EP 10
太郎握りポポロ支店! 回る寿司と、騒がしい俺たちの食卓
天界の炎上神ワイズが放った最悪の生体兵器『死蟷螂』は、俺たちホープ・クローバーの連携(解体工事)によって完全に氷砕され、ポポロ村の広場には再び平穏な夜風が吹き抜けていた。
トップゴッドチューバー・キュララの放ったロケットランチャーの爆発も、リーザの【貧乏神】スキルによる見事な反射で上空の打ち上げ花火となり、結果的に村への被害は完全にゼロで収まった。
「……というわけで。本日の異常事態に対する深夜残業はこれにて終了だ。村の安全基準もクリアした」
俺は、タローマンジャージのポケットに手を突っ込み、ホッとしてへたり込んでいる村人たちや自警団へ向けて宣言した。
「みんな、怪我がなくて本当に良かったね! これにてポポロ村の防衛任務、コンプリートだよっ♡」
村長であるキャルルが、ウサギ耳を揺らしながら満面の笑顔で村人たちに手を振る。
「おおおっ……! キャルル村長、トリス長官! それに勇者様たち! 本当に、本当にありがとうございました!」
「あんたたちは村の……いや、この大陸の救世主だぁぁっ!」
歓喜に沸く村人たちを背に、俺は「腹が減ったな」と短く呟いた。
予定していたシチューの仕込みは、死蟷螂の襲来で完全にスケジュールが狂ってしまった。今から出汁を取って煮込んでいる時間はない。
「よし、お前ら。今日の打ち上げ(慰労会)だ。村のメインストリートに最近オープンした、あの『新しいインフラ』の視察も兼ねて行くぞ」
俺の言葉に、ユート、キャルル、そしてなぜか俺の背中に媚びを売るようにすり寄ってきたキュララとリーザが、一斉に目を輝かせた。
▽ ▽ ▽
ポポロ村の商業区画。
ルナキンやタローマートが立ち並ぶその一角に、ひときわ眩しい極彩色のネオンサインが夜の闇を照らしていた。
『鮮度抜群! 笑顔を運ぶ魔法のレーン! 【太郎握り】ポポロ支店』
ルナミス帝国を中心に、大陸全土へ爆発的な勢いでフランチャイズ展開を広げている、超巨大飲食チェーン。
かつての勇者『佐藤太郎(俺の前世)』が、下界の食文化に革命を起こすために考案し、遺していった最強の自動給仕システム――いわゆる『回転寿司』である。
「うおおおおっ! 回ってるッス! お寿司が、レールの上を勝手に流れてるッスよぉぉっ!!」
広々としたボックス席に案内されるなり、ユートが目を丸くしてレーンを指差した。
彼のような田舎の農村出身者にとって、魔導コンベアによって次々と運ばれてくる色鮮やかな寿司皿のパレードは、まさに魔法そのものだろう。
「ふふんっ! 田舎者はこれだから困るわね。……みんなー! 今日はなんと、お寿司屋さんからゲリラ生配信だよ〜っ♡」
キュララが、自律浮遊するドローンカメラ『パパラッチ君』を起動し、ボックス席の端で配信を再開した。
先ほどのロケラン暴発事故(放送事故)をあっさりと無かったことにし、図太くカメラに向かってアイドルスマイルを振りまく。月収二億円のトップインフルエンサーのメンタル構造は、ドワーフ鋼よりも硬いらしい。
「さっきはちょっとした機材トラブルがあったけど、気を取り直して! 今日は私からみんなへ、とびっきりの『大食い企画』をお届けしちゃいまーす! 狙うはもちろん、石油王(アラブの星)さんからの赤スパチャだよっ♡」
「……抜け駆けは許しませんの」
キュララの隣にドカッと座ったリーザが、血走った目でレーンを睨みつけていた。
特売の芋ジャージの袖を限界まで捲り上げ、割り箸を割る手つきは、完全に戦場に向かう修羅のそれである。
「私の太客(石油王)を奪った泥棒天使……今日こそ、私の【貧乏神】のブラックホール胃袋の前にひれ伏させてやりますの! 石油王さーん! 私もお寿司、限界まで食べますから、見ててくださいのぉぉぉっ!!」
リーザが、カメラの端に強引に見切れて絶叫する。
『うおおおお! 手羽先天使と芋ジャージのバトル再びwww』
『さっきのジャージのイケメンお兄さんも映して!!』
『石油王、どっちにスパチャ投げるんだ!?』
コメント欄が爆発的な速度で流れていく。
そして、画面の中央に、ひときわ目立つ『赤い枠』の高額スーパーチャットが投下された。
【アラブの星:一〇〇、〇〇〇円】
『二人とも最高に面白いよ! 今日は僕の奢りだ、お皿のタワーが天井に届くまで食べてくれ!』
「「キタァァァァァァァァッ!! 石油王の全奢り宣言ッ!!」」
トップゴッドチューバーと極貧地下アイドルの声が、奇跡的なユニゾンを奏でた。
二人の間に火花が散り、もはやゴングの音すら待たずに、凄まじい『胃袋の戦争』が開始された。
「いただきまーすっ♡ まずは大トロからいっちゃうよーっ!」
キュララが、レーンから一皿五百円の金色の皿を次々と奪い取り、小動物のような可愛らしい口で、しかし恐るべき速度で寿司を咀嚼していく。
「甘いですの! 私は金皿のエンガワとウニとイクラを五皿同時食いですのぉぉっ!」
対するリーザは、アイドルとしての愛嬌を完全に放棄していた。
両手で次々と皿を確保し、醤油を直接皿にぶっかけたかと思うと、掃除機のような吸引力で「ズゾゾゾゾッ!」と寿司を胃袋の四次元空間へと流し込んでいく。味わうという概念が消失した、ただのカロリー摂取マシーンだ。
