EP 10
宴と、揺るがない俺たちのインフラ
朝靄が完全に晴れた頃、ポポロ村の南口には、悲惨極まりない光景が広がっていた。
「……よし、武装解除および捕縛、完了いたしました。トリス殿」
ケンタウロス種の自警団リーダー、マンミアが汗を拭いながら報告に走ってくる。
かつて数百人規模の重武装を誇り、村を更地にしようと息巻いていた巨大強盗団『ブラッド・ファング』。彼らは今、完全に戦意を喪失し、自警団の構える魔導ライフルの前で、ボロボロの姿で土下座をして震え上がっていた。
「被害状況はどうだ?」
「それが……奇跡としか言いようがありません。村人への被害ゼロ、自警団の負傷者ゼロ、家屋への被害もゼロです。……ただ、強盗団の戦車が溶け、数十人が氷漬けになり、飛竜が墜落して大クレーターができましたが……」
「そうか。完璧な防衛だったな」
俺はタローマンジャージのポケットから野帳(メモ帳)を取り出し、強盗団が残した『残骸』を品定めするように見回した。
「デュークの豚骨ブレスで溶けた魔導戦車三両は、鉄骨の接合材やチタン合金のスクラップ(資源)として回収する。フェンリルが氷漬けにした魔導バズーカ数十丁は、解凍とメンテを施して、ポポロ村自警団の正式配備装備とする。……おい、そこの眼帯」
俺が声をかけると、リーザの【貧乏神】によって身ぐるみを剥がされ、パンツ一丁で縄で縛られている強盗団のリーダーが、ビクッ!と肩を跳ねさせた。
「ひぃぃっ! な、なんでしょうか、大家様……っ!」
先ほどまでのイキり散らした態度はどこへやら、彼は完全に俺を『この世で一番恐ろしいアパートの管理人』として畏怖していた。
「お前らが持ち込んだ戦車や兵器、それにさっき回収した全財産は、ポポロ・コーポの外壁修繕費、ならびに『住人たちの安眠を妨害したことによる多大な精神的苦痛への慰謝料』として、俺が合法的に全額差し押さえる。異存はないな?」
「い、異存なんてあるわけねえッス! どうぞ! 全部持ってってください! だからあのバスタオルの悪魔(リキ兄貴)だけは呼ばないでくだせえぇぇっ!」
男が涙と鼻水を流して地面に額を擦りつける。
「よろしい。契約成立(クーリングオフ不可)だ。マンミア、こいつら全員、ドンガン地下帝国の強制労働施設(鉱山)に引き渡せ。いい『労働力(建材)』になるだろう」
「は、はいっ! 手配いたします!」
マンミアが部下たちにテキパキと指示を出す。
こうして、前村長が持ち逃げした「暴行しない券」のプール金に端を発するクレーマー強盗団事件は、俺たちホープ・クローバーが指一本動かすことなく、アパートの住人たちの『寝起きの八つ当たり』によって完全に鎮火、解体されたのだった。
▽ ▽ ▽
その日の夜。
ポポロ村のメインストリートに、ひときわ眩しいネオンサインが輝いていた。
ルナミス帝国が誇る24時間営業の巨大チェーンレストラン――『ルナミスキング(通称ルナキン)ポポロ支店』だ。
今夜、俺は強盗団から差し押さえた資金の一部を使って、この巨大なファミレスを『完全貸し切り』にしていた。
目的はもちろん、キャルルの新村長就任祝いと、ポポロ・コーポ落成、そして村の平和を祝う大宴会(打ち上げ)である。
「皆さーん! 今日は本当に、お疲れ様でしたっ!」
ルナキンの広大なフロアの奥。
お立ち台(ドリンクバーの前)に立ったキャルルが、マイクを握って元気いっぱいに声を張り上げた。彼女はいつものラフなパーカー姿だが、その笑顔には村を導くトップとしての確かなカリスマが宿っている。
「ロップ前村長が逃げた時はどうなるかと思ったけど、これからは私が、みんなの笑顔と安全を守るからね! ……そして何より、私の愛するトリス君と一緒に、この村を世界で一番ラブラブな『マイホーム』にしていきたいと思いますっ♡」
「「「ウオオオオオオッ!! キャルル村長、万歳!! トリス長官、万歳!!」」」
キャルルの後半のヤンデレ発言(公私混同)を、農民たちは「村をマイホームのように愛してくれる」という素晴らしい意味に強引に脳内変換し、熱狂的な歓声と拍手を送った。
