EP 9
最強の防犯システム(住人たち)。睡眠妨害の『強制退去』
早朝六時。朝靄が立ち込めるポポロ村の南口。
数百人規模の重武装強盗団『ブラッド・ファング』が放った三発の魔導戦車砲は、新築の木造アパート『ポポロ・コーポ』の外壁に直撃したものの、チタン合金ジョイントと最新防弾建材によって文字通り「傷一つ」つけることはできなかった。
だが、建物を守り切ったことと、内部の「平穏」が守られたことは、全くの別問題である。
『……おい、誰だ。俺が三日三晩かけて白濁させた特製豚骨スープの鍋を、振動でひっくり返しやがった土方は……』
101号室のバルコニー。
頭から豚骨スープをかぶり、ネギを肩に乗せた竜王デュークが、地獄の底から響くような声で呟いた。その背後には、圧倒的な黄金の魔力が渦巻いている。
『ふぁぁぁ……。大家さぁん、地震ッスか? 俺、やっと全回転リーチ(夢)に入ったところだったんスけど……マジで殺すッスよ?』
102号室。
パジャマ姿で目をこする狼王フェンリルから放たれる殺気が、周囲の気温を急激に低下させ、バルコニーの手すりがバキバキと凍りつき始める。
『おい、てめえら。俺の朝風呂の邪魔すんじゃねえぞ、あァ!?』
103号室。
腰にバスタオルを巻いただけの姿で現れた次元超越者リキ兄貴。彼の両拳には、パチパチと空間を歪めるほどの数億ボルトの聖雷(紫電)が纏われていた。
そして、B棟(女子寮)からも。
『うるさぁぁぁい! 二日酔いの頭にドカンッドカンッって響くじゃないのよぉぉっ! 太郎ぉぉ、こいつら燃やしていいわよねぇぇっ!?』
101号室の不死鳥フレアが、頭に氷嚢を乗せながら、背後に八頭の炎龍を顕現させてブチギレている。
「ひぃぃっ……!? な、なんだあいつらは!?」
強盗団の眼帯リーダーが、アパートから放たれる「神話級の怒気」に当てられ、顔面を土気色に変えて後ずさった。
本能が警鐘を鳴らしている。あれは人間ではない。この世の理を超えた、絶対的な災害だ、と。
「び、ビビるなァッ! たかが木造アパートの住人だろ! 寝起きのパジャマ姿じゃねえか! 一斉掃射だ、魔導バズーカ部隊、撃ちまくれェェッ!!」
恐怖を誤魔化すように、リーダーが絶叫して追撃を命じる。
数十人の重装歩兵が、一斉に魔導長距離バズーカを構え、ポポロ・コーポに向けて引き金を引こうとした。
――が、遅すぎた。
「豚骨の恨み、その身で味わえぇぇっ!!」
先陣を切ったのは、スープをかぶった竜王デュークだ。
彼はバルコニーから跳躍すると、空中で大きく息を吸い込み、強盗団の中央――魔導戦車隊のど真ん中へ向けて、極大の黄金ブレスを放った。
「『アルティメット・バースト(豚骨風味)』ォォォッ!!」
ズドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!
「ぎゃあああああああっ!?」
黄金の光線が地表を抉り、三両あった魔導戦車が、豆腐のように一瞬で溶解・蒸発した。
強烈な熱波と共に、なぜか周囲には美味しそうな豚骨スープの匂いが充満するが、食欲をそそられている場合ではない。直撃を受けた強盗たちは、文字通り跡形もなく消し炭と化していた。
「あ、ありえねえ……魔導戦車が、一息で……っ!?」
「ひぃぃっ、逃げろ! バズーカを捨てて逃げろ!」
戦意を喪失したバズーカ部隊が背を向けて逃げ出そうとするが、彼らの足元からピシリ、と不吉な音が鳴った。
「逃がすわけないッスよね。俺の睡眠時間を奪った罪、冬眠で償うッスよ」
いつの間にか強盗団の背後に回り込んでいた狼王フェンリルが、冷酷な目でため息を吐いた。
その吐息が『絶対零度の吹雪』へと変貌し、バズーカ部隊数十人を瞬く間に飲み込む。
「カハッ……体、が……」
カチンッ!!
逃げようとした姿勢のまま、数十人の強盗たちが一瞬にして美しい『氷の彫刻』へと変わった。
パジャマ姿のイケメンが吐息一つで部隊を凍結させる異常事態。
「お、おい! 上だ! ワイバーン部隊、空からあのパジャマ野郎を撃ち抜け!」
眼帯のリーダーが上空に控えていた飛竜騎士たちに叫ぶ。
十騎のワイバーンが急降下し、フェンリルへ向けて雷撃を放とうとした、その瞬間。
――スッ。
空中のワイバーン部隊の『ど真ん中(次元の隙間)』に、バスタオル一丁の男が音もなく出現した。
「あァ? 空飛んでりゃ安全だとでも思ったか?」
「なっ!? いつの間に空へ……しかもバスタオル一丁で!?」
ワイバーンに乗った飛竜騎士が驚愕に目を見開くが、次元超越者リキ兄貴は、空中で便所サンダルをペタンと鳴らして鼻で笑った。
「寝起きの機嫌が悪いんだ。……『次元跳躍・背後カカト落とし』!」
ドゴォォォォォォンッ!!!
