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EP 6

大炎上と逆恨み。炎上神ワイズの刺客と、現場監督の『調理準備』

 天界の最上層。黄金と大理石で彩られた豪奢な神殿の奥深くで、一つのワイングラスが粉々に砕け散った。

「……あの、下等なメス豚(女神)どもがぁぁぁっ!!」

 炎上神ワイズ。

 燃え盛る炎のような赤い髪と、整っているが酷薄な顔立ちをした男が、空中に展開された数十の『ゴッドチューブ』のモニタを睨みつけ、血を吐くような怒号を上げた。

 モニタの画面には、ポポロ・コーポのコタツ部屋で、酎ハイを片手に天界の裏事情をペラペラと暴露しているルチアナたちの姿が、最高画質で大映しにされていた。

 そして、画面を埋め尽くすほどの凄まじい勢いで流れていくリスナーからのコメント群。

『ワイズって裏金作ってたのかよ! 最低だな!』

『炎上商法で神核肥大化させてるとか、マジでヤクザじゃんwww』

『ゼロス(クズ勇者)推してた俺の赤スパ返せや詐欺神!!』

『コンプライアンス違反で天界監査局に通報しました(ポチッ)』

「おのれ……! おのれ、おのれおのれェェッ!」

 ワイズは、自身の神核コアが、リスナーたちの『信仰心ポイント』の喪失によって、みるみるうちに縮小・劣化していくのを感じていた。

 彼が司る『炎上』という概念は、他者の不幸や怒りを煽ることで爆発的なエネルギー(PV)を生み出す。だが、それはあくまで「自分が安全圏から操っている」ことが前提のビジネスモデルだ。

 今回のように、自らの『不正(手抜き工事)』を全世界に暴露され、完全な笑いサンドバッグにされるのは、彼のプライドとビジネスにおいて絶対に許容できない大損害(致命的エラー)だった。

「あの下級天使キュララめ……! たかが月収二億円ぽっちでトップ気取りのクソアマが、私の完璧なシナリオ(設計図)に泥を塗りおって……!」

 ワイズの全身から、赤黒い憎悪の魔力が立ち昇る。

 このままでは、天界監査局が動く前に、自分から信者が離れて消滅してしまう。

 この致命的な大炎上を鎮火させるには、さらに巨大な『悲劇の炎上』をぶつけるしかない。

「……そうだ。今、あのクソアマ(キュララ)の配信には一千五百万人ものアホどもが接続している。……ならば、その生配信の最中に、あの忌々しい緩衝地帯の村(ポポロ村)ごと、奴らを惨殺してやればいい」

 ワイズの口角が、三日月のように吊り上がった。

「『人気配信者と女神たち、生放送中に魔獣に喰い殺される』……。クククッ、これ以上の悲劇エンタメはない! 同接は五千万を超えるぞ! その圧倒的な『恐怖と悲嘆のPV』を全て私が独占吸収して、この損失を完全に埋め合わせてやる!」

 ワイズは、神殿の床に魔法陣を描き、天界の最下層に位置する『奈落の牢獄』へとアクセスした。

 そこに封じられているのは、かつて神々に逆らった古代文明を滅ぼすために造られた、生物と機械の融合兵器。

「行け……死蟲機『死蟷螂ネクロマンティス』よ! あの生意気なアパートごと、村のゴミ共を一人残らず細切れ(更地)にしてしまえぇぇっ!!」

 天界から、悪意の塊である漆黒の流星が、ポポロ村へ向けて射出された。

     ▽ ▽ ▽

 シャコッ……。シャコッ……。シャコォォッ。

 その頃。

 ポポロ・コーポ一階の共同キッチンには、静かで、しかし一定のリズムを刻む研磨音が響いていた。

「……よし。刃の角度は十五度。砥石といしの粒度は三千番で最終仕上げだ」

 トリスは、タローマンジャージの袖を捲り上げ、流し台の前で一本の『包丁』を丹念に研ぎ上げていた。

 それは、タローマートの特売で買った、ごく普通の量産型三徳包丁だ。だが、俺の【建築工房アーキテクト・スタジオ】による精密な研磨プロセスの前では、どんななまくら刀も、分子レベルで刃が整えられた『名刀(最高級ツール)』へとリフォームされる。

「トリス君、お疲れ様! 夕飯の仕込み?」

 エプロン姿のキャルルが、麦茶の入ったコップを俺の横にコトリと置きながら覗き込んでくる。

「ああ。今日の昼、罠にかかった手羽先女キュララのせいで、トライバードの狩猟(資材調達)が不発に終わったからな。冷蔵庫にあるロックバイソンのスネ肉と、太陽芋を使ってシチューでも仕込もうと思ってな」