俺はテーブル席で腕を組みながら、「……まあ、モチベーションが高いのは良いことだ」と小さくため息をついた。
「それじゃあ、ポポロ村の永遠の平和と、揺るがないインフラに……乾杯っ!」
「「「乾杯!!」」」
カチンッ! と、店中のグラスが鳴り響く。
それを合図に、ファミレスのあちこちで凄まじい勢いの『胃袋の戦争』が幕を開けた。
「うおおおおっ! ルナミスバーガーの特大セットに、ソーリーフ味のフライドポテト! やっぱ勝利の後のジャンクフードは最高ッス!!」
タローマン海パン一丁のユートが、テーブルに山積みされたハンバーガーを、息をするように次々と胃袋へ放り込んでいく。真の勇者として覚醒しようと、彼の根底にある「腹ペコ農民」の魂は健在だ。
「どきなさいユート! ここから先は私の特等席ですの!」
ドリンクバーの前に陣取ったリーザが、血走った目でグラスを構えていた。
彼女は、メロンソーダ、ジンジャーエール、オレンジジュース、さらにはポポロ・コーヒーとカルピス的な何かを、ミリ単位の絶妙な配合で混ぜ合わせている。
「ふふふ……これぞ、極貧生活で培った『ドリンクバー全混ぜ究極VIPモクテル』ですの! スープバーのコーンスープも、クルトン限界まで山盛りにして全財産分(無料)飲んでやりますのぉぉっ!」
相変わらずの浅ましいポイ活精神だが、今日は貸し切り(俺の奢り)だ。好きなだけ飲ませてやればいい。
そして、宴会の熱気は、アパートの『厄介な住人たち』も完全に巻き込んでいた。
「……チッ。なんだこのスープは。化調が強すぎる。俺の三日三晩煮込んだ豚骨スープの深いコクに比べたら、まるで泥水だ」
竜王デュークが、ルナキンの『日替わりスープ』に文句を垂れながらも、なぜかお代わりを三杯も注ぎに行き、ソーセージの盛り合わせを美味そうに平らげている。
「ねえねえ、そこの可愛いウェイトレスのお姉さん。仕事終わったら、俺の部屋(102号室)のサウナで一緒に汗流さないッスか? 家賃三万の部屋だけど、愛の熱量はプライスレスッスよ?」
「結構です。(冷ややかな目)」
狼王フェンリルが、ファミレスのバイトの娘をナンパして秒で玉砕している。リーザに全財産を吸い上げられたため、彼にはもう奢る金すらないのだ。
「オラァ! 日替わりAランチ(テイクアウト仕様)をここで食わせろ! 白飯は昔話盛りでな!」
「ああっ、太郎ぉぉっ! ルナキンのワイン、安っぽくて懐かしいわぁぁっ!」
リキ兄貴がものすごい勢いで白飯をかき込み、不死鳥フレアがルナキンのデキャンタワイン(一杯銅貨数枚)をラッパ飲みして管を巻いている。
誰もが、身分も種族も神格も忘れ、ただの一人の『村の住人』として、ファミレスの明るい照明の下で笑い合っていた。
これこそが、平和なインフラ(日常)の象徴だ。
「……あ、あの。トリス殿」
不意に、俺の背後から控えめな声がかけられた。
振り向くと、そこには自警団の制服を少し着崩し、顔をほんのりと赤く染めたケンタウロスのマンミアが立っていた。
彼女の美しい漆黒の馬体の尻尾が、パタパタと落ち着きなく揺れている。
「……トリス殿のグラスが空いていたので。もしよろしければ、私が注いでもよろしいでしょうか」
マンミアが、手にしたサケスキー(高級酒)のボトルを大切そうに抱きかかえ、上目遣いで俺を見つめてくる。
あの『床補強工事』以来、彼女の俺を見る目は、完全に『尊敬する恩人』から『背中を預けたい雄』へのそれに変わってしまっていた。
「ああ、すまん。もらうよ。……マンミアも、今日はゆっくり休め。これからはアパートの奴らが最強の防犯システムとして機能する。お前の負担(残業)も減るはずだ」
「はい……っ。トリス殿がこの村に来てくださって、本当に、本当に救われました」
トクトクとグラスに酒を注ぎながら、マンミアの顔がさらに熱を帯びる。
彼女が何か決意を秘めたように口を開きかけた、その瞬間。
