EP 2
ポポロ山の罠。幻のトライバードと、釣れた『手羽先天使』
ポポロ村の背後にそびえる、豊かな自然に恵まれた『ポポロ山』。
かつては凶暴な魔獣も生息していたが、今では村の自警団(主にマンミアのパイルバンカー)による定期的な間引きのおかげで、比較的安全な狩り場(資材調達現場)として機能している。
「……よし。風向き、湿度、そして地形のダウンドラフト(下降気流)。全て俺の『図面』通りだ」
山の七合目付近。
俺は、タローマンジャージのポケットから十徳スケールを取り出し、樹上から吹き下ろす風の計算を終えて満足げに頷いた。
「すごいッス、トリス! あんなところに仕掛けた罠、どうやって獲物を誘導するんスか?」
ユートが、少し離れた獣道に設置された『巨大な木箱』を指差して目を輝かせる。
あれは、俺が【建築工房】で錬成した、非殺傷型の捕獲トラップだ。獲物を傷つけず、肉の鮮度(品質)を最高の状態で保つための『資材保管庫』でもある。
「簡単な流体力学だ。罠の中心には、太陽芋をベースにポポロ村の特産品を絶妙な温度で発酵させた『特製練り餌』が置いてある。あのパラボラ型の屋根が風を巻き込み、練り餌の匂いを山の広範囲に効率よく拡散させる仕組みだ」
「なるほど〜! さすがトリス君、計算し尽くされてるね♡」
キャルルが感心したようにウサギ耳を揺らし、俺の右腕にギュッと抱きついてくる。
俺たちは今、罠から少し離れた茂みの中に、俺が周囲の枝葉を即席で編み込んで作った『迷彩ブラインド(観察用シェルター)』の中に身を潜めていた。
大自然の中、密着する男女(と勇者)。キャルルにとってはこれが『狩り』という名のデートプランなのだろう。俺の腕に当たる彼女の柔らかな感触と、石鹸のいい匂いが狭いシェルター内に充満している。
「……キャルル。密着しすぎだ。体温が上がると匂いで獲物に悟られるぞ」
「えへへ、いいじゃない。これも『擬態』の一部だよ? トリス君の温もり、ポカポカして気持ちいいなぁ……♡」
「俺は腹ペコで死にそうッス……。早くトライバードの肉、食べたいッス……」
ヤンデレ姫の甘い吐息と、腹ペコ勇者の「ぐきゅるるる」という腹の虫の音がステレオで響く中、俺はただじっと、現場監督としての冷徹な目でトラップの挙動を監視し続けた。
やがて。
山の静寂を破るように、トラップの方向からガサガサと大きな音が鳴った。
――バチンッ!!
仕掛けていた魔導ワイヤーのトリガーが弾ける鋭い音。
続いて、バサバサバサッ! と、中で巨大な羽が暴れるような激しい音が響き渡った。
「かかった!」
俺が短く声を上げると、ユートが「肉ッスゥゥゥッ!!」と雄叫びを上げて茂みから飛び出した。
キャルルも「ふふっ、今日のお昼は特製トライバードの照り焼きだね!」と舌舐めずりをしながら、特注安全靴の踵を鳴らして駆け出す。
俺も立ち上がり、二人の後を追ってトラップの仕掛けられた獣道へと向かった。
あの羽音のデカさ。間違いなく、極上の脂が乗った特大の野生トライバード(三徳鳥)だ。村の特産品を使った練り餌のレシピ(設計図)は完璧だったという証明である。
だが。
木箱のトラップに駆け寄った俺たちが目にしたのは、丸々と太った巨大鳥などではなかった。
『ふぇぇ〜んっ! 痛いよぉ、暗いよぉぉっ! 誰か助けてぇぇっ!』
木箱(捕獲ケージ)の中から聞こえてきたのは、鳥の鳴き声ではなく、妙に舌足らずで、あざとさの塊のような『若い女の声』だった。
「……は?」
「えっ? 鳥じゃないッスか?」
俺とユートが顔を見合わせる。キャルルはすでに「チッ、なんだメス(害虫)か」と冷酷な暗殺者の目つきに変わっていた。
俺はため息をつきながら、トラップのロックを解除し、木箱の扉を蹴り開けた。
「いったぁいっ! もう、乱暴なんだからぁっ!」
バサバサッ! と白い羽根を撒き散らしながら、木箱の中から一人の少女が転がり出てきた。
年齢は二十歳前後。目を引くのは、彼女の背中に生えた『本物の天使の白い双翼』と、そしてその異様すぎる服装(装備)だった。
彼女は、白銀に輝く『聖騎士風のプレートアーマー』を身にまとっていた。
しかし、その鎧は防御力を完全に無視した、フリフリのレースとリボンで装飾された『魔法少女風』の極小サイズ。腹部と太ももがガッツリと露出しており、おまけに腰には、ピンク色の肉球ステッカーが貼られた『魔導カスタム拳銃(Glock 19)』がホルスターに収まっている。
さらに、彼女の周囲には、超小型の自律浮遊式4K魔導ドローンカメラ(パパラッチ君1号〜4号)が数機、ブンブンと飛び回りながら彼女を様々なアングルから撮影し続けていた。
「ふぇぇ〜ん……。私、私は美味しくないよぉ……! 羽を毟って食べないでぇぇっ……(チラッ)」
天使の少女は、地面にへたり込んだまま、わざとらしく涙目を浮かべて怯える素振りを見せた。
が、その視線は明らかに俺たちではなく、周囲を飛ぶドローンカメラのレンズへと向けられており、一番自分が『可愛く、可哀想に見える角度(映り)』を完璧に計算しているのが丸わかりだった。
