EP 7
死蟷螂の強襲。勇者の誓いと、長すぎる魔法少女の変身バンク
天界の奈落に封じられていた生体兵器、死蟲機『死蟷螂』。
体長十メートルを超える白骨と魔導合金の化け物が、ポポロ村の広場に降り立ち、その凶悪な双鎌を振り上げていた。
「ギチィィッ!! ギギギギギギッ!!」
不快な金属音のような鳴き声を上げながら、死蟷螂が広場を蹂躙する。
その巨体が動くたびに、強風が吹き荒れ、石畳が粉々に砕け散った。両腕の鎌から滴り落ちる黒い粘液(猛毒)が地面に触れると、シューッと音を立てて石が溶け、周囲の草花が一瞬でドロドロに腐敗していく。
「ヒィィィッ! た、助けてくれぇっ!」
「こっちだ! 地下シェルターへ走れ!」
農民たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
自警団リーダーのマンミアが、ケンタウロスの蹄を鳴らして最前線に立ち、パイルバンカー『アグニ』を構えた。
「撃て! 村人たちが避難するまでの時間を稼ぐのです!」
マンミアの号令で、自警団の魔導ライフルが一斉に火を噴く。
しかし、銃弾は死蟷螂の黒い外殻に当たっても「キンッ! カンッ!」と甲高い音を立てて弾かれるだけだった。
「だ、駄目です、リーダー! 装甲が硬すぎて、傷一つ(クラック)つけられません!」
「くっ……ならば、接近して関節部を狙うまで!」
マンミアが、四本脚に闘気を込めて突撃しようとした、その時だった。
「ギチチチチッ!!」
死蟷螂が、その巨大な複眼でマンミアを捉え、右腕の鎌を横凪ぎに振り抜いた。
音速を超えた斬撃の真空刃が、広場を薙ぎ払う。
「――しまっ!?」
マンミアがパイルバンカーを盾にして防御姿勢をとるが、その圧倒的な質量の前では耐えきれず、彼女の巨体が吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。
「がはっ……! つ、強すぎる……。これが、天界の処刑獣……っ!」
マンミアが膝をつき、絶望に顔を歪める。
死蟷螂は、邪魔な自警団をあしらうと、次なる標的へ向けてゆっくりと向きを変えた。
その視線の先にいたのは――。
「きゃあああああっ!? こ、こっち来ないでよぉぉぉっ!!」
ゴッドチューブの生配信を続けながら、腰を抜かして震えている『手羽先天使』こと、トップゴッドチューバーのキュララだった。
そして、そのすぐ近くには。
「ひぃぃっ! なんなんですのあの化け物! 私の【貧乏神】の吸引力でも、あんなデカい鉄の塊は吸い込めませんのぉぉっ!」
ルナキンの夕方シフト(ポイ活)に向かおうとしていた、極貧アイドルのリーザが巻き込まれ、真っ青な顔でキュララの背後に隠れていた。
『うおおおおっ! マジでヤバい魔獣出た!』
『キュララちゃん逃げてぇぇっ!』
『これ映画の撮影? CGエグすぎwww』
『生放送で死亡フラグとか神配信すぎるだろ! 赤スパ(一万円)投げとく!!』
キュララのエンジェルすまーとふぉんの画面には、死蟷螂の登場によって同接数とスパチャが爆発的に跳ね上がる様が映し出されていた。
「ひぃっ、い、嫌だ、死にたくない……っ! でも、でも……っ!」
キュララは、迫り来る死蟷螂の鎌と、画面の『赤スパチャの嵐』を交互に見比べた。
内なる『資本主義のモンスター(承認欲求)』が、恐怖(生存本能)を僅かに上回った瞬間だった。
「ええいっ! ここで逃げたらトップ配信者の名が廃るわ! この最高の撮れ高、私が独占してやるんだからぁっ!!」
キュララが、震える足で立ち上がり、ドローンカメラに向かって無理やりアイドルスマイルを作った。
「み、みんなー! 応援ありがとーっ! キュララ、みんなの愛とマネーのために、あの悪い虫さんをやっつけちゃうぞっ♡」
そして、彼女は両手を空へ掲げ、無駄に派手なポーズを決めて叫んだ。
「行くよっ! ホーリー・メイクアップ!!」
――ピュロリロリロリ〜ン♪ シャラララララ〜ン☆
キュララの叫びと共に、どこからともなく『壮大でポップな魔法少女風BGM』が鳴り響き始めた。
上空からまばゆいピンク色のスポットライトが彼女を照らし出し、無数のキラキラした星のエフェクト(魔力光)が彼女の周囲をクルクルと飛び回り始める。
「な、なんだあれ……?」
「す、すげえッス。魔法少女の変身ッスか……!?」
ユートやキャルルがポカンと口を開ける中、キュララの変身シーンは、まさにアニメのお約束(無敵時間)のように、ゆっくりとしたスローモーションで進行していく。
光の帯が彼女の体を包み、フリルアーマーが一度解け、新たな装甲(より装飾過多なデザイン)へと再構築されていく。ドローンカメラも、下から舐めるようなアングルや、ズームアップを多用して、彼女の変身をドラマチックに演出し続けている。
だが。
ここは二次元の画面の中ではない。
命の奪い合いが行われる、最悪の『現場』だ。
「……ギチィッ?」
死蟷螂は、目の前で光り輝きながらクルクルと回っているキュララを見て、わずかに首を傾げた後。
待ってやる義理など微塵もないとばかりに、容赦なくその巨大な死の鎌を振り下ろした。
「早く! 早くですの! 敵は三分間も待ってくれませんわよぉぉぉっ!!」
リーザが、変身バンクの異常な長さ(テンポの悪さ)にブチギレて絶叫する。
キュララはまだ変身の途中で、「えっ? ちょ、待っ、バリアとかないの!?」と素の声を上げてパニックになった。
巨大な鎌が、無防備なキュララとリーザの頭上に迫る。
死を覚悟し、二人が目を固く閉じた、その絶対絶命の瞬間。
ガキィィィィィィィィィィンッ!!!!