落雷のような轟音と共に、便所サンダルの踵がワイバーンの脳天に叩き込まれる。
巨大な飛竜が、何十トンものプレス機で潰されたように地表へ墜落し、大クレーターを作った。
「オラオラオラァッ! 朝の運動(ラジオ体操)代わりだァ!」
リキ兄貴は空中で次元跳躍を連続で繰り返し、残るワイバーン部隊へ『聖雷咆哮ラッシュ』を叩き込む。
バスタオル一丁の男が、空中で瞬間移動を繰り返しながら数億ボルトの電撃パンチで飛竜を次々と撃墜していく光景は、もはや超現実の極みだった。
「ひぃぃぃぃぃっ! バスタオルの悪魔だぁぁっ!」
「た、助けてくれぇぇっ!!」
空の戦力が全滅し、完全にパニックに陥った残党たちが、我先にと村から逃げ出そうとする。
だが、彼らの退路を塞ぐように、八頭の巨大な『炎の龍』が地響きを立てて立ち塞がった。
「あら、どこへ行くの? 私、二日酔いでお酒が抜けてないから、ちょうど汗をかきたかったのよねぇ」
頭に氷嚢を乗せたまま、不死鳥フレアが優雅に指を鳴らす。
八頭の炎龍が逃げ惑う強盗たちを囲い込み、じわじわと、だが確実に彼らの武装(魔導ライフルや防弾チョッキ)だけを器用に焼き尽くしていく。
「あ、あぢぃぃぃっ! 服が燃えるぅぅっ!!」
「勘弁してくだせえ! 俺たちが悪かった! 暴行しない券なんて詐欺でしたぁぁっ!」
裸同然にされた強盗たちが、地面を転げ回って泣き叫ぶ。
▽ ▽ ▽
「…………」
「…………ッス」
「…………ですの」
村の防護柵の裏。
最前線に立っていたはずの俺たち『ホープ・クローバー』と、マンミア率いる自警団は、一切武器を抜くことなく、ただポカンと口を開けてその惨劇を見学していた。
「な……なんという……。数百人の重武装部隊が、ものの三分で更地に……」
マンミアが、パイルバンカー『アグニ』を取り落としそうになりながら呟く。
「あはは……。私(村長)の出番、全然なかったね♡ トリス君の建てたアパートの住人たち、怒らせると本当に怖いなぁ」
キャルルが引き攣った笑いを浮かべてウサギ耳をペタンと伏せる。
俺は、タローマンジャージのポケットから『十徳測定スケール』と『野帳(メモ帳)』を取り出し、冷静に計算を始めていた。
「デュークの豚骨ブレスで戦車が溶けたから、スクラップとしての鉄資源回収。フェンリルの氷漬けバズーカは、解凍すればそのまま自警団の武器として再利用できるな。……よし、強盗団の資産(武装)は、ポポロ・コーポの外壁修繕費(慰謝料)として俺が合法的に全額差し押さえる」
「トリス……お前が一番悪魔ッスよ」
ユートがドン引きしているが、現場監督たるもの、転んだタダでは起きない。相手が勝手に突っ込んできて自滅したのだから、残骸は立派な『建材(リサイクル品)』だ。
「ヒッ……ヒィィッ……! 化け物どもめ! 覚えてろよ!」
ふと見ると、強盗団の眼帯リーダーだけが、奇跡的に神々の攻撃を逃れ、ガタガタと震えながら逃走を図っていた。
だが、その進行方向には。
「……あ、お客様。お逃げになる前に、未払いのお家賃(防護柵の修繕費)をお支払いくださいですの」
麦わら帽子を深く被った、極貧アイドル(リーザ)が立ち塞がっていた。
「ど、どけ小娘! 俺はブラッド・ファングの頭だぞ!」
「頭でもお尻でも関係ありませんの。……強制執行(差し押さえ)、スタートですのッ!!」
ヴゥォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
リーザの背後に顕現した巨大な【貧乏神】の掃除機が、眼帯のリーダーへ向けて圧倒的な吸引力を放つ。
「ぎゃあああああああっ!? 俺の、俺が今まで巻き上げた金貨が! 隠し持ってた魔導石が! 金歯まで吸い込まれるぅぅッ!!」
強盗団のリーダーは、一瞬にして全財産と身ぐるみを剥がされ、白目を剥いてその場に昏倒した。
完全なる沈黙。
数百人いた凶悪な強盗団は、たった数分で、氷の彫刻と黒コゲの集団、そしてパンツ一丁の敗残兵へと『強制退去』させられたのだ。
「……ふぅ、うるせえ朝だったぜ。おい大家、しっかり壁の修理をしておけよ。次は家賃下げろよな」
バスタオル一丁のリキ兄貴が、欠伸をしながらバルコニーに戻っていく。
デュークもフェンリルもフレアも、文句を言いながら次々と部屋へ帰り、バタンッ! とドアを閉めた。
「……す、凄まじい防犯システム(セキュリティ)です、トリス殿。これなら、帝国軍が攻めてきても指一本触れられずに制圧できます……!」
マンミアが、もはや恐怖を通り越して、俺に対して宗教的なまでの畏敬の念を向けている。
「だから言っただろ。俺が建てたのは、最強の『インフラ』だってな」
俺はメモ帳を閉じ、満足げにポポロ・コーポを見上げた。
これで、詐欺に遭ったクレーマー強盗団の脅威は完全に排除され、村には絶対的な平和が約束された。
残るは、村人たちへの安心の提供と、この圧倒的な大勝利を祝う『打ち上げ』だけだ。
「よし、マンミア。残党の処理と武装の回収は自警団に任せる。終わったら、村人全員に号令をかけろ」
「号令……ですか? 何か重大な発表が?」
俺はタローマンジャージの首元を緩め、ニヤリと笑った。
「ああ。村長就任祝いと、コーポ落成、そして害虫駆除の完了を祝って……今夜はルナキン(24時間ファミレス)を貸し切って、村を挙げた大宴会だ!」
緩衝地帯ポポロ村の、騒がしくも最高に痛快な一日が、こうして幕を閉じようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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