「わぁっ、トリス君の手料理! 私、玉ねぎの皮むき手伝うね♡」

 キャルルが嬉しそうにまな板の横に陣取る。

 共同食堂のテーブルでは、ユートが「シチュー! シチュー最高ッス!」と大喜びでスプーンを磨いていた。

 平穏な夕暮れの調理風景。

 だが、俺の『脳内CAD(空間把握)』は、先ほどから急激に低下している「外部の大気圧」と、上空から迫る「異常な質量の気配」を正確に検知していた。

「……トリス。なんか、外の空気が変じゃないッスか?」

 真の勇者としての勘が働いたのか、ユートが窓の外を見て顔をしかめる。

 空を覆う雲が、異常な赤黒い色に染まり、風がピタリと止んでいた。

「ああ。どうやら、さっきのゴッドチューブの大炎上の『火の粉』が、うちの現場(村)にまで飛んできたらしい」

 俺が親指で包丁の刃こぼれがないかを確認した、次の瞬間。

 ドッゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 ポポロ村の中央広場に、巨大な隕石のようなものが落着した。

 凄まじい衝撃波が村中を駆け抜け、普通の家屋なら窓ガラスが吹き飛ぶほどの轟音が響く。

 だが、俺が設計・施工したポポロ・コーポは、ドンガン製の魔導免震ゴムとチタン合金ジョイントがその衝撃エネルギーを完璧に吸収し、キッチンに置かれたコップの水すら一滴もこぼれなかった。

「な、なんだぁっ!?」

「敵襲!? 強盗団の残党ですか!?」

 外から、マンミアたち自警団の怒号と、村人たちの悲鳴が聞こえてくる。

 俺は、研ぎたての三徳包丁を片手に持ち、落ち着いた足取りでアパートの外へと出た。

 ユートとキャルルも武器を手に後に続く。

 そこにいたのは、強盗団などという生易しいものではなかった。

「……ギチチチ……ギィィィィッ……!!」

 もうもうと立ち込める粉塵の中から姿を現したのは、体長十メートルを超える巨大なカマキリの化物――『死蟷螂ネクロマンティス』だった。

 全身が白骨と黒い金属(魔導合金)で構成された、生体兵器。

 両腕の巨大な鎌からは、周囲の植物を一瞬で枯死させるほどの猛毒(腐敗ガス)が垂れ流されている。

「ひぃぃぃっ! ば、化け物だぁぁっ!!」

「逃げろ! 地下シェルターへ避難しろぉぉっ!」

 農民たちが、農具を放り出してパニックに陥る。

 マンミア率いる自警団が魔導ライフルを一斉掃射するが、死蟷螂の強固な外殻には傷一つ(クラック)つかず、全て弾き返されてしまう。

「ギチチッ!」

 死蟷螂が、巨大な鎌を無造作に振り抜いた。

 それだけで、広場の石畳が紙くずのように抉り取られ、衝撃波で自警団の数人が吹き飛ばされる。

『きゃあああああっ!? な、何これぇぇっ!?』

 少し離れた場所から、スマホとドローンカメラを持ったキュララが、フリルアーマーを震わせながら悲鳴を上げていた。

 ルチアナたちの女子会部屋から飛び出してきたものの、生配信の最中に突如現れたボスクラスの魔獣に、完全に腰を抜かしている。

 彼女の配信画面の向こうでは、天界のワイズが「ククク、さあ殺せ! その手羽先女をミンチにして、恐怖の悲鳴を響かせろ!」と高笑いをしていることだろう。

「……トリス君。アレ、天界の奈落に封じられてた処刑獣だよ。相当ヤバい(硬い)かも」

「トリス! 俺、行くッス!」

 キャルルがトンファーを構え、ユートがタローマンの鉄剣を抜いて前傾姿勢をとる。

「ああ。行け、ユート、キャルル。……どうやらあのクレーマー(炎上神)、自分の不始末を棚に上げて、俺の現場(村)を武力で更地にしようとしてるらしいな」

 俺は、タローマンジャージの首元を緩め、右手に持った『特売の三徳包丁』の刃先を、巨大な死蟷螂へと向けた。

「夕飯の仕込み(タスク)の途中だったが、仕方ない。……キッチンに戻る前に、このデカい『不法投棄ゴミ』を三枚におろして、綺麗に清掃クリーンアップしてやる」

 現場監督の静かな怒りが、ポポロ村の広場に冷たく、そして熱く満ちていく。

 神の悪意で作られた最強の生物兵器と、特売の包丁を持った一級建築士。

 いざ、理不尽な天災エラーに対する、完璧な解体工事ざまぁの幕開けだ。

読んでいただきありがとうございます。

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