EP 3
太客泥棒は許さない! 貧乏魚vs手羽先天使の家賃戦争
ポポロ山での狩り(という名のトラブル遭遇)を終え、俺たちは『手羽先天使』ことトップゴッドチューバーのキュララを連れて、村の最前線にそびえ立つ木造三階建てアパート『ポポロ・コーポ』へと帰還した。
「わぁ〜っ! すごーい! 外見はレトロな木造アパートなのに、中は新築みたいにピカピカじゃん! 木のいい匂いもするし、めっちゃエモいね〜♡」
アパートのエントランスに足を踏み入れるなり、キュララは自律浮遊するドローンカメラ(パパラッチ君たち)を周囲に飛ばしながら、きゃあきゃあと歓声を上げた。
「おい、土足で上がるな。ここは村のインフラ(居住区)だぞ。撮影の許可(ロケハン申請)は出していない」
俺が注意するが、月収二億円のトップインフルエンサーには馬耳東風だった。
彼女はペタペタと廊下を歩き回り、壁をコンコンと叩いたり、備え付けのサウナ付き大浴場を覗き込んだりして、目を丸くしている。
「ねえねえトリスさん! この壁、すごい防音材が入ってるね! 私、いつも配信でロケランとかぶっ放すから、防音環境が整ってる部屋を探してたんだよね〜! ここ、私の新しい配信部屋にピッタリじゃん! 決めた、私ここに住むわ!」
「……勝手に入居(テナント契約)を決めるな。ここは神々を収容するための管理施設だぞ」
「いいじゃーん! 私だって下級だけど一応『天使』だし! 家賃くらい、リスナーのスパチャでぽんっと一括払いしちゃうよ♡」
キュララがウインクを飛ばす横で、キャルルがギリギリと歯ぎしりをしている。
「トリス君……やっぱりこの手羽先、私が安全靴で蹴り飛ばしてミンチにしてもいい? トリス君のアパートを勝手に自分のスタジオ扱いするなんて、許せない」
「落ち着け、キャルル。家賃を払うなら入居は自由だ。……ただし、夜間騒音条例に引っかかったら、即座に貧乏神の差し押さえシステムを起動させるがな」
俺がため息をつきながら、村長宅から出張してきているリーザの存在を思い出した、その時だった。
『――ピンポンパンポ〜ン♪』
キュララの腰に下げてあるエンジェルすまーとふぉんから、陽気な電子音が鳴り響いた。
それは、ゴッドチューブの配信アプリで『超高額のスーパーチャット(投げ銭)』が投下されたことを知らせる通知音だった。
「あっ、通知だ! ちょっと待ってね〜」
キュララがスマホの画面を覗き込み、パァッとアイドルスマイルを全開にした。
「わぁ〜っ! アカウント名『アラブの星』さん、五万円の赤スパチャ、ありがと〜っ♡ えっ? 『今日もキュララちゃんの笑顔が最高! ルナ・イーツで高級ピラダイ特上寿司の出前を頼んでおいたよ』だって!? やったぁぁっ! 石油王さん、いっつも太っ腹でだぁいすきっ♡」
キュララが、カメラに向かってあざとく投げキッスを放つ。
月収二億円の彼女にとっては、リスナーに五万円の寿司を奢らせるなど日常茶飯事の錬金術なのだろう。
だが。
その『アカウント名』と『石油王』という単語が響き渡った瞬間。
――ズズズズズズズッ……。
廊下の奥、村長が使っている管理室の扉の影から、不気味なほどの怨念を纏った『麦わら帽子と芋ジャージの少女』が、地を這うような足取りで姿を現した。
「……今……なんて言いましたの……?」
極貧人魚姫、リーザ・シーラン・リヴァイアサンだ。
今朝、俺たちが狩りに出かける前、彼女は『太客(石油王)からのスパチャが消えた』と絶望し、体育座りでブツブツと呪詛を吐いていたはずだ。
「え? あ、こんにちは〜! えっと、君もこのアパートの住人? 私、トップゴッドチューバーのキュララだよ♡ よろしくね!」
「……石油王さんが……赤いスーパーチャットを……お寿司の出前を……」
リーザはキュララの挨拶など一切耳に入っていない様子で、瞳孔を開き、ギリィッ!と奥歯を噛み締めた。
その背後には、禍々しいオーラを放つ巨大な【貧乏神(お賽銭箱型掃除機)】が、ヴゥォォォン! と唸りを上げて顕現し始めている。
「せ、石油王!? アラブの星さん!? それ……それ、私の配信でいつも一番高いお賽銭を投げてくれていた、私の『最大の太客』ですのぉぉぉぉっ!!」
リーザの絶叫が、ポポロ・コーポの廊下にビリビリと反響した。
「へ? 太客? 何言ってるの、アラブの星さんは最近ずっと私のチャンネルに入り浸ってくれてるよ? 昨日も一昨日も、私に焼肉やらスイーツやら奢ってくれたし」
「キーーーッ!! やっぱり、やっぱりそうだったんですのね! 私の大切な石油王さんを、お前みたいな手羽先女が寝取った(寝返らせた)んですのぉぉっ!!」
リーザが、血走った目でキュララに指を突きつける。
