EP 4
【やらせ配信】カツ丼十杯チャレンジの裏側(ブラックホール胃袋)
ポポロ・コーポ一階の共同食堂。
先ほどまで廊下で繰り広げられていた、トップゴッドチューバー(キュララ)と極貧地下アイドル(リーザ)による、銃弾と掃除機が飛び交う血みどろの『太客争奪戦』は、意外な形で幕引きを迎えていた。
「ハァ……ハァ……っ! 弾切れだよ! あんた、その芋ジャージの下にどんな装甲隠してんのよ!?」
「ぜぇ……ぜぇ……っ! お賽銭箱型掃除機のモーターが焼き切れそうですの……っ!」
ピンクのGlock 19を撃ち尽くしたキュララと、掃除機のノズルを抱えたリーザが、互いに肩で息をしながら睨み合っている。
勝負は完全にドロー。だが、二人の腹の底から、争いの火種を強制的に消火する『ある音』が鳴り響いた。
――きゅるるるるるるるっ。
――ぐきゅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
空腹を知らせる、情けない腹の虫の音色だった。
「……あーあ。お腹空いちゃった。山でスイートポテト(罠の練り餌)つまみ食いしただけだからなぁ」
「私なんて、昨日からタローソンの試食コーナーのウインナー一本しか食べてないんですの……」
二人は床にへたり込み、先ほどまでの殺意を忘れたように腹をさすった。
その時、キュララが何かを閃いたように、パァッ! と顔を輝かせた。
「ねえ、貧乏魚ちゃん。あんた、その『何でも吸い込む掃除機』みたいなスキルと、そのブラックホールみたいな胃袋……もしかして、いくらでもご飯食べられる?」
「貧乏神の悪運耐性と飢餓耐性を舐めないでほしいですの! 胃袋のキャパシティだけは宇宙の果てまで広がっていますの!」
「マジ!? ……ねえ、ちょっといいこと思いついたんだけど。あんた、タダで美味しいご飯、お腹いっぱい食べたくない?」
「タダ飯!? 食べたいですのぉぉっ!!」
リーザが、0.1秒で即答してキュララにすり寄る。
先ほどの太客泥棒への恨みなど、カツ丼一杯の魅力の前ではちり紙以下の価値しかなかった。
「ふふっ、商談成立ね。それじゃあ、キュララちゃんの『特別コラボ配信』、始めちゃおっか♡」
▽ ▽ ▽
数十分後。ポポロ・コーポの共同食堂のテーブルの上には、信じられない光景が広がっていた。
ルナミス帝国で大人気の和食チェーン『かつやき亭』から出前で取り寄せられた、特大ジャンボカツ丼が、なんと十杯も山積みにされているのだ。
「みんなー! こんにちはー! キュララだよ〜っ♡」
自律浮遊式の魔導ドローンカメラ『パパラッチ君』に向かって、キュララがあざといアイドルスマイルを振りまく。
「今日はね、なんと! 石油王(アラブの星)さんからのリクエストと赤スパチャに応えて、『特大カツ丼・十杯完食チャレンジ』をやっちゃいま〜す! 石油王さん、出前のおごり、本当にありがと〜っ♡」
キュララのスマホの画面には、リスナーからのコメントが滝のように流れている。
『キュララちゃんの細い体のどこに入るの!?』『無理しないでね!』『赤スパ一万円! 頑張れ!』
熱狂的なコメントと投げ銭の嵐。
「それじゃあ、早速いただきま〜す♡ あ〜んっ」
キュララが、カメラに向かってウインクをしながら、カツを一切れつまんで小さな口に放り込む。
「ん〜っ! サクサクでおいし〜い♡」
満面の笑みで食レポをこなすキュララ。
だが、そのカメラの死角――テーブルの下に敷かれた布の裏側には、この配信の『漆黒の闇』が隠蔽されていた。
「よいしょっと。……はい、貧乏魚ちゃん。パス」
キュララは、カメラに映らないギリギリのラインで、丼をテーブルの下へスッと差し入れた。
その瞬間。
「……ズズッ。ズバババババババババッ!!!」
布の下から、人間とは思えない凄まじい『吸引音』が響いたかと思うと。
わずか三秒。
キュララがテーブルの上へ丼を戻した時には、特大カツ丼は米一粒残さず、綺麗さっぱり消滅(完食)していた。
「はいっ! 一杯目、ペロリと完食しちゃいました〜♡ キュララ、まだまだイケるよ〜っ!」
『ええええ!?』『早すぎワロタ』『もはや手品だろwww』
コメント欄が驚愕で埋め尽くされる中、キュララは次々と丼に一口だけ口をつけ、テーブルの下へとパスしていく。
「ハイ二杯目パス」
「ズズズボォォォォンッ!!」
「三杯目パス」
「ギュルルルルルルルッ!!」
「四杯目」
「ダイソンですのぉぉぉぉっ!!」
それは見事なまでの連携作業(ライン工)だった。
表向きは「キュララが可愛い笑顔で大食いをしている」ように見えるが、実際にカロリーを摂取しているのは、テーブルの下に潜伏している『ブラックホール胃袋』こと、極貧アイドルのリーザである。
リーザは、暗いテーブルの下で、涙と鼻水を流しながら次々と送られてくるカツ丼を貪り食っていた。
「うぅぅ……っ! ぐすっ……! 美味しい……お肉が分厚くて、卵がフワフワで最高に美味しいですの……っ!!」
リーザの瞳からは、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちている。
それは、久々のまともな食事にありつけた感動の涙でもあったが、同時に、自らのアイドルとしての『矜持』がズタズタに引き裂かれる屈辱の涙でもあった。
(石油王さん……このカツ丼、あなたが私じゃなくて、この手羽先女に投げた赤スパチャのお金で作られたんですのね……っ! 太客を奪われたお金で食べるカツ丼……ぐやしいっ! 惨めですのぉぉっ! ……でも、お肉が柔らかくてお箸が止まらないですのぉぉぉっ!!)