「おい、貧乏魚! カメラの枠から出なさいよ! 私の顔が隠れるでしょ!」
「うるさいですの! お前こそ私の視界を遮るなですの! 炙りサーモンは私が全ツッパしますのぉぉっ!」
二人の周囲に、瞬く間に空の皿のタワーが建築されていく。
その光景は、もはや食事というより『フードファイトという名の殺し合い』だった。
「……あはは。あの二人、本当によく食べるね。でも、私たちはゆっくりお食事しよっか、トリス君♡」
騒がしい二人から少し離れた席で。
キャルルが、ほんのりと頬を染めながら、俺の方へ身を乗り出してきた。
彼女の箸には、脂の乗った最高級の『極上ブリ』が挟まれている。
「はい、トリス君。あーん……っ♡」
ヤンデレ月兎族の甘ったるい声が、俺の耳元をくすぐる。
「……キャルル。俺には手がある。自分で食える」
「だーめっ! 今日は私がいーっぱい頑張ったんだから、これくらいのご褒美は要求する権利があるもん! ……もしトリス君が食べてくれないなら、私が口に含んでから、口移しで……♡」
キャルルの瞳の奥に、冗談ではない『ヤンデレ特有の真っ暗な光』が灯ったのを確認し。
俺は、職場でのセクハラ(コンプライアンス違反)を未然に防ぐため、無言で口を開け、差し出されたブリを放り込まれた。
「んふふっ♡ 美味しい? トリス君の唇、柔らかかったぁ……♡」
「……ああ。脂の乗りは悪くないな。だが、シャリの温度が少し低い。握りの圧力も機械的すぎるが、まあチェーン店としては合格点の施工だ」
俺は、一級建築士としての冷静な分析(食レポ)を返しつつ、テーブルの端に設置された『黒い箱』に目を向けた。
「おい、ユート。マグロばかりじゃなく、野菜(サラダ軍艦)も食えよ。栄養のバランス(基礎)が崩れるぞ」
「へ? あ、はいッス! 俺、コーンマヨとハンバーグ寿司がめちゃくちゃ美味しくて、つい……モグモグ……お寿司屋さんなのにハンバーグがあるなんて最高ッス!」
お子様メニューに目を輝かせる真の勇者(15歳)を見守りながら、俺は手元の『粉末アガリ』を湯呑みにバサリと入れ、テーブルに備え付けられた給湯口のボタンを押し込んだ。
内蔵された小型の火の魔導石が、瞬時に熱湯を生み出し、湯呑みに注ぎ込まれていく。
「……完璧なシステムだ」
熱いお茶をズズッと啜りながら、俺はしみじみと呟いた。
目の前を流れる魔導コンベア。
各テーブルに設置された、魔導通信石を応用した『タッチパネル式の注文システム』。
職人の人件費を極限まで削り、客自身に湯を注がせる『給湯システム』。
そして、食べた皿の枚数を自動で計算する『魔力スキャンレジスター』。
前世の俺――佐藤太郎が、この異世界に持ち込み、確立させた飲食のインフラ。
太郎自身は死んでしまったが、彼が引いた『図面』と『システム』は、こうして脈々と受け継がれ、大陸中の人々に驚きと笑顔、そして腹いっぱいの幸福を提供し続けている。
(……建物の寿命よりも、そこに組み込まれた『インフラの概念』の方が長く生き残る。これだから、モノづくり(建設)はやめられねえんだよな)
俺は、タローマンジャージの襟元を緩め、心地よい疲労感と共に小さく息を吐いた。
「どうしたの、トリス君? お茶なんて飲んでお爺ちゃんみたい」
「いや。……良い現場は、人を自然と笑顔にするもんだなと、感心していただけだ」
俺の視線の先。
配信カメラの前で、「ぐぬぬっ……私の方が高く積んでるもん!」と意地を張るキュララと、「まだまだですの! 石油王さんの奢りなら、レーンの寿司を絶滅させてみせますのぉぉっ!」と皿の塔を築き上げるリーザ。
ハンバーグ寿司を口いっぱいに頬張り、幸せそうに笑うユート。
そして、俺の隣で「次はこれ食べる? それとも私を食べる?♡」と、完全に距離感のバグった甘え方をしてくるキャルル。
騒がしく、面倒くさく、だが決して退屈しない俺のパーティー(職人たち)。
厄介な神々が住み着き、トラブルが絶えない緩衝地帯ポポロ村だが、俺が引き直した『ポポロ・コーポ』という頑丈な基礎がある限り、この村の平穏が揺らぐことはないだろう。
「……よし。お前ら、心ゆくまで食え。今日は俺からの『特別ボーナス(奢り)』だと思っていいぞ」
「えっ!? 本当ですか、大家様ぁぁっ!?」
「やったーっ! トリスさんの奢りなら、一番高い特上ウニの大漁盛り頼んじゃおーっと♡」
「トリス……かっこいいッス!」
俺の言葉に、リーザとキュララが歓声を上げ、ユートが尊敬の眼差しを向けてくる。
「……ただし。石油王からのスパチャ(売上)は、後でキッチリ俺が『村の防衛費(経費)』として徴収させてもらうからな」
「「鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?(ですの!?)」」
トップ配信者と極貧アイドルの悲鳴が、回転寿司の賑やかな店内に虚しく響き渡る。
こうして、炎上神の刺客を撃退し、アパートの平穏を守り抜いた『第六章』の現場は。
俺が啜るアガリの苦味と、職人たちの騒がしい笑い声と共に、完璧な工期で無事に幕を閉じたのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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