をパクリと口に放り込んだ。
「んふふっ、美味しい〜♡ ルチアナも一口食べる? あ、ごめーん、魔族のトップたる私が、神様(貧乏人)に施しをするなんて失礼よね。もやし炒め、栄養あって健康的でいいじゃない♡」
「キィィィィィッ!! その余裕ぶった態度、絶対に何か裏があるわね! 国家予算でも横領したの!?」
「失礼ね! ちゃんとした『真っ当な副業』の利益よ! 最近、ちょっと手広く事業を展開しててね〜、その不労所得が入ってきただけだもん」
ラスティアが、ふふんと勝ち誇ったように笑う。
その時。
コタツの上に置かれていた、ラスティアの最新型魔導すまーとふぉんが、ピロリンッ♪ と軽快な通知音を鳴らした。
画面が光り、そこには地球のインターネット(通販サイト)からの『購入完了メール』のプレビューが、デカデカと表示されていた。
【ご注文確定のお知らせ】
『朝倉月人・デビュー5周年記念・等身大1/1スケール・純金製フィギュア』
決済金額:金貨1,000枚(約一千万円)――お支払いが完了しました。
「「――――は?」」
ルチアナとリーザの思考が、完全にフリーズした。
いっ、いっせん、まんえん。
もやし炒めを食っている真横で、ただのアイドルグッズ(純金製)に、家が一軒どころか城が建つレベルの金額が、キャッシュで一括決済されたのだ。
「あっ、いっけなーい♡ 見られちゃった?」
ラスティアが、わざとらしくペロッと舌を出してスマホを隠す。
「ふふふ……来月の月人君の福岡ドームツアー全日程VIP最前列チケットも無事に確保できたし、オタ活資金が潤沢だと心に余裕ができるわねぇ。やっぱ世の中、愛(推し活)はお金がないと成立しないのよ」
「おっ、お前……! その莫大な金、どうやって……!」
「教えてほしいですの!? 私にも、私にもその錬金術を教えるんですのぉぉぉっ!!」
ルチアナがコタツから身を乗り出し、リーザがラスティアの足にすがりついて号泣する。
貧困は、時に神や王女の尊厳すらも消し飛ばす。
「え〜? どうしよっかな〜? でも、これは私と『特別なパートナー』だけの極秘プロジェクト(スキーム)だからね。あんたたちみたいな情弱に教える義理はないかなっ♡」
ラスティアは、優雅に食後のメロロンを口に運びながら、ニヤニヤと笑い飛ばした。
「くっ……! 絶対に、絶対に許さないわよ! どうせまた、ろくでもない悪だくみで小銭(大金)を稼いでるに違いないわ!」
「ぐすっ……もやしが……もやしが塩っぱいですのぉぉっ……!」
部屋に充満する、ヒレステーキの極上の香りと、敗北者たちのむせび泣く声。
魔王ラスティアを突然の『超セレブ』へと変貌させた、謎の莫大な資金源(不労所得)。
その裏側で、地球のマルチ商法のカリスマ(円城寺)による最悪のポンジ・スキーム『アバロン・ドリーム・プロジェクト(ADP)』が、数万人の冒険者たちを破滅へと導いていることなど。
コタツで芋ジャージを着ているだけのルチアナとリーザに、知る由もなかった。
「……あーあ。なんか、すっごく虚しくなってきたわ。リーザ、もやしも食い終わったし、少し外の空気でも吸いに行かない?」
「……はいですの。ポポロ村の広場に行けば、鳩の餌やりおじさんがパン屑を撒いてる時間かもしれませんの……」
二人は、勝ち組のドヤ顔から逃げるように、ヨロヨロと立ち上がって女子会部屋を後にした。
そして、この「一攫千金を夢見る極貧状態」こそが。
クズトリオが仕掛ける『詐欺商法』の、最もカモにされやすい最悪の精神状態であるということに、二人はまだ気づいていなかったのである。
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