金銭的敗北感と、絶対的な食欲のジレンマ。
リーザは、自身の【貧乏神】のスキルをフル稼働させ、理不尽な資本主義の味(カツ丼)を、血涙を流しながら胃袋の四次元空間へと圧縮・収納していく。
「あーん♡ 八杯目もいっちゃうよ〜! ……はい、パス」
「ンンンンンッ!!(咀嚼音)」
表では月収二億円の天使がスパチャを荒稼ぎし、裏では月収数千円の人魚がタダ飯を食らう。
なんという醜悪で、しかし完璧なWin-Winのビジネスモデル(闇営業)だろうか。
▽ ▽ ▽
「……見事な下請け(アウトソーシング)構造だな」
共同食堂の入り口。
狩りで仕留めたトライバードの照り焼きを頬張りながら、俺はタローマンジャージのポケットに手を突っ込み、その『やらせ配信』の全貌を冷静に観察していた。
「下請けッスか?」
隣で山盛りの白飯をかき込んでいるユートが、首を傾げる。
「ああ。キュララという『元請け(トップ)』が、知名度と営業力で案件と資材(カツ丼)を獲得する。だが、実務(大食い)という泥臭い労働は、テーブルの下にいる『下請け(リーザ)』に丸投げしている。
元請けは利益(名声)を独占し、下請けは現物支給(残飯)で腹を満たす。……前世のゼネコンと零細工務店の関係を見ているようで、実に合理的だ」
「なんだかよく分からないッスけど、リーザ、泣きながら食べてるッスよ。可哀想じゃないッスか?」
ユートが同情の目を向けるが、俺はポポロ・コーヒーのマグカップを傾け、フッと鼻で笑った。
「可哀想なもんか。あいつは太客(石油王)を奪われた屈辱よりも、目の前の『タダ飯』を優先する合理的な生存本能(プロ意識)を持っている。プライドなんかじゃ腹は膨らまない。……あの極貧に耐え抜くタフさ、たくましくて何よりだ」
俺が現場監督としての厳しい(ある意味で優しい)評価を下している間にも、配信はクライマックスを迎えていた。
「ふぅ〜っ! ついに十杯目、完食で〜す! ごちそうさまでしたっ♡」
キュララが、綺麗に空になった十個の丼をカメラに掲げてドヤ顔を決める。
『スゲー!!』『神の胃袋だ!』『キュララちゃん最高! 虹スパ投げとくね!!』
コメント欄は割れんばかりの大歓声。キュララの口座には、この数十分のやらせ配信だけで数百万円のスパチャが振り込まれていた。
「みんな、応援ありがとね! 明日は『突撃! 女神様の実態は!?』っていう特別企画をやるから、絶対見てね〜っ! それじゃあ、ばいばーい♡」
プツッ。
配信が終了した瞬間。
「……ふぅ。あっぶねー、一口食べたカツのカロリーで太っちゃうとこだった。……おい、貧乏魚。ちゃんと全部食ったでしょうね?」
キュララが、カメラ用のアイドルスマイルを一瞬で引っ込め、冷たい声でテーブルの下を覗き込んだ。
「げふぅ……っ。ごぢそうざまでじだ……お肉、最高でしだ……」
テーブルの下から這い出してきたリーザは、十杯のカツ丼を完食したというのに、腹一つ出さず(貧乏神のブラックホール胃袋の恩恵)、しかし精神的には完全な『敗北者の顔(アヘ顔)』を晒して床に転がっていた。
「よろしい。あんた、いい『処理業者』になるわ。これからも私の配信の裏で、残飯処理(下請け)として雇ってあげる」
「ひぐっ……! 私はアイドルですの……残飯処理機じゃないですのぉぉっ……でも、明日のお弁当も余ったら欲しいですの……っ」
プライドを捨てきれない地下アイドルと、絶対的強者のトップインフルエンサー。
ポポロ・コーポという最強の『箱』の中で誕生したこの歪な共犯関係は、翌日に予告された【突撃!女神様の実態は!?】という配信企画によって、天界全体を巻き込む前代未聞の『大炎上』を引き起こすことになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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