「…………」
「え? ええっと……あなたは誰ッスか? 新種の鳥の魔獣ッスか?」
空気を読まないユートが、首を傾げながら素っ頓狂な質問を投げかける。
すると、少女は「ピタッ」と嘘泣きを止め、パンッ! と膝を叩いて立ち上がった。
「鳥じゃないもん! 失礼しちゃうなー!」
少女は、ドローンカメラの一つを正面に引き寄せ、ピースサインを作りながら満面のアイドルスマイルを浮かべた。
「みんなー! こんにちはー! 愛と! 正義と! マネーの為の黄金聖騎士! トップゴッドチューバーの『キュララ』だよ〜っ☆ ……って、ちょっとちょっと! 君たち、私のこと知らないの!?」
「「「知らない(ッス/ね/です)」」」
俺、ユート、キャルルの三人が、見事なまでのユニゾンで即答した。
「ガァァァーンッ!! 嘘でしょ!? 全宇宙でチャンネル登録者数数千万、月給二億円を誇るこの私を知らないなんて、情報弱者(アンテナ低い)にも程があるよぉ!」
キュララと名乗った下級天使が、頭を抱えて大げさにリアクションを取る。
ゴッドチューバー。天界の『大宇宙管理局(GOD)』が運営する動画配信プラットフォームで、神々やリスナーから莫大なスパチャ(投げ銭)を稼ぐインフルエンサーのことだ。
「……で。そのトップ配信者様が、なんで俺の仕掛けた『鳥用の罠』の練り餌を食って捕まってるんだ?」
俺が冷たい視線で木箱の中を顎でしゃくると、そこには俺が精魂込めて発酵させた特製練り餌が、綺麗さっぱり食べ尽くされていた。
「あっ、えへへ……。いや〜、今日は『大自然でサバイバル! 野生の恵みだけで生き延びる!』っていう撮れ高(企画)のためにカメラ回して山を歩いてたんだけどね? すっごくいい匂いがして……見たら、まるで高級な『スイートポテトのペースト』みたいなのが置いてあったから、つい……」
「……俺のトライバード用の餌を、てめえが食ったのか」
「ひぃっ! お、お腹空いてたから仕方ないじゃん! 後で私のリスナーにスパチャ(弁償)させるから許してよぉ!」
キュララが、俺の現場監督としての静かな怒気にビビって後ずさる。
「おい、トリス君。この手羽先女、獲物の代わりに私が〆て(暗殺して)いい? 鳥じゃないなら肉にはならないけど、肥料くらいにはなるでしょ」
キャルルが、ダブルトンファーをシャキンッ! と展開し、ヤンデレ特有の真っ黒な笑顔でキュララに歩み寄る。
自分とトリスの狩り(デート)を邪魔され、おまけに無駄に露出の高い女が現れたことで、キャルルの縄張り意識が限界を突破しようとしていた。
「ひゃあああっ!? な、何このウサギさん、目が笑ってない! 目が完全にヒットマンだよぉぉっ! カメラ回ってるんだからね! 炎上するよ!?」
「炎上? 火葬がいいの? いいよ、灰になるまで燃やしてあげる♡」
「待て、キャルル。落ち着け」
俺は、キャルルの首根っこを掴んで制止し、ため息をつきながらキュララの全身を『脳内CAD』でスキャンした。
「……なんだ、このフリルアーマーは。胸部と腹部の耐衝撃ジョイントが完全に死んでいる。金属板の曲げ加工も甘く、防弾性能はゼロだ。ただの露出狂のコスプレ衣装(違法建築)じゃないか」
「こ、コスプレじゃないもん! 見栄え(サムネイル)重視の特注品だもん!」
「見栄えで命が守れるか。……それに、腰に下げているその拳銃。マガジンキャッチのバネが緩んでいるぞ。現場の安全基準(5S)を舐めてるのか?」
「うぐっ……! な、なんなのこの人、やけに専門的なダメ出ししてくる……っ!」
俺の容赦ない『安全基準違反』の指摘に、トップインフルエンサーのキュララが涙目でぐぬぬと唸る。
「……トリス。どうするッスか、この変な鳥(天使)。食えないなら逃がすッスか?」
「いや。こんな山奥に、頭の悪い配信者を放置したら遭難事故(労災)になる。最悪、村の管理責任が問われかねない」
俺は、タローマンジャージのポケットに手を突っ込み、やれやれと首を振った。
「変な(不良建材)のを獲ったが……仕方ない。安全確保のために、村へ連れて帰るぞ」
「えっ! 本当!? やったぁ、これで山歩き(サバイバル)企画は終了だね! みんな〜、優しい村人さんに助けられちゃった〜♡」
キュララがドローンカメラに向かってあざとくピースサインを向け、キャルルが「チッ……」と舌打ちをする。
こうして、トライバードの狩りに来たはずの俺たちは、なぜか『月収二億円のトップゴッドチューバー』をポポロ村へと連れ帰ることになった。
だが、俺はまだ気づいていなかった。
この『手羽先天使』を俺たちの拠点に連れ帰ることが。
留守番をしている『月収数千円の極貧地下アイドル(リーザ)』との間に、血で血を洗う恐ろしい『太客争奪・家賃戦争』を引き起こす最大の火種になるということに。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