推し活(資本主義)の残酷な現実。リスナーの財布は一つしかない。新しく現れた、若くて露出度が高く、銃火器をぶっ放す刺激的なトップ配信者に、石油王の心とお金は完全に奪われてしまったのだ。
「ちょ、ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでよ! リスナーさんが誰にスパチャを投げるかは自由でしょ! 私の方がコンテンツとして魅力的だった(バズった)、それだけのことじゃん!」
「うるさいうるさいうるさぁぁいっ!! お前のせいで、私は今日、タローマートの半額もやしすら買えずに、また公園で雑草サラダを食べるハメになったんですのよ! 私の食生活を返せですのぉぉっ!!」
リーザの悲痛な叫び声に、ユートが「うわぁ……生々しいッスね……」とドン引きし、キャルルは「やれやれ、醜い底辺の争いだね。トリス君、私たちはお茶でも飲んで待ってようか」と涼しい顔をしている。
「……な〜に? この貧乏魚はああ!?」
ついに、キュララの『外面(愛嬌)』のメッキが剥がれ、内面の『承認欲求モンスター(リアリスト)』が顔を出した。
「負け犬の遠吠えはみっともないよ! そもそも、そんなボロボロの芋ジャージと健康サンダルでアイドルを名乗ってる時点で、プロ意識が足りないんじゃないの!? 私なんて、防弾性能ゼロでも見栄えのためにこのフリルアーマーを着てるんだからね!」
「なんだとぉっ!? アイドルは衣装じゃないですの! 魂と、ファンからの投げ銭(愛)があれば、みかん箱の上だって武道館になるんですのぉぉっ!」
バチバチバチッ!!
トップインフルエンサー(月収二億円)と、路頭系地下アイドル(月収数千円)の間で、激しい火花が散る。
「許しませんの……私の太客を奪い、私の『お寿司』を奪った罪は重いですの……! その月収二億円の財産、私のお賽銭箱型掃除機で一円残らず強制回収(差し押さえ)してやりますのぉぉっ!」
ヴゥォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
リーザの背後の【貧乏神】が、キュララへ向けて圧倒的な吸引力を放つ。
「きゃあああっ!? な、何これ!? 風圧がっ……私のフリルアーマーが捲れちゃうぅぅっ!」
「フリルごと全財産吸い尽くして、路頭に迷わせてやりますの! そして公園の鳩の餌の味を思い出させてやりますのぉっ!」
「キーーーッ! 言わせておけば……! 貧乏魚の分際で、トップ配信者の私に逆らう気!? いいわよ、やってやろうじゃないの!」
キュララが、腰のホルスターからピンク色の肉球ステッカーが貼られた『Glock 19』を引き抜き、ドローンカメラに向かってウィンクを決めた。
「みんなー! 今日は予定を変更して、『ヤバい貧乏魚の妖怪を退治してみた!』の緊急生配信を行いまーす♡ 高評価とチャンネル登録、よろしくねっ☆」
チャカッ! とスライドを引き、銃口をリーザへ向ける手羽先天使。
ヴゥォォォォン! と吸引力を最大まで引き上げ、目を血走らせる貧乏魚。
「死ねですのぉぉぉっ!!」
「ハチの巣になっちゃえぇぇっ!!」
バンバンバンバンッ!!
ズッボォォォォォォンッ!!
ポポロ・コーポの廊下で、銃弾と吸引力が激突し、凄まじいキャットファイト(家賃&太客戦争)が勃発した。
木製の壁に銃弾がめり込み(防弾仕様なのでノーダメージ)、掃除機の風圧でキュララのフリルが乱れまくる。
「……トリス。止めなくていいんスか?」
ユートがハラハラしながら尋ねてくるが、俺はタローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、呆れたようにため息をついた。
「放っておけ。資本主義の競争原理だ。俺たち現場監督が介入する『安全基準』の範疇を超えている」
「トリス君、お昼ご飯のトライバード、私が捌いとくね♡」
「ああ、頼む。……少し騒がしいが、これもアパートの『日常』の一部だと思えば、悪くないな」
俺は、激しい銃声と掃除機の轟音が響き渡る廊下を背に、キャルルと共にキッチンへと向かった。
トップゴッドチューバーと極貧地下アイドル。
決して交わるはずのなかった二つの星(と底辺)が、ポポロ・コーポという最強の『箱』の中で激突したこの日。
それは、後に全世界のゴッドチューブを揺るがす『大炎上事件』へと繋がる、最悪で最高なコラボレーションの幕開けに過ぎなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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