「えっ……?」
キュララが恐る恐る目を開けると、そこには、巨大な死蟷螂の鎌を、たった一本の『鉄剣』で正面から受け止めている、一人の少年の背中があった。
「ユート君……っ!」
タローマンの鉄鎧を纏った、腹ペコ勇者。
彼は、地面に深く足を踏み込み、ギリギリと歯を食いしばりながら、十メートル超のバケモノの膂力に真っ向から抗っていた。
「……逃げるッスよ、二人とも!」
「あ、あんた……」
ユートの額から、汗が滝のように流れ落ちる。
だが、その瞳には、かつてガレ村を救った時と同じ、一点の曇りもない『真の勇者』の光が宿っていた。
「罪なき者に……理不尽な行いはさせません! ポポロ村の人たちも、アイドルのお姉さんも、誰も傷つけさせないッス!!」
ユートの全身から、眩いほどの『雷の闘気』が爆発的に噴き上がる。
勇者の誓い。己より強大な理不尽に対して、決して一歩も退かないという絶対の意志。
「ギィィィッ!?」
ユートから放たれた雷の衝撃に、死蟷螂がたまらず鎌を弾き返され、大きく体勢を崩した。
「おおおっ……! ユート殿……っ!」
負傷したマンミアが、その勇姿に涙を浮かべて歓声を上げる。
「よくやったぞ、ユート。……タゲ(標的)の固定と、前衛のタンク(壁役)としては百点満点だ」
静かな、だが絶対的な安心感を持つ声が、広場に響いた。
俺は、タローマンジャージのポケットに左手を突っ込み、右手には先ほど共同キッチンで研いでいた『特売の三徳包丁』を持ったまま、ゆっくりと前に進み出た。
「ト、トリス君! その包丁で戦うの!? いくらトリス君でも、相手の装甲は魔導合金だよ! せめてちゃんとした武器を……っ!」
キャルルが焦った声を出すが、俺は短く鼻で笑った。
「ちゃんとした武器? そんなものは必要ない。……プロの現場監督はな、必要な『建材(武器)』を持参するんじゃない。その場にある『環境』を利用して、最適なツールを錬成するんだよ」
俺は、深呼吸をして、自身の魔力を右手の三徳包丁へと流し込んだ。
実は、このポポロ村の広場には、今朝の騒動でアパートの厄介な住人――『狼王フェンリル』が、強盗団を氷漬けにした際に放った『絶対零度の冷気(魔力残滓)』が、大気中に色濃く滞留していた。
俺の【建築工房】は、その見えない冷気を『建材』として回収し、高密度に圧縮・再構築する。
「冷気凝固――刃渡り延長」
パキパキパキパキッ……!!
俺の持っていた銀色の三徳包丁が、周囲の空気を凍てつかせながら、急速に白く変化していく。
刃の表面に霜が降り、極低温の魔力が結晶化し、包丁の刃渡りがスルスルと伸びていく。
ほんの数秒。
ただの夕飯用の特売包丁は、全長一メートル半に及ぶ、刀身から絶対零度の冷気を放つ『氷狼のロングソード(特級魔剣)』へとその姿を完全に変貌させていた。
「なっ……包丁が、氷の長剣に……!?」
「す、すごいッス、トリス! 周りの空気が一気に冷たくなったッス!」
キュララとリーザが目を見開き、ユートが歓声を上げる。
「……仕方ねぇ。夕飯のシチューの仕込み(タスク)が遅れるが、やるか」
俺は、絶対零度の冷気を放つ氷剣を肩に担ぎ、ヤンデレ月兎族の村長へ視線を送った。
「キャルル。俺とユートでトドメ(解体工事)を刺す。……お前は、あいつの硬い外殻(足場)を崩せるか?」
俺の言葉に、キャルルが嬉しそうにウサギ耳をピンと立て、ダブルトンファーをシャキンッ! と構えた。
「任せて、トリス君っ! 愛の共同作業(解体)だね♡ あんな虫ケラ、私の安全靴で一瞬で更地にしてあげる!」
俺が錬成した『氷狼の特注剣』、ユートの『勇者の雷』、そしてキャルルの『特注安全靴(物理)』。
炎上神ワイズが放った最悪の刺客に対して。
最強の現場監督と職人たち(ホープ・クローバー)による、情け容赦のない『一斉解体工事』が始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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