第六章 【ゴッドチューバー降臨と、氷狼の包丁編】
狩りの朝。消えた石油王と、雑草を食む極貧アイドル
神々をも収容する最強の木造アパート『ポポロ・コーポ』が完成し、悪質クレーマー強盗団をリサイクル資材へと変えてから数日。
ポポロ村には、本来の緩衝地帯らしい、のどかで平穏な朝が訪れていた。
「……ふぅ。今日の現場(村)の空気も、安全基準を満たしているな」
村長宅の縁側。
俺は真新しいタローマンジャージに身を包み、ドリップしたての香り高い『ポポロ・コーヒー』を啜りながら、澄み渡る青空を見上げていた。
アパートの厄介な住人たち(神々)は、家賃とルールの前におとなしくしており、村人たちは笑顔で畑に向かっている。現場監督として、これほど心休まる『進捗状況』はない。
「トリス君、トリス君っ!」
そこへ、パタパタと足音を立てて、ヤンデレ月兎族のポンコツ村長――キャルルが駆け寄ってきた。
今日も動きやすいショートパンツにパーカー、そして俺とお揃いの『タローマン製・特注安全靴』というアクティブな出で立ちだ。ウサギ耳がピコピコと嬉しそうに揺れている。
「おはよう、トリス君! ねえねえ、今日、これから狩りに行かない? ポポロ山に!」
「狩り? 自警団の備蓄食料はまだ足りているはずだが」
「ううん、村の備蓄じゃなくて、私たちのお昼ご飯用! 実はね、この間トリス君が作ってくれた『罠用の餌』がすっごく良くて、野生のトライバードがバンバンかかりやすくなってるの!」
キャルルが目を輝かせて報告してくる。
トライバード。肉、卵、羽毛、全てが利用できることから『三徳鳥』と呼ばれる家畜だが、野生のものは運動量が多く、肉の旨味が格段に違うらしい。
先日、キャルルに頼まれて、俺の【建築工房】と流体力学の知識を応用し、『匂いが風に乗って最も広範囲に拡散するパラボラ型の餌箱』と、太陽芋をベースにした『最適発酵配合の練り餌』を設計してやったのだ。どうやらその歩留まり(成果)が上々のようだった。
「なるほど。俺の設計した誘引システム(罠)が正常に機能しているか、実地検証も兼ねて行くか。新鮮な肉が手に入るなら、食費の節約にもなる」
「やったぁっ! トリス君と二人きりで山で狩り(デート)……♡ 吊り橋効果で距離がグッと縮まるやつだね!」
キャルルが両手を合わせてウットリと妄想を始めているが、俺はスルーして立ち上がった。
「分かった。準備をする。……そうだ、せっかくだからリーザも行くか? あいつ、昨日もタローソンの廃棄弁当を野良犬と取り合って負けてたからな。新鮮な肉を食わせてやるか」
「え〜……リーザちゃんも誘うの? まあ、トリス君がそう言うならいいけど……」
キャルルが少し不満げに頬を膨らませる中、俺たちは縁側から村長宅の居間へと足を踏み入れた。
そこには、いつもなら朝からルナミスマートの特売チラシを血走った目でチェックしているはずの極貧人魚姫の姿があった。
だが。
今日のリーザは、何かがおかしかった。
「……おかしい……。おかしいですの……」
薄暗い部屋の隅。
特売の芋ジャージに身を包んだリーザが、膝を抱えて体育座りをしたまま、ブツブツと呪詛のように呟いている。
彼女の目の前には、ゴッドチューブの配信画面が映し出された魔導端末が置かれていたが、その画面は真っ暗だった。
「おい、リーザ。どうした。またパチンコ屋で拾った銀玉を金貨と言い張って、店長に顔面パンチでも食らったのか?」
俺が声をかけるが、リーザは虚ろな瞳のまま、ゆらぁ……と首だけをこちらへ向けた。
「……こないんですの……」
「何がだ?」
「太客(ふと客)だった、石油王さんからのスパチャが……こないんですのぉぉぉっ……!!」
リーザが、頭を抱えて絶望の叫びを上げた。
「私の……私の配信で、いつも高額の赤いスーパーチャットを投げてくれていた、アカウント名『アラブの星』さん……。昨日からパタリと現れなくなってしまったんですの……!」
「ああ。なるほど」
俺は冷静に頷いた。
底辺地下アイドルにとって、一人の『太客』の存在は、そのまま自身の生命線に直結する。その収入源が途絶えたとなれば、死活問題だろう。
「石油王さんからのスパチャがないと……今夜のタローマートのタイムセールで、半額もやしが買えないんですの……っ!」
「……もやしか。目標が低すぎるだろ」
「笑い事じゃないですの! このままじゃ、また公園で食べられる雑草を探し回る『雑草サラダ生活』に逆戻りですのぉぉっ! いやあああっ、たんぽぽの根っこはもう囓りたくないですのぉぉっ!」
リーザが床をバンバンと叩きながら、世の不条理(資本主義)を呪って泣き叫ぶ。
(……おそらく、あいつのユニークスキル【貧乏神】のパッシブ効果が、画面越しにその『石油王』とやらの運気まで吸い尽くして、破産でもさせたんだろうな。自業自得だ)
俺は、彼女の陥っている『致命的な経済エラー』の根本原因を瞬時に看破した。
そして、現場監督として最も正しい判断を下した。
「……よし。何か分からないが、あいつは今、資金繰り(金策)で忙しそうだな。……放置するぞ、キャルル」
「うんっ! そうだね、トリス君! リーザちゃんには悪いけど、今はそっとしておいてあげよう!(※デートの邪魔が消えてラッキー!)」
俺はきびすを返し、キャルルも満面の笑みでウサギ耳を揺らしながら後に続く。
「ああっ!? ちょっと待つんですの、トリス様! どこへ行くんですの!? 私を置いていかないで――ああっ、また通信石の料金督促通知が来たですのぉぉっ!!」
背後からリーザの悲痛な叫び声が聞こえたが、俺はそっと障子を閉めて、彼女の存在を『視界の図面』から完全に消去した。
経営不振の他業者のトラブルに、不用意に首を突っ込むのはプロの現場監督のやることではないからだ。
「――おっ、トリス! キャルルちゃん! 狩りの準備できたッスよ!」
外に出ると、タローマン製の鉄鎧をピカピカに磨き上げたユートが、背中に巨大なカゴを背負って満面の笑みで待っていた。
「ユート君……なんでついてくるの?」
「へ? だってトリスが『トライバードの肉を獲りに行く』って言ってたッスから! 俺、真の勇者として、荷物持ちも解体もバッチリ手伝うッスよ!」
キャルルがチッと舌打ちをしてヤンデレ特有の殺気を少しだけ漏らしたが、ユートの純粋な(肉への)情熱はそれを完全にスルーしていた。
「よし、人員は揃ったな。……今日のタスクは、ポポロ山の『罠の点検』と『食材の確保』だ。行くぞ」
俺が号令をかけると、ユートが「オオッス!」と威勢よく答え、キャルルが「もう、しょうがないなぁ……でもトリス君の隣は私の定位置だからね!」と俺の腕に絡みついてくる。
背後で、極貧アイドルが『スーパーの試食品で生き延びるためのポイ活ルート』をブツブツと計算している不気味な声を背に受けながら。
俺たちホープ・クローバー(一部欠席)は、澄み切った青空の下、豊かな自然が広がるポポロ山へと足を踏み入れた。
この何気ない日常の狩りが、まさか天界の『トップ配信者』を罠にかけるという、前代未聞のトラブル(炎上案件)に繋がるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