「ダァーッメ! トリス君のお酌をするのは、村長である私の特権だもん!」
どこからともなくマッハの速度で割り込んできたキャルルが、マンミアと俺の間にスルリと入り込み、俺の腕にギュッと抱きついた。
「むっ……キ、キャルル村長! 私はただ、トリス殿に感謝の意を……!」
「感謝なら言葉で十分だよ♡ トリス君の『現場』は、私が一番近くで支えるんだから。ね、トリス君!」
ヤンデレウサギと、生真面目なケンタウロス姫の間で、バチバチと見えない火花が散る。
俺は、やれやれとため息をつきながら、注がれたサケスキーを一息に飲み干した。
「……少し、風に当たってくる」
女たちの面倒な牽制を背中で受け流し、俺はタローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、ルナキンのテラス席へと歩み出た。
▽ ▽ ▽
夜風が心地よい。
テラスからは、ポポロ村の穏やかな夜景が一望できた。
かつては強盗団の脅威と、前村長の持ち逃げによって絶望に沈んでいた村。
だが今は、月明かりの下に広がる広大な畑も、魔導照明に照らされたメインストリートも、確かな活気と安心感に満ちている。
そして、その村の最前線にそびえ立つ、巨大な木造三階建てアパート『ポポロ・コーポ』。
神々を収容し、この村の平和を物理的にも力学的にも支える、俺が引き直した『最強のインフラ』だ。
「……トリス君。抜け駆けはずるいな」
背後から、足音もなくキャルルが近づいてきた。
彼女は俺の隣に並ぶと、テラスの手すりに寄りかかり、夜風にウサギ耳を揺らした。
「みんな、すごく笑ってたよ。……トリス君が、この村を直して(リフォームして)くれたおかげだね」
「勘違いするな。俺が作ったのはただの『箱』と『ルール』だ。それを活かして、村に笑顔(利益)をもたらしたのは、お前たち職人と、あそこでバカ騒ぎしている住人たちだ」
俺は、腰袋からポポロ・コーヒーの入った水筒を取り出し、ブラックのまま一口啜った。
深い苦味と芳醇な香りが、疲れた脳を心地よく刺激する。
「トリス君って、いっつもそうやって誤魔化すよね」
キャルルが、ふわりと笑って俺の肩に頭をコテンと乗せてきた。
「でも、私は知ってるよ。トリス君が、誰よりも優しくて、絶対に崩れない『足場』を作ってくれるから……私たちが、思いっきり飛べる(戦える)ってこと」
キャルルの手作りの『人参柄のハンカチ』の匂いと、彼女の体温がジャージ越しに伝わってくる。
距離感のバグったヤンデレで、お掃除(殺戮)モードに入ると手がつけられないポンコツウサギ。
だが、俺の引いた図面の上で、彼女ほど完璧に動き、現場を守り抜く『一流の職人』は他にいない。
「……当たり前だ。現場の安全を守るのは、現場監督の最低限の義務だからな」
俺は、肩にもたれかかるキャルルを引き剥がすことはせず、ただ夜空に浮かぶ満月と、その下にそびえるポポロ・コーポを見上げた。
絶望的な赤字から始まった、緩衝地帯の村おこしプロジェクト。
結果として、神話級のクレーマーたちを家賃三万円で手懐け、強盗団をリサイクル資材に変え、村に盤石のインフラをもたらすことができた。
「……ふっ」
俺は、ファミレスの窓越しに見える、ユート、リーザ、マンミア、そして神々のバカ騒ぎを眺めながら。
ポポロ・コーヒーの苦味を舌で転がし、ポツリと、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「……悪くない現場だ」
最強の現場監督と愉快な職人たちによる、第五章・ポポロ村開拓・コーポ建設編。
どんな理不尽な神の力も、悪意の暴力も、一級建築士の引く『完璧な図面』と『コンプライアンス』の前には更地に還る。
俺たちの築き上げたインフラは、明日も揺るぐことなく、このアナスタシア世界に確かな足場を広げていくのだ。
(第五章・完)
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